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156 修行編開始か?


「第二、使徒……?」



 これまでとは異なる、恐ろしく異質な力を感じる。

 半透明の、居るか居ないか分からない存在感。

 だというのに、そこにあるエネルギーの巨大さは、いったい人間何万人分の力か。

 極めて希薄な少女は、悪戯のように小さく笑っている。

 

 とても、恐ろしかった。

 見た目は、野の花を摘む少女と変わらない。

 可憐な見目で、鼻を突くほどの死臭を纏わせている。

 いったい、何人殺してきたのだろうか。

 これまで化物は見てきたが、今回は特に異常だった。

 とびきり、これは人間を殺している。千や万では利かない、屍山血河をいくつ築くか知れない数になるはずだ。


 直感だが、間違いない。

 人の形であるだけで、まったく別の生命体だった。



「ええ、第二使徒です。悪の組織の、大幹部。醜悪なるキメラ。死神なんて呼ばれたこともあります」



 強者への畏怖は、こんなにも冷たくない。

 闇、病、死といったものへの根元的な恐怖に、似ている。

 あらゆる不吉は、その中にある。

 寒さに震えることが摂理であることと同じだ。



「……その使徒が、何の用だ」



 暗殺が目的ではないはずだ。それなら、こうして呼び寄せる必要がない。

 だが、語った目的だけでは分からない。

 組織の幹部が、組織の長を殺した上で野望を止めたいなど、訳が分からない。

 四百年という時間を、教団のためにかけてきた使徒が言う言葉ではなかった。


 しかし、

 


「目的なら、先ほど述べた通り。貴方たちに、教主と第一使徒を殺して貰うためです」


「……意味が分からない。何故、そんなことを俺たちに言う?」



 アリオスが、前に出て問う。

 仮に気紛れを起こされたとしても、クロノだけは殺されないように。

 今にも死にそうな体で前へ出るアリオスを、クロノ以外の誰も止めない。むしろ、先頭に立とうとするクロノを引き留めることに注力している。



「ふふふ……全てを語っても構いませんが、今は何を言っても信じないでしょう?」


「…………」


「ですから、あえて全ては教えません。少しとはいえ、時間はありますから」



 パン、と使徒が手を叩く。

 半透明の体だが、実態はあるようだ。

 それを合図に、殺風景な黒色に様々な物が現れ、置かれていった。

 冗談のように平和な鳥の囀りに、香ばしい料理の匂い、鮮やかな色彩に包まれる。


 己が想像した異空間を、思い通りに操る。

 それだけだが、この『神』にでもなったような魔法の使い方が、ゾッとするほど美しかった。

 


「教えるのは、そうですね。本日は、わたくしのことを分かってもらうための時間としましょう」



 手招きをする肌は、とても細く白い。

 いつの間にか椅子が引かれ、促される。

 この場で逆らったところで良いことは起きないので、渋々席に着くことになる。

 率先して使徒は目前の料理を食べ始めるが、何とも優雅な仕草だ。

 どこぞの令嬢と言われても、疑うことはないだろう。


 恐ろしいと、本能が告げている。

 しかし、安心を理性が感じている。

 この巨大な差異が、気持ち悪かった。



「教団は、頭である教主と、その右腕の第一使徒が作り上げました。嗚呼、何故そうしたのかは言えませんよ? わたくしにも、事情がありますので」


「…………」


「とある目的があり、実験をしていたようです。試して、試して、試して、その産物として造られたのが、このわたくしでした。わたくしは、教主と第一使徒が製作者の、人工生命体なのです」



 気持ち悪さに耐えながら、なんとか話を聞いて整理する。

 胃酸がこみ上げ、焼ける食道の違和感が酷い。

 

 人工生命体は、世にありふれた存在だ。

 多少優れた魔法使いなら、素材さえあれば造れる下位の生命である。

 だが、人間以上の知性を獲得はできないとされている。

 どれだけ強く造ろうと、それは術者を越える存在にはなり得ないし、単純な労働力として扱われるのが主である。


 その一方で、コレは、



「わたくしは、失敗作でした。ですが、処分はされず、教団の幹部を任されました」


「…………」


「皆様、勘違いをしていますが、教団とは世界を滅ぼしたい訳でも、人類を虐殺したい訳でもありません。主な活動は、研究なのですよ」



 こんなものを造りあげた存在は、それこそ『神』や『星』か、はたまた悪魔に違いない。

 空を見上げれば、青の中には太陽と雲があり、夜には月と星々が輝く。そんな当然をねじ曲げる可能性を持つのだろう。

 潜在的な嫌悪感を隠せない、禁忌の存在と、何故か肌で理解できる。


 こんなものを徒に生み出してしまう教団への嫌悪感が、ただ募る。



「第五使徒は、『神』の存在を。第四使徒は、空間を。第三使徒は、時間を。わたくしは、魂を研究しておりました」



 たおやかに、使徒は振る舞っている。

 嫌悪感はそのままに、使徒の作った世界は、微笑ましい平和を奏でている。

 調和による美しき世が、醜い怪物を囲う。

 悪夢よりもなお、夢見が悪い。



「大いなる目的のための、思い付く限りのアプローチ。使徒とは、それらの手段に世界で最も長けた者たちのこと」



 平和の上部を象った世界とは、こんなにも空虚なのか。

 空洞を秘めた壁を叩けば、普通の壁を叩くより甲高い音が鳴る。それと同じ理屈で、作られた平和の音が嫌は変に響いて、言の葉の音とは根本から違う。

 その違和感を感じ取ったと知ったのか、平和な世界を陰らせていく。

 


「我らは、世界の破壊を望まない。その気なら、とうの昔に人類を全滅させています」


「…………」


「そのために、わたくしたちを止めてくれる人間を探していました」



 世界は、彼女の思うまま。

 光景を変化させるのも、手慰みと同じこと。

 異なる世界を創造し、変化させるこの魔法は、本当に技術が必要である。

 それでも、思うままに世界を動かせるのだから、訳が分からない。



「長年求めてきた『神の子』と、百年に一人の天才たち。今しかありません。このくだらない妄執を止めるのは、今しか」



 落陽は、必ず起きる現象だ。

 ただ、その当然の現象に、使徒の恣意を込める。  

 世界の西に巨人が現れる。真っ黒で、輪郭も朧気だが、強大さだけは感じる。

 巨人が大きく拳を掲げ、黒い縄が太陽へかけられる。巨人が太陽を引き、西へ近付け、日の沈んでいく。巨人は日の熱に焼かれているが、最後には夜に変わっていく。


 この景色は、どんな想いから作られたのか。

 巨大な存在を何かが引きずり落とす様を、夢見ているに違いない。



「しかし、貴方たちは弱い。人類という枠組みからすれば、逸脱した超越者でしょう。しかし、第五や第三使徒に苦戦するようでは、話にならない」



 小さな声が辺りを満たしていたのに、次第に静謐が支配を強めていく。

 朝のひばりは、とうに途絶えた。代わりに、獰猛な唸り声が聞こえる。

 朝から夜へ、闇の台頭は、安息の消失を示している。


 過去の戦いなど、平和なものだったのだと。

 これまでの戦いとは、比べ物にならない地獄が待っていると、伝えたいのか。



「ですから、わたくしの全てをもって、貴方たちを強くしましょう。『魂』を司るわたくしが、人間を辞めさせてあげます」



 色鮮やかな世界は、黒に包まれる。

 不穏なままに、世界が閉じた。

 未知へ挑むことを描くにしても、こうも冷たく表現するのか。


 音が消え、何もかもがなくなった。

 そして、



「……何故、自分で戦わない? 力があるなら、自分でそうすれば良いだろう?」


「子は、親に逆らえません。人間より、わたくしはその性質が濃い」



 怪しさだけが、残っている。

 どこまで本当で嘘か、知りようがない。

 はじめに言った通りに、全てを語っていないはずだ。使徒の心境までを含めれば、一割も語ってはいないだろう。

 しかし、



「まだ、クロノを狙う輩がやって来ると?」


「四百年に渡る妄執を舐めない方がいい。是が非でも、計画は成し遂げるつもりですよ。しかも、次に来るのはもっと強い敵です」



 来る厄災の存在は、彼らも承知している。

 さらに、今必要なものを提示される。

 現状、否を突きつけられるだけの力はない。

 


「貴女なら、そんな化物が相手でも、彼を守れるほど強くしてくれると?」


「教主も、第一使徒も化物です。少なくとも、彼ら相手に『勝負』が成立する程度には、強くなれますよ」


「代償は? タダって訳じゃないんでしょ?」


「リスクは、特段大きくありません。普通に地獄を見るだけです。あ、あとは人間性を幾分か失うかもしれませんね」



 少なくとも、命を落とすことにならないはず。

 フラスコの中の実験動物上等だ。

 貰えるものは貰って、奪い取れないのなら、この先は生き残れない。

 嘆く間もないのに、どうしてうずくまれるのか。

 表向きでも『強くしてやる』と言ってくれるのなら、乗らない手はなかった。



「あんた、どうするつもりなの? 俺たちが、ソイツら倒して終わり?」


「気にすることはありません。別にわたくしが死のうが生きようが、どうだっていいでしょう? 殺してもらっても一向にわたくしは構わない」



 ただ、分かっていただけだ。

 もっと、強くなれねばならないと。



「なら、教えて欲しい。どうすればいい?」


「利口なようで、何よりです」



 悪魔の手は、羽のように軽かった。

 手を取られた悪魔の顔は、心底嬉しそうに微笑んでいた。

  

 

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