4【L】一体どういった人なんだろう?
シャノワール『空がひび割れて落ちてきました。そちらはいかがですか?』
14分後。
ゴースト『こちらは一筋の光によって空が切り裂かれるでしょう』
シャノワール『さっそくですが本題に入らせてもらいます。よろしいですね?』
2分後。
ゴースト『どうぞ』
シャノワール『本題はゴキブリ駆除の依頼です。〈あちら側〉に送ってほしい男がひとりいます。
ターゲットは荒川区在住のオオイシケンタ、こちらで把握している罪だけでも、3年間のDV、おまけに執拗なまでのストーカー行為があります。
ターゲットは32歳のころ、職を解雇されたのをきっかけに、やさぐれてDVが始まり、3年後に奥さんは3歳になる息子を連れてアパートを飛び出しました。
今奥さんはオオイシケンタと暮らしていた前の住居から離れた場所に、3歳になる息子とアパート暮らしをしておりますが、ずっと籍は抜いてもらえず、男は執念深く奥さんのことを付け回しています。
奥さんは今現在心神耗弱状態にあり、生活のために始めた水商売の仕事も連日無断欠勤している状態です。
くわえて奥さんに鬱症状が発覚し自宅に閉じ籠もってしまったので、ターゲットは接触する機会を失い、短絡的で臆病な性格からストーキングは一旦諦めて自宅に引き籠もり、やけになって朝から大量の酒をずっと浴びるように煽っています。そして日が暮れるころには自宅で酔い潰れて熟睡してしまいます。
ですから、そこをゴーストさんに如才なく〈あちら側に〉送ってほしいのです。追って住所などの詳細は伝えます。
それと肝心の報酬は500万円となります。
引き受けてくださいますか?』
10秒後。
ゴースト『引き受けます。ただし条件というか、シャノワールさんにご無理を承知でお願いしたいことがあります』
シャノワール『どのような要件でしょうか?』
ゴースト『銀行口座を新たに開設いたしましたので、報酬はそちらに振り込んでほしいのです』
4秒後。
シャノワール『良いですよ。ご本人だということは伝わっていますし。どちらの口座でしょうか?』
ゴースト『お心遣い、深く感謝します。口座は、み***銀行、店番0**、口座番号82********になります』
シャノワール『承諾しました。それではゴキブリ駆除の件、詳細は追って送りますので、奥さんがこれ以上苦しまないように、なるべく速やかなる処置を改めて依頼します』
3秒後。
ゴースト『承りました』
シャノワール『肝心の遺体はキャリーケースに入れてB駅の宅配ボックスの一番大きなボックスに保管しておいてください。暗証番号は9314。後でうちの者が運びます』
ゴースト『承知しました』
シャノワール『ご武運を祈ります』
ゴースト『感謝します』
そこでログアウトされてしまい、シャノワールとのチャットは途切れた。
ゴーストの方もそこでシャットダウンをした。
「それにしても」と隣でアイリスが言う。リリィが自室に召喚したのだ。「ターゲットの奴は無神経にもほどがあるわね。女性が一人で子供を抱えて身を立てるのがどれだけ大変か。赦せない」
「そうね、酷い話よね」
「でも元神父がご丁寧に金庫のメモに取引のサインやらなんやら書き記しておいてくれて助かったわ」
「そうだね」
「まあ、酔っ払い相手はイージーだから、ここはビオラとパンジーに行かせましょうか。ビオラはピッキングが得意だし、目立たないようにスーツを着させて」
リリィは真剣に頷いた。
「リリィは引き続き〈システム・サクラメント〉を隅々まで調査してちょうだいな」
「わかった」
リリィはその夜、一人で考えを巡らせていた。シャノワールさんかあ、物腰の落ち着いた人だったな。一体どういった人なんだろう? 口調からして雰囲気が男の人っぽかったけれど、アバターのアイコンは女性だったよね? 正体不明だなあ。謎が深まる。でもどうしてシステム・サクラメント内で取引するのだろう? 何か深い意味でもあるのだろうか? とにかく今日は無事に取引を終えたし、後はゆっくりと寝よう。
リリィは頭のスイッチを切ってベッドに横たわった。見上げる天井にはしみのような疵があり、それが妙に気になって、中々寝つけなかった。それは星座のように何事かを物語っている。天井の亀裂が今にも彼女を追い立てそうなくらいに。彼女は不安に駆られて、ぎゅっと目を瞑る。するとそのまま眠りに引きずりこまれた。
翌日未明にビオラとパンジーが修道院に戻ってきた。
ビオラが晴れ晴れと言う。「いやー、楽勝だったよ。玄関の鍵をピッキングツールで開けて、ターゲットの部屋に侵入したら、そのターゲット、酔いつぶれて寝てやんの。あとはサイレンサーつきの銃で仕留めるだけ。誰にでもできる。それからはちゃんと指定された宅配ボックスにぶち込んどいたわ」
「お疲れ様」とアイリスは言う。「でも気は抜かないでね。今後も取引は続くはずだから」
「承知しました」とパンジーが応えた。
その日リリィは大部屋で子供たちのお昼寝を見守っていた。みんなマットに横になって健やかに寝息を立てている。そして安らかな顔をしている。
しばらくするとどこからともなく黒い霧のような、瘴気のようなものが四方から発生しだした。
「いったい何?」、リリィは動揺して手で追い払おうとする。
しかし瘴気はゆっくりと拡散して子供たちの頭の中にもぐりこんだ。とたんに子供たちは夢にうなされ始めた。悶え、悲鳴を上げ、しくしくとすすり泣いた。さっきの黒い霧が、子供たちのお昼寝を邪魔する原因? とリリィは解釈した。
とりあえず急いで最年長の子供のミナを起こす。何度も呼びかけ肩をゆすりながら。
「あれ、お昼寝終わり?」、ミナはきょとんとする。
「また、みんなうなされているの」、リリィは言った。「起こすのを手伝ってくれないかしら」
「うん、いいよ」、ミナがそれに応じる。
前回と同様に一人ずつ起こして回る。子供たち全員が目を覚ますと、リリィがみんなに尋ねた。
「どこか具合の悪い子はいないかしら?」
子供たちは首を振る。
「どんな夢を見ていたの?」
夢は見てないよと声が飛び交う。
「あの」、12歳のアイサが声もそぞろに小さく手を上げる。
「どうしたの?」とリリィが尋ねる。
「私、夢を見たの。森の奥で、デジタル家畜というものになって働く夢なの」
「パンジー、今に目を覚まさないかな(ドキドキ)」
「姉さん、大丈夫よ。ほら(パスッ)」
↑仕留めたのはパンジー




