50 神話 パートゼロ
熾烈を極めました
戦いは、三日三晩続きました
どの魔物よりも『魔王』は強く、おぞましかったのです
並ぶものが居ない武を誇る『勇者』も
あらゆる術を知りつくし、使いこなす『賢者』も
尽きることのない極限の暴力を持つ『聖獣』も
全てを兼ね備えた『魔王』の前で、拮抗が精一杯です
どちらが勝ってもおかしくありません
ですが、両者には違いがあります
王たる『魔王』は、ひとりです
その存在の巨大さゆえに、怯え、服従する事はあっても、繋がり、慕い、付き従う事はないのです
勇者一行は、そうではありません
沢山の人々の希望を背負い、沢山の人々に助けられてきたのです
数えきれない繋がりが、彼らを支えます
仲間たちが、心を守ります
だからだったのでしょう
長い長い戦いの末です
気力の差は、明確に現れました
魔物の王が初めて犯した一手の、小さなミス
集中力の欠如
そこから、崩れます
警戒していたはずなのに、『勇者』の一撃を喰らってしまいました
一度に数十、数百という魔法を使う『賢者』の魔法を捌きつつ
埒外の膂力を誇る『聖獣』の特攻を迎え撃ち
その上で、何もかもを断ち切る『勇者』の剣を警戒する
そんな無茶を、丸三日も続けていたのです
必然と、言ってもいいでしょう
右腕を失った『魔王』は、そこからじわじわ追い込まれます
必死
まさに死力を尽くして、最大限抵抗します
ですが、勇者一行も当然必死
瀕死の『魔王』を相手でも、気を緩める事はありません
そんな戦いがさらに半日続き、ようやく、『魔王』は膝をつきます
美しき『勇者』の聖なる剣が、『魔王』の首にかかります
終わった
そう、誰もが思ったその時です
最強の魔物である『魔王』は、その命をもって、敵を道連れにすることを選びました
もう、全てを出し尽くしたはずの『魔王』の肉体は、眩く光輝いて
大陸の約二割が、消えたと言われています
※※※※※※※※
「嗚呼、なんてくだらない物語……」
結末は、その物語を綴ろうと思った者によって、まちまちだ。
結局は皆、死したというもの
奇跡的に、誰も死ななかったというもの。
そもそも、『魔王』は自爆しなかったというもの。
あまりに多くの結末があるから、同じタイトルでも内容はまったく異なる。
だから、悲劇を求めるか、冒険譚を求めるか、見たい物語を選んで読めばいい。
自由な彼らは、それが許される。
不自由な彼女は、それが許されない。
「結局、何も分からないのに。当時の彼らの激闘は、苦しみは、命の輝きは……」
彼女の中の物語は、絶対不変だ。
古の『魔王』は勇者一行と死闘を繰り広げ、自爆した。
この先などありはしない。
どんな物語を読んだとしても、ただ、事実とは違うと知るだけだ。
「何も知らない、愚者ドもが……面白オカしく、死ヲ飾り、くだラぬ娯楽へ、成り下がらセル」
結末は、既に終わっている。
語られる英雄譚の、その後はない。
だから、滅ぼさなければならない。
この世に蔓延る『その後』を書き消すために、この世全てを無くさなければならない。
そうしなければ、浮かばれない。
全てが
何もかもを
「人間ヨ、滅べ」
これは、清算だ。
あるべき姿を取り戻すための。
そうしなければ、我慢ならない。
痛みによって贖わせなければならない。苦痛によって満たさねばならない。
何百年も無為に支配を続けたツケを払わなければならない。
「魔物ヨ、滅べ」
そんな支配を許した魔物にも、同様の末路を辿る義務がある。
何をのうのうと生きているのか?
速やかに、『魔王』の死と共に自害しなければならなかった。
生きている事は、許されない。
同じく、これは清算だ。
きちんと、滅びなければ釣り合いが取れない。
「全てよ、滅べ」
それは、宣言だった。
この世に再臨する、怪物の宣告だった。
※※※※※※※
「リリア・フォン・ロックフォード」
かけられた声に反応して、振り返る。
その場の全員が予想しているよりも遥かに緩慢に、ゆっくりと。
だが、それは意図してではない。
リリアの顔を見る事になったクロノ、アリオス、アリシアは、思わず震える。
あまりにも酷すぎるクマと、土気色の顔色を見て、それだけ弱っているのだと。
「君の、生家に訪れたよ」
「……あの、灰しかない土地に? 物好きも居たものね。面白いものなんて、何もなかったでしょ?」
フラフラで、今にも倒れそうだ。
十日という、アインの想定よりも遥かに短い期間しか経っていないはず。
だが、これほどもう後がないとは。
予想外に近付いている『死』に、戦慄する。
「君の、生まれた場所だろう? 何もないなんて事は……」
「そうね。私が間違ってた。あそこは、とんでもない肥溜めよ。私が祟り殺して、死体が残ってる。何もなくは、なかったわ」
凄まじい怨念を感じる。
並大抵ではない、殺意だ。
だから、余計に確信できた。
リリアの呪いが、あの土地を、その上に生きる生命を、丸ごと殺したのだ。
その言葉に、嘘偽りは何一つない。
祟り殺した結果、あるのは死体だけなのだ。
「呪いを掻き分けて、探らせていただきました。貴女の事も、それで少し知りました」
「意外。あそこにマトモなものが残ってたのね」
呪いの大地を攻略した事ではなく、探索に成果があった事に興味を示している。
それは、全てをズタズタにした自信があったという事だろう。
冷や汗が出る。息を飲む。
目の前の幽霊のような人間を、人ではなく、化け物だと認識したくなる。
「ほとんどは、朽ち果てていた。だが、明らかに呪いでの汚染を想定した部屋があった。そこに記されていたぞ、貴様の体にあるものが」
「そう……」
だが、実際に化け物なのかもしれない。
こうして会話している内でも、どんどんリリアの肉体が影響を受けているようだ。
どんどん、白目の部分が黒く染まっている。
真紅の瞳は、闇夜に浮かぶ赤い月のように、怪しく光っていた。
「『神体』と呼ばれる、謎の生命体。それを取り込み、保存するのが、ロックフォード家の役目だった」
言い当てられた正体に、何も言わない。
付け加える事が無いという事だろうか。
「二年前、ロックフォードの家を纏めて滅ぼしたのは、何故です?」
踏み込み、尋ねる。
クロノとアリオスには、少々難しい質問だ。
単刀直入に聞くには、恨みが深すぎるために。
ロックフォードの研究成果は、あまりにも痛ましく、おぞましかった。
ズケズケと踏み込みたくはない。
相応の憤怒が返されると思えたが、
「はは、は……それ、聞く必要、ある……?」
「一応です。事故か、故意か、それを一応聞いておきたかったので」
「あんたの、そういう冷たいとこ、案外、嫌いじゃないわ……」
とても、冷静に思える。
いや、意識が朦朧として、怒る気力も無いのだろうか。
今にも死にそうになりながら、そしてどこか、乾いた笑みを笑っているかのように、言う。
「もちろん、わざとよ……。この、クソ化け物を、カラダに押し込めるために、どんな目に遭ったか……」
知っている。
それも、『成果』の中に記載されていた。
絶望に負けないように、また、絶望に馴染むように。苦痛に耐えられるように。加虐に躊躇いを無くすように。
無限に呪いを生み出す『呪い』を、体内に取り込み、生き残れるように。
訓練の名を関した拷問の数々が、淡々と羅列されていたのだ。
「火は、熱かったわぁ……何度も、押し付けられて、皮膚が、炭になるまで、焼かれて……」
「でしょうね」
「電気は、痛くてね……火とは違って、内側から熱くなって、視界が白くなって、ね……」
「そうでしょう」
「まともな食事も、なくて、毒を、毎日、飲まされて……水に叩き、落とされ、て……殴られて……爪は、いつもなくて……辱しめられて……」
呪いが溢れる。
もう、意識がどこまであるか。
会話を続けようとしつつも、この時点で、クロノたちは全員が武器を手にしている。
いつでも攻撃を開始できるよう、既にいくつか魔法を用意していた。
呪いへの対抗術も、事前に出来る限り用意している。
いつでも、始められる。
「コレを、植え付けられて、声が聞こえた……」
「その声は、『神体』の……」
まだ、死にきっていないのだろう。
内側から見える生命の気配がする。
体の持ち主を通り越し、横取りしようとしているのだろう。
そして、本人にも、それを押さえ付けようという気はないのだ。
もう、あまり時間はない。
「死ねと、思えば、全てが、死んだ!」
呪いが溢れる。
これまでの何よりも凶悪な、凄まじい気配だ。
この世に在ってはならない。
そう、純粋に思ってしまう。
「手のつけられない、私の、役目が、これよ!」
「リリア……!」
「実家を滅ぼしてしばらく、私の使い方は決まったの! クライン王国で、この力を暴走させて死ぬこと!」
十字架に磔にされたようだった。
ごぼごぼと、赤黒い血が穴という穴から漏れ出ている。
高らかに歌うようだった。そして、哄笑しているようだった。
この度に、ごぼごぼと喉から血が溢れる音が聞こえ、とても耳障りだ。
ぐるりと目が裏返る。
「アイン!」
クロノが叫ぶと、今度は世界が裏返る。
昼が夜へ、白は黒へ、聖は魔へ。
空間を隔絶されたのを確認して、改めて全員がソレへと向き直る。
「どこまでも、人を虚仮にシて! 散々私を痛め付けて、奪い続けたクせに、他の国の足を引っ張ルための爆弾扱い!? 私は人である事すら許サレないの!?」
「俺が何を言っても、慰めにすらならない」
「許せない、ゆるせない赦せないユルセナイ! お望み通り、滅ぼしてヤる! それが終われバ、帝国モ、いいエ、世界モ、全部ね!」
「お前のために何をしても、きっと煩わしいだけなんだろう」
呪いが形を作っていく。
おぞましき爪が、異形の複眼が、膨れ上がった脚部が、不定形な腕部が、ボロボロの翼が。
凄まじき、極限の呪いが。
リリアの体をどんどん覆っていく。
「あア、ソウいえば、訂正しておカないと。さっキ、言ウべきだっタわ。ウチの家は『神体』なんテ呼ンでたけド、コレは、神なんか、ジャなイ」
「だから、こうする」
「本人曰く、かつテ、この世界のほぼ全テを手中ニ収メた、最モ強ク、尊キ王ノ、魂」
「全力で、真正面から戦う」
へらり、とリリアは笑う。
その意味が挑発だと、すぐにわかった。
彼女は、クロノたちに訴えているのだ。
最も強く、偉大な王に歯向かわんとする愚者たちへ向けた、冷たい嘲笑。
王は、出来るはずもない事を全霊でやろうとする、クロノたちのその滑稽さを認め、招いているのだろう。
やれるものならやってみろ、と
「『魔王』ノ、ソノ魔石」
「その呪い、全て俺たちが受け止める」
そして、『魔王』は蘇る。
悠久の時を経て、この世に再び生まれ堕ちる。
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