149 挑む者たち
「運命ってのを、オレ様は信じてる」
独白だった。
真っ白な空っぽを埋めるために、独りで言葉を埋めようとする。
クロノに向けて告げているのではない。
もっと遠くのナニカに向けて、雑談をしているように見える。
それは、自己に見えるほど鏡合わせであり、しかし、雲の上よりも遥かに遠く、高尚な存在であると信じて疑わせない。
この対話に、相手はいない。
この世界の住人には、そうとしか思えない。
「人間には、自分の決められた身の丈があるんだ。そこを越えれば、ろくな目に遭わねぇ。度が過ぎれば、当然命をもって償う必要がある」
形而上の神へ祈った者は、ごく稀だ。
確かに居る『神』ではなく、曖昧な神こそを信じる者は居ない。
ライオスは、稀有な道を選び、歩んできた。
人と違う方法を選ぶことは、もはや天性の域である。
届かない祈りに、報われない結果に、彼は価値を見出だす。意味があるか無いかではなく、彼は己の中にこそ、正解を見出だす。
「オレ様も、無茶をする度、犠牲を払った。命だけはなんとか守ったが、それだけだ」
彼は、迷わない。
理由はどこまでも、自分の中にある。
いったい何故、『神父』は負けたのか。
そうなるべくして、そうなった。
納得してしまって、戦う理由が無くなってしまった。
残念ながら、ライオスは違う。
席次の数が若いほどに、使徒はその力を増していく。
第五、第四の使徒が彼を越えられないのは、このためだ。
「ジジイになっちまったなあ。歳ばっかり喰った。なのに根っこは、まったく何も変わりゃしねぇ」
彼は、強固な己を持っている。
非道も、下道も、無道も味わい尽くし、それでも歩みを止めない。
苦悩も、責任も、全てが己のものとした。
目的を達成する以外に、もう何も求めていない。
己を貫き、曲げない強さを、どこぞの『最強』は評価していた。
その意味では、ライオスは最も高く買われている。
「こんな老害ひとりが、世界をめちゃめちゃにしようってんだから、笑えるぜ。思ったより、世界ってのは小せぇな」
皮肉めいたセリフが、思いの丈を吐露させる。
かつて、必死に挑んだ難行の数々。
ことごとくが過ぎ去り、目前まで終わりがやって来た。
万感の思いが、胸を満たす。
「小せぇとは思うが、オレ様の身の丈からすりゃあ、デカイもんだ。だから、どんだけ準備しても、上手くいかん」
いったい幾度、理論上の成功を作り上げたか。
いったい幾度、その成功が夢と消えたか。
数え切れない失敗を繰り返し、その度、牛歩ながらも進歩し続けた。
今回とて、彼は成功を目指して万全の備えをしてきた。
だが、それでも予感はあった。身の丈を越えたことをすれば、必ず上手く行かないという体験ゆえである。
「だから、これも予想の範囲内だ」
ライオスの目前には、四人の青年たち。
決して、侮っていた訳ではない。だが、彼我の差を思えば、異空間に隠れれば十分な時間を稼げる算段だった。
本来なら、殺すことが安全とは分かっていた。己のリソースを鑑みて、放置をせざるを得なかったのは、もう言っても仕方がない。
「まだ、最悪じゃあない」
今すぐに、この場の全員を殺す。
そして、歩みを再開する。
失敗だらけで、足を取られてばかりの、忌むべき邪道を。
「さあ、来いよクソガキ共。年季の違いを見せてやる」
※※※※※※※※※※※
「!!!!」
困惑で身を固くするよりも前に、『怪人』は軋んだ世界を閉じた。
まったくの別異相にある異空間が、無理矢理こじ開けられるなど、あまりにもイレギュラー。しかも、この異空間は、世界で最も空間魔法に長けた術師が創りあげたものである。
この世界に、異空間を見つけ出した上で亀裂を作り出す術者など、二人しか思い浮かばない。
その内ひとりはここに捕えた。もうひとりも、手を出してこないことは確定だ。
ならば、いったいどこの誰がこんなことを?
答えを求めても、返ってはこない。
それよりも、
「…………」
当初の計画では、こんなことは起こり得ないはずだった。
完璧で、閉じた世界を創り出した自負がある。
だが、その外郭は切り払われた。
この訳の分からないやり口は、どうにも第一席を連想させるが、そんなはずはない。
突然のイレギュラー。
あの一瞬、この状況のため、どれだけ準備してきたか。
既に、盤面は詰んでいたはずだ。
こんな訳の分からない展開に、潰されるなど、理不尽極まりない。
こんなにも、腸が煮えくり返ったことはない。
必死に、綿密に立てた計画が、意味が分からないナニカに崩される。
納得がいくはずがない。
成果も、罪も、願いも、これまでの全てをかけてここまで持ってきたのだ。
ぶつけきれない怒りが湧いて、地面を思い切り蹴飛ばしたくなる。
弾き飛びそうな理性をかろうじて繋ぎ止めるのは、彼に与えられた役目だけだった。
なんのために、こんな世界を創り、計画の要であるライオスの元を離れたか。
ここに眠るのは、理屈の通じない『最強』だからだ。
「…………」
「クソが」
詰んだ。詰ませた。
それでも、これは何をするか分からない。
誰よりも、この理不尽が理不尽を覆す様を見てきたのだ。
完璧なコンディション、完全な状況で、万が一、予想していた想定外を超えた想定外が起きた時に備えるためだ。
「手間ぁ、取らせやがって」
この時、いいや、これまでを含めて『怪人』が取った行動に落ち度はなかった。
対象を拐かし、同時に殺せる限りの敵を殺した。創り出した空間は、完全であった。捕えた後も、彼は檻の中の『最強』に気を払っていた。
何も、間違いではない。するべきことを、十全に為したのだ。
「まったく、この一瞬のために長く待ったもんだぜ。お前らのおいたも、ここまでだ」
彼の役目は、奇襲、対象の封印、対象の監視。
彼らは、誰よりも『最強』の強さを知っている。
その他のことに何も注意を向けられなくなるのは、当然である。
それに、不測の事態が起きた瞬間。彼も即座に完璧な対処をした。
「一瞬だけ、『星』と繋がれた。狙い済ました甲斐はあったな。ちゃんと、これで戦える」
おかしいのは、この盤面から眈々と逆転を図っていたことだ。
しかも、いつ来るかも分からない、小さな綻び。信じて待つには、儚すぎる可能性を大真面目に信じていた。
理屈でコレを図れないのは、分かっていた。
針の穴よりなお細い勝ち筋にオールインなど、正気の沙汰ではない。
「安心しろ、ハンデマッチだ。この状態から、ボクはエネルギーを補給しない。テメェの対処が完璧だったせいで、あの瞬間はエネルギーが二割しか戻ってこなかった。しかも、あのクソ世界ブッ壊すのに、貴重なエネルギーを半分も浪費したぜ」
おかしいのは、本来の力の一割しか戻っていないのに、『怪人』の総エネルギー量を軽々と上回る存在のことだ。
異世界は壊され、既に『星』の上に立たされた。
思い知らされる。
どれだけ異常で、特異で、外れていても、彼はあくまで『怪人』である。
人の枠を越えた『大怪獣』とは、役者が違いすぎる。
「覚悟は?」
「……愚問」
だが、
「コノ時ノタメニ、我ハイル」
負けるつもりは、毛頭なかった。