144 口論
上を見ても下を見ても、左を向いても右を向いても、広がるのは暗闇ばかり。
ここは、完全なる袋小路。
どこにも繋がらず、どこにも行けない。
目前のコイツが被ってるボロの奥底見たいに、果てのない暗闇。
この空間の広さが、ココを作り出した奴の力量をそのまま示してる。
空間魔法は、使用が難しい魔法だ。
火とか水とか、目に見えるものと違って、遍在する概念を操るんだ。
魔法は、確信のイメージなしに実現しない。
世界を歪に変化させる力だ。大きな変化には、より大きな願いが必要となる。言い換えるのなら、変わる、という確信とイメージ、それと馬鹿げた魔力がね。
しかも、ここ。この空間。ここは、空間魔法で創られたものだ。
隔てたから異空間になった訳でも、世界っていうリソースをやりくりして作ったものでもない。
異空間創造
ただ、異界化しただけじゃ、『星』との繋がりは切れない。
作った世界は、どうしても『星』の延長にある。だから、一時的に『星』を騙せても、干渉を完全に遮断することはできない。
でも、ココはそもそものルールが違う。
異空間創造なんて使ってる奴、世界に二人くらいしか居ねぇ。
空間魔法を使ったことはあるけど、異空間をゼロから創り出すって、マジで難易度の桁が違うんだ。
それは世界を創るってことだから。
この『星』に縛られず、自分勝手なルールを貼り付けられるんだ。
ごく限られた条件で、『星』や、それこそ『神』みたいな規格外の力を振るえる。
動けねぇ……
ボクを封印するためだけに創られた異空間。
そういうルールの元に、ボクすら支配する。
どこにも行けないし、どこにも辿り着けない。
こういう所が、ボクは心底から嫌いなんだよね。
本当なら、どこへだって行ける権能で、こんなものを作り出す。
だから、コイツはダメなんだ。
第四の使徒、俗に『怪人』とも呼ばれているコレを、ボクはとても気に食わない。
コレがボクを嫌いなように、ボクもコレが嫌いだ。
根暗にも程があるって、前から思ってる。
「才能の無駄遣いだぜ」
「…………」
コイツは、マジのマジでゴミだ。
四番目に甘んじてるのも、他人を蹴落とすことしか考えてないからだ。
克己心の欠片もない、他人に靡くばっかりのクソカスめ。
ちゃんと自分が強くなることにリソースを使ってきたなら、コイツはあのバカヤンキーより上に行けただろうに。
「正しさとは逆の生き方しか出来ないなんて。可哀想にねー」
「貴様ニダケハ言ワレタクナイ」
機械みたいな声だ。
空間の流れが違いすぎて、見えるものが現実と違いすぎる。
コイツは、いつもこんなんだ。
自分を隠すし、他人は信じない。
物語に一人は居る、ビビりの小悪党いるじゃん? それが、一人で国を滅ぼせる力を持ったのが、コイツだよ。
マジで水と油。ボクみたいな生粋の強者とは、考え方の根っこが違うんよ。
「傲岸不遜。無知蒙昧。変ワラヌ愚者ニダケハ」
「ハッ! 愚者たぁ、言ってくれる。こんなのにバカ扱いされるとはな!」
厄介が過ぎる。
なにせ、神経質でねちっこい。
十年くらい経っても、されたことは昨日のことみたいに覚えてる性格だ。
よく言われるしね、嫌味を。
使徒の中でダントツ性格悪いわ、コイツ。
「コンナノ、ニ、鹵獲サレタ間抜ケガイルラシイ」
「…………」
「貴様サエイナケレバ、コトハ済ンダモ同然ダ。黙ッテ負ケヲ受ケ入レロ」
話すことはない、と言わんばかりに背を向ける。
マジで一番嫌なところ突くじゃん。
コイツと『神父』だけは、ボクを口撃してくるんだ。
普通に触れてほしくない所を見極める知能があるからな!
「……良いのか? ボクにこんなことして、お前の敬愛する教主さまが黙って、」
「貴様ヲ殺スノナラ、ソウナッタダロウ。ダガ、ソウデナイカラ、今ハ赦サレテイルヨウダ」
………………
「この程度の封印で、ボクが……」
「貴様ガ万全ナラナ」
「いや、今すぐに『星』に預けた力を引き戻して……」
「他ナラヌ我ノ世界ノ中デ? デキルナラ最初カラヤッテイル」
……………………
つ、つまんねー!
なんだ、コイツ? 絶望的にセンスがないね!
ちょっとくらいビビれよ!
なに見透かしてんだ、その首ひねり取るぞ!
「モウイイカ? 貴様ノ戯レ言ニ付キ合ウ義理モナシ」
コイツー!!
遊び心とかないんか?
マジレスばっかで虚しくなんねーの?
ちょっとくらい、おふざけに乗ってくれてもいいじゃんか!
はー、腹立つわー。
腹立つから、真面目に推測しようか。
「まあ、待てよ。ブラフは通じないってのは分かったから、もう少しちゃんと話そうぜ」
「黙ッテ幽閉サレテイロ」
「まあ、待てって。普通に考えて、クロノくんはともかく、ボクまで捕まえる理由はないよね? そこから疑問だったんだ」
中間目的が『神』の誕生なんだし、普通に協力すればええやん。
ボクに手ぇ出したら痛い目遭うって、コイツらは死ぬほど知ってるだろう。なんせ、実際に体験してきた訳だし。
下手に虎の尾を踏む必要があったんだろうな、コイツらには。
「黙レ」
「いつもなら即退散なり、音声遮断なりしそうだが、警戒してくれてるねぇ。こんな状態でも、ボクから目を離せないのか」
あーよかった。嫌がらせのつもりだけなら、こんな警戒しないもんな。
つまり、悪ふざけの類いからの行動じゃない。
イレギュラー過ぎるボクから、一秒だって警戒を解けない。ガチのガチ、一世一代の大勝負を仕掛けたから、細心の注意を払っている。
ボクのことを高く買ってくれてるみたいで、悪くないね。
「『神』がどんな存在なのか。正直、その実態はほとんど分からない。何せ、少なくとも数万年前の存在だし、記録なんて果ててるのが当たり前だ」
「…………」
「分かることと言えば、昔、この『星』と敵対していたこと。あとは、万象を支配する権能と、絶大なエネルギーを持つ生物だということ」
野放しにするには恐ろしいね。
唯一無二とも言える『星』に並び立てる、存在なんだ。
そりゃあ、『星』もさぞ気に食わなかろう。
ボクや教主ならまだしも、コイツらごときが束になっても敵うまい。
どんな構想をしているのか、そうなると自ずと答えは見えてくる。
「ボクらみたいに、『神』を従わせるつもりはないな?」
「…………」
「然るべき時に、使い潰すつもりか」
驚きはない。
だけど、無茶が過ぎる。
ボクらの願いは、もはや人の術理なんて及ばない所にしかない。
人に、『神』の力を使いこなせるものか。最も『神』に近かった『神父』でさえ、借り受けたその力を敵の殲滅のためにしか使えなかった。
真の意味で使いこなすのは、『神』にしか出来ない。
誕生させるだけなら、生まれたモノは普通に無用の長物だ。その後をどうするかが肝だってのに、ただ莫大なだけのエネルギーなんて、あったとしても……
「……いや、まさかだろ」
魔法を使うには、代償、指向性、願いが必要だ。
もっと言うと、術を使うためのエネルギー、術式、『そう在れ』という確信。
ボクらの願いを叶えるためには、後ろの二つが絶望的すぎる。
なにせ、土台無理な話なんだ。理論とか理屈とかが介入する余地がない。だったら、『神』の誕生なんてわざわざしない。
そして、無理な理由が固まりすぎてるせいで、成功のイメージなんてあるわけ無い。
絶対に無理だ。
これに限って、『まさか』はない。
「失敗するに決まってる」
「イヤ、成功スル」
「バカか。散々試して、ダメだったから、クロノくんを創ったんだろ!」
「当時トハ、状況ガ違ウ」
あのバカ、賭けにしても分が悪い上に、代償がデカすぎるぞ!
止めなきゃ、ボクらの宝が無意味に死ぬ。
何がなんでも止めなきゃならん。言っても聞くような奴等じゃねぇし、ボコるしかない。
「エネルギーが必要なら、ボクがいくらでも工面してやる。別にクロノくんである必要は……」
「『星』ノ禁忌ニ触レル外法ヲ為スノダゾ? 貴様ノ『星』由来ノ力ハ、使エン」
「だからって、『神気』を使いこなせる訳がない」
「外ナル力ノ方ガ、貴様ヨリマシトイウコトダ」
カオスをもたらすだけだろ。
それを御せる器じゃねぇくせにさ。
分からないわけないくせにさ。
「つける薬もねぇな」
「貴様ハ知ラヌ。アノ術式ニ込メラレタ執念ヲ。アノ術式ノ美シサヲ」
「だから、想いとか執念とか、そんなので出来るんなら……」
「貴様ガ、ソレヲ言ウナ!」
……ボクが言うべきことじゃないよな。
分かってるよ。
矜持は、大事な原動力だ。ただの力に価値はなく、振るう手合いによって色が付く。
ボクは誰より、今否定したものを大切にしてきたつもりだよ。
でも、
「分かるだろ! 出来ないものは出来ない!」
「不可能ヲ為ソウトスルノハ変ワラヌ! コナス不可能ガ一ツ二ツ増エタトコロデ、何ガ変ワル!?」
「不可能だから、慎重にやってんだよ! 一回落ち着け。あと三年もすれば、クロノくんは完璧に育つ。生まれた『神』を制御する方法も、『神父』が託した研究を教主が引き継げば……」
「待テンノダ! モウ時間ガナイ!」
……あー、あのバカ。
だから、こんな蛮行を。
「…………」
「黙ッテ待テ。我ラノ成功ヲ、指ヲクワエテ」
分かってるだろ。
バカだけど、間抜けじゃないんだから。
今、こうして上手くいっている状況が、どんな意味を持ってるか。
ボクだって、お前らのこと、買ってない訳じゃないんだ。
間抜けな結末だけは、本当にごめんだ。
だっていうのに、コイツは、覚悟なんてとっくに準備完了って面してる。
「……お前ら、いつからそんな仲良しこよしするようになったんだよ」
「……彼ラハ宿敵デハアルガ、怨敵デハナイ。少シ違エバ、コウナルコトモアル」
「それでも、お前はタダで動くヤツじゃねぇだろ。あのバカから、対価に何をもらった」
言い出しっぺは、バカヤンキー確定だ。
アイツだけが、この状況を作り出す必要があるから。
だけど、知らずに泥舟に乗るほど、コイツは間抜けじゃない。
いったい、何がコイツをそこまでさせるのか。
リソースは、どう考えてもバカヤンキーが一番カツカツだった。
渡せるものなんざ、あるわけねぇ。まして、コレに命を懸けさせるものなんて。
「…………」
「答えろよ」
「貴様ニハ、理解デキンヨ」
フー……。
本気で残念だ。
「あっそ」
道が違えたなら、殺すしかなくなっちゃったじゃんか。
ボクが優しくないのは、知ってるだろ。
あー、クソ。
残念だとしか、この想いを言い表せそうにない。
身内の不始末は、身内でつけよう。
今回は、ボクの番みたいだ。