七十六話 貴族と平民と命:クレア視点
私とエリック先輩はテルト村に向かって馬を走らせている。
軍隊サソリより馬の方が早いから、先に村へ向かって準備をすることにしたのだ。
正直な気持ちを言えば、私達二人だけでは不安だ。
でも、あの時の状況では、あの場の魔物を全滅させる方が優先度は高かったし、逃げた軍隊サソリがテルト村に行くとも限らない。
村の防衛は念のための行動だから、戦力的に弱い私達が移動したのは最適とは言わないまでも、それに近い行動なんじゃないかって思う。
何にしろ咄嗟のこととはいえ、自分で選択した行動だ。
自分の行動に責任を持つためにも村の人をしっかりと守ろう、そう私は決意を新たにする。
「不安だよね。実は僕も不安なんだ。
でも、みんなが来るまで時間を稼げばいいだけさ。二人で、やり遂げてみせよう。
もう置いて行かれないって、逃げないってあの時に誓ったんだから」
ダンジョンで取り残されたことを、自分の力不足を嘆いたことを思い出す。
「時間稼ぎ……そうですね。
あの後、お姉様に言われたんです。役割や戦い方は人それぞれ違うんだって。
できることとできないことをしっかりと理解するのも強さで、できることをしっかりやればいいんだ、って」
でも、私は思うんです。
例え自分ではどうすることができないことがあっても、それを心からやりたいって思う時や、ダメでもやらなきゃいけない時があるって。
もし、そんな場面に私が出くわしたとしたら、できないってダメってわかってても挑むことを、抗うことを何度だって選択するって。
「そうだね、できること、やるべきことを整理して準備しよう。
そのために溝と水の状況を確認して、村長の所へ行くよ。
軍隊サソリは知能は高くないみたいだから、何か餌となる肉を用意してもらえれば溝への誘導に使えそうだ」
馬を走らせて三〇分程でテルト村へと辿り着く。
道中も、村に着いてからも軍隊サソリの姿は見えない。
それでもこの村の方角に逃げていたのだから、準備を進めておくべきだ。
まずは溝が崩れていないか、水が張られているかを確認する。
溝は全体的に異常はないようだった。
ただ中の水を見ると、水嵩が減っているように見える。
地面に水が吸収されないように小石などを運んだだけど、やはり水が地面に吸収されてしまっているみたいだ。
これは水を追加する必要がありそうだ。
状況を確認して村長さんの所へ行く。
「おぉ、クレアちゃん。もう魔物は倒してきたのかい?」
「ミーアラッシュという魔物は倒しました。でも、心配していた通り軍隊サソリという魔物がいたんです。
それで、その魔物がテルト村の方角に向かって逃げていったんです。
村の皆さんに魔物襲撃に備えて迎え撃つ準備の手伝いと逃げる準備をして欲しくて来ました」
「なんだって!? 魔物が本当にこの村に来るって言うのかい!?
それに、昨日いた他の人達はどうしたんだ?」
「本当にテルト村に来るかはまだわかりません。
他の皆さんは魔物討伐の最中だったので、私達だけ先に知らせ、もしもの時に皆さんを守るために先に来たんです」
「そ、そうか。まぁわざわざ何もないこの村に来ることなんてないだろう。は、ははは」
「僕はクランベル男爵の嫡男、エリック・クランベルだ。
今は魔物がいつ来てもおかしくない状況で、そんな悠長なことを言っている場合じゃない。
他領であまり強いことは言いたくないが、死にたくなければ僕の言うことに従ってくれ。
それができないのなら、本当に魔物が襲ってきたときに君たちを守れないと思え」
エリック先輩がいつもより厳しい顔で言う。
「な、が、学院は、魔物討伐のために来たんじゃないのか! あんた達が魔物を逃がすからっ!」
「悪いけど、今は余裕がないんだ。
僕に従わないどころか、邪魔をするというのなら今ここで君を殺す。
君を殺して、ここの領主である子爵に使いを出すのは面倒だからね、僕に従ってくれるかい?」
エリック先輩は剣に手を掛けながらそう続けた。
「ひ、ひぃ! わ、わかりました! わかりましたからどうかお許し下さい!」
私とエリック先輩の二人だけじゃ準備万端でも村人を守りきれるかわからない。
その中で指示に従ってくれなければ守りきれるものも守れないのなら、エリック先輩は間違っていないのかもしれない。
けど、貴族への怖さが蘇る。
平民の命は、軽いのか。
エリック先輩が村長へ指示を出す。
内容は軍隊サソリを誘導するための生肉を用意することと、古びた布を用意してもらうこと、村人に溝と堀に水を追加してもらうこと。
さらに、弓が使える人を集めること、櫓に見張りを用意し、軍隊サソリを見つけたら鐘を鳴らすことだ。
村長は家にある肉をすぐに用意し、すぐに家を出て村人に声を掛けにいった。
「エリック先輩、さっきは本気で村長さんを殺すつもりだったんですか?」
エリック先輩は間違っていないかもしれない。
でも、正しいとは思えないし、私自身が許せそうもない。
「まさか。助けに来たのに殺しちゃうのは本末転倒だよ。
でも、こうでもしないと言うことを聞いてもらえなさそうだったから」
安心した。
やり方はよくなかったかもしれないけど、エリック先輩がひどい貴族じゃなくて。
でもあの怯え方……貴族が平民を殺すことはそれほど珍しいことじゃないのかもしれない。
それがやっぱり、怖い。
軍隊サソリがまっすぐこのテルト村に来るとしたら、猶予は長くても三〇分くらいしかないはずだ。
私とエリック先輩は用意された生肉を相談しながら配置する。
作った溝の両端のやや内側から一定間隔で肉を置き、溝の外に行かないよう、中央に作ったU字の溝に誘導するように置いた。
軍隊サソリがテルト村に来ない可能性もあるので、まだ油は溝に撒いていない。
油を撒くのは軍隊をサソリが確認できてからだ。
火を付けるのはU字の溝に軍隊サソリが入ってからになった。
U字の溝に入る前に軍隊ベビーが降りてきた場合は、最低でも軍隊サソリと軍隊ベビーが半分以上中に入ってから。
火を付けた後は光の壁でU字の溝の開いている部分を塞いで、後戻りできないようにする。
火を付ければ軍隊ベビーは倒せると思うけど、問題は軍隊サソリがどれほどダメージを受けてくれるかが未知数なことか。
軍隊サソリが無傷に近かったなら、かなり厳しい戦いになる。
こればかりは実行してみないとわからない。
万が一、火を付けるタイミングを失敗してしまったら逃げるしかない。
水は近くに川があることを朝に確認しているので、私とエリック先輩も参加する。
二往復して水が溝に十分溜まったのを確認した所で、カンカンカンカンとけたたましい音が鳴った。
予想よりも早いけど、魔物を、軍隊サソリを発見した合図だ。
水を運んでいた村人達から悲鳴が上がり、それに負けじとエリック先輩が叫ぶ。
「大丈夫! 僕たちの言う通りにすれば死ぬことはない!
こことは反対側の出口から逃げるんだ!
弓が使える者と村長は残ってくれ!」
村人達は落ち着いたとまでは行かないけど、パニックにはならずに村の反対側へと避難してくれた。
「狩人の二人は、僕の指示があったら火矢をあのU字になっている溝に放ってほしいんだ。
あそこにはこれから油を撒くけど、万が一にも引火しないよう直前まで矢に火をつけないでおいて。
村長は悪いけど僕たちと一緒にあの溝に油を撒いてもらうよ」
村長を始め、狩人の二人もコクコクと頷く。
狩人の二人は村長さんから経緯を聞いたのか、こちらの言うことを素直に聞いていてくれた。
水と同様に油も地面に吸収されてしまいそうなので、溝にはあらかじめ石を敷き詰めてある。
油は貴重なため、さらに村長さんに集めてもらった布を敷き詰め、そこに油を注いでいく。
今できる準備は全てやった。
でも、軍隊サソリを倒すことはできないと思う。
私とエリック先輩でみんなが来るまで時間稼ぎをしなくちゃいけない。
「クレアちゃん。軍隊サソリが見えてきたよ。僕が囮になるからクレアちゃんは下がって」
「はい」
生肉を置いて誘導してはいるけど、魔物が一番反応するのは人間だ。
だから、エリック先輩がU字の開いている所で囮になるのだ。
軍隊サソリがエリック先輩を認識したらU字の溝を飛び越えて私と合流する。
絶対にこの村を守ってみせる!
誰も傷つけさせたりなんかしない!
フ)次回はクレアが攻撃魔法を!?




