153 挑戦 超越者
『立て』
低い声だった。
いや、声の主であるソレは、少女のものであるために聞けば甲高くはある。
ただし、直に聞かされる立場の彼は、地響きのような印象しか受けない。
どれだけ震えても足りない。言葉にできる恐怖ではない。言えるとするなら、この強大さを目の当たりにした時に抱くのは、『強者が持つ暴力性への恐怖』ではなく、『巨大さ故の神秘性へ向けた根元的恐怖』だった。
「オオ、オオオオ……」
『甘えるな。自分の強さを自覚しろ』
彼は、通常の人よりもずっと頑丈な肉体を持っている。
魔法を使わずとも、半身を欠けた程度では止まらない。
「オオ、オオオオ!!」
『力の限りを尽くせ。自分の強さだけを信じろ。負けるなんて想像をするな』
空間に作用する数多の魔法があった。
世界はズレる。世界は隔てられる。世界は大きく歪む。
軋んで、揺らいで、爆発した。
壊れて、破片が飛び散って、欠けて、破裂して、腐って、跡形もなくなくなって、割れて、回って、抉れて、切れて、潰れた。
それでも、『最強』は中心で佇んでいた。
あらゆる変化を無視して、我が物顔で世界を司る。
『我が儘で在れ。他と比べるな。最強が如く在れ。怪物で在れ。疑うな。揺れるな』
完璧な肉体は、圧倒的な力を秘める。
あまねく敵を踏み潰し、暴君として十分な振る舞いを許す。大きく、強いというだけで、言葉にならない脅威となる。
無欠の精神は、粗雑なだけの力を、美しく研ぎ澄ます。
力を御し、油断なく、余分を削ぐ。すると、強さには『美』が宿り、強さをさらに高次元のものへと昇華させる。
それらが芸術的なまでに合わされば、どうなるのか?
『濁るな。不純にまみれたテメェの性根を、今すぐに直せ』
答えは、コレなのだと、理解させられる。
完全なる精神は、肉体の力を引き出す。引き出された力には、磨き抜かれた精神が宿る。
互いに互いを補完し、完成される。
そして、完成されたにも関わらず、さらなる高みを目指し続けたのだろう。
とっくに世界で最も強大な生物になったのに、まだ本気で強くなろうと鍛練をしてきたのだ。
『完全になれ。歪み、濁り、玉になりきれなかったその器を、今すぐ正すんだ』
できるはずがない。
こんなものに、なれるはずがない。
いったい、何故これまで遠ざけたと思っているのか。
こんな『完全』を見たくなかったからだ。
成りたくとも成れない凄まじい『完全』が、自分のように在れと、命令してくることに我慢ならなかったからだ。
「オオオオオ!!」
怒りが、恐怖が、矜持が、使命が。
彼が抱く数多の理由が、彼にさらなる力を与える。
アリオスたちが、格の違う敵と戦うことで、実力が研磨されたように、無意識ながら、彼は次第に力を開花させていく。
彼は、核心を掴みかけていた。
目に見えて、攻撃の威力は上がっていた。
だが、
『足りねぇよ』
黒狼の咆哮に、彼は吹き飛ばされる。
ソレが喝を入れれば、世界はソレの意思を汲み、ソレの敵へと圧力を放つ。
彼と、彼が用意した幾百の魔法ごと、一喝の元に弾き飛ばした。
『邪念に満ちている。想いが、力を濁らせる。理由なぞ、求めるな。いつだって、世界を変えるために必要なのは、自分の力だけだ』
戦闘が始まってから、ソレはただの一歩すら踏み込んでいない。
世界を意のままに操る怪物は、その視点でしか話さない。
こんな残酷な生物は、他には居ない。
無理難題を当たり前のことだと信じて疑わず、できない者ができないなどと、一ミリだって考えていない。
思いやりも、同情も、気遣いもない。全てを知った上で、厳しく叱咤する。
『息をするように勝つ。生きることは、強くなること。一切を削ぎ落とせ』
「ア、ア、アアア……!」
『できないなら、死ね』
黒狼が、爪を振るう。
視線の遥か先まで、斬れている。
その気なら、もっと先、知覚の外を踏み越えて、大気と海を割りながら、宙にすら届くだろう。
文字通り次元の違う、時空間の扱い方だ。
ひれ伏して、跪いても足りない。圧倒され、引き込まれてゆく。
『死ねよ。死ね、死ね、死ね!』
獣らしく、なんの知恵も工夫もなく振るわれる暴虐。
嵐のような無秩序は、白いカンバスに筆を下ろすが如く自由だった。
ボロ雑巾になりながら、紙一重で回避する。
一度の回避すら、彼の持ち得る最高を上回る技を使わなければ叶わない。
無意識に限界を越え、同時に観察する。
この神業の髄を、彼は識ろうとしていた。
「…………」
『死ね。バカは、死ななきゃ学ばない』
彼は、空間を操作することに関すれば、何もかもを思い通りにできる。
世界を支配し、想像をそのままに具現化するのだ。
どちらも、既に理論上は限界の戸を叩いている。
一から百までと決められているのなら、百より先は存在しない。つまりは、既に上限にまで達してしまっているのだ。
では、彼とソレとで何が違うのか。
同じく、空想を現実に変える力があるのに、どこで差が付いたのか。
既に、答えは見えていた。
「…………」
支配するために必要な力は、その我にこそあるのだろう。
想いなど、所詮は『自我』からこぼれ落ちた表現のひとつ。
怒り、誇り、使命、悲哀。それらは力を引き出すきっかけであって、そのものではない。
散々、ソレは言っていた。
語気を荒らげて、厳しく、何度も『甘えるな』と教えてくれていた。重ねて告げられた『濁るな』も、そういう邪念を捨て去れと諭していたのだろう。
「…………」
『楔で在れ。ただひとつ、唯一であり、正解であり、絶対として振る舞え』
圧倒的な自我の元、何者にも支配されず、澄んだ己で事を為す。
何と繋がったとしても、受け入れ、蓄えることができる。
あらゆる存在を純粋な力として捉え、引き出し、それらに染まらず、支配者と化すことに遠慮も自重もない。
何故、ソレは『最強』と成れたのか。
飾らぬ自然こそが、素のままこそが、その根底こそが、比類ならぬ『最強』であったから。
『それが、できないなら……』
「我ハ、孤独ノ中デ生キテキタ」
傲岸不遜であるにも関わらず、当人は露とも思っていないのだろう。
人並外れた、完全なる精神性である。
完全なる心が、この世界の軌跡の全てを凝縮した技と、越えようがない体。
何故、ソレは『最強』の自負があるのか。
本当に何の疑いの余地もないほどに、事実であるからだ。
「生マレナガラニ怪物デアリ、生マレテスグニ、捨テラレタ」
『……ボクもだよ』
並ぶ者なき、完全な存在。
己の醜さとは正反対の、美しい強さ。
焼け焦げるほどに憧れて、その熱のために遠退けた。
真実に目を向けるのに、時間がかかった。
まさか、二百五十年以上経ってようやく理解できるとは思わなかった。
「無頼ニ生キタ。生キルタメニ戦イ、歯向カウ者ヲ殺シテキタ」
『ボクもそうだ』
厳しい言葉で、何故追い立てるのか。
見下し、蔑んで罵りながら、何故わざわざ殺さないように立ち回るのか。
「愛ヲ知ラズ、裏切リト暴力シカ知ラナカッタ」
『そこだけは、ボクとは違う』
目をかけてくれていたなどと、平時では受け入れられるはずもない。
彼は、『最強』のことが嫌いだった。
最強で最高で、白くて黒く、性格以外の非の打ち所がない所が、どうにも受け入れられなかった。
自己以外の何も知らなかったから、信じられなかったから、自分の完全なる上位互換という存在を、許容することができなかった。
「貴様ラ二拾ワレテカラモ、実ニ空虚ナ日々デアッタ。我ヨリ遥カ高ミ二居ル化物カ、我ヨリ低次ノ俗人カトイウ集団ノ中デ、タダ後者ニ劣ラヌヨウ戦ウノミダッタ」
『愚か者め。だから、濁っていると言うんだ』
裏切りしか知らない。
孤独以外に関係はない。
敵を作ることしかできない。
だから、彼は望んでいた。
命を懸けるほど真剣ではないが、他に劣ると癪なので、教団に与して戦った。
多くの敵を打ち倒し、空間魔法の研究に力と知恵を貸してきた。
「ソウトモ。故ニ、貴様ニハナレン」
『…………』
「惰性ニ満チタ生涯ダッタ。ソレハ、我ノ研究ノ命題カラ理解デキヨウ」
何のために、禁忌を犯す準備をしてきたか。
何のために、異世界への扉を開こうとしたのか。
何故かと問われれば、彼は言う。
「惰性ダ。ドウセ、退屈ナ人生ナラ、合間ノ小サナ目標ガ必要ダッタ」
『…………』
「捨テラレ、忌ミ嫌ワレタ。果タシテ我ハ、我ヲ作ッタ二親ニ、愛サレテイタ可能性ハアッタノカ否カ。暇潰シニハ、悪クナイ」
どうせ、熱意の無い惰性の研究だ。
答えを得るにしても、似た有り合わせで十分なほどには適当だった。
死ぬ気がなければ、生きる気もない。
ただ、負けるつもりがなかったという一点において、彼は『神父』を上回った。
だから、彼は最初にお鉢が回ることがなかった。
死ぬ気がないから、死んでいない。
タチが悪いことに、彼はそう立ち回ると誰も殺せないくらいに強いのだ。
しかし、
「貴様ハ、問ウタナ? 我ガ何故、コノ役目ヲ引キ受ケタカト」
『……それを、不純と言うんだ』
「構ワヌ。最初デ最後ノ朋友ノ、望ミヲ叶エルクライハ、シテモイイト思エタノダ」
だからこそ、彼は今を選んだ。
然るべき、絶好の死に場所と相手を選んだ。
彼しか『最強』を相手に時間を稼げない。
使徒の中で最も資質があった彼だけが、『最強』をこの場に留めておける。
「我ガ願イハ安ク、軽イ。ダガ、クベレバソレナリノ大火トナロウ」
『くだらねぇ。お前がどう思おうが、それは雑味だぞ』
「ソレコソ、貴様ガ言ウナ。力ソノモノハ、純真デアルハズ。ナラ、究極ニ一度至レタノナラ、振ルウ目的ハ濁ッテイヨウガ、ドウデモヨイ」
『未熟者が、知った口を……』
彼のフードが外れる。
ボロボロのローブはもう、この激しい戦いには耐えられない。
頑なに隠れた闇の下から現れた素顔が、光の元へ導かれた。
彼の顔は、年老いてもいなければ、あどけなさも残っていない。
しわがれた声とは裏腹に、彼は青年だった。
ただ、右目を中心に広がる大きな傷跡と、何も映らず消えている左半分が、恐ろしく異常だった。
けれども、今見たことも、晒した事実も、全てを忘れた。
それよりも、人目を引く化物じみた醜い容姿よりも、ずっと見るべきものを、彼も『最強』も見ていたのだ。
「タダ、コノ一瞬ハ……」
『無駄だぜ。意志薄弱、軟弱千万、欺瞞の中でしか生きられない愚か者が、何を勘違い……』
「ソノ高ミヘ……」
瞬間、世界が震えた。
まるで、世界の中心が彼になったかのような感覚。そんな強烈な違和感を、この星に住まうすべての生物が平等に感じる。
目前の『最強』ですら、巻き込まれていた。
世界が崩され、また一から作り替えられたような違和感だ。
初めて、『最強』は構える。
そして、初めて、本気で攻撃をする。
『――――――!!!』
「コレガ、高ミカラノ景色カ……」
空間を抉り、噛み殺す。
次元すら巻き込んで同時に殺し、何一つ残らない破壊をもたらす。
目標を捉えた時点で、対象の空間を全て巻き込む。
彼には到底、耐えられない一撃である。
けれども、それを完全に防ぎきった。
次いで、反撃のための、支配の力を滾らせる。
そして、
「アマリニモ、我ノ身ニ余ルナ……」
『――――――――』
瞬間、音が消える。
何よりも鋭く、速く、絶対的である。
発生した地震は、地平線の遥か先まで届いていた。
巨獣の咆哮のような唸りが、響き渡った。
空間支配の極致、破壊と殺戮の権化であった。
まさしく、それは究極足り得ただろう。
滴る赤い血は、彼だけのものではない。
黒狼からも、夥しい血液が流れる。
肉も骨も丸見えで、無残な傷は髄まで刻まれていた。
だが、それ以上の命に到る傷を、彼はその身に受けていた。
『……愚か者。辿り着けても、終わりじゃないんだ。ずっと、ずっと続けていかなきゃ、意味がないんだぞ」
「知ッテイル。知ッタ上デ、コウシタ……」
倒れ伏す彼に、少女が近寄る。
黒狼の姿は、影も形もなくなっている。
体を隠す服を纏っていないから、胸から腹にかけて広がる傷がとても目立つ。
傷の再生程度、軽くこなせるはずなのに、一向に塞がる気配はない。
「もしも、お前がボクの弟子になっていたら、今の一撃を放っても、そんなザマにはなってなかった」
「ダロウナ……」
「仮に『最強』になっても、道は続く。歩みを止める理由にはならない」
少女は、傷を庇っていた。
冷静な顔の下では、痛みに悶えているはずだ。
いつもの無表情も、見下すしたり顔でもなく、悔しそうに歪めている。
彼にとって、かつてない偉業であった。
心からの喜びとは、こういうものかと初めて実感した。
「何故、高みを目指さない? 何故、努力しない? これからだろう? まだ、終わりには早かったはずだ」
「貴様ニハ、ナレンノダ。誰モ」
ハッキリとした拒絶。
叩きつけられ、虚しそうに息を吐く。
彼は、凄まじい素質を秘めた人間だった。
怪物と呼ばれて然るべき、一握りの天才だった。
ただ彼は、『最強』にはなれなかった。
「我ハ、俺ハ、普通ノ人間ナンダ……」
低きに流れ、脆さを備え、苦しみに折れる。
彼は、親に捨てられた子であることを当然と思えず、一人で拠り所もなく生きてきた時間に笑えず、強くなることに必要以上の価値を見出ださなかった。
己の姿の醜さに悩んだ。心の内を話せないことに苦しんだ。壁にぶつかれば、そのまま折れて立ち直れなかった。
素質はあったのだ。
ただ、活かせずに終わってしまった。
輝かんばかりの素質に己の全てを捧げ、どんな状況でも脇目を振らずに、仮にこの星で最も強くなったとしてもなお、己を高め続ける異常性を持ち得なかった。
ただ、それだけのことなのだ。
「……そんな普通の人間が、何故命を投げうつ?」
「言ッタハズ。朋友ノ望ミヲ叶エタカッタ」
「普通の人間は、力も持たず、静かに平穏に暮らすもんだよ」
「命クライ懸ケルサ。欲シカッタモノヲクレタンダ。俺ハ命シカ、支払エルモノガナイ」
その事が、とにかく『最強』にとっては不愉快らしい。
苛立ちのままに、声を荒らげる。
「お前が、そんなちんけな奴なもんか! この傷を見ろ。お前が付けた傷だぞ!」
「…………」
「お前はあの一瞬、ボクの領域に辿り着けた。この傷は、残り続ける傷跡になる。未だかつて、こんな奴は居なかった!」
説き伏せるために、ソレは言った。
あくまで卑下する彼に、分からず屋な彼に、想いを投げ掛け続ける。
「なあ、何と言おうと、これは覆らないぞ? お前は、お前が思うほど価値の無い存在じゃない。誇れよ。誇れなくても、誇れ……」
「…………」
「頼むよ……お前は、お前たちは、ボクの敵だろう?」
すがって、悼んで、悲しんでいた。
見下ろす表情は苦悶に歪んでいる。
何故、こんなにも必死であるのか。
それは、情緒に乏しく、最近友愛を知った彼には分からない。
ただ、
「……貴様ノ、満足、ナゾ、知ラヌ」
「…………」
「タダ、貴様ノ、期待ヨリ、俺ニトッテ、遥カニ、アイツノ理解ノ方ガ、欲シカッタンダ……」
彼は、自分を誇れない。
今こうして『最強』に傷をつけたことも、彼にとってはできることをこなしただけだ。
どれだけ稀なことであっても、彼には興味がない。
そんなことよりも、彼の脳裏に浮かぶのは、
『頼む。協力してくれ』
赤い髪の、粗暴そうな見た目の男が、頭を下げていた。
幾度となく激突し、煩わしさから憎いと思っていた。
まともな会話など交わしたこともない。百年単位で、殺し合いの寸前のやり取りをしてきた。
それが、こうも下手に出たことなど、夢にも思わなかった。
『俺サマが言えたような義理じゃねぇが、頼む』
『どういう風の吹きまわしですか?』
共に呼ばれた『神父』も、意図を図りかねて怪訝な顔をしていた記憶は、深く刻まれている。
あくまで、彼らは敵同士なのだ。
競い合う敵であっても、断じて手を取り合う仲間ではない。
『時間がねぇ。あれこれ、いざこざを起こす間がなくなった』
『それは、そちらの都合。我らには関係の無いことです』
『だから、こうして頼んでる』
とても、潔い物言いだった。
どれだけ非難をしても、何一つ意味はない。
この男は既に、誰とも競っていない。
隙を見せ、舌戦に負けることを厭わないから、見苦しくない。
これまでとは、明らかに違うものだった。
『お前たちとは、長い付き合いだ。クソみてぇな喧嘩しかしてこなかったが、お前たちの力は信用してる』
『『…………』』
『これまで、功を焦って蹴落としあってた。だけど、このままじゃダメだって、心のどっかで思ってるだろ? だから……』
正論だから、それを最も相応しくない人物が口にしていたから、本当にそうだと共感したから。
それだけではない、話に引き込まれるだけのナニカがあった。
きっと、彼らを引き込んだものの正体は、
『だから頼む、助けてくれ』
『『…………』』
どす黒い執念に、圧倒されたのだ。
少なくとも、彼はその時に協力することを決めた。
この後に『神父』を相手に様々な交渉をしていたが、彼にとってはどうでもいい。
己と敵とのやり取り以外が新鮮だった。
熱意がないから、強く引かれて動くことに、拒否感はなかった。
大切なのは、この時に提案に乗ったこと。
そしてその後、僅か三十年足らずで、彼の心の空白を埋めてしまった事だけだ。
「ヨカッタ……」
「…………」
「誰カノ役ニ立ッテ死ネルコトガ、コンナニモ、喜バシイトハ……」
既に、彼は『最強』など目に入らない。
満足げに微笑む彼にとって、世界には、最早誰も居ないのだ。
空白で満たされているのではない。そこには、彼の満足で溢れていた。
「知レテヨカッタ……」
最期の言葉は、誰に向けたものでもない。
聞く側も、甲斐がなく、どうだっていいことだ。
だから、『最強』は看取ってすぐに、視線を移す。
するべきことが定まっている彼女に、立ち止まる間はない。
惜しむべきは、時間であって、人材ではないからだ。
手向けの言葉はひとつだけ。
魂のこぼれた器ではなく、自らが決意するために、強く紡いだ。
「お前の最期に、お前が立派だったことは伝えてやるよ」
瞬きの後、ソレは飛ぶ。
ソレの戦いは、まだ終わらない。