133 ここは俺に任せて……
身の毛もよだつ。
背筋が凍る。
恐れおののく。
どんな言葉を使おうと、男の凄まじさを形容できない。
隔絶しすぎた力量差は、どんな表現でも埋められない。
あまりにでたらめで、あまりに理不尽。
何故、こんな怪物が生まれたか、一切理解できない。
弱肉強食を是とする生物として生まれたから、すんなりと認めた。
人でなしとして、星に近い者として、男には敬意を抱いた。
コレになら、従ってやってもいい。
己を遥かに上回るポテンシャルと、それを極限まで磨きあげてきた経験。
コレを上回る生物など居ないという確信のもと、支配を受け入れた。
だが、
『小生が最強? 寝言は寝てから言いましょう』
さも当然のように、男は言う。
誰かよりも弱いという恥部を、どこか嬉しそうに明かす。
ソレにはまったく分からないことを、真理のように言う。
『小生は、使徒の中でも最弱。そこらの英雄が何十人集まろうが負けませんが、それでも、上には上が居るのです』
認められない。
こんなにも素晴らしい怪物が、果てしなき愛憎と苦痛の結末が、他に劣って良い訳がない。
他でもない本人が、甘んじて良いはずがない。
誰よりも強く、残酷で、ソレにとって狂った創造主でなければならない。
『教団を創った教主と一位殿は、理の外の存在です。アレらに比べれば、小生など……』
許せない。
あってはならない。
どれほどの犠牲の果てに、今のコレが両の足で地を踏んでいるのか。
まだ、極める技があるはずだ。まだ、究める知識があるはずだ。窮める余地があるはずだ。
なのに、コレはもう諦めている。
序列を崩してやろうなど、微塵も考えていないのだ。
『一生を鍛練に費やしても、埋められない差です。二位以下が徒党を組もうと、服を汚すことすら出来ません』
克己心はない。
我欲もない。
不満も、憎悪も、希望もない。
完璧ではない己を改めようという気が、さらさら無い。
許されざる怠惰である。
誅さねばならない傲慢である。
特別な、無二なる『一』として生まれたであろうに、他人に劣ると感じたなら、劣等感や怒りを覚えるのが必然だ。
解脱の境地など、目指してもいないくせに、何を悟った気になっているのか。
『だから、良いのです。人格に難がありますが、アレは、正しい。世界で一番強くて、世界で一番正しい。そう振る舞うだけで良い』
理解できない。
理解できない。
こんなにも正しい男が、誰の正しさを信じているのか。
こんな腑抜けに創られた己の立場は、どうなるというのか。
身を焦がす憤怒を抱く理由は、それで十分だった。
『型さえできれば、道さえ整えれば、必ず完遂してくれる。組織の性質上、馴れ合うことや相容れることはありませんが、それでも……』
だから、この獣は、飼い主の手に噛みついたのだ。
※※※※※※※※※※※
やっほー、ボクだよ。
当然だけど、今はあのやさぐれ娘を追いかけ中。
あちこちに痕跡が残ってるし、どういう道筋を辿ったかは凄い簡単に分かる。
追ってこいっていうのが本音みたいだから、追跡もよゆー。
この調子なら、すぐに目的地まで辿り着けるね。皆やる気で何よりだよー。
心身ともに絶好調。
いつでもやれるし、やって悔いも残らない。
全員が、出し尽くす戦闘が出来る。
まー、野蛮なことだよ!
話し合いで解決しようって流れにならないんだから驚きだよね!
いや、状況考えたら戦闘は当然だけどね? ほら、一応師弟だから、葛藤とかそういうフェーズがあると思ってたんだよ?
そしたら、そんなんすっ飛ばして決意キメてんだもん。
殴り合いしか考えてないなんて、知らない間に成長したね!
あれ? これちょっと前も同じこと言った?
その辺はまあ、置いておくとして。
問題らしい問題もないし、しばらくしたらイベント発生の流れだね。
それまでに、神父と会った後のことでも考えておくか?
あらかじめどうするか決めておかないと、どんなボロ出るか分からんし。
「お前たちは、迷いがなくて良いな……」
ポツリと、誰かがこぼす。
とても羨ましいそうに、というか、恨めしそうでもある。
流れる景色に置いてけぼりにされそうだったけど、ボクらは簡単に拾えちゃう。
こんなネガティブ言うのは、ボクら六人じゃあない。
一緒に付いてきた部外者の、えー、誰だったっけ? あの短気な人。
「迷いもなく、やるべきことをすぐに判断出来る……。俺には出来なかった」
「ヴァロルさん……」
短気な人、なんかへこんでる。
ウケるなマジで。
「一回りは年下のお前たちに、覚悟で負けていた。不甲斐ない限りだ」
客観視できてて偉い。
ちゃんとバカだったら、辿り着けない結論。
なんで付いてきてるんだろうって不思議だったけど、反省会したかったのか。
ボク的にはどうでもよかったからスルーしてたけども。
まあ、どうせ暇だし。この先のこと考えながら聞いとこ。
「この先、悔いる機会も、謝罪する間もないだろう。だから、言わせてくれ。すまなかった」
「謝ることじゃないです」
クロノくんは、良い子だよね。
独白みたいなもんだし、ほっとけばええのに。
「俺は、ただ、迷う暇がないだけなんです。過大評価ですよ」
「俺が君の歳の頃なら、そうは思えなかった」
許しを乞うみたいに、短気な人は言う。
クロノくんも、こんなのの対応慣れてなくて困ってるね。
初々しくて面白いぞ、クロノくん。
困り顔もわりかしカワイイぞ、クロノくん。
「……条件なんて、人によって違います。もしもこうなら誰ができて、誰ができなかった、なんて無意味な話です」
「まあまあ、暗くなる話なんて止しましょうよ」
アリシアちゃんとラッシュくんは、気配りさんだよね。
クロノくん命のくせに、ちゃんと知らん人のフォローも出来るのか。
モノホンの狂人ってちゃんと周りを見れるもんなんだなあ。
「……そんなことより、先のことの方が大事だろう」
我が弟子、なんていうか気付いたらクロノくん庇って死にそうなキャラしてるよな。
そう考えたらちょっとオモロイかも。
いや、他のメンツもそんくらいするだろうけど、こう、我が弟子が一番そうするのが似合うな。
ダメなんだけどね? ダメなんだけど、なんか考えちゃうな。
「あの方は、光を操る魔法を得意とすると聞きましたよ。光線や光速移動に任せた肉弾戦が考えられますが……」
「すまん。俺は奴の戦い方は、噂以上のことは知らん」
「俺も、叩きのめされてきた記憶しかないから……」
残念。
まあ、自分の手の内なんて簡単に晒す訳ないから当然だけども。
…………なんだよ?
なんか、視線集まってね?
「アンタ、アイツと仲良かったでしょ? 知ってることあんなら吐きなさいよ」
「……知ってるわけないだろ」
「我が師、この数ヶ月、ライラ殿と共に行動したのだろう? 重要な情報はないのか?」
えー!!? 別に知らんよ?
重要な情報っつっても、お互いの腹の底なんて見せるわけないし。
ていうか、アイツの力に興味もねぇ。
分かることと言えばだけど、
「なんで裏切ったか、くらいしか分からんな」
「「「!」」」
ホントに誰も分からんかったのか。
すっげー分かりやすいと思ったんだけど。
「な、な、な……」
「……何故、黙っていたのですか?」
「いや、こんな分かりやすいことを何故いちいち説明しないといかんのか、理解に苦しむ」
はは、ウケる。
クロノくん、なんかスカしてたけど、めっちゃ驚いてて草。
「アイン嬢、なんで黙ってたの?」
「言う必要がないことだもん。あんなん、事前に気付けない方が悪い」
「おい、ふざけるな」
なんだよ、短気な人。
モブが口挟むんじゃねぇよ。
足止めるな、スケジュールが遅れるだけだろうが。
ていうか、殺気と武器も向けてくるとか、ブチギレじゃん。
「貴様が何を考えているかは知らんが、この局面で情報の隠匿だと? まさか、裏切る前から、予想していた訳ではあるまいな?」
「そりゃしてたよ。事前に挨拶くらいはって思ってたし」
「…………!」
めんどくさ。
イベント発生までのんびりはしたかったけど、面倒事はごめんだよ。
殴って寝かしてやろうかな?
あ、いや、こんなでも英雄だ。今のコンディションじゃあ、手間がかかるな。
「貴様が止めていれば、あの惨劇も起きずに済んだということか?」
「あり得ない仮定が好きな人? ボクは嫌いな奴がそういう話をした時に『そんなんあるわけねぇじゃん』って流れぶったぎるタイプ」
プチってキレる音がした。
流石、英雄だけあって、なかなか速い。
剣を抜いて、狙うは脚か。殺すつもりがないだけ、冷静さはあるね。
でも、
「荒いな。力はあるけど、怒りで無駄に力んだせいで案外やり過ごしやすかったな」
「…………!」
「ていうか、自分で気付けなかった不甲斐なさを棚上げすんなよ。他人にあたるとか、最低だぞ?」
うっわ、空気悪っ!
ボクこれ悪くねぇよなあ。
いきなり殴りかかってくるとかクソだし、サインを見逃してたんだから気付かん方が間抜けだわ。
ほら、クロノくんとかもなんとか言え。
一応仲間だろうが!
「アイン……」
え、なんでこんか救いようもないアホを見るような顔してるん?
あちゃー、とか、流石にそれはねぇわ、とかの声が聞こえてきそう。
え、なんで? 全然分からん。
できねぇなら、そりゃ自分の能力不足であって、ボクの責任ではないだろ。
「もう、なんでとは言わないよ。でも、」
「でもも何もないぞ。アレの性質、アレの飼い主の性質、アレのやりたいこと。考えれば、どうしたいかは瞬殺で分かるだろ」
バカがよ。
もうちっと考えてモノ言いやがれ。
愚を喧伝する阿呆になるなよ。とても見てられんぞ。
あ
「だから、敵の接近にも気付けんのだよ」
「?」
短気な人を蹴り飛ばして、娘どもを弾き飛ばして、男三人は殴り飛ばす。
全員、防御は間に合ったみたいでよかった。
こんなのと防げない奴は、死んだ方がいいからな。
で、アイツらが居たところになんか飛んできた。
流石にボクがどうかしなくても避けたよね?
そんでだけど、
「君ら、誰?」
「騎士団の残党どもだな?」
……うーん、神父の手先だよね?
変なエネルギーを感じるし、間違いない。
フード被ってて顔とかわかんないけど、陰気なのは伝わる。
全部で五人か。ボクらの相手するには二人足りないけど、どうする気だろ?
「……『神の子』と『星の子』。そこの二人は行け。あの方がお呼びだ」
「あー」
なるほどね。
絵図がやんわか見えてきた。
「クロノくん、行くよ」
「…………」
「状況は動いた。時間はないよ?」
クロノくん、慌ててないな。
結構取り乱して、あれやこれや悩むもんかと思ったのに。
現状の解決のために、ちゃんと頭使えてる。
そういう子はボク好きだよ。
「クロノ、死ぬな。我が師、クロノを頼む」
「クロノくん、いざとなればアインさんを囮にしてくださいね」
「死んだら祟るわよ」
「すぐに片付けて追い付くねー」
おーー、誰も迷ってないな。
覚悟決まりすぎだろ。
クロノくんも、背を向けて走り抜ける体勢じゃん。
「アイン、行こう」
「いいの?」
「終わった後で考えるよ」
あ、怖い顔してる。
後で問い詰めてやるからなってか?
まあ、別にどうとでもなるやろ。




