141 使徒の終わり
「ようやく、着いたぞ!」
やっかまし。
ドスドス足音聞こえてたから五キロ手前で気付いてたけど、なんだコイツ?
ていうか、最初に着いたのコイツかよ。コイツ、いつの間に来たんだよ。
我が弟子は何をしてるんだ、何を。
なんでコイツがこんなところまで……っ!?
「おお、こんなところに居たのか!」
「うっぜぇ」
足音も気配もまったく無かった。
まさか、コイツが来てるとは。
存在そのものを封印されてるせいで、自我すら曖昧なはずだよな? 敵意に反応して斬りかかる、キリングマシーンだろ、コイツは。
もしかしたら知り合いだったかもしれんが、それも思い出せんし。
マジで気味悪いわ。
しかも、パーソナルスペースが狭いコイツがコントロールしてやがる。
うっせえ、暑苦しい、うっとうしい。
だけど、下手したらこのキリングマシーンが動き出すんだろ?
うっわ、タチ悪ぃ。しばきたいのに。
「して、今はどういう状況か? いや、そんなことを考えるより、早く加勢を……」
「要らん。ていうか、加勢は認めん」
そんなおかしなこと言ったか?
なんか『?』顔してるわ。
間抜け面しまえよ。誰得なんだよ。
「劣勢にせよ、優勢にせよ、戦力は必要では?」
「ならん。介入は絶対に許さん」
「そうか」
ギィン、と金属が弾ける音がした。
即断即決は、数少ないコイツの美徳だな。
普通、意図とか聞くだろ。なんで子飼いのキリングマシーンに即加勢させようとするんだよ。
でも、関係ないね。
ボクの術、『因果応滅』は発動してる。
ボクは部屋の鍵を持っているだけで、既に完成した密室は、ボクの意志に関係なく存在する。
コレは、ボクを殺したって解除されない。解除条件は、ボクの意志ひとつだけ。
物理的に破壊不能だから、もう手出し不能なんだよね。
「……これは、口振りから鑑みるに、君の術かね?」
「その通り」
「囲うメリットが無いように思えるが?」
察しが良い。
ここで逃亡防止用とか、敵の加勢防止用とか適当言っても嘘じゃないけど、今は本音で話すか。
逃げられないし、分が悪い。
ちゃんと一から十まで説明したら、時間稼ぎにもなるしね。
話してる間に向こうの決闘が終わったらベストだね。
「これは、『神父』が万全の状態で戦うためのリングだ。別に、クロノくんのためじゃない」
「……どちらの味方か、正体を見せたと?」
「まさか。アレはボクの敵だし、クロノくんを殺すつもりなんてない」
全部本音で真実だ。
ボクにとって、『神父』は敵に足り得る稀有な存在だし、利害が一致しただけで、別に味方じゃない。
クロノくんも、殺すつもりなんてない。むしろ、生きて役目を果たしてくれないと。
でも、今回に関係性なんて意味はない。
「なるべくして、そうなっただけだよ」
「意味が分からん」
「『神父』の権能は、強力だ。こちらの攻撃は絶対に届かず、逆に向こうは撃てば必中、直撃は必滅。『神聖術』の頂点に立つ男だ。だけど、弱点もある」
胡座は、いざって時に即座に動けないから、カジュアルな場でしかしないって、どっかで聞いたことある気がする。
ソースはない。適当言ってるだけ。
まあ、戦うわけでもないし、ピリつかんでもええわな。
戦闘の意志はないってね。療治の水はないけども。
「まともに力を使えば、星に気付かれるんだよ。禁忌を犯せば、制裁をくらう。だから、全力を出すなら周囲を異界化しないといけない」
「…………」
「そして、今回はボクがリングを作った。絶対に壊れないリングを。外からの介入も、結界維持のエネルギーも考えなくて良い」
「そんな愚行をわざわざ為した理由は?」
考えるだけ無駄だと思うけどもね。
だって、ボクはボクの理念で動くんだもの。
これは、一生に一度の大勝負を仕掛けた『神父』とその娘、それを受け継ぎ、受けたクロノくんへの気紛れだ。
野暮を許さないくらいのことはする。
走り続けてきた奴なんだ。どんなバカでも、少しは報いをやらないと。
「矜持」
「理解できん」
お前はね。
面白くもない人生を送ってるから、感性が死んでくんだよ。
「黙って見てろってことだよ。人間、運命に逆らったら、大火傷するもんさ」
「悟ったような……。私は嫌いだぞ、運命などと理由を付けて、諦めることは」
「あっそ」
ま、そんな長くならんから見てきなよ。
運命が案外面白いってことが分かるから。
※※※※※※※※※※※
天から、羽が舞い落ちた。
輝く羽は黄金のようで、値千金の世界が広がる。
あまねく『信仰』を取り込んだ『神父』は、眩い鎧に身を包んでいた。立派な兜で目元は見えないが、変わらず、慈愛を含んだ瞳をしているのだろう。剣と盾は、光が集まり、そのまま形を成しているようで、神々しい。
これを、正しく『神の騎士』と呼ぶのだろう。
今なら、『神父』の想いが分かった。
より強く在らんと、騎士の形を取った。
己という個を消し去り、強き守護者であることを祈ったから、鎧と兜で身体を隠した。
その翼は、『神』の元へまで飛ぶためのもの。
あらゆる理想を詰め込んで、一瞬の煌めきのために己をかけたもの。
威圧感と共に、感じる心地よさ。
これを、親近感だと、クロノは自覚する。
力が、共鳴する。
己の力の根元の正体を、見る。
輪郭すら掴めなかったおぞましいモノだった。溢れる力に、振り回されてきた。
けれども、理解が及んだ。
身に宿す力に込められた『誰か』の願いが、聞こえてくる。
偉大なナニカの意志がある。言葉として落とし込むことはできないが、何かを『して欲しい』という願望を感じる。
だから、クロノは力に応える。
だから、より大きく力を使う。
忌むべきモノでも、恐ろしくとも、目の前に居る強敵に勝利したいのだ。
目の前に居るのは、己の『最強』を実現した敵である。
ならば、己の身を案じていては、無様を晒すだけである。
振り絞り尽くしてもなお足りず、さらに一歩を踏み出せなければ、無理を通すことなどできない。
「…………」
折れる骨も、千切れる筋肉も、傷付いた臓器も、必要ない。
欲しいものは、壊れぬ身体。
人の肉を強化するだけで、この強敵には敵うはずがない。
だから、造り直すのだ。
骨、筋肉、神経、臓器、その他諸々。
芯より強靭なモノへと変える。
人もどきから、正しく人でなしへ。身体は、巨大な力に耐え得るように。
かろうじて、人の身であったクロノは、人から今、怪物に成る。
「―――――!!」
背に光輪が現れる。
瞳の形が太陽のように赤い真円を描く。
大きな変化はないが、まるで違う。
跳ね上がった存在感の大きさは、昇る日輪のように絶対的だ。
二体の『神』に近き怪人の視線が交差する。
大気と地面が震え、軋む。
アインの結界がなければ、人が立っていられない揺れが起きていた。
それだけの超越者同士が、これから戦う。
他所に被害が及ばないことは、幸運と呼ぶ他にはない。
そして、
「「―――――!!」」
一瞬の凪ぎの後、衝突。
さらに巨大な地震が起きる。
鍔迫り合いの形となって、太刀音が鳴る。
一方は、数十万の信徒たちの祈りが形を成した、虚像の真剣。もう一方は、星の獣から受け継いだ、至高の名剣。
格として、一先ずそこに優劣は付かない。
付くとするのならば、
「!?」
「『神の子』よ」
どれだけ、剣の力を引き出せたか。
つまり、剣の使い手の技量と力量。
押し負けたのは、クロノの方。つまりは、そういうことだった。
「信仰とは、ひとつひとつは、空を舞う葦のようなもの。だが、束ねることにこそ、意味がある」
クロノは、彼方に居るであろう大いなる存在から、力を得る。
そして、地にあまねく人の祈りをこそ、『神父』は拾う。
恐れ遠ざけた力と、慣れ親しんだ力。どちらがより馴染むか、自明の理である。
今、この場で強いのは『神父』だ。
しかし、それだけで優位に立てるかどうかは、別問題だ。
「弱き者が、強き者へと挑むことができる。ただ踏み潰されるだけではない」
「…………」
限りなく『神』に近付いた『神父』から、赤い血が流れる。
交差の瞬間に、頬を薄く切り裂かれた。
先程までの無敵化は、不完全化している。
世界に降りた奇跡は、同等以上の奇跡であれば、突破可能だ。
クロノは、大いなる加護を受けた。
もう、傷付かない戦いはできない。『神父』の優位性は大きく揺らぐ。
安全圏はなく、既にそこは戦場だ。
だから、クロノはさらなる誠心に努める。
目前の強敵は、その程度のことで勝てる相手ではないのだから。
無敵ではなくなった今を前に、恐ろしく冷静で、自分の敗けを想像すらしていないことは、相対すれば分かるから。
「……重いのだ、人の想いは。脆くとも、弱くとも、その願いは重い。弱く、そして強い」
「少しは、分かる」
クロノの剣は、意志がある。
主の意志に応じて、その戦意を変える。
昂る主に、凄まじき強敵。このシチュエーションに、燃えている。
無限の可能性を込められた魔剣は、主と敵を認めている。
封じた権能をさらに解放する。
「嫌ってくらい、強さを叩き込まれた。弱音の吐き方も忘れるくらいに」
「ですが、弱さを知らないと見えます」
次に起きた衝撃は、小手調べの一撃とは、比較にならない。
発する音すら兵器となり、破壊を撒き散らす。
太刀音など、遥か後方へ置き去りにしながら戦闘する。
格闘を交え、剣を交え、力を交え。
気迫で相手を凌駕しようと、吠える。
「人は! 前に進むのが苦しいのです!」
近接戦は、僅かに『神父』が上だ。
数多の信仰によって支えられた『神父』の剣は凄まじい。理想を実現するための力であり、『神父』へ極大の力を供給しながら、『神父』に応えて剣の役目を果たす。
練り上げられた技量と合わさり、それだけで世界のほぼ全ての存在に勝利できる。
だが、彼の本領は、近接ではない。
クロノを蹴り飛ばし、距離を取る。
「ただ、己の生を全うすることが、難しい。ただ、歩き続けることが、難しい! 簡単に絶望し、簡単に道を踏み外す!」
「…………!」
「人間の未熟ゆえです。人間とは、種としては、無邪気な子供も同然。だから、親として導く者が必要なのです」
暗く、世界は染まる。
夜が突如としてやってきた。
瞬く星々まで現れて、幻想的な景色が広がる。
その一瞬の後、星たちはクロノの元へと殺到する。
当然、クロノは切り払う。だが、幾千幾万の星にいくら対処しようと、焼け石に水である。
瞬間、光り、星たちは爆ぜる。
「なのに、それを誰も理解しようとしない! 星は、子のことなどどうでもいいのだ! 道標なしに、夜闇の道をどう歩けばいい!?」
クロノの全身が火傷で覆われる。
爆発の大半を斬ったが、まだ足りない。
「小生は、見てきたぞ! 折れる人間たちを! 苦しむ人間たちを! どう生きれば良いか分からずに、爪弾きにされた人間たちを!」
「―――――!!!」
「何故、あのようなことが起きるのですか!? 人間同士で、陰惨な殺し合いが、何故起きるのですか!? 嗚呼、決まっています。決まっている!」
ラッパが鳴る音がする。
いつか、星を終わらせることができるであろう、厄災の音色である。
音に呼応し、『神父』は怒る。
これまでに踏み付けにされてきた者たちの、無念を代行して叫ぶ。
空から、隕石が落ちてきた。
大きく、重く、速い。直径は軽く一キロは下らない。何万トンあるか、計るのもバカらしい。
周囲が消し飛ぶどころの騒ぎではないが、クロノには、眼前の問題に対処することしかできない。
「はじめから、誤っていた! 人間のデザインが、社会の在り方が! これでは、何万年経っても、信徒たちは大手を振って世を歩けない!」
「―――――――!」
斬る。
ひたすらに理想を突き詰めて。
巨大な隕石は爆砕し、破片が雨のように降り注ぐ。
それらは大地を抉り、捲り、ひとつの門を形作る。
門の奥の暗闇から、異音が響いた。
クロノは、門の方へ注意を向ける。
「一度、壊すしかないのです! 『神』の名の元に造り直すしかない! 正しき指導者の元、正しき形になるように管理しなければ!」
『――――――――!!!!!』
おぞましい羽音が響く。
呪われた生命が、地獄の底からやってくる。
門から現れるのは、幾億幾兆の虫だった。
鋭い牙を持ち、肉を腐らせる毒を持つ。
狂暴な気性であるために、真っ先に生きた肉であるクロノへ襲いかかる。
「世界は、より良くなるはずです」
クロノは、剣を振るう度に力が馴染むのを感じた。
こんなことはできない、実現しない。そんなバイアスを捩じ伏せて、ごく自然と『こうしてみたい』を願う。
実現可能という確信がある故の、傲慢なる想像である。
解き放たれる『神』の力。
輝きによって、神聖に、されど怪しく、世界を彩る。
虫たちは、次の瞬間、音もなく死んだ。
唐突に、寿命を迎えたかのように穏やかに。
クロノが虫たちの死を望んだから、結果は当然のごとく収束したのだ。
さらに深く、クロノは力に意識を向ける。
「世界は、あまりにも、我々に厳しい……」
その力の本質は、支配。
拘束すること、足蹴にすること、従わせること。
何よりも、この力の主が優先される。
だから、挑む間もなく虫は死に絶えた。だから、クロノの想像は現実に降り立つ。信じさえすれば、世はクロノの命令に従う。
想像さえできるなら、それはいつか実現するのだ。
そして、クロノは既に、地に伏す『神父』を想像できている。
「だから、小生は抗う。そうしなければ、淘汰される。進む罪は理解している。だが、止まる罪には比べるべくもなし」
「…………」
クロノは、数多の試練を課される。そして、同時に踏破し続ける。
クロノには、未来が見えている。クロノは、既に過去と未来を見通した。
この高さを、クロノも『神父』も気付いている。
だから、さらに試練がふりかかる。
「これが、小生が貴方と戦う理由だ」
「…………」
「では、問いましょう。貴方は何故、小生と戦うのですか?」
とにかく、距離を詰めなければ。
格上攻略のために必要なのは、自分の土俵で戦うことだ。逆を行ったとして、逆転の芽は万にひとつもあり得ない。
遠距離戦に付き合えば、順当に負けることは理解していた。
虫たちが全て死に絶えることを確認した上で、クロノは一歩、力を貯めて、
突如現れた気配に、クロノは身を翻す。
「狙われるから? 振りかかる火の粉を払うため? それもあるでしょう。しかし、それなら、貴方は逃げても良かったはずだ」
顔のないヒト型が、斬りかかっていたのだ。
見やれば、『神父』と同じ剣を握っている。
速さも、技も、オリジナルと同程度。
奇跡なぞ、使いたい放題と言わんばかりの違法行為である。
そんな分身が、さらに三体。
速さも技量も勝る相手と、一対三を強制される。
間違いなく絶体絶命である。
「漠然と戦っているのではない。貴方は、明確な意志の元で、その力を振るっている」
三位一体の剣は、一ミリの隙間もない連携である。
着実に、クロノから赤い血を流させる。
人を超越したクロノの肉と骨は、硬く、断ち切りづらい。それでも斬れるのは、その結末を使い手が望んだゆえだ。
万象を支配すれば、結果など思いのままに操ることができる。
クロノの奇跡は、たちどころに傷を癒すが、治りが鈍い。
願われた結末は、容易には覆せない。
数万という人間の希望は、相応に重い意味を持つ。
「何故、貴方は剣を手に取るか。何故、貴方は『神』を拒絶するか」
「…………」
「答えるがいい、『神の子』よ!」
一子乱れぬ連係の剣から、抜け出せない。
少しずつ、少しずつ削られる。
得てきた全てを費やしても、なお足りない。
密度が違う。練度が違う。歴史が違う。
経験値の差は、永遠に埋まらない。
二十年足らずなど、『神父』にとっては生きてきた時間の十分の一未満でしかない。
これは、目に見えた結末である。
「!」
誘導されていた自覚はあった。
分身のみで圧倒できたとして、本体が口を動かすだけなどあり得ない。
油断なく、容赦なく。理想の先達であることを、彼は怠らないのだ。
次の瞬間、音が消えた。
足元が光り、クロノの意識が飛びかける。
何が炸裂したかなど、知るよしもない。
火山の噴火がごとき爆発が、大きなダメージとなった事実しか、認識不能だ。
なんとか、剣は握れている。
全身は火傷だらけで、醜く溶けた箇所もある。
埒外の熱によって、内臓もかなり焼かれた。
立っているのもやっとだろう。
「問いは、投げたぞ」
容赦はない。情けなど、ない。
やるべきことを、完遂する。
この恐るべき先達は、死にかけの敵のとどめに、自らの奥義を使う。
空に浮かぶは、歪な立方体である。
完全になれず、ガワの荘厳さだけで神聖さを演じ、素知らぬ顔で『聖なるかな』と謳い続ける。
この、歪で完璧な『理念』を、ただぶつける。
この、『神父』の二百年を体現した、最後の一撃である。
受ければ、死ぬ。
そして、避けようと思えば、軽く向こう百キロは遠くに行かねばならないだろう。
当然、逃げの一手は、周囲を囲う結界が許さない。
「俺は……」
速さで負けていた。
技で負けていた。
経験で負けていた。
順当に不利で、当然に負ける。
唯一、勝れる部分は、勝利の可能性は、
「悪いけど、貴方みたいに潔くない。立派にもなれない」
力、それだけ。
敵と比べて、『神』よりも少し、近い位置にある。
ただ、それだけだ。
「正直、死にたくないっていうのが、理由の大半だよ。俺はそうはなれない」
その剣は、絶体絶命の時にこそ、熱く燃え上がる。
艱難辛苦の道のりにこそ、己の意味を見いだす。
かけられた封印をはね除けようと、大きく震える。
バチン、と何かが弾ける音がして、無尽とも思われるエネルギーが、クロノへ注がれた。
「俗人で、普通で、英雄なんて、聖人なんて、きっと務まらない」
さらに引き出す。
既に傷だらけの器であるクロノには、抱えきれない力だ。
それでもお構い無しに、剣から、『神』から、さらに多くを欲する。
馬鹿げたエネルギーを抱え、束ねる。
限界など、とうの昔に越えている。
「死にたくなくて、生きていたい! 仲間を敵から守りたい! そこまでの高みに至った、貴方に勝ちたい! 高尚な心意気なんて、ひとつも持ち合わせてない!」
見据えるは、『神父』ただひとり。
彼の奥義など、目にも入らない。
見せつけたいのは、勝ち誇りたいのは、『神父』ただひとりだけ。
だから、一瞬の暇だってありはしない。
敗けのイメージは、捨て去っている。
思い描くのは、どう勝つか、それに尽きる。
「それが理由だ! 背負う重さも、強さも、貴方には遠く及ばない! それでも、」
譲り受けた剣の力。
備わった『神』の力。
培ってきた、なにもかも。
そして、勝利のイメージ。
全てを込めて、剣を、『意地』を、
「負けてやらない」
振り下ろす。
「「おおおおおおおおお!!」」
打ち砕く。
突き進む。
これは、『理念』と『意地』のぶつかり合いだ。
分があるのは、クロノ。
純粋なパワー勝負なら、『神の子』に軍配が上がる。
意地が、『理念』を押し返していく。
降り注ぐ『理念』には、ヒビが入り、轟音と共に斬り伏せられて、
「信徒の祈りは、この程度では、ァアアアアアアアア!!!!」
二つ目の『理念』が現れた。
否、それにとどまらず、三つ、四つと新たな『理念』が顕現する。一つ目を叩き斬った後にも、二つ、三つと『理念』が重なる。
数多の試練に、クロノの膝は折れた。
だが、決して剣を手放さない。
「負けて、やらない……」
歯を食い縛り。
もっと先へと手を伸ばし。
その果てに目指すものは、理想郷でも、大義でもない。
それでも、はいどうぞと譲ってやれる願いでもない。少なくとも、クロノはそのために命を懸けて戦ってきた。
何故、剣を振るうのか。
何故、逃げずに立ち向かうのか。
振りかかる火の粉を払うため。
己と仲間の命を守るため。
嗚呼、確かにそれもあるだろう。
けれども、その奥底に在るものは、
「負けたら、自分の願いに、胸を張れない」
より良い己であるために。
誇り高くあるために。
仲間に顔向けできない戦いだけは、絶対にごめんだった。
だから、『意地』なのだ。
矮小で卑しく、自分勝手極まりない。それを守り通せたとして、他人にとっては何の関係もない。
されど、そこには、己が強く在るための理由が宿る。自分以外の誰も居らず、自由の上にしか、成り立たない。
だから、クロノは、
「――――――――――――!!!!」
切り払い、斬り伏せ、打ち倒し。
繰り返すこと、計七度。
全ての『理念』を越えた上で、届く。
クロノの想いの全てを乗せたこの一撃は、届いたならば、必ず報われる。
何故なら、
「……小生が使徒の中で最初に出張ったのは、理由があります」
そこには、納得があるからだ。
クロノだけではなく、敵である『神父』にも。
「小生は、使徒の中でも最も弱い。倒されたところで、戦力的にまったく問題がない」
「…………」
「他の使徒は、もっと恐ろしい。彼らの願いには、小生と異なり際限がない。『神』の再臨で満足をしてしまった、小生とは違う」
はじめから、決着は決まっていた。
遥か昔に目的が終わってしまった脱け殻と、手の届かない理想に、もっとと欲しがり、走り続けた、今を生きる者。
どれだけ実力差があるかなど、関係ない。
こうして肉薄した展開になったなら、当然のごとく、道を譲っていただろう。
「彼らの願いは、『神』が降り立った先にある」
「それでも、負けてやらない」
クロノの育成にこそ、本当の目的だ。
殺すつもりで戦ったが、本気でそのつもりなら、やりようは他にいくらでもあった。
試金石としての役目を忠実に果たし、その上で燃え尽きた。
これは、それだけの話なのだ。
「せいぜい、気を付けなさい。彼らは、小生と違い、優しくはありませんから」
燃え尽きた。
だから、これで終わりだ。
最後の忠告の末に、『神父』は消えた。
全てを出し尽くした先に、蛇足はない。
第五の使徒は、斯くして、その役目を終えたのだ。