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六十六話 感情の行き先

 ポトリと、生暖かい物が頬を打つ。

 その暖かさで、私の意識はゆっくりと浮かんでくる。


 聞こえるのは荒い息遣いと不快な羽音、そして時折何かを切り裂く音。


 地面からは濃密な血の匂い。

 大量のネイルバットを倒した結果、血が池のようになっていた。


 徐々に意識がはっきりしだし、状況を確認する。

 ジョルジオ様は壁を背にし、その体と大楯の間で私を抱えて守って下さっていた。

 私の頬に落ちてきたものは、ジョルジオ様の血だった。


 クレアからかけて貰っていたホーリーシールドの効果はとうに切れ、ジョルジオ様を守るべきはずの大楯は私を守るためか、動かない。


 ネイルバットの一撃一撃はジョルジオ様からしたら大した一撃ではないのかもしれない。

 それでも数多のネイルバットがジョルジオ様に少しずつ少しずつ傷をつけていた。



 私は必至でどうしてこうなったか思い出す。




 ジョルジオ様がドリルモグーラに足を貫かれた時、私は二人同時には逃げきれないと判断した。

 だから、一緒に戦おうと決めた。


 二人で生き残るか、二人で死ぬか。

 私は正直、そのどちらでも良いと思った。


 それでも生きている方がいいに決まっている。

 だから、少しでも生き残る確率が高くなるように威力と魔力効率が良いウィンドカッターだけを発動することにして、背後は壁に預けることで攻撃される範囲を狭めようと考えた。


「左側の壁を背にして戦いましょう。動けますか?」


「あぁ、これくらいの痛み、どうということ、っ……」


 意思だけではどうにもならない。

 着実に流れる血はジョルジオ様の体力と、痛みは集中力を奪って行く。


「少しずつで構いません。ゆっくり移動しましょう」


 ジョルジオ様と背中合わせになって少しずつ移動する私達。

 ダガーで守衛に徹しながらも、ネイルバットが重なるタイミングでウィンドカッターを発動し、効率良く倒していく。


 ジョルジオ様も剣で応戦しているが、足のせいで踏ん張りが効かず、最初の頃のようにネイルバットを倒すことができていない。


 それでも着実にネイルバットの数を減らして行き、ようやく壁に辿り着こうかという所で、私はネイルバットの接近を眼前まで許してしまった。


 ダガーとウィンドカッターだけでは私は迫ってくるネイルバットを全て撃退できなかったのだ。

 近くまで飛んできて、その羽の先にある爪で私が刺されそうになったその瞬間、大楯がネイルバットを弾き飛ばした。

 そして、盾を戻すと同時に私を抱き込むようにするジョルジオ様。


「怪我はないか?」


「はい。ジョルジオ様のおかげで傷一つありませんわ」


 剣を振るいながらも気遣って下さる。

 でも、私を助けた動きのせいでジョルジオ様にいくばくかの傷がついていた。


 そして、隙を晒した私達は、壁を目前にして完全に囲まれてしまう。


 四方からくる攻撃を全て躱すことなど不可能だった。

 ジョルジオ様は徐々に徐々に傷を負っていく。


 せめて、せめて後ろからの攻撃がなければ……。


「ジョルジオ様、風魔で周囲のネイルバットを吹き飛ばします。その隙に壁まで行って下さい」


 ジョルジオ様が頷いたのを確認して、私は全方位に風を放つイメージを練る。

 ネイルバットが集まったタイミングを見計らって、私は思いっきり風魔を発動した、はずだ。

 私が覚えているのはここまでだから。



 一連の出来事を思い出し、置かれた状況を理解する。


 風魔を発動した時に魔力が枯渇して、意識が飛んじゃったのか。

 戦いの最中で気を失えば死んでいてもおかしくない。


 それでも私が無事なのは……。

 ジョルジオ様のおかげだ。

 その代償に、ジョルジオ様にどんどんと傷が増えていく。


「わたくしのことはもう大丈夫です。盾を、盾をお使い下さい!」


「いいからこのままでいろ。お前は魔力を回復させることに専念していればいい。お前の魔力さえ回復すれば、なんとかなる」


 実際、ネイルバットはもう残り五○匹は確実に下回っている。

 確かに私の魔力が回復すれば殲滅も可能だけど、魔力の回復を待っている間にジョルジオ様が出血で死んでしまうかもしれない。


「ですが、その間にジョルジオ様がっ!」


「大丈夫だ。死んでも、お前だけは守ってみせる!」




「クソくだらねぇ。オレが一番嫌いなセリフだぜ。死んじまったら守れるもんも守れなくなっちまうだろうが。


 リズ、詠唱が終わったら思いっきり横に跳べ」


「あいよ!」


 窮地に現れたのはエド先輩とリズ先輩だった


 リズ先輩が私達を囲んでいるネイルバットに向かって大剣を振るう。

 狭い洞窟内では最大の武器である重さを活かした上段からの振り下ろしは使えない。


 リズ先輩は重量のある大剣をコンパクトに振るっていた。

 重い武器をコンパクトに振るうのは見た目以上に筋力が必要なはずだけど、あの体のどこにそんな力があるんだろうか。


 リズ先輩の攻撃で私達の周囲からネイルバットが引くと、エド先輩の魔法が発動する。


「シャドーグラビティ 散」


 何度か見た質量を持った影で相手の素早さを下げるデバフ魔法。

 黒い玉がネイルバットの群れに飛んで行くが、複数いるネイルバットには効果が薄いはず。


 そう考えていると、黒い球が炸裂し、小さな玉となってネイルバットの群れに襲いかかる。

 詠唱句を変えた魔法だ!!


 シャドーグラビティを受けたネイルバット達の動きは様々だった。

 小さな黒い玉が複数当たったネイルバットは地に落ち、一つしか当たらなかったネイルバットは動きが少し鈍くなる程度で変わらず飛んでいた。


「ちっ、思った通りにはいかねぇもんだな。オレも前に出る」


 そう言ってエド先輩は背中に背負っていた棍を手にとり、リズ先輩の横へ並ぶ。

 そして、両手で無限のマークを描くように棍をクルクルと回しながらネイルバットの群れへと突っ込み、その棍さばきでネイルバットを弾き、叩き落とし、追いつめていく。


 ネイルバットの群れを一か所に追いつめた所で、リズ先輩が大剣で斬るのではなく、横にして押しつぶすようにして叩きつけ、一気にネイルバットを倒して行った。


 そのままエド先輩とリズ先輩が次々とネイルバットを倒して行き、ほどなくしてトレインによって大量集まってしまっていたネイルバットを殲滅したのだった。




「お姉様! 大丈夫ですか!?」

「二人とも生きていてよかった!!」


 殲滅後、少ししてクレアとエリック様がやってきた。

 私の元に駆け寄ってくれたクレアに一言礼を告げ、ジョルジオ様を治療するようにお願いする。


 魔力もほとんど残っておらず、意識を手放したい誘惑にかられたけど、ここは魔物が出るダンジョン。

 まずは安全な所でゆっくり休まないと……。


 そう思っている所に、エド先輩の声が聞こえた。


「クレア、こいつの治療はもう済んだな?」


「え? はい」


「よし、歯ぁ、食いしばれぇえ!!」


 ゴッ、と鈍い音が洞窟内に響き渡った。

 エド先輩はジョルジオ様を思い切り殴りつけていた。


「てめぇの自己満足に、あいつまで巻き込んでんじゃねぇ!!

 お前も、あいつも、こんな所で死んでいい人間じゃねぇだろがっ!?」


「お、俺は……」


「今、お前やあいつがここで死んだら、将来救えるかもしれなかった人間はどうなる?

 お前らなら一○○人、いや一○○○人だって救えるかもしれねぇ。


 それをこんなつまんねぇ所で死にやがるのは、オレがぜってぇ許さねぇ!!


 それに、死んでもお前だけは守ってみせるだぁ?

 死んだ時点で、もう守りきれてねーんだよ。

 自分が死んだら、次に死ぬのは一番近くにいる奴なのが戦場だ。


 よしんばそれでそいつが生き残ったとして、残される奴のことを考えたことあんのか?

 つれぇつれぇ思い出だけ押し付けて、自分だけはあの世に行くなんざぁご立派なことだな!」


「だったら! 逃げてきた部隊を見捨てても良かったっていうのかっ!!」


「それしかできねぇならそうしろ。


 命をかけなきゃいけねぇ時もある。

 少なくとも今は、その時じゃなかったはずだ」


「なら、俺は、俺はどうすれば良かったんだ……」


「トレインから逃げてる部隊のせいで切羽詰まってたんだろうけどよ、短い時間でも最適な行動を選べるようになれとしか言えねぇな。


 自分達の足を止めてまでも時間稼ぎをする必要は本当にあったのか?

 全員で撤退戦をできなかったのか?


 今回の件なら、クレアさえいればどうにかなっただろうよ。


 結局、何者にも負けないくらい強くなるか、賢く立ち回るしかねーんだ」


 エド先輩の言葉は、私にも突き刺さる。

 これは、私のわがままでもあったんだから。

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