1【K】きっと悪い夢を見たのね
ハンターたちは管理者の要請により、今月で三度目となるデジタル家畜の発狂を鎮めに行った。現地に向かうとデジタル家畜の痩せっぽちの男が、何事かを叫びながら鍬を振り回し、辺りかまわず暴れている。付近の建物はいくらか損傷していたが、他のデジタル家畜たちは皆避難していたおかげで大した被害もでなかった。ハンター・Kが即座に隙をつき、ピストル型の麻酔銃でダート(矢)を暴れている痩せっぽちの男の大腿部に撃ち込むと、五分後、男はうつ伏せに倒れ込んだ。
相棒のハンター・ラットはピストルを構えたまま前に進み、足先で男の胴を転がした。
「こいつ、D39だ。泡吹いてやがら。もうだめだな。これじゃ使いもんになんねえ」
Kも歩み寄り、しゃがんで寝ているD39の顔色をうかがった。ひどく青ざめている。呼吸も浅い。そして彼はその男の肩を担いだ。
「お、おい」、ラットが引き留めようとする。
「念のため、医師に診せる」とKは声色ひとつ変えずに言った。「廃棄は最小限に抑えたい。それにどのみち最終的な判断を下すのは管理者だ」
「本気で言ってるのか?」、ラットは面食らったような顔をした。「おいおい、つまんない冗談ならよしてくれよ。このていどのことでいちいち手厚く保護するようなら、お前、この仕事向いてないぜ。腕はいいんだがなあ。ハンターならいい加減、情くらい捨てろよ」
Kは黙ってジープの方にD39を担いで行き、ラットはやれやれといった調子でその後を追いかけた。
ジープの後部座席に、眠っているD39を乗せると、Kは運転席に回り込んで車のエンジンをかけた。助手席ではラットが開けた窓に手をかけながら――どこで拾ってきたのか――葉っぱの茎を咥えている。ああ、煙草が吸いてえなあ、といかんせん声を洩らしながら。他のハンターたちも各々ジープに乗り、本部に向かったらしく、ハザードランプで合図を送っては、皆先に走り去って行った。
「しかしあれだな」、ラットは頭の後ろで手を組んで、身をのけぞらせた。「医務室に行くならリン先生いるかな」
「いるだろうな」とKはハンドルを握りながらそっけなく答えた。「この街で唯一の医者なんだから」
「器量が良くてスタイルも抜群!」とラットは大げさに叫んだ。「たまんねえぜ」
「見え透いた下心は女に嫌われるぞ」とKは横目に釘を刺した。
「へっへっ、わかってるって」、ラットは下卑た顔をした。そのあと胸に手を当てて、真面目くさった顔つきになった。「現時点から私はラット改めジェントル・ラットであります。エスコートだってお手の物。今宵はスマートできらびやかな夜を過ごそうじゃありませんか」
「言ってる間に到着したぞ」
「承知いたしました」
診療所の前の花壇にはマーガレットの花がびっしりと咲いている。それを除けば特に外観に特徴はない。二階建ての一軒家だ。駐車場に停車すると、二人はD39を担いで中に運んだ。
「あら? Kくんにラットくん」
リン先生は白衣を翻しながら、医務室で忙しそうに立ち働いていた。
「リン先生、空いているベッドはないかな? デジタル家畜がまた発狂したんだ。今月で三度目だ」とKは言った。
「きっと悪い夢を見たのね」、リン先生は小さく首を振って溜息をついた。「可哀想に。悪いんだけれど、一番奥のベッドに寝かせておいてくれるかしら。すぐに診るから」
「お心遣い、深く感謝いたします」とラットは仰々しく礼を言った。
D39をベッドに寝かせると、Kは医務室内を見渡した。外観からは想像できないほど、中は近未来的だ。八つあるベッドは満杯で、そこに寝かされているデジタル家畜たちは皆一様に、ヘルメットの上に太いバキュームのホースのようなものを取り付けた装置を頭に装着している。気がつけばラットがリン先生の後ろをヒヨコみたいについて回っていた。Kはラットに近づいて行って、彼の後ろ襟を摑んだ。
「要件は済んだ。行くぞ」
「男手があった方が良いではないですか?」
「大丈夫よ」、リン先生は微笑んだ。「スタッフもいるから、後は任せといて。ありがとう、二人とも」
恐悦至極にごじゃります、とラットはおどけて見せて、Kは手を振って部屋を後にした。
街は四方を森に囲まれている。その奥は死の臭いのはびこる樹海だ。すなわちここは陸の孤島である。街自体も小さく、1000平方メートルくらいで、中は四つの区画に分けられている。居住区、農業区、職工区、開発区。その四つの区の中心には壁に仕切られた区域がひっそりと領域を張り、中には本部が――管理者とハンターたちはもちろん承知しているが――人知れず存在する。
その壁の外の門の前に到着するとKはリモコンを取り出して解錠ボタンを押した。ゆっくりと門が開く。高い壁が陽を遮っていて中は翳っている。ジープはその中に踏み出していった。駐車場には車が十二台停まっており、その空いているスペースに停車すると、さっそく助手席のラットがジープから飛び降り、うんと背伸びをした。
「やっと本部におかえりだ。やあやあ、皆の衆、ラット様の凱旋だぜ」
エンジンを切り、Kもジープから降りた。辺りに人の気配はない。
「いったい誰に向かって言っているんだ?」
「いいじゃねえか、マイ・バディ」、ラットは振り返ってへらへらと笑った。「辛気臭いのは嫌いなんだよな。少しは盛り上げてやんないと」
「お気楽なもんだな。その内に管理者にどやされるぞ」
「おお、怖い怖い」とラットは言って、おどけた真似をした。
「まあ、いいさ」とKは言った。「管理者に報告しに行こう」
「イエッサー」とラットは上機嫌に応えた。
そして二人してエレベーターに向かい、パスコードを入力すると、本部の地下深くまで降りていった。
「おお、ようやったやん、あんたら」
管理者Xは指令室の奥で座っていた椅子を回転させると、拍子抜けするほどあっけらかんとした調子でKとラットをねぎらった。見た目は髪の長い少女のようで、背も低く幼く見える。事実、年齢不詳である。が、もちろん彼女に年齢を尋ねる馬鹿などこの組織には存在しない。というのは組織の権限は彼女が掌握していたし、この街の者にとっては、いわば畏怖の対象なのだから。
組織の名前は〈システム〉といった。誰が、何のために設立したのかは不明だが、バックでは相当の金と権力が動いているらしい。彼らは背筋を伸ばして、その裏社会とのパイプを握っているであろう少女に向かって敬意を表した。
「またKが仕留めてくれたんやな」と管理者Xは満足げに言った。「銃の扱いであんたに勝るもんはここにはおらん。これからもその調子で頼むで」
Kは敬礼して、それに応じた。
「ラットはすばしっこくて臆病や。そのぶん機転もきく。今後もKのサポートを頼むで」
心得ましたとラットはビシッと敬礼した。
「で、お疲れのところ悪いんやけれど、二人には明日から一週間ほど外回りに行ってもらうで」と管理者Xは言った。外回りとは文字通り、外の世界での任務のことだ。つまりこの街から出るのだ。
「外回り?」とラットは嬉しそうに聞き返した。というのは、外の世界では、酒も煙草も女も、やりたい放題だからだ。この街にはそれがない。一部例外を除いては。
「外回り――それだけでは要領を得ません」とKは言及した。「具体的にはどのような任務なのですか?」
「荷物の運搬や。先方とはもう話ついとる。それさえやってくれれば、後は好きにしてええで」
「やった」、ラットは堪え切れずガッツポーズをした。「しかもチョロい仕事じゃねえっすか」
「荷物の中身は何です?」とKは尋ねた。
「知らんでええ」、管理者Xは凍りつきそうな目をした。「知らん方がええ」
Kは足をそろえて再敬礼をし、ラットはだらしなくにやけて再敬礼をした。
翌朝、定刻になっても本部にラットは現れなかった。やれやれ、初日から遅刻かよ、とKは面食らった。まだ自室で眠っているのかもしれない。Kはジープに飛び乗って、急いで居住区に行き、ラットの住むアパートに到着すると、車から降り、彼の部屋のドアを何度もしたたかにノックした。
「おい、ラット! お前が楽しみにしていた外回りに行くぞ! 急いで支度しろ!」
ところが反応がない。試しにドアノブを回すと、鍵はかかっていなかった。中は窓から光が差し込んでいて薄暗く、むっとした空気が立ち込めている。部屋は散らかっていて――どこで手に入れたのか――壁にはグラビアのポスターがいくつもテープで貼られていた。そしてベッドの上には人が大の字になって横たわっていた。
「おい! ラット――」
しかしその呼びかけも虚しく、ラットは日の光に照らされながら、ベッドに仰向けになって死んでいた。
R.I.P.ラット