56 ……浄化完了
東の海に浮かぶ、巨大な嵐の具現。
意思なき暴力であり、意志なき災害。
何百年も止まない、暴威と死を宿した、最も『星』の源流に近い『魔』の極致。
おそらく、これに意識と呼べるものがあったのなら、コレが『魔王』となっていたに違いない。
故に、コレは、無秩序に目の前の命を刈り取るだけの、事象に近いものだった。
海という領域に生まれ、活動していたからこそ、人類は滅ばなかったのだ。
在るだけで、甚大な被害を撒き散らす。
生まれながらに王である『魔王』でなければ、まず従える事は出来なかった魔物だ。
だからこそ、
(妙ダナ……?)
当然、気付く。仮にも『魔王』だ。
少なくとも、頭は鈍くなっていない。
既に数百年も前の記憶だが、自ら配下と加えた魔物たちの力は、色褪せずに残っている。
だから、明確な違いを見逃せない。
「――――――――――!!!」
「??」
意志なき災害であるからこそ、その怪物は恐ろしかった。
生物に本来備わっている歯止めが無いのだ。
だから、暴れると手がつけられない。
だから、『魔王』は支配下に置く事を優先した。
「我ノ記憶カラ出来テイルノデハナイノカ?」
「―――――――――――!!」
この違和感は、無視できない。
明らかに、おかしい。
このかつての魔物たちが『魔王』の記憶から創られたモノだとすれば、この差はなんなのか?
思えば、あの『巨狼』も本当に同じだったか?
その昔に在ったモノとは違う、何かの介入があったのではないだろうか?
「殺気ナド、貴様ニハ似ツカワシクナイ」
呪いを振り撒く者であるから、分かる。
漏れでる殺気と、戦意が。
嵐に『誰かを害そう』などという思考はない。
だというのに、今対峙している嵐からは、明確な人為的なものを感じる。
「……誰カ、乗ッテイルナ?」
「――――――――」
そこに在るだけで、魔法が発動する。
この『嵐』の最大の武器だ。
海という根城から大量のエネルギーを引き出し、体を通せばそれだけで攻撃になる。
巨大な津波が、大地を割る雷が、空間を裂く真空波が、絶えず流れ出るのだ。
垂れ流されるそれらは、一つ一つが直撃すれば即死するほどの威力がある。
「ダガ、関係ナイ」
全ての魔法が、『魔王』へ襲いかかる。
大陸を更地にしても余りある。
何百年も、人類が滅ぼすことが出来なかった
しかし、
「殺ス」
問題にもならない。
歴代最強の魔物は、『魔王』なのだから。
※※※※※※※※
「修行、と言えども、特別な方法などではありません」
ルサルカが闇に向けて話すのは、報告のためだ。
例え、意志なき獣だとしても、伝えようとすることに意味がある。
こちら側の発された意志を汲み取り、感じる。
そういう能力がある事は、長い付き合いだから、知っている。
「小生に出来るのは、ほんの些細な事だけ。小生は、そもそも戦闘を得意とする人間ではありませんから。貴女と違って」
肌に突き刺さるような、意識を感じた。
ルサルカは面倒くさそうにしながら、その不快な感覚を無視する。
思わず溜め息が漏れるが、気疲れからだろう。
かなりの緊張が走っていた。ソレのミスと脱落は、ほぼ最悪の事態と言っても良かったのだ。少なくとも、詰みを覚悟していた。
だが、これで対象が、皮肉が通じるくらいには回復した事を確信する。
詰みから、持ち直したのだ。これ以上の僥倖はない。
「ですから、小生に出来るのは、努力する土台を作る所までです」
だから、ルサルカはとても気楽だった。
自分のやるべき事は、ほぼ終わったと思ったからだ。
気分が乗って、だんだんと饒舌になっていく。
「貴女から与えられた権利では、出来る事にも限りがあります。何故、私が彼らから許可を求めなければならないのでしょう?」
やれやれ、と肩をすくめる。
もっと何とかならなかったのか、という文句だ。
何とも言えない感覚が刺さる。
流石にミスをした以上、申し訳なさを感じているのかもしれない。
ルサルカは、とても気分が良かった。
「まったく、貴女は詰めが甘いのですよ。自分が最強と誇るのは結構ですが、足元がお留守になっていては、ねぇ?」
言い返したいのに、言い返せない。
もどかしい、腹立たしい。
そんな感情が伝わった。
ルサルカが、思わず頬を緩めてしまうため、余計に『怒り』が刺さる。
それによってさらにルサルカの気分が良くなる。
「さて、貴女の望み通りかは分かりませんが、今のところ上手くいっていますよ」
酒に酔ったような気分の良さだった。
だが、あまりからかい過ぎれば、手痛いしっぺ返しをくらうかもしれない。
まだそこまで回復してはいないだろうが、ルサルカの相手は怪物だ。
良い具合の場所で、切り上げて、話を進める。
「時間を凝縮し、鍛練をさせ続ける。なるほど、これはレベルアップを図れますね」
今現在、アリオスとクロノは模擬戦を行っている。
迷宮のマスターの権限で制御されているその部屋では、通常の早さで時間が流れていない。
外では『魔王』が顕現し、二日未満。だが、既に迷宮のその部屋では、二年以上の時間が経過している。
「漫然と過ごす中での努力ではなく、常に戦い続ける経験は、それはそれは素晴らしいものでしょう。本当の死ぬ気は、とても糧になりますゆえ」
同意しているのだろう。
空気が柔らかくなったのを、僅かに感じた。
「それにしても、凄まじい強制力。流石は星の化身。世界を管理するのは得意技、ということでしょうか?」
今度は、うってかわって警戒の色が混じる。
下手に出過ぎて、気持ち悪いと思っているらしい。
心外だったので青筋が浮かびかけた。ルサルカは珍しく本心から褒めたのだが、若干後悔しかける。
ぐっと気を持ち直し、笑みを深め、
「留めるほどに時間を止める。空間を自在に引き裂ける。死んでさえいなければ、全てを元に戻せる。その支配力は凄まじいと思ったのは本当です」
「―――――――」
「『魔王』の記憶から作り出した怪物たちに、彼らの魂を乗せるなど。開いた口が塞がりません」
目の前に居れば、ニコニコとしていただろう。
感情がいつもよりダイレクトに伝わる。
いつもこうなら、と思わないでもなかったが、余計に鬱陶しそうなので想像を打ち消す。
「では、小生はこの辺りで。また次があれば進捗を……」
ルサルカは、振り返り、その場から立ち去ろうとした。
だが、強い思念を叩きつけられる。
これは、『待て』という表明だ。
なんとなく、嫌な予感がした。汗がつたる感覚など、ルサルカは久しぶりだった。
「……は?」
意識が、伝わってくる。
複雑な思考であるため、全てを詳細にとはいかないが、絵図の全体像が浮かんでくる。
「小生も、体を張るのですか?」
当然だろ、という圧がかかる。
世界の権限を握り、時空すら操れるルサルカだが、それはあくまで操作権を与えられているため。
好き勝手できるが、上には逆らえない。
大元の命令を遵守することで、権利譲渡が成り立っていると言っても過言ではないのだ。
元とはいえ、ソレはダンジョンマスター。
その行為が迷宮のためなら、ルサルカは命令に従う義務がある。
「……はあ、分かりましたよ。やりますやります。上手くいかなかくても、文句は言わないでくださいね?」
「――――――――」
「死んだら、化けて出てやりますよ」
大きく息を吐きながら、ルサルカは退室する。
だが、義務などなくても、やる気はあった。
ソレが復活できるだけの時間さえあれば、あとは何も考える必要はないからだ。
※※※※※※※※※※
「……アノ小僧ドモダナ?」
すべての魔法を裁ききった。
あらゆる知恵を暴力で凌いだ。
戦闘中、拾った相手の特徴、センス、クセ。そこから記憶の中で分析を繰り返す。
それから、『魔王』は気付く。
記憶の中にある存在との違いの正体を。
「ナルホド、人ラシサノ正体ガ、コレカ」
おかしくはあった。
明らかに違う所があって、その理由を戦いながら探していた。
ちょうど、一日がかりの長い戦いだったので、考える時間はあったのだ。
だから、ようやく至れた。
あまりにも荒唐無稽な、大魔法だ。
「ククク、クク……」
ガワは、記憶から再現した屈強な魔物たち。
それを操縦する者は、小賢しき人間。
この奇跡を実現するためには、魂に干渉するという荒業を行わなければならない。
これが、どれほどの技術が必要か。
少なくとも、『魔王』には見当もつかないほどに、これを仕組んだ者は高い位置にいる。
「面白イ」
余計に、やる気が湧いてきた。
強い敵であるほど、殺さなければならないのだ。
破滅を求める『魔王』は、この極上のエサを無視する事が出来ない。
「スグニ、殺シテヤロウ」
深く、獰猛に、『魔王』は嗤う。
夢想するのは、獲物の血飛沫と死に顔だ。
面白ければブックマークと、下の☆☆☆☆☆を★★★★★へ変更お願いします。