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小さな乱入者

「この騎士トーナメントで最優の成績を残した者には、我が姪の近衛騎士に推薦しよう」


 獅子の咆哮を彷彿とさせる声で、叔父上は宣言した。

 グレニア国のレオ公爵。

 父に王位継承権を譲り、自らは外国から姫君を迎え入れた貴族の一人だ。

 父の後ろ盾でもあり、私の後見人でもある。

 野獣のように鋭い眼光と、他人のペースを掻き乱す彼の威圧するような低い声が私は苦手だった。


「許せ、メルシア姫よ。我が弟は離宮の警備を信頼しているが、俺は可愛い姪が心配で堪らん。そろそろ専属の近衛騎士を付けるべきだ」


 公爵の目論見は分かっている。

 近衛騎士に推薦した恩を使って、私への監視を強めたいのだ。

 国内の主要な商業施設を領地に持つ公爵を次期国王に推薦する者も多いが、年齢を理由に補佐の立場を取っている。


「母上はどのようにお考えですか」


 孔雀の扇で口元を隠す王妃に問い掛ければ、彼女は『別に構いません』と淡々と返答した。

 それよりも、騎士トーナメントの後に控える会議の方が気になっているらしく、どこかぼんやりとしているようにも見える。


 騎士トーナメントは、グレニア国の伝統行事の一つ。

 騎士候補生が真剣を使って決闘を行い、優劣を決める。

 戦乱の時代では、領主同士の代理人として騎士たちが決闘し、その結果を元に国王が領土争いを仲裁した。

 五十年近く平和な今では、数少ない実戦経験を積む場としての側面がとても強く、決闘の他に乗馬など種目が追加されている。


 一組ずつ騎士候補生たちが武勲を立てようと剣で戦い始める。

 剣を初めて握る者もいれば、狩りの経験があるのか、すぐにコツを掴む者もいる。

 怪我をする者もいたが、おおむねトントン拍子にトーナメントは進みつつあった。


「ふむ、今年はハズレだな」


 ひとしきり騎士トーナメントを眺めていたレオ公爵が吐き捨てるように呟く。

 血を流す騎士もいるというのに、その目には思いやりも気遣いもなかった。

 恐らく、彼の目には腕の立つ騎士しか映らないのだろう。


「今のところ最優の成績を残しているのは、フェアフィールド辺境伯の御令息アルフレッドでしょうか」


 王女として、国内の貴族や権力者の名前は暗記している。

 特に歴史の古い貴族や豪商は、献上品を贈ってくることもあるため記憶に残っていた。

 あの金髪と鋭い目が社交界では人気らしいが、私にはあまりよく分からない。


「ヤツは騎士の才能はあるが、王の才能はない。メルシア姫よ、くれぐれもヤツに心と体を開くなよ」

「婚約者でもない相手とそのような関係になるつもりはありません。冗談でもそのような発言はお控えくださいませ」

「乙女の心は気紛れと吟遊詩人は語るように、女性というのはどういうわけか少しダメな側面のある男に酷く惚れ込むことがある。姪には苦労してほしくないのだ、分かってくれ」


 水面下で牽制し合う。

 この手のやり取りは、もう数えきれないほどしてきた。

 貴族というものは、ほんの少しでも隙を見せれば、強硬手段で己の息子や甥を私の婚約者に捩じ込もうとするのだ。


「……それに、アルフレッドは辺境伯を国王にするべきだと主張するサロンに出入りしている。表向きは否定しているがな。忠誠だなんだと口にしているが、本心は王家に入りたいんだろうよ」


 レオ公爵は獣のように低い声で唸る。

 国の境界線を防衛する辺境伯は、国王からの任命によって叙勲を受け、広大な領地と軍を所有する。

 国王に有事が起きた際、代理として統治する権限を持ち、王家としては頼れる味方ではあるが決して油断できない相手でもあるのだ。


「チッ、辺境伯のヤツめ、事前に金をばら撒いて候補生を買収しやがったか」


 アルフレッドがまた一人、候補生に勝利する。

 もはや彼が最優であることは覆しようがなく、他の候補生たちも二番目や三番目を狙って争っている状況だ。

 その状況を観客たちも理解しているようで、例年に比べてどこか盛り上がりに欠けつつある。途中にも関わらず席を立つ観客が目立つほどだ。


 そして、騎士トーナメントの表彰式を迎えた。

 慣例に則って、王女である私が最優の成績を残した候補生の首に金のメダルを掛け、赤のケープを装着させる。

 そのために近衛侍女から受け取り、表彰台の上で首を垂れるアルフレッドに近づこうとしたその時だった。


 ぺちん、と金髪に革の手袋が叩きつけられる。

 アルフレッドは、何が起きたのか分からないという表情で辺りを見渡す。


 どよめく観衆の視線の先には、黒髪をシニヨンの形に纏めた一人の令嬢がいた。

 スリットの深い緑色のドレスの下に動きやすさを重視したスパッツを履き、日に焼けた肌を恥じる様子もない。

 令嬢にあるまじき革の籠手や腰に下げたレイピアと、鬼のような形相で睨みつける姿には迫力があった。


「失礼、そこのレディ。もしや、この僕に手袋を当てたのは君かい?」


 困惑気味にアルフレッドが令嬢に問いかける。

 令嬢は鬼のような形相のまま、獣のように吠えた。


「黙れ! お前のような下衆な男を、私は騎士と認めない!」


 王国内で、庶民に分類される商家の令嬢が、辺境伯の令息に無礼を働いた事例はいくつかある。

 だいたいは慰謝料などで決着を迎えるが、いずれも解決に長い時間を要した。

 その中で立場の弱い令嬢が不審な病死を迎えたり、外国へ出奔するケースは多い。

 そして、それは不幸と没落の始まりだ。


 青褪める私を他所に、令嬢は畳み掛けるように叫ぶ。


「我が名はイザベル! 生まれは商家であるが、これまでいくつもの魔物を狩ってきた。王国への忠誠心は誰にも負けない! 騎士であると騙るなら、剣を持って私と決闘しろ!」


 アルフレッドの顔にさっと赤みが差す。

 公衆の面前で罵倒された怒りと、晴れの舞台に水を差された屈辱に肩を振るわせ、感情のままに叫び返す。


「小娘だろうと容赦はしない! この俺に恥をかかせた事を、後悔させてやる!」


 近衛騎士がさっと私を取り囲む。

 この場から引き剥がそうと腕や肩を掴んだ。

 群衆は思わぬ小さな乱入者の登場に歓声を上げ、大きな声で囃し立てる。


「私よりあの子を、イザベルを誰か助けなさい! あのままでは死んでしまいます!」


 あれほど激昂したアルフレッドが決闘の中で手加減できるはずがない。必ず酷い流血沙汰になる。

 暴れる私に近衛騎士たちは何も言わない。

 彼らにとって、王家の安全が何よりも重要なのだ。


「これは面白い事になったな。実に興味深い」


 レオ公爵は歯茎を剥き出しにして笑った。

 目の前の騒ぎが気に入ったようで、爛々と輝く目で決闘を見守るつもりらしい。


「まあ、なんとはしたない。下々の者は娘の躾すらまともに出来ないのでしょうか。あれでは猿と大して変わりませんね」


 冷めた目を向けつつ、紅茶を啜る王妃。

 どうやらこの事態に焦っているのは私だけのようで、会場は前代未聞の乱入者による決闘を見守る雰囲気になりつつあった。


「改めて名乗ろう。我が名はイザベル。生まれはクミン、代々続く商家の娘だ。騎士となるべく、剣術の指南を受けている。此度は貴公の振る舞いを知るが故に、不相応にも騎士になろうとした蛮行を咎めるべく決闘を挑んだ!」


 商家の令嬢イザベルが名乗る。

 乱入者とは思えないほど凛とした声音で、堂々とした振る舞いであった。

 レイピアを構え、背筋を伸ばして立つ姿はまさしく騎士そのもの。


「ッ、我が名はアルフレッド! フェアフィールド辺境伯の長子である! 謂れのない誹謗中傷を甘んじて受けるほど、俺は優しくないぞッ! 例え相手が女であろうとも、手加減や容赦はしない! その澄ました顔をズタズタにしてやるっ!」


 剣を構え、外聞をかなぐり捨てて叫ぶアルフレッド。

 群衆はそれを豪胆と受け取る者もいれば、品がないと眉をひそめる者もいる。


 レオ公爵は片手を上げ、堂々とした声を張る。


「その心意気や良し! この決闘は、このワシが見届け人となろう。ルールはシンプルに、先に降参した方が負けとする! 両者、共に異論はないな!」


 興奮状態にあるイザベルとアルフレッドは食い気味に頷いた。

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