136 最強の門番
クロノくんが面食らった顔をした。
状況が状況だし、動けなくなるのも仕方がない。
わざわざごちゃごちゃになる場面を演出した訳だし、狙い通り。
どれだけ仕込んだとしても、一年も経ってない。
だけど、成果なしって訳じゃないみたいだ。
次の瞬間にはちゃんと動き出して、『ここ』と『そこ』を隔てたボクの結界を攻撃した。
彼のパワーと、剣の性能を完璧に合わせた、まさに渾身の一撃。
ボクが時間をかけて守りの仕掛けを作ったとしても、多分突破されてたね。
でもまあ、それは普通に守ったらの話だけど。
「無駄だよ」
「!」
気付いたか、クロノくんが顔をしかめる。
あんまり気分良くないよね。ボクも自分でそう思う。
でも、これが必要だったんだよね。
趣味でこんなんしてる訳じゃないから、そこは分かって欲しい。
「コレ、ボクが持ってる中でも最硬の守りだ。君じゃあ絶対に破れない」
ボクがその昔、悪ふざけで考えた必殺技のひとつ。
第三の技『因果応滅』。
捧げたナニカの価値に応じて、より強く対象を閉じ込める封印術。
しょぼい捧げ物ならクロノくんでも破れるけど、今回は特別だ。
「アイン、腕……」
「ああ、切って捧げた。そういう術だ」
発動中は治せないんだよなあ。
そんで、この二人を閉じ込めるとなると、必然的に生半可な供物じゃ足りない。しゃーなし、世界最強の生物の左腕で勘弁してもらうことになった。
ボクを素材にしたおかげで、かなり頑丈にできたわ。こうなったら、ボクが術を止めるまで、二人のランデブーは止めらんない。
「術が解けるまで待ちな。野暮は、誰にも許可しない」
「……師匠がコレを望んだのか?」
慌てないねぇ。
戦士ポイント三点加算だわ。いや、なんだよ戦士ポイントって。
シリアスなところにふざけちゃダメダメ。
ボクだって、遊びでこんなこと提案したんじゃねぇしな。
『アホ弟子。アタシはこんなことして欲しいなんて、ソイツに願ったことはねぇよ』
結界の内から声がした。
一応、最高硬度の結界なんだけど?
コレって代価を差し出すことによって『不壊』と『不通』の概念を降ろして『神』の領域に足を踏み入れて……って言ってもしょうがないか。
『クソ厄介な結界だぜ。コレ、この世界のどこにも壊せる奴なんて居ねぇだろ』
どういう技かを説明したし、実践はしたけど、その一回でここまで術理を解したのか。
壊せないと悟った瞬間に、声だけ届かせるとは。
ボクほどではないにせよ、星との繋がりはあるみたいだし、星に訴えて呼び掛けたか。
ボクと『神』や『星』とじゃあ、残念ながら格が違うからね。腹立つけど、向こうに優先権がある以上、ボクじゃ繋がりを完全には絶てないし。
我が娘ながら、恐れ入るね。
『コレは、取り引きの結果だ。神父との闘いを、絶対に誰にも邪魔できない状況を作ってやる。その代わり、アタシの最期をお前に看取らせろとさ』
「!」
クロノくんが目で訴えかけてくる。
嘘を吐く必要もないし、頷く。
「こうなる事は予想できたし、せめて、親代わりになってくれた人の最期に立ち会いたいかなあって」
『必要ねぇっつったのに、お節介な奴だぜ』
「いや、君の最期の戦闘だよ? 見取り稽古として完璧だからね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
なんだい、クロノくん?
話は既に進み始めているんだから、乗っからないと損だぞ?
「詳しく説明してくれ、アイン。どうして、そうなったんだ?」
「どうして?」
うーん、分かんないならそうなるか。
自分の師匠が死ぬ理由くらいは知りたいよね。
でも、ボクは甘やかさない。
話していいのは、『どうして』の核心に触れない部分までだ。
「まず、あの娘と『神父』が戦えば、百パーあの娘は殺される。で、クロノくん的に知らない間にあの娘が殺されるのは嫌でしょ? だから、クロノくんの目の前で死ぬなら、ベストではないけどベターではあるよね?」
「い、いや、いや……」
「それに、あの娘の最期の輝きは、きっと君の成長に繋がる。だから、この形になるようにした」
カチカチと、歯が鳴る。
言葉にしようとして、消えて、質問することもできなくなってる。
動揺を隠す余裕もないみたいだ。
まだ、人の感性が抜けないし、割り切れないのも当然か。
「そういう、ことじゃ……」
「ボクは、君のためにならないことはしない」
まあ、別にそこはどうでもいい。
ボクは彼に強くなること以外は求めてない。
理解とか、願いとか、心底どうでもいい。
こうなった方がきっと良い未来に繋がるんだ。彼の意志も、関係ない。
……出来れば、これでボクのことも理解して欲しい。
どうあっても理解できないナニカだと、理解して欲しい。
「だからって、そんな……。俺は、望んでない……」
「全部が全部、君の思い通りにはならない。君の力の及ばないこともある。残念なことに、君には力が足りなかった」
あー、納得できんわな。
仕方ないって思えないよ。
可哀想に、人でなしが人の振りをするのは辛かろう。
でも、情け容赦が必要な場面でもない。
「尊重されないのは、当然のことだよ。可哀想にね」
「…………」
ボクの理屈はシンプルだからねー。
最優先は、このボクだ。何故なら、ボクは世界で一番強いから。
暴力は、この世で最も素晴らしい力だ。
持ち得ない弱者は、踏み潰されるが必定である。
クロノくんは弱肉強食くらいに思ってるかもだけど、別に間違ってないし。
つまりは、クロノくんより、あの娘を優先するってことだ。
ボクは何一つ間違っていない。
「黙って、見ていなさい。これから、彼女がどう足掻くかを」
……うんうん、そうだね。
この結界を彼が破るのは無理だ。
なら、術者を壊すのが一番手っ取り早い。しかも、術者は片腕ときた。
決闘に途中で割り込める可能性は、全部ここに詰まってる。
一番可能性が高い手段を取るのは、とてもグッドだ。
でも残念なのは、それすら不可能っていう現実だよねー。
片手間だけど、相手してやるよ。
自分の師匠の死に様くらい、ちゃんと見るべきだと思うけども。
……うん、これで良いはずだ。
自力でなんとかできないのが、弱いのが悪い。
ボクもあの娘みたいに、星の使徒としてモノを考えりゃあいい。
「ふふふ……お前なんぞ、片手で十分だよ」
「押し通る!」
悪かったね、『神父』よ。
随分と、水を差してしまった。
こんな面倒なことになったのは、お前の不始末と約束のせいだぞ。
自分の娘の始末くらい、自分でしろよ。
さーて、リングの二人はっと……
※※※※※※※※※
「ようやく、この時が来た……」
刃のように鋭く、『神父』を睨む。
細身の彼女に見合わない、絶対的な圧力が、世界を震わせる。
世界そのものが敵意を向ける。
「百年だ。百年間、てめえのおかげで、クソ不愉快な人生だったぜ」
「…………」
生まれた時から、ライラは絶望を知っていた。
決して越えられない壁があり、生涯ソレに首輪を繋がれたことが確定したからだ。
自由を知らず、息苦しい日々を過ごしていることに、吐き出しきれない不満があった。
「ようやく、ようやく解放される。そんでもって、一番恨んだてめぇの面ぁ殴れるんだ。もう、これ以上はねぇよ」
「…………」
憎しみは、深く、おぞましい。
このレベルの怪物の強い執着は、呪いの種になる。
想いを向ける、ただそれだけで、害を成せる。
生半可な捌け口であったなら、向けられた途端に心臓を止める。
だが、この男は、そんな怨念を百年以上、平気な顔で受け続けた。
「小生は、約束を守ります。貴女は小生の手駒として、良く働いてくれました。その報酬を支払うのは当然です」
「血も涙もない男だと思っていたよ。てめぇにも、感傷はあるんだな」
「小生は、弱者を貪るのみの愚かな指導者ではない。自らの格を、自ら下げるつもりはありません」
微笑みは、柔らかで美しい。
世界が悪意で震える中で、ただ一点だけが静かだった。
堅牢なる神殿であり、指導者、そして『神』と人を繋ぐ神父。荘厳な空間は、星の使徒の反逆を許さない。
「自分が大好きな野郎だな」
「星の申し子が、それを言いますか? 自分の在り方に何よりもうるさい貴女たちが」
柳の葉を押すような問答だ。
達観した『神父』には、ライラの敵意は通じない。
静かに尖り、洗練される殺意も、届かない。
内心、第一席に座る誰かを思い出して穏やかな心中ではないのだが。
「自分の信念も貫けねぇ腑抜けになるくらいなら、アタシは自害する。当然のことだ」
「普通は、貴女たちのように強くはなれないのですよ」
視線の先には、強者が居た。
誰に習う訳でも、学んだ訳でもない。
何をせずとも強すぎた。
弱者にとことん共感できず、弱さが大罪と信じて疑わない性質である。
少なくとも、彼の知る星の使徒は、皆同じだった。
だから、彼は嫌悪するのだ。
生まれながらの絶対強者を、その傲りを。
「強くなりたい、踏みにじられたくない、自分を通して生きたい。それが当然と言える、貴女たちのようになりたいと、誰もが思いますよ」
「それが出来ねぇなら、俯いて歩いてりゃいいだろ。誰かに踏み潰されないことを祈りながら」
「秩序無き世界。小生の嫌うところです」
「秩序を乱す悪の組織の幹部が、フカすじゃねぇかよ」
「……ええ。弱者から見た我々は、その通りなのでしょうね」
静かに目を閉じる『神父』は、祈りを捧げているようだ。
歴史に記されることもない魂たちの鎮魂。
弱者と『神父』を憎むライラからすれば、反吐が出る話だ。
「そろそろ、始めるぞ。このために、てめぇの言う通り、アタシはあの英雄共に取り入った。気に喰わねぇガキも育てた。英雄共の首を取った」
「ええ。貴女は、良くやってくれました」
「不愉快だったぜ、アタシを縛るてめぇはよ」
「ええ。貴女は、小生を裁く権利がある」
感傷は、ここまでに。
舞台は完成し、役者も観客も揃った。
転がり落ちるように、運命が収束していく。
「だから、小生は貴女を殺すのです」
「そのニヤケ面、丁寧に潰してやる」
魔人が、嗤う。
この世界は、今、二人だけのものなのだ。