49 ボクが居たら気持ち悪くて気絶してたね
45話に一文足しました。
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北に鎮座する『霜の巨人』を倒してから、人間側の勢いは増しました
ついに、人間の生存圏が、魔物のそれを上回ったのです
多くの『魔』を、人間は倒します
これまでとは違い、『魔』が殺す人間の数より、人間が殺す『魔』の数の方が多いのです
希望は、その戦果は、人に希望を灯します
南の『黄金の龍』を、『勇者』『賢者』『聖獣』の勇者一行が倒してから、それは明らかです
その影響力は、巨大な竜巻のようでした
平和への渇望は、英雄たちへの期待は、魔物への憎悪は、際限なく高まります
あとは、『魔王』ただ一匹です
※※※※※※※※
「まったく、話が急すぎるぞ」
「出来れば三日前には言って欲しかったですね、クロノくん?」
仲間たちの非難に、クロノは苦笑いだ。
申し訳無いと思うから、『ごめん』と小さく頭を下げるしかない。
弁解出来ない上に、二人ともクロノより頭がいい。反論するつもりはないが、したところで瞬く間に言いくるめられるだろう。
「私としては、二人きりでデートをしたかったのですが」
何を言っているか分からないことは、流石にスルーだ。
デートなんて言葉、普段まったく使わないくせに、いきなり突っ込んできた辺り、誰かから入れ知恵されたのだろう。
反応して面白がられるのも厄介だ。
背中越しで不満の感情が伝わるが、愛想笑いで流してしまう。
「クロノ。言いたい事があるならハッキリ言え。この女は、そうするまで止まらんぞ?」
「失礼な。人の事を無神経みたいに言わないでください」
「人を気遣える神経があるのか?」
「そんなことはありません。クロノくん。貴方からも何か言ってやってください」
言えと言われても、明確にする必要もない。
だが、アリシアの不興を買って、むくれられても困る。
空気のバランスと本心を含みつつ、道なき道を先導しながら、クロノは言う。
「なら、言いたいことを言うけれど……二人とも本当にありがとう。俺の我が儘を聞いてくれて」
「「…………」」
アリシアとアリオスが押し黙るが、それは不機嫌からではない。
悪くない色がクロノには見えた。
人の感情が見えるようになってから、こうして安堵することが多くなった。
自分の本心を、タイミングよく話す。
それだけで、ある程度人をコントロールできてしまう。嘘を混ぜるのならば、きっともっと上手く。
クロノは、一戦を越えないように心得る。
「まあ、放っておけば何をするかわかりませんから。貴方を殺すとすれば、絶対に私です」
「させんぞ、魔女め。コイツを殺すのなら、先に俺が貴様を殺す」
「私なりの愛情表現です。見逃してください」
「貴様なら実際にやりかねんから、言っているのだ」
じゃれあいにしても剣呑だが、流石に殺し合いはしないだろう。
笑っていられる範囲だ。
そうして、少しずつ剣呑で、無為で、愛らしい話を続けているなかで、気付く。
クロノは途中でハッとして、
「目的地まであとちょっとだ。皆、準備をしてくれ」
そこで初めて、動きが止まる。
事前にクロノが指示した通り、持ち寄った耐・呪いの準備を出す。
とはいえ、なにぶん期間が短かった上に、呪いへの耐性装備や品物などそもそもが乏しい。
ろくなものしか集まらず、使えるものも少なかったが。
それでも、無いよりはマシなのだろう。
二人には、あるだけ持って来いという、クロノの強い意向に、逆らう理由もない。
「ここから先、かなりヤバイらしい。少しでも不調があったなら、言ってくれ」
初めて訪れる、まったく知らない土地に、何故そこまで断言できる要素があるのか。
いや、おそらく事前に聞いていたのだろう。
それは、間違いなくアインから。
何を聞かされていたか、二人には分からない。
「……まだ聞いてないが、何故ロックフォードの家に忍び込もうと? そもそも、ここまで性急に事を運ぶ必要があるのか?」
だからまず、アリオスが踏み込んだ。
情報は共有せねばならない。
渋る理由もないので、クロノは長い糸を手繰るように、振り返る。
「……時間がないんだ。少しでも早く対処を考えないと、手遅れになる」
「手遅れ?」
「リリア、さんの力は、異常すぎる。それは、二人も分かってるだろう?」
明らかに、常軌を逸しているのは明らかだ。
何をどうすれば、こんな突然変異が起きるのか?
呪いというものの異質さも相まって、ソレが在ってはいけない存在と思ったのは、全員共通だった。
「分かってたんだ。彼女が、その目的のために用意された存在だって」
「「…………」」
「明らかに調整されていた。呪いに強い耐性を持ち、また自ら生み出し、取り込まれない。そうなるように、生まれ、育てられた」
二人も、言われて気付く。
彼女がどんな存在なのか?
現在では禁止されていても、希に実行する家は存在する。
アウトとセーフのラインが曖昧なため、取り締まりにくい。だから、頭のネジさえトンでいれば、簡単に実行出来てしまう、人道にもとる行為だ。
リリアという人間は、いや、そもそも、ロックフォードという家は、そういう家系なのだろう。
「アインに言われて、ようやく彼女の奥を見ようと思った。見えるからって、何でも見通すのは、流石に悪いから」
「何が見えたんだ?」
「呪いの海の、奥の奥。あの量の呪いは、リリアさんが出してるんじゃない」
クロノにだけ見えた、おぞましいモノ。
思わず、体が震えてしまう。
あんなモノを見たことは、生涯で一度もなかったからだ。
「アインにも、アレが見えなかったんだ。本人が言ってた。呪いは専門外で、体質的にもムリだから、とにかく気持ち悪いから近付きたくないって」
「……あの女」
自分のことを知って欲しいとほざきながら、情報を小分けにしてくる辺り、実はコミュニケーションに慣れていないだけなのではと思えてくる。
アリオスにも、クロノにも、アリシアにも、最低限しか自分のことを知られないようにしているのだろう。
信頼するにはハードルが高すぎる相手だ。
だが、
「だから、正体を調べて欲しいって。ロックフォード家の場所も、アインが教えてくれたよ」
「本当に謎で、信じたくない人ですが、それでいて信じられるのが不思議です」
「嘘を吐かないからじゃないか?」
「確かに、そうだな。アレは沈黙か断片的な真実で濁す」
ある意味、最も正直な人間だからだろう。
その誠実さに、少し絆されているのかもしれない。
助言だけは聞く価値があると、自然と思ってしまっている。
術中にハマっている気がしないでもないが、それでも、有益なので突き放せない。
なんとも厄介な気がするが、少なくとも、貰った分は返そうという気にさせられる。
溜め息が漏れるが、深く考えるのは止める。
考えるだけ、どうせ無駄だからだ。
「見つけたもの、感じたことは、後でアインにも共有する」
「了解だ。気は進まないが」
「分かりました。気は進みませんが」
おそらく一番役に立っているだろうが、これだけ信頼されていないのが悲しいところだ。
おちゃらけたように笑うアインをイメージして、勝手に腹を立ててしまうのは、誰が悪いのか。
空気が緩むのを感じて、クロノは両頬を自分で叩き、気付けする。
そして、
「で、だ。話を戻すが、それだけ凄まじい力が、一人の人間に収まりきると思うか?」
「アインは、あと十日と言っていたが……」
「それも、かなりざっくりだ。専門外っていうのは、嘘じゃないな」
全員、その意味が分からないほど、鈍くない。
それは、間違いなく寿命だ。
「ここで、共有したい。今回の目的だ」
「はい」
「ああ」
「リリアさんに巣くうモノの正体を暴き、引き剥がす方法を見つける」
救いたいと、純粋に思う。
それを叶えたいと、切に願う。
クロノたちは、全霊をもって戦える。
救えないものなどない、出来ない事などないと、青い自信を漲らせる。
目的地まで、もうすぐそこという段階になって、クロノは勇み足になって、
「さあ、行こう!」
やれる事を全力でする。
そうすれば、何もかも上手く行く。
傲慢と呼ぶには、ささやか過ぎる想いだ。
自らを鼓舞しつつも、幸せな未来を夢想するという、ごく当たり前の事なのだから。
しかし、その若い想いも、淡い願いも、
「「「…………!!!」」」
現実という魔物が、無慈悲に踏み潰していく。
「こ、れは……」
誰の呟きか、分からない。
それほどまでに、目前の光景に圧倒されたからだ。
存在すること自体が赦されない、そんな光景に。
「あ、ダメだ、これは」
死んでいた。
あらゆるモノが、死んでいた。
空気が、大地が、植物が、動物が、有機物が、無機物が、完全に息絶えていたのだ。
これ以上は、存在しない。
ここより先は、もうどこにもない。
そんな気配がそこら中から、漂っている。
「クロノくん……」
「……行こう」
逃げるべきという本能を捩じ伏せる。
仲間の進言も、強い意思で無視する。
そこまでしなければ、すぐに体は背を向けてしまいそうだった。
クロノは、呪いの耐性を付与する魔法を念入りにかける。
二重三重でも足りず、時間をかけて、無理を重ねて、何度も何度も。
怖じ気によって動きを止めていた二人も、淡々と準備を進めるクロノを見て、ようやく覚悟を決めたようだ。
静かに息を呑みながら、備える。
そして、
「行こう……」
ついに、死した大地へ足を踏み入れて……
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