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システム・サクラメント  作者: Kesuyu
第3部 桜と蛇
24/71

4【Ⅼ】まずはもっと身近なものから大切にしていかなくてはならない




〈空がひび割れて落ちてきました。そちらはいかがですか?〉


 最初、フレンド登録もしていない知らない人からのメールに無視しようかとも思った。でもやはり文面——暗殺を依頼する合図だ——が引っかかって返信することにした。


ゴースト「失礼ですが、どちらさまですか?」

 10秒後。

ツクヨミ「空がひび割れて落ちてきました。そちらはいかがですか?」

ゴースト「どうしてその文言を知っているのですか? あなたは何者ですか?」

 10秒後

ツクヨミ「空がひび割れて落ちてきました。そちらはいかがですか?」


 一瞬、合言葉に応えようかともリリィは考えた。さすれば謎も解けるかもしれない。でも相手は同じ言葉を繰り返すのみであるし、まっとうなコミュニケーションも図れず、そこはかとなく不気味な感じを覚えた。結局あまり関わり合いにならないほうがいいと結論づける。リリィは〈システム・サクラメント〉をログアウトするとベッドに身を突っ伏した。いったいどうすればよかったのだろう? 寝返りを打って天井を見上げると、相変わらず一点の疵があり、ただ呆然とそれを眺めた。あたかも自身の心が照射した影のように、自然と自らの意識と重ね合わせた。


 翌朝、ビオラとパンジーがおめかしして出かけて行った。赤坂で映画を観て、そのあとショッピングをするらしい。外で済ませるので夕食もいらないとのこと。二人は陽気に笑みを浮かべながら、手を振って修道院を後にした。

 リリィは昨晩の〈システム・サクラメント〉でのDMのことをアイリスに相談したかったが、子供たちの面倒を見るのが忙しくて、それどころではなかった。

「シスター、おえかきしよ」

「シスター、いっしょにおままごとがしたい」

「シスター、お勉強みてほしいの」

 アイリスはというとミナたちと一緒にトランプで七並べをしている様子。

「あー、もう、ダイヤの6止めてたのやっぱりシスター・アイリスじゃん」とミナがしてやられたというふうに言う。

「何回やってもシスター・アイリスが一番に抜けちゃう」と他の子もしょんぼりとして言う。

「ふふん、あんたらの考えそうなことなら手に取るようにわかんのよ」とアイリスは得意げに言った。「なんならハンデあげよっか?」

 その提案を子供たちはプライドを持って拒否した。

 リリィも子供たちの世話で手がはなせなったし、どうやらアイリスと二人きりになる時間もなさそうだ。

「そうだね、順番にね」とリリィは集まってきた子供たちを優しく諭す。

 今はイチカとお絵描きをしている。イチカは24色のクレヨンに夢中だ。画用紙いっぱいに不気味な幽霊のようなものを描いている。

「イチカ、これは何?」とリリィは訊いてみる。

「リリ」、イチカは昔からリリィのことをリリと呼ぶ。

 リリィは若干傷ついた。でも気を取り直す。「じゃあ、こっちの黒いのは猫さんかな?」

「うん」、イチカは熱心に頷いた。「くろねこさん」

「上手に描けてるね」

 イチカは無邪気な——甲高い声で言った。「リリとくろねこさんはね、てきどうしなの」

「どうして、敵同士なの?」、リリィは問いかける。

 イチカは赤いクレヨンで全体を塗りつぶした。「だってね、ふたりはいつかね、ころしあうから」

 リリィはしばし絶句した。そのあと声を振り絞る。「殺すとかいう言葉を気軽に使っちゃ駄目よ。みんな怖がるよ」

「あい」、しかしその画用紙はクレヨンによって、いつしか鮮血のように全面真っ赤に染まっていった。

 どういうことなんだろう? 私が黒猫さんと殺しあう? そういえばシャノワールさんの名前ってフランス語で黒猫を意味するよね。私とシャノワールさんが敵同士? そんなこと、ないないない。彼女は自ら不穏な想像をかき消した。

 そうこうしているうちに昼になった。

「みんなちゃんと後片づけをしてから食堂に行くのよ」とアイリスが声を発した。

 子供たちはそれに応える。

 昼食は食パンにクリームシチュー、梨とキウイフルーツのヨーグルトだった。みんなで食前にお祈りをする。リリィの席はアイリスと正反対の位置だったので、また話す機会が得られない。昨晩〈システム・サクラメント〉で接触してきたプレイヤー「ツクヨミ」のことを伝えたいのに。

 どうにも歯がゆい気持ちでいると、隣の席のカホが話しかけてきた。カホは13歳で――ミナと同様――子供たちのまとめ役なのだ。

「シスター・リリィ、浮かない表情をしているわ」

「そ、そうかな?」

「うん、以前と別人みたいよ」

「全然」とリリィは明るく言った。「そんなことないよ」

「男にふられたくらいで落ち込んでいちゃ駄目よ。そういうのって伝染するんだから」、まったくませたことを言う。これではどちらがお姉さんかわからない。

「男にふられた?」、リリィは仰天した。「誰がそんなこと言っているの?」

「知らない」、カホはクリームシチューをゆっくりと味わった。「みんな言っているわよ?」

「そうなの?」

「ええ」、カホは牛乳を一口飲んだ。「そうよ」

「誤解だってみんなに伝えといてくれないかしら?」

「厭よ。自分で言いなさいよ。こっちなんて女所帯で出会いすらないんだから」

 リリィは頭を抱えたくなった。事実、自室に戻ると実際に頭を抱えた。そしてベッドに飛び込む。ふられてなんてないもん。だいたい自分がシャノワールさんのことを好きかもまだわかってないし。それに相手の気持ちこそがまずは第一だし。いや違う、とリリィはそこで思う。私はただ逃げているだけなんだと。確かめる勇気もなく、傷つかないように自ら防波堤を築いているだけなんだと。だからネガティブになって甘んじて日々を過ごしている。まずはもっと身近なものから大切にしていかなくてはならない。

 そこで部屋のノックが三回鳴った。

「シスター・リリィ、お昼寝の時間だから来てよ」、ミナの声だった。


 大部屋で子供たちが昼寝をしているときに、やっとアイリスと二人きりになれた。リリィはアイリスに昨晩のことを語って聞かせる。アイリスは黙って話を聞いていた。

「妙な話ね」とアイリスは口を開いた。「そのツクヨミってやつ、いったい何者なんだろう?」

「わからない」とリリィは答えた。「でも嫌な感じがした」

「どうしてシャノワールさんとの合言葉を知っているのかしらね?」

 リリィにもそれはわからなかった。

「今度合言葉を返してみる?」とアイリスは言った。

「でも気味が悪いわ。話が通じないんだもん」

「そうよね」、アイリスは拳を唇にあてて黙った。

「やっぱり無視していいよね?」

「ちょっと待って」とアイリスが言う。「虎穴に入らずんば虎子を得ず。今夜、あたしも同席するから、その謎の人物からDMがくるか見させてくんない?」

「もちろん」とリリィは言った。


 夜、ビオラとパンジーが帰宅し(お土産はマカロンとコーヒーの粉だった)、子供たちが寝静まってから、リリィの部屋で彼女とアイリスは〈システム・サクラメント〉を起動した。昨晩のDMをたどるとアイリスは「聞いていたとおりね」と言った。

「確かに不気味な感じするわ。こいつ、感情が読み取れない」

「でしょ?」とリリィは聞き返す。「でも、また来たらどうするつもり?」

「そりゃ、依頼内容によるわよ」

「返事するの?」

「うん」、アイリスは頷いた。「だって相手のカードを見てみないことには交渉もできないからね」

「交渉って」、リリィは嫌な予感がした。

 夜11時になるとまたツクヨミからDMが入った。


ツクヨミ「空がひび割れて落ちてきました。そちらはいかがですか?」


 アイリスが言う。「合言葉を返して」


ゴースト「こちらは一筋の光によって空が切り裂かれるでしょう」


 返事はすぐに帰ってきた。


ツクヨミ「暗殺ノ依頼デス。『K』ト名乗ル男ヲ抹殺シテクダサイ。

 報酬ハ1億7千万円デス」


 その破格の報酬に彼女らは言葉を失った。




カホ「クリームシチュー、星二つ!」

↑思わずオホホホホと言わせたくなるキャラ

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