表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
148/160

146 ジョーカー


「なあ、オレ様に協力してくれないか?」


「…………」



 受け入れられるはずがない。

 殺してきた、と己で言ったのだ。

 目的のために、数えきれない人間を殺してきたことは自白していた。

 相容れないのは、互いの方向性から間違いない。

 守るために仕方なく戦うクロノと、殺すことを厭わないライオスとでは、根本から異なる。

 足並みを揃え、歩むことはできない。


 言われずとも、両名が察していること。

 だが、そこを曲げて、頼み込んでいる。

 挑発でも、悪ふざけでもなく、本気で行動していた。

 反射ではね除けられなかったのは、ライオスの目を見たからだ。

 静かに燃える火が、灯っている。

 こういう人間を、クロノはよく知っていた。

 

 

「何をさせるつもりだ?」


「お前は、素直にその力を提供してくれるだけで良い」



 肩をすくめて、大したことはない、と笑っている。

 感情だけで嫌だと言えたなら、どれほど良かったか。

 こんなにも親しき男を、何故振り払えるか。

 引き込まれる安堵に、どうしようもなく支配される。



「汲み上げた力を元に、術式を完成させる。無理矢理に搾り取ることもできるが、効率が悪いからな」


「…………」


「ああ、不快にさせたならすまん。これは、こちらの都合だ」



 無礼な物言いに眉をひそめたクロノに、すぐさま気付く。

 謝罪の言葉がすぐに出る。

 クロノの周囲はとても我が強いため、このようなことはまず起こらない。

 どこまでも、普通ができた男だった。



「オレ様が今、握っているこの術式は、世界の時を巻き戻すためのものだ。これで、お前の望みを叶えてやれる」


「何のことだ?」


「お前、平穏に暮らしたいんだろう?」



 だから、クロノに共感できた。

 アリウスをはじめとした、誰もが切り捨てたものを、クロノから感じ取っていた。 

 小さく、控えめで、クロノすら、忘れていた願いを掬い上げる。



「お前は、戦いが好きな訳じゃない。火の粉を振り払うための手段だ。手段と目的を倒錯しても、真に戦いが好きな変態とは違う」


「…………」


「お前は、真っ当だ。イカレていない。普通の願いを抱く、普通の人間だ」



 否を突き通すことは、できない。

 嘘を吐けば、それは自白と同じことだ。

 沈黙を貫いたのは、それしか選択肢が残されていなかったから。

 とても残酷に、ライオスはクロノの化けの皮を剥いでいく。



「お前はただ、大それた力を持ってるだけのガキだ。可哀想に。ろくでもない人生だったんだろう?」


「アンタに、何が……」


「分かるさ。オレ様もまあ、ろくでもない人生を送ってきた」



 言葉にならない悲劇を背負い。

 明日を夢見て立ち上がり。

 それでも、()()()いかなかったのだろう。

 諦めてしまった者の影が見える。

 何度も、何度も、クロノが戦う度に堕ちかけた所に、堕ちてしまった。


 その理由までは、推し量れない。

 だが、おそらく、

 


「だから、無かったことにしよう。起こる悲劇を、惨劇を、なくしてやろう」


「そんな、こと……」


「道理に反するか? だがよぉ、悲しいことなんて起きずに、幸せばっかりの方がいいだろ?」



 それは、そうなのだろう。

 間違っているようには、思えない。

 クロノだって、ライオスの言う通りになれば良いと思っている。



「やり直す。世界を、三百年前から。お前の人生も、とびきり幸せにしてやるよ」


「…………」


「オレ様に協力する見返りは、幸福だ。ここまでの道のりの不幸を消してやる」



 だが、



「…………」



 それでも、



「協力は、できない」



 少しだけ、ライオスは残念そうな顔をした。

 あまり堪えている様子はなく、予想はできていたのだろう。

 それでも、軽く口惜しく思っていたのだろう。

 僅かながら、唇を結ぶ力が強まっている。

 


「貴方は、間違ってる。上手く言えないけど、それはおかしい……」


「おかしい、か」



 乾いた声音だった。

 本気で自分が正しいと考えているなら、すぐに否定と罵倒を飛ばす性格だろうに。

 皮肉げに笑うだけで、何も返さない。

 言葉を探して、諦めたように、

 


「まあ、そりゃそうか。普通は、そうだよな」



 揺らがない。反省はない。

 きっと、何を言っても変わらない。

 だが、それでも、響かない訳ではない。

 何か、伝えなくてはならないことがあるような気がして、



「理解を得られず、残念だ。仕方がないが、計画は無理矢理に進めよう」


「なあ……」


「ん?」 


「間違ってるって分かってて、それでもやるのか?」



 絞り出した言葉が、この程度になってしまったことに、後悔してしまう。

 この人物が、何を目指しているのか。

 知り得ないから、示すことができない。

 肯定も否定も、叩きつけられない。真っ当な倫理観で諭すなど、聖者でもあるまいし、可能なはずがない。



「正しい道より、間違っている道の方が、マシだったんだ」


「…………」


「だから、どうにもならない」



 修羅の道にしか、生きられない。

 


「ちゃんと、オレ様は話の通じない悪党だ。それが分かっただけ、いいだろ」



 決裂は、当然のように。

 もう、終わりを決めてしまったのだ。

 そこに向かう以外は、どうでもいい。

 終わりに向かって、道が変わってしまう。

 話が通じない悪党というのは、言葉通りの意味なのだろう。

 


「始めよう。これを成し遂げてようやく、オレ様はやり直せる」



 過去への渇望は、誰より深く。

 その願いは、星をも殺す。

 そういう呪いを、抱いてきたのだ。

 


 ※※※※※※※※※



「敵は、おそらく異空間に居ますね」



 クロノたちが捕らわれてから、時間にして二十五時間後のことである。

 アリオスたちは、クロノたちの救出のために、すぐに動き始めた。

 とはいえ、散々戦った後だった。

 十五時間という最低限の休息を挟み、その後に全力で索敵を行った。実に十時間をかけて索敵を行った末の結論が、これだった。


 告げるアリシアの結論に全員、驚きはなく、納得を示す。

 いかにもそれらしいと、感じていた。



「『転移』の痕跡から、行き先はこの星のどこにも繋がっていないことは分かりました。おそらく、別の異空間に潜んでいるのでしょう」


「で、いつ殴り込めに行けるのよ?」



 ドロドロとした怒りを、リリアは自然と表現してしまう。

 感情に合わせて、溜め込んだ呪いが暴れる。

 その鬱憤は、全員の想いを共有している。

 はち切れそうな憤怒を堪えながら、表面上は冷静を装い続ける。



「……残念なことに、相手は格が違います。空間がどの位相にあるか、まるで見当が付きません」


「痕跡は追えるのにか?」


「相手は、素人ではない。天才的な術式です。夜空から、たったひとつの星を探し当てるようなものです。正解があるのは分かりますが、不正解は無数にあります」



 アルベルトの門外漢ゆえの問いにより、全員が目的の難しさを知る。

 正確な例えかは理解できないが、間違いなく、絶望的な難易度ということだろう。

 


「『神』がかりな魔法です。人間の仕業とは思えません」


「それほどか」


「世界を敵に戦ってきた者たちです。いえ、使徒とは、世界の敵に足り得る者たちなのでしょう」



 敵とは、害を運ぶ存在のこと。

 世界という巨大な怪物に対して、打倒の可能性を秘めた人物を、使徒と呼ぶ。

 誰かに教えられた訳ではない。けれども、自然と察してしまう。

 


「かなり状況は悪いです。私以外、誰も空間魔法の解析なんてできませんし、多分、私だけなら解析に何十年かかるか」


「マズイな」



 時間は、アリオスたちの味方ではない。

 導火線に火は付けられた。

 余裕など、もう残ってはいない。

 


「規格外の存在です。私たちには、まだ届かない領域です」


「…………」



 純然たる事実だった。

 圧倒的な格上が、準備の上で仕掛けた。 

 どうあれ、逆転可能な状況ではない。


 重い沈黙が、のしかかる。

 これは、どうにもならない。



「で、どう盤面を壊す?」



 だが、そんなことは、百も承知で足掻いているのだ。



「規格外には、規格外を、か?」


「嗚呼、だから、この御仁を」



 全員の視線が、一人に集まる。

 未熟な彼らに残されたカードは、そう多くない。

 だが、使徒に対抗し得るジョーカーだけは、残っている。

 戦闘力だけなら、埒外の領域にいる誰か。

 彼ならば、もしかすればが起き得る。

 


「だが、それは難しい」



 冷めている訳ではない。

 熱ではなく、彼は確実を元に動く。

 希望的観測に縋ることはない。



「莨昴∴縺ェ縺代l縺ー……」


「この通り、意識すらない。何のために教団を戦っていたか、誰も知らない」



 知ろうとすらしなかっただろう。

 四百年もの間、誰も分からなかった。

 そんな存在をどうするべきか、運用方法など分からない。

 ただ、そういうものとして扱ってきたのに、何を今さらと。

 

 現状をひっくり返す手段など、無いも同じだ。

 あるように見えるだけで、結局は、無理の上にしかない。

 


「莨昴∴縺ェ縺代l縺ー」


「それは、知ってますよ。だから、その目を覚まさせればいい」



 ラッシュは、アルベルトが下がるように促した。

 なんとなく察していたことだ。

 賭けではあるが、どうせ、賭けなければ普通に負ける。

 どうなるかは、想像できない。

 一歩を踏み出さなければ、終わる。


 なら、

 


「莨昴∴縺ェ……!?」


「眠っているなら、叩いて起こす」



 アリオスの雷速の攻撃を、完璧に凌ぐ。

 アリオスは攻撃の途端に離れたが、それをしなければ胴体が両断されていた。

 いつの間にか振り抜かれていた剣を戻し、構える動作をしているのが、後から見える。


 敵対行動


 絶対にしてはいけない行為だ。

 だが、敢えてやる。


 衝撃が必要である。

 もう、それに賭けるしかない。 

 無駄な足掻きとは知っている。


 

「莨昴∴縺ェ縺代l縺ー」



 そして、亡霊の真意を知る。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ