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システム・サクラメント  作者: Kesuyu
第2部 黒猫と亡霊
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7【K】たかをくくって決めつけるんはようない




 何者かが部屋の中に侵入するとともにKは目覚め、ピストルを取り出してかまえた。だが深夜の部屋は視界が真っ暗で何も見えず、おまけに篠突く雨のせいでかすかな物音も聴こえない。何者かの殺気だけが不気味に部屋に充満している。

 来る!

 そう思った瞬間、Kは銃声の中、反対側の壁へ横っ跳びした。銃弾はKの肩をかすめた。

 銃声はグロック17のものだ。各国の軍や警察でも採用されている銃で、それはハンターたちに支給されているハンドガンとも同様のものである。Kももちろんそれを使っている。となると、相手はハンターだということになるし、しかも——どういうわけか——敵の方は夜目もきく。

 続けざまに銃撃された。しかも正確に。Kは勘を研ぎ澄ませてタイミングをあわせてそれをかわした。狙いは確実にKのいる場所に飛んできた。あまりにも分が悪い。すかさず銃声の鳴った方にKは銃撃したが、虚しくもなんの感触も得られなかった。距離を詰めるか? しかし相手は俺が見えているようだ。おそらくは暗視スコープを顔に装着している。照明のスイッチは部屋の入口、つまり敵の領域にあるから、それを点灯させるのは無理だろう。せめて雨音さえなければ、物音をたよりに迎撃できるのに——

 また銃声がした。Kは殺気を感じ取り、箪笥の影に隠れて銃声のした方を撃った。相手の肌をかすめたような感触があった。初めて手ごたえらしきものを感じたが、これじゃ(らち)があかない。それに寝室にはアウルがいるし、おそらく目が覚めて寝室の隅で怯えていることだろう。

 試しに牽制の意味で適当な場所に撃ってみる。しかし別の方向から銃弾が飛んできて、Kの頬をかすめた。不味いな。圧倒的に不利だ。この調子じゃ、いずれからめとられる。もはやここまでか。

 そう思った瞬間、窓の外がフラッシュした。雷が落ちたのだ。一瞬、暗視スコープを顔にはめた男が姿を露わにし、Kはその刹那、弾丸を放った。男がバタンとくずおれる音がし、続いて雷の音が遅れて部屋の中を貫いた。

 部屋の照明をつけると、相手はハンターのゲッコーだった。執念深いハンターだ。眉間にはKの与えた銃痕があり、大きく口を開け、やはり暗視スコープを顔に装着していた。

 寝室の扉を開くと、アウルが部屋の隅でぶるぶると震えていた。Kは言った。

「もう大丈夫だよ」

 アウルは泣きながらKにしがみつき、Kはそれを抱きとめた。いつしか雨音は烈しさを失い、とめどない涙のように慈悲深く鼓膜に響いていた。


「大変やったな」

 司令室で管理者Xは溜息をつき、Kをねぎらった。

「今度こそ本当に死ぬかと思いましたよ」とKは言った。

「死んだらあかんで。うちにはあんたが必要やから」

「はあ」

「なんじゃその反応。ちっとは喜ばんかい」、管理者Xはふてくされて手足をバタバタさせた。可愛いところもある。

「不器用なもので」

「まあええ。ゲッコーのことは非常に残念や。任務に忠実なハンターやったのにな」

「やはり悪夢と関係があるんですか?」、Kは尋ねた。

「おそらくな。でもたかをくくって決めつけるんはようない」

「そうですね。肝に銘じます」

 管理者Ⅹは椅子に座っていたのでKを見上げる恰好だった。相変わらず背が低く――中学生くらいの――女の子みたいな見た目をしていて、この女性が〈システム〉という組織を立ち上げ、はたまた〈システム・サクラメント〉という裏取引に使用されるアプリケーションまで立ち上げたとは、誰も夢にも思わないだろう。おまけに椅子を左右に揺らしている。それが彼女の物を考えるときの癖らしかった。彼女は口をカマボコ状に開いて言った。

「ところでKよ、バイパーとアウルに銃の指導してやってくれへんか?」

 Kは驚いた。「バイパーはともかくアウルもですか?」

「本人たっての希望や。どうもハンターになりたいらしいねん。こっちも欠員がでて人手ほしいしな」

 そんなことKはアウルから相談されたことがなかった。「アウルはまだ子供ですよ?」

「わかってる。でもだからこそ、またゲッコーの件みたいなことがあったときのために自衛の術を学ばせたいねん」

 Kは迷った末に言った。「わかりました。暇があれば訓練に付き合います」

「ほなよろしく頼むわ」

「はい」、Kは背筋をのばして敬礼した。

 家に帰るとゲッコーの遺体は他のハンターたちによって運び出されていて、それを見て取るとKは朝まで熟睡した。


 翌日、Kは先日捕らえたB24──鎌を振り回していた男だ──の様子を見に、リン先生の診療所を訪ねた。軒先の花壇には相変わらずマーガレットが元気に咲いている。中に入って二階に上がるとリン先生はいた。

「リン先生、おはよう」とKは挨拶をした。

 リン先生は口の端をきゅっと持ち上げた。「Kくん、おはよう」

「B24の容態はどうかな?」

「ずっと寝たきりよ」、そう言ってリン先生はB24のベッドの方に目をやった。「一応点滴はしているけれど、目を覚まさないことには、大丈夫とはいいがたいわね」

「瘴気は?」

「ものすごい量を放出してる。ダクトをとおして外の世界に向けているけれど、いよいよこの街の中も安全じゃないわね」

「ハンター・ゲッコーに寝込みを襲われたんだ。迎撃したけど、ゲッコーがおかしくなった原因はその瘴気かもしれない。ベアの件もあるし」とKは言った。

「襲われた?」、リン先生は慌てた。「大丈夫? 怪我とかない?」

「ほんのかすり傷だよ」

「やせ我慢禁止。ほら座って。傷を見せなさい」

 Kは仕方なく椅子に腰かけて、上着を脱ぎ、肩の傷を見せた。

「腫れているじゃない」とリン先生は言った。「ちゃんと消毒しなきゃ駄目よ」

 リン先生は傷を手当して、その上に包帯を巻いた。彼女は言った。

「たぶん、一週間もしたら治ると思う。包帯が巻けなかったら私のところに来て」

「ありがとう」とKは言った。「今アウルという少年と同居しているんだ。そのときは彼に頼むよ」

 リン先生はそれについて考えた。「もしかして隠し子じゃないでしょうね?」

「まさか。俺は大きな子供がいる年齢でもないよ」

 リン先生は眉をしかめて冷ややかに微笑した。「どうだか」


 夕方になったので家に帰るとアウルが出迎えてくれた。「飯にしよう。何か食べたい物はあるか?」とKが訊くと「辛い物以外で」とアウルは答えた。先日のペンネアラビアータが相当こたえたらしい。Kは苦笑を洩らしながら冷蔵庫を開けた。

「玄関のドアノブも壊されたし、もっといい部屋に引っ越そうと思うんだ」とKはひじきの煮物を食べながら言った。「またハンターに襲われたらひとたまりもないから」

「Kさんがそういうなら僕はかまわないですけど」、アウルはピーマンの肉詰めを食べながら口ごもった。「僕も連れて行ってもらえるんですか?」

「もちろん」、Kは頷いた。

「よかった」、アウルは安堵した。「Kさんがいないとどうしていいかわからないので」

「ハンターになりたいんだってな?」、ふいにKが質問をぶつけた。

 アウルは静かに箸を置いてうつむいた。「そのとおりです」、それからすこし黙った。やがて顔を上げる。「今の僕はあまりにも脆弱です。Kさんに守られてばかりだし、でも思うんです、昨夜の悪いやつが、Kさんではなく僕を襲ってきていたらって——不安で夜も眠れません。足手纏いにならないように、強くなりたいんです」、その瞳には強い意志が込められている。

「わかった」とKは応えた。「明日は引っ越しだから、明後日から訓練を始めよう」

「よろしくお願いします」、アウルはぺこりと頭を下げた。


 夜9時15分、アウルが寝静まると、Kはリビングでゲーミングパソコンを開いた。起動して、指をぽきぽきと鳴らす。〈システム・サクラメント〉にログインするとミッションの一覧を確認した。先日、13個ある中難度ミッションをすべてクリアしおえると、画面に警告音とともにテロップが表示され、そこには「高難度ミッション〈七つの大罪〉が発動しました」とあった。名前のとおり、ミッションも7つ存在し、その名前も〈七つの大罪〉をなぞらえたものだ。傲慢、憤怒、嫉妬、怠惰、強欲、暴食、色欲——

 とりあえず一番難易度の低い「色欲」のミッションを受注してみることにした。


〈高難度ミッション「色欲」を開始します。よろしいですね?〉


「承認する」という表示をマウスでクリックする。途端に東京の街並みと瓜二つのフィールドに飛ばされた。ここは五反田だろうか? さっそく暗殺者が物陰から銃撃してくる。それを左右にかわしながら迎撃していった。

 結局のところ、何度挑戦してもミッションクリアにはいたらなかった。途中から50体ほどの暗殺者が湧いて出て、あと一息で質量に圧される。なるほど、「数は力」とはよく言ったもんだ。

 ひとりでは無理か。誰か他のプレイヤーと共闘したほうがよさそうだ。誰か知り合いなんていたっけな? Kが知っているプレイヤーは〈ゴースト〉のみであった。Kはとりあえず高難度ミッションの共闘のお誘いをするために、〈ゴースト〉のメールボックスにDMを送信した。




K「ところで司令はちゃんと寝てるんですか?」

Ⅹ「あほ言え。ちゃんと毎日3時間仮眠しとる」

K「しっかり寝ないと身長大きくなりませんよ(諭すように)」

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