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システム・サクラメント  作者: Kesuyu
第3部 桜と蛇
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7【K】これはあきらかに我々に対する宣戦布告ですぞ




 ハンター・フロッグにいったい何があったのか、語っておかねばなるまい。

 5日前、フロッグはチェリーブロッサム社で武器と弾薬の補充をしたあと、高速道路に乗って帰路についたが、尿意を覚えて、近くのパーキングエリアのトイレに駆け込んだ。放尿していると、フードを目深にかぶり、バールを持った5人の男たちに包囲されていることに気づく。そして無惨にもバールは次々と振り下ろされる。その最中、「殺すなよ」と声が聞こえた。しまいに倒れ込み、その頭をサッカーボールみたいに蹴られて、フロッグは意識を失った。

 意識が戻るとだだっ広い廃墟の中で簡易な木造の椅子に後ろ手に縛りつけられていた。襲撃のおかげで体中がうめくように痛い。顔を上げるとひとりの一見紳士風な男がにたにたと嬉しそうにフロッグを見ていた。男の首筋には蛇のタトゥーがあった。

「おはよう。ハンター・フロッグくん、拷問の時間だよ」と男は言った。

 フロッグはそれを聞いて唾を吐いた。「俺は何もしゃべらんからな」

「皆最初はそういうんだよ」、男は足もとの唾を見下ろして一瞬顔をしかめた。それからまた笑顔になった。「君たちの組織について有益な情報をくれたら解放してあげる。じゃあ、さっそくはじめようね」

 拷問は凄絶を極めた。そのあいだフロッグは何度も気絶をし、そのたびに頭から冷たい水を浴びせかけられた。「ダメじゃないか、もっと遊ぼうよ」と男は繰り返し言った。本当は情報を吐かせるつもりなどそれほどなく、己の歪んだ欲望のために拷問しているのだ。こいつは病気だ、とフロッグは思った。そして遠のく意識の中で逃げ出す術を模索し続けた。なぜかこの廃墟には俺とこいつ二人しかいない。せめて縄がほどけたなら。

 しかし3日もすると彼は繰り返し言った。「たのむ——もう、ころしてくれ」

「フロッグくん、最高だよ」、男は愉悦に満ちた顔をした。「もっと格好いい姿に改造しようね。どうせなら泣いてすがってくれると嬉しいな」

 男は決まって夜に現れた。そして拷問は4時間くらい行われた――時間の感覚は今ひとつ判然としないが。つまりそれ以外の時間はどこかに行っていることになる。

 フロッグはまだ生を諦めていなかった。男のいない隙を見計らい、これまでずっと椅子の背板の角に腕を縛るロープをこすり続けていた。昼過ぎにロープがギリギリと細くなり、ついにプツンと切れた。彼の両腕は自由になり、自らの拘束を解いて逃げ出した。外には車が何台か停まっていて、そのうちの一台に乗り込むと、鍵はささっていた。見張りが何人かいたが撥ね除け、そのようにしてフロッグは〈システム〉に帰ってきたのだ。

 管理者Ⅹと面会すると彼は言った。「司令――俺、口、割らなかったですよ」

「ああ、わかっとる」

 その言葉を遺して彼は昏睡状態になり、リン先生の処置も虚しく、2日後に息を引き取った。


 ハンターは残る21人。翌朝、管理者Ⅹは黒いワンピース、ハンター全員は黒いスーツに身を包んで——遠くから見るとまるで鴉の群れのようである——フロッグの葬儀に参列した。結果フロッグの死は〈ウロボロス〉による見せしめの形となってしまったが、皆が彼の死を偲び、あるいは悼んだ。デジタル家畜たちが共同墓地の一角に「えっさ、ほいさ」と穴を掘り、棺桶をその中に埋めた。ちょうどハンター・ラットの眠る隣だった。その上手には小さな石碑が建てられた。空模様はすべてが灰色に映るような曇天だった。


〈高潔なるフロッグ ここに眠る〉


 管理者Ⅹはウイスキーのボトルを開け、石碑にゆっくりとかけてやった。

「あんたウイスキー好きやったろ? 粗悪品やけど今はこれで我慢してな。この街では酒が売ってへんもんやから、あの世で好きなだけ飲むんやで」

 もっともなことだが〈ウロボロス〉の所業に対して怒りを抑えきれない連中もいる。

「これはあきらかに我々に対する宣戦布告ですぞ」、ハンター・イーグルはいきり立っている。

「ちげえねえ。やられたらやり返す。それしかねえ」とハンター・ウルフも同意した。

 どちらも筋金入りの武闘派で、ちまちま運び屋をやるより直截手を下す方が好きなのだ。

「でも、司令の意見を仰がないと」、ハンター・スクワロルは戸惑った。

「うむ、先走るのはよくない」、ハンター・ゴートは寡黙に釘を刺した。

「なんだと? 誰が先走ってるって?」、ウルフが食ってかかる。

「聞き捨てならんですな」、イーグルも鋭く睨みつける。

 その様子を見てKが止めに入る。

「おい、やめろ。葬儀中だぞ」

 バイパーも横から言う。「傷心なのはいいけど、ちょっと物騒ですね」

「ちっ」、ウルフは舌打ちした。Kに一目置いているから言い返せないのだ。

 ウイスキーを石碑にかけ終えると、管理者Ⅹはハンター・シープに用意させた煙草とライターを皆に配った。

「フロッグの好きやったマールボロや。吸えるもんはフロッグの代わりに、線香代わりに吸ったってくれ」

 そうしてフロッグの墓の前で皆煙草に火をつけ、じっくりとふかした。煙はもうもうと淀んだ上空に立ち昇っていった。


 その日の午後、Kは他のハンターたちやアウルに銃の指導をした。葬儀の後ということもあって一同どこかしんみりとしながらも、皆横一列に拳銃をかまえ、射撃場には次々と号砲が響き渡る。その後ろでKはそれぞれの様子を観察していた。もともとはバイパーとアウルにだけ銃を教えていたのだが、日増しに参加者の数が増えていった形だ。

「まずはかまえだ」とKはどなった。「リアサイトの切り吹きにフロントサイトをしっかりと合わせるんだ。それを反復すること」

 一斉に銃声が鳴る。全員がターゲットの真ん中を何度も撃ち抜いた。Kはハンター・スクワロルに声をかけた。

「スクワロル、筋がいいな。銃は何年目だ?」

 スクワロルは敬礼した。「は、はい。まだ2年足らずであります」

「驚いた。君は経験さえ積めばいいハンターになれる」

 憧れのKに褒められて、スクワロルは感極まった。「ありがとうございます! 今後も精進するであります!」

「ああ、精進してくれ」、Kは微笑した。

 そこでアウルからお声がかかる。「Kさん、僕も見てくれませんか?」

「どうした?」とKは尋ねる。

「どうしても反動で狙いがずれるんです」

「わかった、一度撃ってみてくれ」

 アウルは狙いを定めてターゲットを撃った。弾は中央の少し上に当たった。

「どうですか?」

「なるほど、やはりグリップの握りが甘いな。アウルはまだ手が小さいから、指が届くようにサイトラインを合わせるんだ」

「わかりました、やってみます」

「先輩」、そのあとバイパーが歩み寄る。「やはり年配者らは訓練に顔を出さないですね」

「プライドがあるからな」、Kは苦笑する。「おそらくは若輩の俺に教えを請いたくはないのさ」

「先輩の銃の腕前は間近に見た僕が保証しますよ」とバイパーは真剣に言う。「訓練をつけてもらわないなんてもったいない」

「ありがとう」とKは礼を述べた。「しかし気を遣う必要はないぞ」

「気など遣っていません。ただ年齢にこだわるとかちょっと納得いきませんね。一番強いハンターは間違いなく先輩なのに」

「それは違う」とKは即座に否定した。「一番強いハンターはハンター・レオパードだ」

 それを聞いてバイパーは一瞬固まった。ハンター・レオパードって誰だろう?

 Kは反応を察して補足した。「レオパードは熟練の兵士だ。俺もあの域にはまだ到底及ばない」

 バイパーは考えた。「先輩がそこまで言うなんて、余程の腕前なんでしょうね?」

「そうだな」とKは言った。「ひとことで言って()()()

「いったい何者なんですか?」

「さあ、素性は不明だが、軍人上がりではないかと言われている。それも結構上の階級の」

「なるほど」、バイパーが頷く。「今朝の葬儀にも参列していましたか?」

「ああ、髪にウェーブがかかった無精ひげの男だ」、Kは言った。「余った煙草やシケモクを集めてこっそりくすねていたな」

「まるで乞食じゃないですか」、バイパーはしかめっ面をした。「いいんですか、そんなこと許して」

「司令が何も言わなかったんだ。仕方ないさ」

 バイパーは憮然とした表情をするのみだった。


 家に帰ると夕飯の支度をした。スパゲティーをゆで、そのあいだにフライパンでベーコンを焼いた。ボウルで卵と粉チーズと黒胡椒を混ぜ合わせる。ゆでたスパゲティーとベーコンをボウルに加えて、和えたら皿に盛りつけた。カルボナーラだ。付け合わせにハムと大根のサラダも添えた。

「僕これ好きです」、カルボナーラをひとくち食べるとアウルはそう感想を述べた。

「よかった」、Kはほっとした。「カルボナーラといっても、本場の味に近い一番簡単なレシピなんだ。白ワインがあればもっとコクが出るんだけど」

「Kさん」とアウルが真剣に声をかける。

「どうした?」、Kは聞き返す。

「僕にも料理を教えてくれませんか?」

 Kは頬杖をついて微笑んだ。「たいしたものは作れないけれど、それでもよければ」

「もちろんです」、アウルは嬉しそうに頷いた。

 夜10時、Kは〈システム・サクラメント〉にログインして、ゴーストに返信する。


〈忙しくて返事ができませんでした。申し訳ない。

 高難度ミッション、いいですね。まだ可能なようでしたらぜひやりましょう〉




R.I.P.フロッグ

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