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54 ……再構築中


「フム、コレハコレハ……」



 迷宮第二層、試練の間。

 迷宮にいくつも設定した、いわばボス部屋だ。

 ひとしきり『魔王』が呪いを迷宮へ流し込んだ後に、ゆるりと歩を進めた。

 そして入り込んだのが、ここだ。

 ここで、足を止める事になる。


 何故ならば、

 


「久シキ、我ガ部下ヨ」



 部屋に入って、すぐ気付く。

 あり得るはずのない、巨大な空間。

 小規模世界だからこそ成し遂げられる、荒業。

 あるべき空間の規格をねじ曲げ、収まるはずのない部屋を創り出した。

 そこに迷宮の主が用意したモノは、



「Grraaaaaaa」



 周囲の光を吸い取る性質があるその獣は、場違いなほど美しく空間に浮く。

 爪が、毛並みが、牙が、その全てが美しく、洗練されている。

 美しさと暴虐性を兼ね備え、かつてはこの世で最も優れた獣などとも呼ばれた。

 光が消えた真っ黒な景色にポツンと在る姿は、まるで月のようだ。

 そのサイズも含めて、本当に月のような。



「ナルホド。我ノ記憶カラ創ッタナ?」



 迷宮の主が『魔王』の足止めをするために創造した、ボスの一体。

 部屋は既に閉じられた。

 無理に出るつもりは、『魔王』にはない。

 興味はとうに、記憶の外に出だした虚像へ向けられている。

 


「『巨狼』ヨ。主ノ手ヲ噛ムトハ。所詮八、愚カナ獣デアルナ」



 嗤う。

 ただ、『魔王』として、暴力を楽しむつもりだ。

 今度の相手は、すぐに壊れないから。



 ※※※※※※※※



「皆さん、頭は冴えてますか?」



 にこやかに、ルサルカを名乗る男は嗤う。

 既に全員が目を覚まし、状況を理解している。

 とてつもなく胡散臭い男が突然現れたので揉めかけたが、それは何とか収まった。

 事前にクロノがルサルカを信用できると言わなければ、きっと話も出来なかっただろう。

 かなり危うかったが、なんとかなった。

 


「冴えているかは怪しいな」


「冴えていれば、こんな怪しい人の言うことを聞こうとは思いません」


「結構。皆さん、元気いっぱいのようで」



 なんとか、なったはずである。

 態度にトゲが残っているのは、極限の状態のため、まあ仕方がない。

 命が危機に晒され、興奮しない方がおかしいのだ。全員がいつもより、余裕というものがない。 

 だが、ルサルカは、まったく動じていない。貼り付いた笑みを浮かべたままだ。

 


「では、おさらいです。我々が相手をするのは、現代に蘇った『魔王』です。強さはお察し。ちなみに、私よりも強いですね」


「絶望的な情報ありがとうございます」


「ちなみに、追加の戦力は望めません。この空間は隔絶されていますので」



 頭が痛くなりそうな情報だ。

 事態は致命的になっていないだけで、かなり悪い。

 こうなる前に戦力をある程度用意しているという、当然の期待は無残に散る。

 恨みがましい目をルサルカへ向けてしまう。

 


「正直、十分なんとかなると思ったんです。無駄に人員を死なせるのも忍びなかったので、少数精鋭でやろうと思っていました」


「勝つ見込みは?」


「いやあ、まさかここまで強いとは。『魔王』を舐めていました」



 おとぼけながら、ルサルカは言う。

 本当に認識を甘く見積もった結果のようだ。

 とても胡散臭いのだが、準備を怠る理由は、クロノたちからすれば無い。

 ルサルカが間抜けだったと、信じるのが一番納得しやすいのだ。

 呑み込み難くとも、そう思うしかない。



「彼女の隔絶結界を利用して、この迷宮を創り出すまでは良かったのですが、このままでは破られそうですねぇ」


「……閉じ込められる期間は?」


「一月ほどでしょうか?」



 一月で、世界は危機に陥る。

 そう聞くと、今すぐで無い分、マシなのかどうか。

 いや、殺されるまでのタイムリミット、もしくは寿命と取るべきか。

 なんにせよ、前向きには捉えられない。



「重力、時間、空間などなど、適切に操作しながら、最大限に足止めできれば、ですが」


「その一月すら難しい、と」



 否定も肯定もしない。

 煮え切らない態度に、空気は悪くなる。

 いきなり現れた怪しい男に仕切られている時点で、ストレスはかなりのものだ。

 知らないところで、どんな動きがあったのか。

 きな臭い部分を説明しない限りは、信じることも出来ないのだ。

 だというのに、

 


「……学園の関係者と言ったが、誰の差し金だ?」


「言えません」


「アインさんは、今どうしていますか?」


「結界の制御を乗っ取ってからは知りません」


「貴方は、何が出来るんですか?」


「それはおいおい教えましょう」



 話にならない。

 一貫して、外の状況は分からず、因果関係は探れず、自分のことは話さないのだ。

 だが、信用しろと、厚顔にも訴える。

 焦っていたり、必死ならば、まだ分かる。だが、ルサルカは常ににやけ面で居るだけだ。

 上から目線で、頼む態度すら表さない。

 


「現状、『魔王』は二層に居るはずです。この九層までは時間がかかりますし、準備の時間は十分ありますね」


「……この結界、階層があるのか?」


「ええ。迷宮ですから。そう言えば、説明していませんでしたね。第一層から十層で構成され、設定した出口でのみ脱出できるという結界です」



 コミュニケーションが上手くないのではないだろうか?

 少なくとも、話し合いの最低限。目を合わせて話そうともしていない。

 


「貴様が手を加えて、創ったのか?」


「元の結界が優秀でしたので、強固なのが出来ましたね。アインさんは、素晴らしい魔法使いのようで」



 見下されている。  

 実力があるのは流石に見抜けた。おそらく、実力差からくるもの。

 だが、なんにせよ、思い切り見下されているのは、なんとも不快だ。

 


「まあまあ、皆さん。こうしているのも時間の無駄です。小生が気になるのも分かりますが、もっと有意義な事に時間を使いませんか?」


「誰のせいで……」



 むしろ、居ない方が話が進んだ気がする。

 本気でルサルカを省いてしまいたいが、彼が重要な情報を持っている可能性は高い。

 存在自体が非常に厄介だ。

 鬱陶しすぎて、殴りかかりそうになるが、



「『魔王』は首をハネても、体を半分消し飛ばしても死にませんが、心臓、魔石だけは別です。つまり、ロックフォードの娘から魔石を引き剥がせば殺せます」


「「「…………」」」



 本当に、重要な情報を持っているから、たちが悪い。

 


「かなり乱暴に出来ます。良かったですね」


「引き剥がした後は?」



 鋭く、アリオスが聞く。

 ニコニコと、ルサルカは笑っている。



「リリア・フォン・ロックフォードは、引き剥がした後、どうなる?」


「死にますね。というか、今の段階でもかなりガタが来ています。『魔王』が手を加えているので万全であるように見えますが、放っておいても半年は生きられませんね」



 クロノが、息を呑んだ。

 アリシアは予想していたようだ。

 

 クロノたちにとって、第一目的である、リリアの延命。

 それは、ほぼ不可能と言えるほどに困難なのだろう。

 世界が滅ぶか否かは、数多の犠牲を出しながらも、案外なんとかなるかもしれない。だが、クロノたちからすれば、ルサルカの予測は、現実的で、楽観はまったくしてくれない。

 助けられる、救える。

 可能性があると信じたいが、そう上手くいっては、くれないだろう。



「というか、そもそも、彼女は二十代を過ぎる事を想定して作られていませんよ、あの体。貴方たちの、というか、クロノくんの望みを叶えるなら、一から体を創り直す必要がありますよ?」


「……引き剥がした後、三十まで生きることは?」


「あのレベルで体を犯す呪いを全て除けと。神業ですね。この星でそれが実現可能なのは、片手分いますかね? 剥がした直後にそれをする人間が、近くに居るとお思いで?」



 とても、冷たい現実である。

 覆すのは、奇跡が必要なのだろう。

 欲するものを得られない口惜しさに、歯噛みをする。

 


「ですが、戦わないという選択肢はありません」


「…………」


「彼女の人生の全てを、呪いに満ちたものにしたくはないでしょう?」



 意味は、分かる。

 救えぬのなら、せめて介錯をしてやれ、と。その呪われた最期を、優しく、清算してやれ、と。

 怪しく、分かったような口で、そして、絶対的な正しさを押し付けてくる。

 ずるくて、憎らしい。

 こんなにもかき乱される事は、無いかもしれない。



「全力で、殺しに行きましょう。でないと、彼女が報われません」



 分かっている。

 そんなこと、言われなくても。

 ただ、分かっていたくないだけだ。



「命をかけるくらいは出来る。皆さん、そうでしょう?」



 否定など、出来るはずもない。

 


「まあ、出来ないとしても、安心してください。それ以内に安全に強くなって、安全に勝てるようになればいいのです」


「「「…………」」」



 簡単に強くなって勝てるなら、そりゃあ良いだろう。

 だが、出来る訳がないから、悩んでいるのだ。

 余計に意味が頭が痛くなりそうだ。

 これで具体的な方針が無いのなら、本格的に頭を抱える事になるのだが。



「あの『魔王』に挑みましょう! 戦い続ければ、対策法も思い付くし、レベルも上がります!」



 頭を抱える事になった。

 何も特別な作戦はないらしい。

 しかも、このいい加減な作戦ですら、不可能と言っても構わない。

 かなり言いたいことがあった。

 文句をつけようと思えば、半時間は無駄にできるくらいに腹が立っている。


 だが、三人が文句を言い始める前に、ルサルカが話を始める。



「まあまあ、落ち着いて。小生は、別に死んでこいと言いたいのではありません」


「……では、どういう意味だ?」


「私に任せて貰えれば、安全に、時間を稼ぎつつ、戦って強くなる事が出来ますよ」



 疑わしい事この上ない。

 詐欺師が獲物をたらし込むような場面である。

 顔にも疑いを思い切り表し、これ以上ふざけるのであれば、もう無視しようと決めた所だ。

 すると、



「良いですか? よく聞いてくださいね?」



 悪魔のような提案を、笑いながらする。


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