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システム・サクラメント  作者: Kesuyu
第2部 黒猫と亡霊
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5【K】痕跡を残さないために




「ふうっ」、取引をおえて、Kは姿勢をくずし吐息をついた。「ゴーストさんとの取引は管理者Xの指示どおりに行ったぞ」、そう言って渡された資料をシュレッダーにかける。その足でさっそく管理者Ⅹのもとに報告しにいった。

 司令室を訪れると管理者Ⅹは――夜更けだと言うのに――椅子をKの正面に向けて待ちかまえていた。そして彼女は言った。

「ご苦労さん。ようやってくれた。運び屋は他のハンターに任せてある。今荷物引き取って輸送中や。あとはゴーストさんと連絡取って、指定の口座に金を振り込むだけや。ほら500万預けとく」、彼女は風呂敷に包まれた500万円をKに差し出した。

 やはりお見通しか。そう思いながらそれを受け取ると、風呂敷の中身を素早く確認して、またその布で包んだ。中には札束が五セット入っていた。「くすねなや?」と管理者Ⅹがちゃかすので「くすねませんよ」とツッコミを入れた。

「アハハ、わかっとる。Kのことはちゃんと信頼しとんで」と管理者Ⅹが言った。

「信頼……ですか?」

「せや! 今ではあんたはうちの大事な右腕やからな」

「右腕ですか」そういって自分の右手を眺める。

「せやで」、管理者Ⅹは人差し指をKに向ける。それから優しく言う。「だから自分勝手に死んだらあかんで」

「右腕」、Kは自身の手の平を再度じっくりとながめたあと、ビッと敬礼をした。「ありがとうございます!」

「うむ」、管理者Ⅹはにっこりして頷いた。そして「死ぬなや」と今度は呟いた。その声は虚空をただよった。


 自宅に帰るとアウルは寝室で就寝中だった。Kはリビングでさっそくパソコンを開く。起動すると〈システム・サクラメント〉にログインした。するとメールボックスにDMが届いていた。


ゴースト『ゴキブリ駆除が完了しました』

シャノワール『感服しました。迅速な手際です。明日の朝、必ず指定の口座に入金します』

ゴースト『ありがとうございます。ところで前回のチャットが勝手に削除されたのですが、これはどういうことでしょうか?』

シャノワール『チャットは24時間後に自動的に削除される仕組みです。痕跡を残さないために。だからこのゲームは裏取引で需要があるのです』

ゴースト『そうだったんですね。ご教授いただき感謝します』

シャノワール『いえいえ』

ゴースト『ちなみにもうひとつおうかがいしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?』

 5秒後。

シャノワール『どうぞ』

ゴースト『シャノワールさんは、もしかして男の人ではございませんか?』

 8秒後。

シャノワール『それは仕事と関係のあることなのでしょうか?』

ゴースト『いえ、ただの純粋な、個人的な興味です。プライベートな質問をして、お気を悪くされたなら、ごめんなさい。』

 16秒後。

シャノワール『男ですよ。訳あってアカウントは他のプレイヤーから引き継ぎました』

ゴースト『やっぱりそうだったんですね。私も他のプレイヤーからアカウントを受け継ぎましたので。今あなたとお話しているのは女です』

 2秒後。

シャノワール『それは察していましたよ。物腰がやわらかく、繊細そうなので』

ゴースト『あら、そうだったんですね』

シャノワール『とにかく速やかなゴキブリ駆除、助かりました。これで奥さんも穏やかな暮らしを送れることでしょう』

ゴースト『使命を果たしたまでです』

シャノワール『今後も任務の依頼、よろしくお願いします』

ゴースト『こちらこそ』

シャノワール『そろそろ寝なくてはいけない。落ちますね』

ゴースト『はい。私も寝ます。おやすみなさい。いい夢を』

シャノワール『おやすみなさい。いい夢を』

 Kはそこでログアウトするとパソコンをシャットダウンしてソファにうずくまるようにして寝た。


 翌朝、空から突然降ってわいたような霧雨が街一帯を包み込んだ。Kは街に一軒しかない特殊な——外部から雇い入れた——銀行で500万円の振り込みを終えると、その足で散歩をした。散歩にはうってつけの天気だとはいいがたいが、頭のネジがきつく締まってくると気分転換に散歩をするのが彼の習慣だった。それに雨が降っていようと雨具——長靴に茶色いポンチョ——を身に着けるので、なんら問題はない。樹々を眺めたり、鳥の声に耳を澄ましたり、草花を観察したりしていると自然とリラックスする。そのようにして、気のおもむくままに街の中を練り歩いていった。街の北側から冷たい風が吹き、すこし肌寒かった。

 50分ほどかけておおまかに街の外周を反時計回りに、居住区、職工区、開発区、農業区と歩いていると、人々の悲鳴が耳に届いた。

「逃げろ、B24が発狂したぞ!」

 現場に駆けだすと、田んぼが広がる中、畦道でのっぽの男性が奇声を発しながら、鎌を振り回して他のデジタル家畜たちを追いかけている。ひとり、中年の男性が転んで逃げ遅れていた。不味い。KはB24の射程距離に入ると、すぐさま麻酔銃を取り出してダートをB24の太ももに命中させた。そして標的の間合いに入り、素早く手を振り上げて鎌を取り上げるとしっかりと取り押さえた。4分後B24は熟睡した。

 すぐに他のハンターたちがジープに乗ってやってきたので、Kはその一人に身柄を預けた。

「リン先生のところに運んでやってくれないか?」とKは言った。

「あいわかった」、ハンター・ゴートは神妙に頷いた。ゴートは思慮深い、優秀なハンターだ。

 リン先生、またうんざりするだろうな。そう思いながらKは本部に行って管理者Ⅹのもとに報告に行った。いつしか雨はしたたかに地面を打ちつけていた。

「Kのおかげで被害はでんかったわ。ようやった」、〈システム〉の指令室に行くと管理者Ⅹはそう言って彼をねぎらった。

「ありがとうございます」、Kは敬礼した。「しかしながらデジタル家畜の暴走が増えているように思います」

「ときに人は悪夢を見るもんや。デジタル家畜のように単調な暮らしをしてたら特にな」

「何か対策はないでしょうか?」、深刻そうに言う。

「現状お手上げやな」、管理者Ⅹは降参したように両手を上げた。「今の段階では、捕縛してリン先生のとこの装置で悪い夢を放出させるしかない」


 家に帰るとアウルが待ちかねたように出迎えてくれた。

 ナスとトマトの水煮缶があったので、フライパンにオリーブオイルとにんにくを入れ、弱火にかけてパスタを作りはじめた。付け合わせにアボカドときゅうりのサラダも用意した。沸騰したお湯に塩を入れ、包装されている袋の裏の表記より1分短くパスタを茹で、フライパンにナスをくわえ蓋をして蒸し焼きにし、さらにトマトの水煮を入れて煮詰めた。完成したメニューはナスのペンネアラビアータだった。すこしだけ粉唐辛子もまぶした。

「辛い!」とアウルが声を上げた。鼻まで摘まんでいる様相だ。「何ですか? これ?」

「ペンネアラビアータ」とKは答えた。「これは実際にはもっと辛い料理なんだ、慣れればクセになるから」

「本当に食べないといけませんか?」

「口に合わないなら、残してもかまわない。ノーと意思表示できるのはいいことだよ」

 しかし一時間もすると、アウルは食べかけのペンネアラビアータを食べだした。空腹に負けたのだ。結局アウルはペンネアラビアータを——残らず——自身の胃袋の中に送り込んだ。

「完食しましたよ?」と少年は誇らしげに言った。

「きっと発明したイタリア人も褒めてくれるだろうさ」、Kは開いた本を閉じて微笑した。

「Kさん、冗談も言えるんですね?」

「気が向けばな」

「新たな一面を発見しました」

「大袈裟だよ」、Kは座っていた椅子から立ち上がった。「洗い物をしようか」

「はい」、アウルはシンクに食器を持って行った。

 深夜3時、雨は烈しさを増し、窓の外には雷を呼び寄せていた。アウルは寝室のベッドで、Kはリビングのソファでぐっすりと眠りこんでいる。家の外では、何者かがレインコートを着て、玄関ドアのシリンダーをスパナでもぎとっている。解錠するとそっと室内に侵入した。そして何者かはぼそぼそと低い声でうめいた。

「コロセ、コロセ。隣人をコロセ」




バイパー「先輩、僕にも冗談言ってくださいよ、ほらほらあ?」

K「今からお前が樹海に置き去りにされる話をしてやる(にっこり)」

バイパー「それって、冗談ですよね?(ひいい)」

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