六十三話 天秤と恋
洞窟に突入する前に、エリック様から魔物についてお話しがあった。
ここに住み着いている魔物は基本的に二種類しかいないらしい。
ドリルモグーラとネイルバットという二種類だ。
ドリルモグーラは爪が異常発達していて、地面から襲い掛かってくる。
一見、いつくるかわからないように思えるかもしれないけど、掘った岩や土のせいで地面がもこもこと膨らむらしいので、地面にちゃんと注意していればすぐに発見できる。
地面から飛び上がって攻撃してくるようなことはないらしく、一撃で致命傷を負うことはない。
ただ、地面の岩を掘るほど凶悪なドリル状の爪の威力は高く、気づかなければ足が酷いことになるらしい。
群れで発見されたことは今までなく、ほとんどが単独、多くて二匹で現れるようだ。
ポイントはモグーラと伸ばす所だそうな。
いや、そこかい。
ネイルバットは羽の先にある爪が鋭く発達している魔物だ。
コウモリって羽に見えている部分が実は前足なんだって。
で、その羽のそれぞれの先端っていうのかな? そこに鋭い爪があって、刺して攻撃してくる。
ただまぁ、それほど大きな魔物でもなく、爪は鋭いけど短いので目とか急所に当たらなければ致命傷にはならない。
ネイルバットは群れで行動するため、一匹一匹はそれほど脅威でなくとも、囲まれれば危険ではある。
逆を言えば群れで固まっているため、見つけたら遠距離から魔法で広範囲に先制攻撃するのが有効だ。
ネイルバットは火属性に特に弱いため、火属性でさっさと殲滅するのが一番良い。
次いで、風属性が有効だ。
風属性魔法を使うと、ネイルバットはうまく飛ぶことができなくなるようなのだ。
コウモリは視覚が発達しておらず、超音波をレーダーのように使って飛んでいるとは前世では知られていた。
風属性魔法が発動すると急な風の発生で超音波による探知がかき乱されるからではないだろうか。
私自身、超音波について調べたことなどないから詳しくはわからないけど、あり得そうな話だ。
ともかく、有効なのであれば迷わず風魔でめちゃくちゃにしてくれるわっ!
どちらも私が知るもぐらやコウモリよりサイズが大きく、ドリルモグーラが全長三~四十センチくらいで、ネイルバットは二~三十センチくらい。
ネイルバットは羽を広げるとかなり大きく見えるので、ビビって動きが固まらないよう気を付ける必要があるのだそうだ。
しかもネイルバットは群れで行動しているので、複数のネイルバットが羽を広げた光景は精神的にかなり圧迫されるらしい。
魔物の情報はこんな所だ。
すでに私達以外の部隊が突入しているはずなので、少なくとも洞窟の浅い所では魔物に出会う確率はさほど高くないだろう。
問題はシールダイトが全然見つからなくて、奥へ奥へと進まないといけなくなった時かな。
休憩を取りながら魔物の情報共有が終わったので、私達は洞窟へと突入する。
隊列はエリック様が指示した通りの順番で。
隊列が長く伸びすぎてしまうことにちょっと不安を感じるけど、他にいい案もないのでそのまま進む。
洞窟をしばらく進むといくつか分かれ道に出くわす。
エリック様が去年シールダイトを採ったという道へ向かったんだけど、予想通り既に採掘がされていて、入手することはできなかった。
その後もいくつかの分かれ道を進んだけど、シールダイトを入手することはできずに奥へ奥へと進んでいく。
しばらく進んでも魔物には全く遭遇せず、戦闘の痕跡が所々にあるだけだった。
その最中、二度程シールダイトを集め終わった部隊とすれ違い、挨拶を交わした。
かなり奥まで進み、何度目かわからない分かれ道で助けを求める叫び声が聞こえてきた。
叫びは段々と近づいて来ていて、走ってこちらに向かってきていることが伺えた。
「エリック、どうする」
ジョルジオ様がエリック様に部隊としての行動指針を問う。
「うっ、あ、逃げる準備をしつつ、こっちに向かってきている部隊に状況確認しよう。
ルビーちゃん、フローレンシアちゃん、クレアちゃんは下がっていて、すぐに逃げれるように。
姉貴とジョルジオ様と僕は状況によって、逃げるか魔物の足止め、かな……」
不安そうなエリック様。
こういう時にリーダーがそういう態度はいい影響を与えないのだけれど、魔物という脅威が迫っているかもしれないから仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。
「わたくしも前線に残ります。魔法が得意な者がいた方が臨機応変に対応しやすいはずです」
「そんな! なら私も」
「ダメよ、クレア。回復できる人はもっとも安全な場所にいて。あなたさえ無事なら怪我をした人をすぐに助けられるんだから、少なくとも状況がわかるまでは後ろにいて」
「わかり、ました……」
そうこうしている間にも叫び声は近くなり、同時にキィキィという音と、羽が舞うバッサバッサという音がかすかに聞こえてきた。
「一年のジョルジオ・キットールだ! 何があった!」
ジョルジオ様が大きな声で問う。
「ト、トレインだっ! ネイルバットが百匹以上はいる!」
トレインとは多数の魔物を引き連れた状態のことだ。
百匹以上いるということは、複数の群れが合わさって逃げてきている部隊を襲っているんだろう。
「まじかよ……。……すぐに逃げよう」
「待て。逃げている部隊も体力的に逃げ切れるかわからない。俺が殿を務めて時間を稼ごう」
「僕達がそれをやる必要なんてないだろっ!」
ジョルジオ様がこの場に残るというが、それをエリック様が否定する。
どちらの気持ちも理解できる。
ちゃんと周囲を確認していれば、無理をしなければ、普通トレインなど発生させないで済む。
もちろん、どうしようもない状況だった可能性もあるけど。
それでも、私達が巻き込まれる謂われなんてない。
だからと言って、何もしないで逃げてきた人達が死んでしまったら寝覚めが悪いし、後悔するだろう。
自分達の安全と守れるかもしれない命。
天秤にかけるには、どちらも重たいものだ。
「俺は騎士だ。必要があるかないかではなく、誰かを守るために戦う。
これは俺のわがままだ。みんなは逃げてくれて構わない」
「わたくしも、残ります。皆さんは先にお逃げ下さい」
天秤にかける物に『恋』が加われば、迷う必要なんてないでしょう?
「二人ともっ!」
「お姉様!」
「無策なわけではありません。わたくしにはここで戦うのに有効な無詠唱魔法が二つあります。
一つは風魔という瞬時に風を発生させる魔法。
ネイルバットの速度や飛ぶ方向を狂わせることができます。
もう一つはアクセルというとても早くなる魔法。
これがあれば私でも後から皆さんに追いつくこともできますわ。
危なくなったらちゃんと逃げるわ。
だから心配しないで、クレア」
「そんなっ! でしたらみんなで戦いましょう!」
「いや、それはダメ、かな……。
足止めした後、いざ逃げる時に囲まれた状態で誰かをカバーしながら逃げようとすれば、人数が多ければ多いほど逃げ切れる確率が下がるんだ……。
戦うにしても、数匹なら姉貴の徒手空拳でもなんとかなるけど、百匹以上じゃ焼け石に水。
それどころかリーチの無い姉貴じゃ囲まれて逆に危険になる。
ルビーちゃんの水属性も有効打にならない。
クレアちゃんと僕もトレインの前じゃ戦力にならない。
守りが固く、攻撃も鋭いジョルジオ様と有効打をもつフローレンシアちゃんなら時間稼ぎもできるし、いざ逃げる時も僕達よりも確率は高いと思う。
僕らじゃ足を引っ張るだけだ」
「クレア、逃げている部隊にはきっと怪我をしている人がいるわ。それを治して逃げてもらうことがあなたの役目よ」
「わた、私はっ」
「迷っている時間はなさそうだぞ。俺とフロストで時間を稼ぐ。逃げてきた部隊をフォローして洞窟から脱出してくれ。
何、心配はいらん。十分に時間を稼いだらさっさと逃げるさ」
「わかった……。無理はしないでくれ。ただし、先手は僕に撃たせてもらう。
……頼りないリーダーで、すまない」
か細い声でエリック様はそんなことをおっしゃった。
「俺が殿を務める! 走り切れ!」
方針が決まり、ジョルジオ様が叫んで逃げてきている部隊にも伝える。
「た、助かるっ! ネイルバットは百匹以上でどれくらいいるかはわからない! 無理はしないでくれ!」
逃げてきている部隊が合流する前にクレアからホーリーシールドを掛けてもらい、クレア、エリーゼ様、ルビー様は後方へと走り出す。
ほどなくして、逃げてきた部隊が視界に入る。
風属性魔法が使えるエリック様が一人前に出て、詠唱を開始する。
「ウィンドカッター!」
逃げてきた部隊とすれ違いざま魔法を放ち、ネイルバットの進行をほんの少しだけ止めるとエリック様も踵を返して走り出す。
「ちっくしょぉぉおおおおお!!」
自分へのふがいなさゆえか、魔物への憤りか。
エリック様が私達の横を通り過ぎてから、そんな叫びを残して走り去った。
目前に迫るネイルバットを視界に収め、私はジョルジオ様の横へと並び立つ。
「さぁ、参りましょう。ジョルジオ様」
「あぁ。お前は必ず俺が守ってみせる」
私達は不敵な笑みを浮かべ合うのだ。




