クズな貴方の首筋にキスマークをつける
「別れよう」
何度も、激しく唇と肌を重ねた後。素肌で彼と抱きあいながら余韻に浸っていると、彼が言った。
「え…何で?」
私が彼に聴くと、彼は私の眼を見つめ、私の髪を指に絡めてさらりさらりと手櫛しながら言った。
「…俺さ、彼女と結婚するんだ」
「かの…じょ?─って、私のことじゃないよね?彼女なんていたの?初めて聞いたんだけど」
「ああ、5年くらいの付き合いなんだけど。その彼女の腹に今、3ヶ月くらいの赤ちゃんがいるみたいでさ。赤ちゃんができたら、女と遊んでる暇ないだろうし、俺ももういい歳だしさ、そろそろ落ち着かないとって思ってな」
嬉しそうに微笑みながら、私の髪を優しく手櫛する彼。いつもなら、彼のそんな表情を見て、胸いっぱいに幸福を感じるけど…今は、違う。黒い靄のようなものが胸の中で、ざわざわと渦巻いていた。
「あ~、俺もパパになるのか~!男の子かな?女の子かな?それとも…」
「ねえ!」
「…ん?なに?」
「宏樹さん、前に『未希と結婚したいな』って言ってたじゃない!…あれは嘘だったの?」
声をあげながら、彼の瞳を見つめる。私はひどく動揺してて、素肌の向こうの心臓はばっくんばっくんと激しく鼓動を打っていた。けど、彼の瞳はまったく動揺している様子がなく、視線をそらすことなく、私の瞳を見つめていた。
そして。
「…ああ、本当におまえと、未希と結婚するつもりだったさ。彼女より、君のことが好きだしね」
「だったら────」
「でも、彼女のお腹の中には、俺の子が…俺の欠片を宿してるんだ。俺はその子を…大事に育てたいんだ」
真っ直ぐに私を見つめながら、彼はそう言った。
私を見つめる彼の瞳は、すっかり父親のものだった。
私と彼は、交際して3年。と言うことは、彼は私と、その奥さんになる人と二股していたということになる。
それなのに、彼は二股していたことを謝罪せず、それどころか悪びれる様子もなく。
そんな、彼のクズな一面に初めて気づき、ショックを通り越して、可笑しくなった。
「ふふふ…あっそう」
「なに?なんで笑うの?」
「べつにぃ」
私がケラケラと笑っていると────
「んぅ…」
彼は私の唇に激しく吸い付き、私の身体の柔らかいところをふわふわと触れた。
「ねえ、今日で君とは別れないといけないし。最後に…もう1回ヤろ」
この男は、どこまでクズなんだろう。冷ややかにそう思いながら私は。
「…いいよ。今までよりあっついモノを…ちょうだい」
彼を誘うような眼で見つめながら私が言うと、彼は私の身体に…全身で愛を注いだ。
薄汚い愛を…私の体内に注いだ。
「スー…スー…」
激しく触れあった後。彼は心地よさげな寝息を、私の隣でたてていた。
「…貴方がそんな最低なクズだったなんてね。でも、結婚しなくてよかったわ。こんなクズは結婚しても治らないからね。せいぜい苦しめればいいわ…貴方の大切な人たちを」
う~ん…と彼はごろりと寝返りを打った。彼は無防備な首筋を、私に向ける。
「…貴方は首を切り殺されても、文句言えない立場なの分かってるのかしら?」
私はそう小さく呟きながら、つつつ…と、人差し指で彼の首筋をなぞった。昔から彼は、一度寝たらなかなか目覚めない人で。
私は、彼の首筋を指先でなぞると…
────ぢぅ…ぅっ………
彼の首筋に、激しく吸い付いた。
「ん…うぅん…」
悶える、彼。
ちゅ…ぱっと、音をたてながら、彼の首筋から唇を離す。彼の首筋には、うっすらとした赤い痕が…キスマークがついていた。
洋服では隠せない部分に…わざと、私の証をつけた。
つけて、やった。
「フフ…このキスマークを見られたら、貴方はどうなっちゃうのかしら?それとも、彼女さんは許しちゃう人かしらね?」
クスクス笑いながら、ベッドそばに脱ぎ捨てていた洋服を拾って着ると。
「…ホテル代、よろしくね。ちょっと早いけど…結婚、おめでとう。めいっぱい、貴方の手で…貴方の家族を不幸にしてあげてね♡じゃ、永遠にさようなら…」
何か夢でも見ているのか、むにゃむにゃと笑う呑気な彼。その彼の耳許にそう囁き、頬にチュッとキスすると、私はその部屋から出た。
彼への未練を洗い流すように、あたたかな涙が溢れてきて頬を零れていった────……