142「せいぜい、気を付けなさい。彼らは、小生と違い、優しくはありませんから」
こうなることは、目に見えていた。
確かに、クロノくんの進歩には目を見張るものがある。
最後の進化なんて、本気でビックリしたよ。
お手本を見せはしたけど、ぶっつけでやってのけるとは。
冗談でなく、彼の実力は使徒に準じた。他の英雄どもなぞより、よほど強くなった。
だけど、本当なら『神父』が勝てたはずだ。
スペックで負けた訳じゃない。
クロノくんは強いけど、あの『神父』はもっと強かった。
十万あまりの信徒を犠牲に得たアレは、時間制限付きの強化ではあったよ。クロノくんがなにもしなくても、十分くらいで自壊してた。
でも、その十分は、使徒の席次を覆す戦闘力を得られたはずだ。
それでも破れた理由があるとするならば、
「真面目すぎたよ、お前は……」
アイツの目的は、『神』を降ろすこと。
クロノくんを創った時点で、その目的の完成が見えてしまった。
満足しちゃったんだな、アイツは。
後を託すことにずっと力を注いでたもん。ずっと、自分が死んだ後のことばっかり考えてた。
役目を終えたと、納得しちゃったんだよな。
大きな山場が終わったし、一番役立たずな自分が犠牲になれば万々歳だって。
アイツを勧誘した時に、教えたはずなんだけどな。
ボクらは、利害の一致で集まったって。だから、蹴落としあって、自分の目的を優先しろって言ったのに。
他人のために生きることしか、アイツにはできなかったんだなあ。
心意気で負けたんだ、アイツは。
勝つつもりがない野郎が、勝つ気まんまんのクロノくんには勝てるものか。
……バカな子だったよ、本当に。
「お前の遺志の十分の一くらいは、継いでやるよ。だから、安心して眠れ」
誰にも聞こえないように、言葉を贈ろう。
ボクの言葉は、君だけのものだ。
だけど、君の責任の一部は、ボクらのもの。
君のことは、嫌いじゃなかったぜ。
「終わったね」
「……納得はいかんがな」
しんみりする間もないね。
アホの相手をせにゃならん。
ボクも、手向けくらいはしたいんだけど。
あんだ? もう根暗な時間は終わりか?
前向いて明るくなりやがれってか?
「敵を倒せたのは結果論だ。戦力の出し惜しみは、愚策に他ならん」
「愚かでも、志なくしては人は生きられない」
あー、こわ。
何が原因で首チョンパされるか分からんし。
マジでなんなんだよ、このキリングマシーンは!
まあ、ボクの意見を押し通すけども。なんなら、言葉次第でこの筋肉ダルマしばき倒すけども。
シリアスな顔しないと、シリアスな顔!
「自分の生き方も貫けないなら、死んだ方がマシだね」
「……武人がすぎるな」
だって、それがボクのアイデンティティだし。
強くなきゃ、ボクである意味がない。
こんな哲学語らせんなよ、恥ずかしい。
あれ? もしかして、引かれてる?
変なこと言った気がしてないけども。
ボクは、ボクの生き方しか知らん。お前の尺度でボクを当て嵌めようとするな、カス。
「皆、同じことは思ってるさ。自分らしく、ずっと生きてられれば、」
「莨昴∴縺ェ、なければ……」
は?
「あれ? 今……」
筋肉ダルマも、ボクも、ビックリして動けなかった。
これって、もしかして……
「ようやく、追い付いた!」
あ、え、あ。
おお、おお、そこに見えるは我が弟子。
なかなか、時間がかかったようで。
「我が師、状況は?」
「……終わったよ。クロノくんが勝った」
「そう、か……。良かった……」
う、うん、さっきのことは後で考えよう。
それよりも、我が弟子だ。
全身、所々傷があるけど、致命傷はなさそげ。
あの程度で、死ぬわけないとは確信してた。
時間稼ぎが目的だったし、ここまで時間がかかったのもしゃーなしか。
本当なら、もっと早く来て欲しかったけど、是非もなし。
第一声がクロノくんの心配か。
ともすれば、薄い本ができそうだよな。
「他の連中は……嗚呼、一緒なのね」
「なによ、なんか文句あるの?」
「いやあ、ひとりくらい死んでないかなって。別に期待してた訳じゃないよ?」
「ろくでもない予想ですね。信じるくらいはしてください」
姦しい奴等と、可哀想なラッシュくん。
それと、あれ? 生き残りの騎士団が三人とも居る。
もしかして、引き込んだか。
誰がしたかは、なんとなく予想できるな。
人を使う才能だけなら、誰よりもあるよな、コイツは。
「アイン嬢、どったの、その腕? もしかして、敵にやられた?」
気配りさんだな、ラッシュくん。
ボクの心配とは、なんとも不遜な。
「ボクが不覚を取るとでも?」
「イヤー、敵さん、すごく強そうだったので」
英雄さんがたも、居心地悪そうにしておられる。
どんな状況か、掴めてないな。
使い果たして立ち尽くしてるクロノくんに説明投げるわけにはいかんし、ちゃんとしよう。
空前絶後の大闘争を一から十まで解説してやってもいいけども。
「我が師よ。ライラ殿は?」
「自分の志に殉じたよ」
あまり、あの娘の心をつまびらかにしたくない。
しんみりを察してくれたみたいだ。
彼らは取り敢えず、問い詰めはしない。
とはいえ、雰囲気としては微妙かな。
裏切り者の末路が、晴れやかなものだと困るしね。
後で説明する時に注意が必要か。
あー、めんどくせ。まあ、後のことなんてその時考えればいいか。
「我が師……今回は、役に立てず、申し訳ない……」
差し迫った状況は、解消した。
ようやく、息をつけたもんな。
反省会する余裕が、やっとできたか。
うむ、我が弟子、やっぱ落ち込んでるな。
ま、ボクはそつのない師匠だし、メンタルケアもしてやろう。
今回は、クロノくんが大活躍で大満足だし。
自分の使命を果たせた、幸せ者二人を見送れたし。
なんだかんだ、気分がいいや。
面倒事、どんと来いだ。
今ならどんなことでもしてやれそうだ。
かつてないくらい、他人に優しくなれそう。
「何はともあれ、まずは結界を解こうか。クロノくんの治療もしながら、何があったかを詳しく教えてしんぜよう」
まあ、ひとまず終わりだ。
戦いを終えた戦士に、労いをかけよう。
結界解除、欠けた腕を治しつつ。
「じゃあ、クロノくんの八面六臂の活躍を、丁寧に教えてあげよう」
さて、今回のエピローグはこの辺で。
色々あって疲れたね。
次の章は、多分もっと辛い道になるだろう。
だから、今だけは、皆にちゃんと休んでほしいな。
「ヨウヤクダ」
! クソボロ!?
いったい、何しやが……
「ヨウヤク、機会ガ巡ッテキタ」
「しまっ……!?」
最後に見た光景は、散々だった。
首から上が無くなった死体は、多分後から来た英雄三人のもの。
我が弟子たちは、なんとか避けたか?
あのキリングマシーンに近かったから、致命傷にはならなかったか?
計画はあったけど、アレはボクと『神父』の間でしか話してない計画だ。
今さらだけど、他の使徒が、クロノくんにボクの心臓を食わせて『神』へと至らせる計画に、納得してるとも、協力するとも、本人の口からは聞いてない。
今の状況は、明確に異常。
少なくとも、ボクにまで攻撃を仕掛ける意味が分からない。
奇襲をかけるってことは、確実にボクの意に反することをしようとしてる。
じゃあ、ボクのやるべきことは一つ。
だけど、無意味な気付きだった。
クロノくんを助けようと、視線を向けた。
出し尽くしたクロノくんが、この襲撃に対処できるはずもない。
そこでは、結界の中心だった場所では、バカヤンキーが立ち尽くすクロノくんを捕まえていた。
その時、確かに聞こえた。
バカヤンキーが、クロノくんへ向けて、
「これで、『神』の器は俺のモンだ」
ボクらは、所詮、利害が一致しただけの組織。
平気で蹴落としあって、当然だ。
嗚呼、これじゃあ、クロノくんや我が弟子のことを笑えない。
戦場で油断なんて、千回死んでも贖いきれない大罪だよ。
その瞬間を最後に、ボクの意識は途切れた。