表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/160

80 ……寝たフリ


 クロノに合わせてまず動いたのは、最も速いアリオスだった。

 万全であれば、唯一、クロノの速度を上回る。

 つばぜり合いとなった後ろから、斬りかかった。

 気配で追ったとしても、間に合わない。

 自惚れでもなく、アリオスは速い。速度だけなら、先のアインと比べても遜色ないのだ。 

 完全に入ったと、そう確信する。


 しかし、



「ご挨拶ですね」



 神官服は、アリオスの剣を弾いた。

 決して、アリオスの攻撃が柔かったのではない。

 雷を纏ったその一撃は、熱と速度、アリオスの技と力も相まって、大岩すら両断したろう。

 だが、見向きもされなかった。

 布と肌しかなかろうに、手応えは鋼鉄を斬ったかのようだ。

 斬れない、と即座に直感する。

 


「『火災龍』」


「いきなり暴力とは。出来る事なら、無闇にそういう事はしたくないのですが」



 クロノも、アリオスも、決定打を与えられない。

 それが分かった瞬間に、アリシアは動く。

 龍の形をした炎が、咆哮をあげながら男へと襲いかかった。

 炎は男を呑み込み、猛り狂う。

 もしも、クロノのプロテクトが無ければ、一帯がガラスと化していた。

 危うくクロノたちを巻き込みかけたが、余裕がないのだ。

 格上を相手に、四の五の言っていられない。

 それより、主導権を取ることに必死だ。


 第六階梯魔法『火災龍』


 炎の龍が、敵を呑む。

 アリシアが行使するのなら、街をまるごと包む程度は容易い。

 その規模の炎が、一人を執拗に追い込む。何度も何度もその場で渦を巻く。この度に温度は上がり続け、まともに息をすれば喉が焼けるだろう。

 だが、



「! リリアあぁぁあ!!」


『分かってるわ』


「その力をここまで……まったく、何とも恐ろしい事です……」



 炎から、何のダメージもなく男は立ち上がる。

 クロノは、リリアを呼んだ。

 ガラスを爪で思い切り引っ掻くような、不快感を伴う声が聞こえた。

 すると、黒いモヤが男を掴もうとする。

 無数の虫の羽ばたきのような、不安と気色悪さを全面に押し出したナニカだ。

 だが、それも容易く躱される。

 


「躱した! やっぱり呪いは有効だ! アリシア、アリオス! サポートに回ってくれ!」


「「了解」」


「若いのに、判断が早い」

 


 第四階梯魔法『グラビティコントロール』

 第三階梯魔法『鈍重』

 第三階梯魔法『幻痛』

 第四階梯魔法『夜の帳』

 付与魔法『敏捷向上(クイックアップ)』『膂力向上(タフネスアップ)』『防御向上(ガードアップ)』『明鏡止水』『感覚鋭化(キーンセンス)』『全能力向上(オールリフォース)


 敵の動きを阻害し、味方の動きを良くするための魔法だ。

 高速で使用された魔法たちは、恐ろしく冴えていた。

 その効果は、紛れもなく一級品である。



「一位殿ではありませんが、若い芽で遊びたくなる気持ちも分かります」


「はあああ!!」



 魔法で底上げされ、本人に自覚はないが、『神気』という特別な力を、本来あり得てはいけないほどに引き出している。

 クロノ本人も、天才の中の天才だ。

 研鑽を怠る事なく、一級の師の元で技を学んできた。

 技術は、ほぼ一級以上だ。パワーも、スピードも、テクニックも、素晴らしかった。

 だが、



「この若さ。摘んでしまわないよう、立ち回るのが難しく、楽しい。クセになりそうだ」


「!」



 アインとの戦闘の一部始終を見ていたクロノには、分かる。

 この神父は、近接を得手としていない。

 アインと戦っていた時は、明らかに距離を取ろうとしていた。

 だが、今はその気は一切ないらしい。

 悠長に喋る暇まであるのは、余裕だからだ。



「おおおおお!」


「くっ……!」


「素晴らしい気迫です」



 今の時点で有効なのは、クロノの剣と、リリアの呪いのみだ。

 そんな中で、アリオスは、かなり上手く立ち回っている。

 男は、アリオスの攻撃は躱すつもりすらない。どうせ刃は通らないからと、見向きもしない。信じられないイカれ具合だ。

 アリオスは、力の性質になんとなく気付いていた。

 剣による攻撃は、物理的に止められない。干渉できるのは、傷にならない攻撃だけだ。致命となる行動は、ことごとくが弾かれる。

 なので、



「良い判断です。本当に素晴らしい。出来る事なら、部下に欲しい」



 目眩まし、足取り、腕取り。

 とにかく行動の邪魔をする。

 剣の攻撃は防げない。なら、せめて、当たり所がマシになるように。クロノが、より立ち回りやすくなるように。

 しかし、



「効きませんよ」


「うぐ……!」


「『空間転移』!」



 クロノは、真正面から、叩き伏せられる。

 アリオスによって邪魔をされても、なおクロノは男に近接で負ける。

 小細工で埋められない実力差がある。


 狙いをアリオスに向けた瞬間、アリシアは『空間転移』でアリオスを引き寄せる。

 判断が遅れれば、死んでいただろう。

 アリオスに出来るのは、あくまで邪魔までだ。鬱陶しいと払われた時に、自衛は出来ない。

 獅子と蝿とでは、競り合いにならないのだ。



「やはり、素晴らしい。計画の事を忘れてしまいそうです」


『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!』



 ジリジリと、地面から黒いモヤが迫った。

 クロノたちを守るように、立ち上る。

 余裕で男には躱され、距離を取られてしまうが、そのままなら詰んでいたのだ。 

 贅沢を言ってはいられない。

 


「……マズイ」



 そう呟いたのは、誰だったか?

 何にせよ、全員の気持ちであったのは違いない。

 たったこれだけで、理解させられる。

 男とクロノたちとでは、絶対に覆せない実力差があるのだと。

 重い沈黙が横たわる。

 警戒と緊張で、動けない。

 ただ、一点、男の方を見つめるのみだ。


 そして、



「まあ、落ち着きなさい。小生に、戦闘の意志はありません」



 男の言葉を呑み込むのに、数秒の時間を要した。

 意味が分からなかったのだ。

 攻め込んでおいて、どの口が言うのかと。

 胡散臭いどころではない。ただただ、嫌悪感が湧いてくる。

 奥歯を噛み砕かんほどに食い縛り、睨む。

 

 だが、男はゆるりと言う。

 


「真面目に戦うつもりなら、初手で殺しています。小生は、話し合いがしたい」


「……何を、話すと?」



 察している。

 マイペースな口調と、緊張感の無さは、実力の高さの証明だ。

 場違いなほどに大きな親愛。

 気持ち悪くて吐きそうになりながら、男の真意を探ろうとする。



「ちょっとした雑談ですよ。意味の無い、他愛もない話をしてみたい」


「話す事は、ない」



 クロノが代表して、突き放す。

 心から、嫌悪ばかりが浮かぶのだ。なのに何故、話をせねばならないのか。

 敵とは、何も語り合う事はない。

 暴力に溺れた生物のはずだ。先ほどまで、数多の命を奪うことをよしとしていたのだから。



「単刀直入に言うと、我々は、優秀な人材を求めています。ですので、我らに協力して欲しい」


「……話をするつもりはないと、そう言ったぞ」


「我々の目的は遥か遠く、そのために手段を選んではいられない」



 クロノたちの言い分など、まるで聞いていない。

 弱者に権利など無いと、そう言っているかのようだった。

 物腰こそ柔らかだが、見下す視線は隠せていない。



「我らは、彷徨い続けているのです。長く長く迷走して、最近、ようやく道標を見つけた。ようやく、ようやくなのです」


「…………」


「小生の元で働く気はありませんか? 今なら、厚待遇を約束します」



 にこやかに、男は言う。

 異世界の言葉を話しているのではないかと思うほど、理解できない。

 目の前の男の真意は、深く、見通せない。



「……俺を殺そうとしたのは、何故だ?」


「? ああ、しましたね、そんな命令」



 ここまで、何を考えているか分からないと感じたのは、アインくらいだ。

 超越者として、まったく違う世界が見えている。

 それは、理解できないものだし、してはいけないものだと、なんとなく思う。



「あれは、特に意味の無い命令ですよ。彼に達成出来ると思っていませんでしたし」


「どういう、事だ……?」


「強いて言うなら、ふるいにかけるのが目的です。小生の思い通りになるのかの実験とも言えます」



 分かるように言っていない。

 勧誘をしているのだろうが、何故、こんな濁した言い方をするのか?

 理由があるとするのなら、



「おい、俺たちを馬鹿にしたいだけなら、そう言えよ」


「ここまで虚仮にされて、黙ってはいられん」


「足元を掬ってやります」


『死ね』



 青筋が立つ音がする。

 燃え盛るような怒気だった。

 しかし、男は朗らかに笑うばかりだ。



「若い子供たちは、短気ですねぇ。ですが、小生の話は聞いておいて損はしませんよ」



 男は、微笑んでいる。

 向けられた殺気も、向けられた刃も、まったく気にしていない。

 歯牙にもかけてはいない。

 何をされても死なないという自信が、そのまま現れている。

 悠然と、何にも邪魔されない。

 人の姿に収まっているだけで、巨大な怪物のように思えてくる。



「貴方たちは、この世界がおかしいとは思いませんか?」



 だから、見えているものが違うのだ。

 あまりにも高く、遠く、奥を見ている。

 理解したくもない事を、話されている気がする。

 


「人の傲慢は、目に余る。犯し、殺し、憎しみ合う。愚かでどうしようもない人は、道に惑うている」


「…………」


「必要なのです、道標が。ですから、小生はここにそれを降ろしたい」



 高揚しているのが、分かる。

 満面の笑みを浮かべている。

 そして、



「神を、この星に降ろしたい」



 完全なまでに、禁忌だった。

 まさか、ここまで存在してはいけないものだとは。

 絶対にあってはならない、未来。これは、世界を滅ぼすのと同義なのだ。

 背筋が凍る。おぞましい男の思想に、足がすくみそうになる。

  


「ね? 素晴らしいでしょう?」


「今、ここで確実に殺すぞ」



 教団とは、どのような組織か?

 ここから全てを察する事は出来ない。

 だが、



「この世に居ちゃいけない。早く、今すぐ、殺さないとダメだ!」


「なんたる傲慢。小生たちは、ただ人類のためを思っているというのに」



 勝ち目がなくとも、やらねばならない。

 この世の地獄を創り出そうとしている。

 立ち塞がる以外、どの選択肢も死んでいる。






面白ければブックマークと、下の☆☆☆☆☆を★★★★★へ変更お願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] アイン『………。』ってコト?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ