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システム・サクラメント  作者: Kesuyu
第2部 黒猫と亡霊
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3【K】アウルの長い話




「幼少のころから本が好きでした。家にある本だけじゃ飽き足らず、学校が終わると学校の図書室や近所の図書館で毎日読書をしていました。おかげで周囲に『神童』と評されるようになりましたが、その呼び名はあまり好きではありません。だってちゃんと努力しましたから。きちんと対価を支払った上で今の僕があります。でもまずまず、それなりに平穏な日々でした。

 雲行きが怪しくなったのは9歳——小学3年生のときです。父には借金の保証人を引き受けていた友人がいて、その人が雲隠れして借金を肩代わりするはめになり、首が回らなくなったのです。家には怖い人たちが毎日押しかけるようになりました。しまいには借金の(かた)に母を寄こせと要求され、父が家族三人であの世に行こうと——来世で幸せになろうと言いました。やむにやまれず母と僕はその提案をぐっと呑み込みました。

 電車を乗り継ぎ連れてこられたのはこの街を取り囲むあの樹海でした。導かれるように、尚且つ誘われるように森の奥までたどりついたら父と母はなけなしの金で買った一本の缶チューハイを、さも大事そうに二人で回し飲みし始めました——涙を零しながら。僕ら三人、心はいつも一緒だよと父は繰り返し言いました。母は終始おいおいと泣いていました。僕はいくらか捨て鉢な気持ちでそれを眺めていました。缶チューハイを飲み切ると父は木に登り、ロープを吊るしていき、母はそれを祈るように見守っていました。そして父の助けを借りて木に登ります。枝にしがみつきながら臨む眺めは、ひと言でいうと恐怖です。おかげで背筋が凍りつきました。そして三人で神に祈りました——来世でまた逢えますように。そうして家族みんなで手を繋いで木の枝から飛び降りました。

 気がつけば洞穴の中にいました——ここはあの世? 見上げると沢山のグールが僕を取り囲んで眺めていて、『オキた、こどもがオキタぞ』とどよめきました。

 最初は何が起きたのかさっぱりでしたが、僕はグールたちの住処で昏睡していたのです。一体何が起こったんだろう? するとカイチョーがグールの群れをかき分けて僕の前に座り込み、ひとしきり僕を眺めまわすとこう言いました。『自殺しようとしたようじゃが、うむ、試みは失敗じゃのう。首を入れた縄がほどけとった。儂が仲間に命令してここまで運んだんじゃ。うん、頭を強く打ったようじゃの。お前さんは、ああ、そんなに死にたいか?』。それを聞いて僕は長いこと考えを巡らせました。そして涙ながらに言いました。『生きたいです』。カイチョーはゆっくりうんうんと二度頷き、それ以来、僕はカイチョーの弟子になったのです。

 提供された人肉は食べられませんでした。人肉だと思うと怖かったですし、臭いもまったく受けつけませんでした。最初は洞窟の外に飛び出して嘔吐する有様です。ですから、仲間が狩った獣や食べられる野草——カイチョーや仲間に教わりました——たまに昆虫などを、火を起こして焼いて食べ、そのようにして過ごしていました。次第に獣を捕らえるための罠の張り方もカイチョーや仲間に教えてもらい、当座の食料を確保するために樹海を隅々まで歩き尽くしました。また身体は川で水浴びをして、つねに清潔にしていましたし、そこで服も洗濯して干していました。そのようにして月日は確実に流れていきました。

 Kさんとバイパーさんに出会えたのは僥倖でした。最初はおっかなかったですが、二人が遺体を埋葬して、さらに手を合わせているのを目にして、この人たちに付いて行きたいと強く思ったのです。樹海で遺体を大切に扱う人を目撃したのは初めてのことです。だからお世話になった洞窟の人たちには申し訳ないけれど、そういう成り行きで現在に至ります」


 食堂でアウルの長い話を聞いているあいだ、Kとバイパーは一切口を挟まず、真剣に耳を貸していた。若くしてなんという苦労だろうとKは感ぜざるを得なかった。話終えるとアウルはぐったりしたように大きく息をつき、バイパーはその隣で少年の頭を撫でてやった――お疲れさんと。

 Kは言った。「よくぞ話してくれた」

 アウルが言った。「隠すつもりはなかったんです。ただお話するタイミングやきっかけがなかったんで」

「いいさ」、Kは深く頷いた。それから尋ねた。「辛かったろう」

「はい、とても」、アウルは下を向いて答えた。その瞳はかすかに潤んでいる。

「泣きたい時は泣いていいんだよ」、Kは包み込むように優しく言った。

「ずびばぜん」、アウルは堰を切ったように号泣した。

「ほんとに大した少年だよ」とバイパーはいたく感心して話を締め括った。「ここまでよく耐えたなあ。そんなに急いで大人になる必要なんてないよ」


 アウルの住まいが見つかるまでKが彼を預かることになった。使ってなかった寝室をアウルに開け渡す。

「いいんですか?」とアウルが遠慮がちに言った。

「もちろん」とKはその質問に投げ返した。「俺はいつもリビングのソファで寝ているから」

「恩に着ます」

「大袈裟だよ」、Kは苦笑した。


 翌朝Kはリン先生のところに顔を出した。アウルはお留守番だ。ちっぽけな病院の軒先の花壇には、相変わらずマーガレットがたくさん出迎えてくれる。中に入るとさっそく医務室に向かった。

「あらKくん、今日は一人?」

 リン先生はいつもどおり白衣を翻しながらきびきびと立ち働いていた。ベッドは全部埋まっていて皆特殊な装置を頭にかぶっている。

「ああ、Ⅾ39の容態はどうかな?」

「最近やっと安定してきたわ」とリン先生が難しい顔で答える。「でもその前まですごい量の瘴気をあちこちに放出してた」

 Kが質問を投げかける。「それって悪夢のこと?」

「そう、悪夢。甚大な被害がでないといいんだけれど。悪夢は必ず誰かの元に拡散して吸収されるから」

「そう言えばハンター・ベアが悪夢を見たんだ」

「そう。他人事(ひとごと)じゃないわね。辛かっただろうに。またデジタル家畜も暴走しなきゃいいけど」

「そうなればハンターが鎮めるさ」

「そうやって私の仕事も増える」、リン先生はうんざりしたように額を手で押さえた。

「そういや差し入れを持ってきたんだ。東京土産」

「気が利いているね」、リン先生はフフフと笑った。「何かしら?」

「銘店のバームクーヘン。スタッフと一緒に食べてよ」、そう言って紙袋を差し出す。

「これ好き」、リン先生は目を輝かせる。「ありがたくいただくわ。スタッフも喜ぶと思う」

「ほんの気持ちだよ」、Kは微笑する。

「その気持ちが一番重要なのよね」、リン先生も人差し指を立てて微笑する。

「最終的には気持ちだからね」

「そう、最終的には気持ちよ」

「お互い踏ん張ろう」

「おう」、二人で拳を重ねた。


 家に帰ったらアウルが訊いてきた。

「あの、この街に来てずっと疑問だったんですけど、デジタル家畜と呼ばれている人たちって一体なんなんですか?」

 当然の疑問だ。

「ここでロボットみたいに働く人たちのことだよ」とKは答えた。「毎日決まった時間に起きて、決まった時間に食事をして、決まった時間に労働して、決まった時間に寝る。仕事中は私語も極力しないし、基本的に愚痴や不満も洩らさない。日の出とともに起き、夜更かしもしないから、外の世界の人より俄然健康的だ」

「健康的なのはいいことですけど」とアウルが言った。「それって囚人みたいですよね?」

「そのとおり」とKは答えた。「でも大方の人がそれを望んでやっている。一定数そういう人間が世の中には存在する」、人員に大きな穴が空けばハンターが、外の世界にさらいにいくこともあるけど、と思うがそれは口には出さなかった。引かれるのが目に見えている。

「とりあえず風呂に入りなさい」とKは指図した。

「じゃあお先にいただきます」


 アウルが寝静まるとKはリビングで管理者Ⅹに託されたゲーミングパソコンを起動した。〈システム・サクラメント〉の管理者Xから受け継いだアカウント名は〈シャノワール〉。お洒落やろ? 彼女はそう言って得意げに笑った。ちなみにプレイヤーランクはプラチナ。アバターは黒いドレスを着た赤毛の少女。パソコンが起動するまでのあいだ、煮沸しておいた白湯をマグカップに注いで飲んだ。喉が温まる。パソコンがログイン画面になったのでホーム画面に移行する。そしてシステム・サクラメントをマウスでクリックした。管理者Ⅹの指示どおり、フレンドのゴーストという名前の人物にDⅯを送信する。


〈空がひび割れて落ちてきました。そちらはいかがですか?〉


 それがゴーストに仕事を発注する時のサインだ。相手はオンライン中なのに返事は来なかった。

 おかしいな。そう思っていると14分後にメールボックスに返事が届いた。内容はこうだ。


〈こちらは一筋の光によって空が切り裂かれるでしょう〉


 これが了承の合言葉だ。Kは今一度居住まいを正してゴーストとの取引を行い始めた。




管理者Ⅹ「あ、任務の前にバイパーにチャカ持たすん忘れとった(テヘペロ)」

K(意外に天然だな、この人……)

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