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55 ……汚染箇所排除


「フハハハハ!!」



 歌えば、壊れる。

 動けば、壊れる。 

 空に浮かぶ美しき月が、血に染まっていく。

 名剣のような爪牙は半ばから砕け、宝玉のような瞳は片方を潰されていた。

 明らかに、『巨狼』死に体だ。まともに動けるはずがない。

 ただでさえ、巨体なのだ。体を支えられるほど、力が出るはずもない。

 だから、こうして未だに戦えているのは、かつては獣の支配者であった誇り故だろう。

 


「Rrrrrrrr……!」



 ギリギリ、死んではいない。押せば倒れそうなほど、弱っている。

 もうすぐ、死ぬだろう。放っていても、屍に変わるはずだ。

 だが、手負いの獣は、手強いものだ。

 風前の灯となった命ですら、業火と変わらない。敵を燃やし尽くすのに、支障はない。



「良イ。流石、我ガ直接配下トシタ『魔』ヨ」


「Arrrrrr」



 放たれる、極限の一撃。

 強き『巨狼』の体毛は、光をエネルギーとして吸収し、活用する。

 戦闘の補助や回復に用いていたエネルギーの全てを、攻撃に費やすのだ。

 これまで吸収してきた周囲の光を、解き放つ。

 万物を灰に変える熱量を持つ極光が、『魔王』に襲いかかり、



「ヤハリ、良イモノダ。死八」



 だが、『魔王』には当たらない。

 次の瞬間には、『巨狼』を通りすぎていた。

 そして、『巨狼』の首が、ドスン、と音を立てながら、地に落ちた。



 ※※※※※※※



「まあ、勝ち目と言っていいのかは分かりませんが、アレと我らとでは明確に有利な点があります」



 ルサルカは、気付けば講義を始めていた。

 突っ込むとまた話が拗れるから何も言わないが、相当摩擦は大きい。

 クロノが実質的に二人の手綱を握っていたから、場が壊れない。

 クロノがルサルカに逆らわない限りは、二人もルサルカに歯向かわない。

 


「それは何だと思いますか? クロノくん」


「……人数?」


「確かにそうですが、もっと良いものです! では、アリオスくん」



 怪しすぎてまともに話したくもないが、いつまでもグダグダしていられる時間はない。

 かなり癪だが、受け答えくらいはせねばならない。

 眉間にシワを寄せながら、言う。



「……地の利か?」


「大正解」



 ルサルカは、空間に図を描き出す。

 魔力を可視化して、空中に固定させているのだろう。

 例えるなら、粘度の高い水のような性質である魔力を、鮮明な絵とするのは、それなりに高度な技術が必要だ。

 やろうと思えば、生徒役に甘んじた三人ともが可能だが、これほどスムーズに出来るかは怪しい。

 実力の高さは、推して知れる。



「小生は今、このような形で『魔王』を閉じ込めています」



 十の階層。

 上から二番目には、巨大な黒点。下から二番目には小さな点が四つ。一番下には、白い点が一つ。

 誰がどれかは、流石に一目で分かる。

 閉じ込める、と言う以上は、正攻法以外での脱出は考慮していないのだろう。

 


「そして、『魔王』はこの迷宮の性質を理解しているようです。真っ直ぐ、こちらを目指しているようです」


「……なるほど、今、妨害中ということですか」


「正解。話が早くて助かります」



 にっこりと笑みを深める。

 クロノが頭に『?』を浮かべた。

 だが、ルサルカはそれを察したらしく、優しく『良いですか?』と続ける。



「ここは、小生の領域。時間すら、ある程度は小生の思うまま。今、『魔王』は小生から妨害を受けています」


「な、なるほど……」


「貴方たちは小生が行う妨害に紛れ、『魔王』と戦えばいい。これは素晴らしい事ですよ」



 確かに、それは悪くない状況ではある。

 ただ攻めやすい、守りやすい、戦いやすいという訳ではない。

 時間すら操れるのなら、『魔王』の戦闘能力は相応に下がる。さらに、クロノたちは即席とはいえ、戦闘能力を大幅に向上させられる。

 この世界の管理者から授けられる恩恵と、押し付ける弊害は、確実に『魔王』との差を縮める。


 しかし、

 


「それだけで埋まる戦力差とは思えんがな」



 仮に、管理者のバフでクロノたちの能力が三割増しになったとして。

 仮に、管理者のデバフで『魔王』の能力が三割減になったとして。

 それで勝てるとは、まるで思えない。

 この認識は、直接『魔王』と対峙した三人の共通のものだ。

 訝しんでしまうのは、当然だった。

 未だに戦う気や、実力を見せようとしないルサルカが、言うのだから。



「確かに……」


「そもそも、貴方も戦うのですよね? 今の発言、貴方自身は、戦う気がないと言っているように聞こえましたが?」



 ここまできて、まだ出し惜しむのか。

 かなり、腹が立っている。

 そんなことを言っている状況ではなかろうに。



「ええ、小生は戦いません。今回の件、貴方たちだけで勝って欲しいのです」


「ふざけているのか?」



 話を聞いている限り、元はルサルカが『魔王』への対処を行うはずだったのだ。

 それを、アリオスやアリシアからすれば、押し付けられているという感覚だ。

 これにふざけるなと思うのは、当然だ。



「いえ、ふざけていません。純粋に、善意から提案しているのですよ」


「善意? サボタージュの宣言にしては大胆ですね?」


「貴方たちにとってはそうでしょうね。ですが、私の善意は、彼に向けているのですよ」



 柔らかな動作で、手を向ける。

 その先に居るのは、クロノだった。



「小生よりも、彼が殺した方がいい。これまで呪いを受け止めようとした、彼の方が」


「彼に、リリアさんを殺させろ、と?」


「貴方たちは、些か過保護なのでは? この期に及んでも、クロノくんを死なせないようにするとはね」



 にこやかな笑みで、ルサルカは的確に二人の思惑を言い当てる。

 不愉快そうにする二人が、その証拠だ。

 二人は『魔王』の力を見た瞬間から、いかに適切な人間に『魔王』の相手を任せるかしか考えていない。

 途中まで、クロノの願いを叶えてやろうと思っていたが、その道は既に切り捨てた。

 戦わせたい、戦いたい。そんな気持ちは、理解の範疇にはない。

 矜持などなく、優先すべきはクロノの命だ。

 だから、



「……俺は、戦いたいと思ってる」



 クロノの意思など、関係ない。

 生存させることこそが、第一目的だった。危険からなるべく遠ざけたい。

 しかし、それは頓挫した。

 本来ならば、クロノのやる気を無くしたかった。戦う理由を削ぎたかった。


 だから、しまったと思った。

 ()()したくはなかったのに、状況は整ってしまった。



「呪いを受け止めると、言ったんだ。手を差しのべられるのに、見て見ぬふりはしたくない」


「「…………」」



 言っても、きっと頷いてはくれない。

 残された手段は、力ずくくらいだ。

 だが、クロノに救われた側の人間である二人は、わきまえている。

 自分たちにその権利はない。

 出来ることが、あるとするならば、

 


「……はあ。ここまでか。出来れば、戦わせたくはなかったが」


「もう、何も言いませんよ。貴方のしたいことを全力でしてください。私たちは、それを支えるだけです」



 ルサルカへの敵意が消える。

 こうなっては、圧をかける意味もない。

 致命的な事には、もうなってしまった。



「では、話は纏まりましたね?」



 ルサルカは、微笑んでいる。

 慈愛か、策謀か、その下に埋まっているものが何か、図りかねる。

 だが、ここが唯一の道なのだ。

 他の道なき道よりマシだと、思うしかない。

 


「よく、聞いてください。面白い体験が出来ますよ」



 そして、彼らは深淵に触れる。



 ※※※※※※※※


 

 第一の門番が倒されたと同時だ。

 第九層の一室に用意された『繭』から、アリオスが這い出した。

 かなり息が乱れている。

 立つことも出来ず、膝と手を地面につけた。

 


「どうだった? 『魔王』は?」



 ゆるりと近付いたのは、ルサルカだ。

 黒い『繭』のある部屋とは別の部屋から、やってきた。

 アリオスを見下ろし、笑っている。

 そんなルサルカに、アリオスは息を整えてから、



「化け物だな……借り物の体での戦いだったが、モノが違いすぎる……」


「そんなことは最初から知っています。聞いているのは、能力のことです」



 黒い『繭』から這い出て数分。

 ようやく立てるほどに回復したらしい。

 見下ろされるのではなく、目線を対等に持ち上げてから、澄まし顔で答える。



「『魔王』は、呪い以外にも、何か一つ特殊な能力がある」


「それはそれは。重畳ですね」



 満足そうに頷くルサルカに、アリオスは疑問の目を投げ掛ける。

 本当にこれで良いのか、と。

 それに対してルサルカは、



「何かしら、ある、と分かっていた方がやりやすい。十分な仕事はしました」


「……そうか」


「では、アイリスさんと代わってください」



 パチン、と音がして、アイリスが現れる。

 杖を構えたままの姿勢だ。しかも、やけに体はボロボロだった。

 直前まで、戦っていたようである。



「……やっと交代ですか?」


「おや? まだ半日も経っていませんよ? 外の時間では」


「分かっていて言ってるじゃないですか。早く、交代です」



 今度は、アイリスが『繭』へ潜っていく。

 そして代わりにアリオスは、部屋から消える。



「はあ……これで良いのですよね、一席殿?」



 加速された時の中、使徒は独り言ちる。


 

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