7 最近の若い子ってこんななの? あれ? なんだこのセリフのおじさん臭さ?
「やあ、アイン嬢」
「…………」
さっき見たな。
なんかキラキラで、洒落てる彼。ああ、思い出したわ、クラスメイトのチャラ男くんじゃん。
こんな所で何してるの?
ていうか、何故ボクに話しかけるん?
そんなことする暇あるなら、壁に話しかけてる方がマシなんじゃない?
あ、いや、名前呼ばれたけど、もしかしたら聞き間違いの可能性あるな。
うん、その可能性は捨てきれない。
今回の場合は無視を決め込むのが正解だわ。
よし!
「アイン嬢ってば。聞こえてて無視してるでしょ?」
「…………」
回り込むなって。逃げ場無いじゃん。
え、なに? 告白?
ボクならチョロそうだしイケるとか思ってる?
「アイン嬢ってばー! ねー、聞いてよー!」
「…………」
「寂しいんだよー! このまんまじゃ、寂しすぎて死んじゃうよー!」
肩まで掴んできやがった。
そのまま肘と胸倉掴んで一本背負いしてやろうかな?
コイツもまあ、それなりに動けるなら受け身くらいは取れるでしょ。
なるようになる、なるようになる。
取り敢えず動いてから考えようかな。
あ、投げようとした瞬間に手ぇ引っ込めやがった。
無駄に危機感地能力の高い奴め……!
もう、普通に無視したらいいや。
昼休みもいつまでも続く訳でもないし、もう教室に戻ろう、そうしよう。
「君らが食堂に行ったから、俺も見習ってリリア嬢と仲良くなろうとしたんだよぉ……なのに彼女、俺にゴミを見る目を向けるだけなの……俺が何したんだよぉ!?」
「…………」
「それでもめげずに話しかけたら、いきなり魔法ズドンだよ? 避けなかったら俺死んでたよ? 避けれる程度だったけど、普通に死ぬ威力だったよ?」
知らねーよ。
ていうか、しつこく絡むなよ。
嫌がってるなら引けよ。
やばい、ツッコもうと思ったら幾らでも思い付く。
コイツもしかして、コミュ障か?
人に平気で話しかけるけど、相手のことまったく考えられない系統かな?
コイツに絡まれていただろう、ツンケン娘の気持ちを察するに余りあるね。
「俺はー、みんなとー、仲良くなりたいのにー!」
「…………」
「特に女の子とー!」
え、いい加減ウザいぞ?
いったいなにを下手な泣き真似してるん? 普通に腹立つだけなんだけど?
ころすぞ?
付いて来るなよ、ストーカー。
あ、いや、コイツも一応同じクラスか。
だったら、付いてくるなって言えないじゃん。
「それにしても、綺麗な黒髪してるよね、アイン嬢ってー」
「…………」
「手入れってどうやってるん? あ、肌もスベスベだよねえ」
女子か。
アプローチにしても、それはええんか?
ボクにはナンパの定型って分からんけど、それで世の女の子は引っかかるんか?
ていうか、コイツ、マジでずっと喋ってんな。
口から生まれた野郎の類か?
身振り手振りも表情も、なんか全部がうるせえな。
もうコレ、普通に受け答えした方がいいのでは?
黙ってても余計に煩くなるだけな気がする。
「ねー、ねーってばー!」
「無視してるんだから、察しろ」
え、うわ、めっちゃ嫌な笑顔された。
なんでそんな、鴨が罠に引っかかったみたいな表情出来るんだよ。
反応して欲しいだけか?
かまってちゃんかよ、こんちくしょう。
「んふふ。我の強い女の子って、魅力的だよねー?」
「しつこい男は気持ち悪いけど」
「そう言わないでさー?」
うざ。
ウインクすんなよ、鬱陶しい。
ボクは別に惚れんからな?
性愛なんて、生まれて十年で枯れたわ。
人間の三大欲求は全部、切り捨てて久しいどころじゃないし。
「……要件を言え。そんで、さっさと消えろ」
「つめたーい」
「それが要件か? 分かった。ボクの態度は一生変わらないから諦めろ。じゃ」
「まってまって! 違うって!」
だから、言ってんだろうが。
普通に嫌がってんのに、押して押すなら腹立つに決まってるわ。
何を期待していたんだ、コイツは。
同じやり方でついさっき拒否られてんだろうが。
サバ折りにしてやろうか。
「ボクと話すくらいなら、彼と話してきたら?」
「彼? ああ、クロノくんか。でも、彼って男でしょ?」
女たらしスケコマシ助平クソ野郎。
シンプルに死に腐れ。
いくらなんでもませ過ぎだろ、ガキが。
「あー、冗談冗談! だから、そんなゴミを見るような目ぇしないでよ!」
「話しかけんな。ガキには興味ない」
「酷いよお! ていうか、俺たちそんな歳の差開いてないでしょ?」
いや、三百以上は離れてるよ、歳。
一応、受験出来る年齢は幅があるし、全員が同い年じゃあないと思ってても、まあ気付くわけないか。
不老になったのは、ボクが確か十五歳の時だったし。
何百歳単位とは流石に思わんわな。
「話を戻すけど、俺はクロノくんより、君に興味があるんだよぉ」
「あ?」
「確かに、クロノくんはなかなか面白そうだよ? 平民なのに、あれだけ力があって、知識があって、なのに常識には乏しいみたい。どこかアンバランスで、見てて面白いね」
はあ……まあ、もうちょい話聞いてやるか……
一応、真剣ではあるし。
ふざけないなら、一回くらいは聞いてもいい。
「でも、今はアイリス嬢か唾つけてる途中だし。終わったら話しかけはするよ? 彼、なんかチョロそうだから、仲良くするのは簡単だろうし、しないデメリットもないし」
「…………」
「でも、俺は今、君に興味があるんだ」
貴族的な考えはあるけど、それより前にナニカがある。
幸薄ちゃんみたいな、根っからの為政者じゃない。
自分の興味を優先させるタイプか?
だって、ボクに先に近付くメリットないし。
「怖いよねえ、本当に。目がもう、他の人と違うしさ」
「あ?」
「俺やリリア嬢と同じ、嫌な目だよ。暴力に慣れた人間の目だ」
「…………」
こういう人間の嗅ぎ分けって、どうやってるんだろ?
ボクって、人を見る目がないからなあ。
このチャラ男くんみたいなこと、出来た記憶ない。
言動とか態度から理論を組み立てて推察は出来るけど、コイツみたいに感覚で察するのは無理だ。
最近の若い子って、皆こんなんなんかな?
数百年単位でジェネレーションギャップあるから、まったく分からん。
あれ? なんか『最近の若い子』って言葉にオヤジ臭さを感じる。
自分で言ってて、なんか傷付いた。
ボクってこんなこと言うキャラだったっけ?
「仲良くしたいんだよ。君たちみたいな人と、仲良くしたい」
「…………」
「他の三人は、可愛らしいよねぇ。少なくとも、善人側だ。一線を超えられないんだ、彼らは。なら、同種の人間で集まった方が、実のある学園生活になりそうじゃないか?」
…………
まー、言わんとしてることは分かる。
分かるけども、荒んでるねえ。
こんな歳の子が、こんなことになってるとは。
「……馴れ合う気はない。構うな」
「まあまあ、そう言わず……」
「二度も言わせんなよ」
ちょっとだけだよ。
ちょっとだけ、殺そうかと思った。
殺気を出すなんて、そんな大仰なことじゃない。
そんなの悟らせるなんて、未熟な証拠だよ。ボクは、極めて平静なままだった。
なのに、この子はボクがそう思った瞬間に雰囲気が変わった。
ニヤニヤしてて、なのにずっと目だけは笑ってなかった。けど、今はなんというか、仮面が剥げたね。
笑う余裕なんて、無くなったらしい。
なんとも、危機感知だけは具合が良いらしい。
「…………」
「ボクのことが気になるなら、教えてやろうか? ボクのこと、ほんの少しだけ」
「いや……」
「君の方から関わることを止めたくなるような、君の方から近寄らないでくれと懇願するような、そんなボクの一面を懇切丁寧に」
「分かった、分かった! 降参だ!」
分かってくれて良かった。
お互い、干渉しない方が上手くいくだろうしね。
「ちぇー! なんだよ、せっかく仲良くなれると思ったのにー」
「死ね」
暴力でなら、負けないからな?
大体のことは暴力でなると思ってるクソ野郎を、舐めちゃいかんよ。
最悪、後悔してもし尽くせんようなおぞましい暴力を見ることになるぞ。
分かったならそのままさっさと……
あ、そうだわ。
「分かったよー。俺は一人寂しく教室の隅で泣いてろっていうんだろー?」
「ねえ」
良いこと思い付いた。
関わるなって言ったけど、本当は誰とも関わりたくはないけれど、彼ならマシか。
ボクには、一応義務があるし。
嫌って言って、拒否できるもんでもないし。
あー面倒くさいね、本当に。サラリーマンみたいなもんだよ、ボクは。個人の感情よりも先に、やらなきゃいけないことがあるんだ。
「もう、何さ? お望み通り、俺はもう関わらないよ」
「演習の授業、覚えてる?」
ちょっと脅しただけじゃん、拗ねんなよ。
話聞かないなら、それこそ暴力の出番だぞ?
「ああ、西の郊外の森でサバイバルってやつか。それが何か?」
「ちょっと、お願い聞いて欲しいんだよね」
仕事は、効率良くやらなきゃね。