五十七話 ヘイ! マリー!
「さっそくだけど、要件を済まさせて頂戴」
うぇ……。
一体何が始まるというのか……。
クレアに目でなるべく黙っているように合図を送る。
頷いてくれたクレアだが、どこまで伝わっているかはわからないけど。
「礼が遅れました。キングロックホーンから、殿下とジョルジオを助けてくれてありがとう」
「え……」
思いもよらぬマリアンヌ様の言葉に私はフリーズしてしまう。
「突然のことで驚かせてしまったわね。一先ずお座りなさい。飲み物と軽食はこちらで頼んでおいたから、直に運ばれてくるはずよ」
あ、そっか。
公爵令嬢が人目の付く所で男爵令嬢や平民なぞに頭を下げるなんてあってはならない。
それでも、マリアンヌ様にとってはお礼を言わなければならない程の出来事だったんだ。
だからわざわざ個室を取って私達を呼んだのか。
でも、マリアンヌ様ご自身のことではなく、殿下とジョルジオ様のことでお礼?
それに私達二人だけをお呼びになったのは何故だろう?
マリアンヌ様の言葉に従って、私とクレアは一礼して席へと着き、少し言葉を考えてから切り出す。
「マリアンヌ様。わたくしとクレアは貴賤に関係なく、同じ学院生として為すべきことを成しました。それに、わたくしとクレアだけでなく、わたくしの部隊全員の力があったからこそです」
「過度な謙遜は美徳ではありません。
あなた達が来なくても、少なくとも殿下は無事でいられるよう部隊の者が犠牲になってでもお守りしたでしょう。
ですが、あなた達の部隊が駆けつけてくれたおかげで殿下を始め、他の者の無事も早急に確保できました。
が、ジョルジオ本人から聞きましたが、ジョルジオは死んでもおかしくなかった。
たった一人でジョルジオの元へ向かい、その身を呈して守ったクレア。
強力な魔法でキングロックホーンに致命傷を与えたフローレンシア。
あなた達二人がいなければ、自分は死んでいただろうと。
何より、今日は個人的な用です。
誰に礼を言うのも私の自由。そうでしょう?
個人的な集まりなのだから堅苦しいのはこれでやめにしましょ」
「……はい。お言葉を頂きました。それにしても、マリアンヌ様はそれほどジョルジオ様に目を掛けておられたとは意外でした」
「フローレンシア、堅苦しいのは終わりと言ったわよ?
ジョルジオのことは目を掛けているとかではなくて、単純に殿下のためなの。
詳しいことは言えないけど、殿下には諦めきれない夢がある。
そのために、ジョルジオがいなくてはならないと私が思っているだけね」
堅苦しいのは終わりって言われてもねぇえ!?
どこで無礼打ちされるか、失礼な奴って目を付けられるかわかったもんじゃないんだからさっ!
「そういうわけには……」
「まったく。それじゃあ今日、私はあなたのことをフロストと呼ぶわ。あなた達は私のことをマリーって呼んでいいわ。学院のお友達っぽいでしょ?」
小首を傾げながら、少し悪戯っぽく笑うマリアンヌ様。
あ~やっぱこの人、こういう顔すごく可愛いなぁ。
って、そうじゃなくて!
「そう言われましても……」
「ふ~ん。なら、クレア。あなた大分マナーが良くなったわね。それはフロストのおかげかしら?」
「はいっ! お姉様、あ、フローレンシア様にはすごくお世話になっています。マナーだけでなく無詠唱魔法についても沢山勉強させて頂いているんです!」
「ふふ。フロストの事になると台無しね。いつも通りの呼び方でいいわよ。私の事も学院の同級生としてお話しして頂戴。その方が、私も良い息抜きになるわ」
「わかりました! マリーさんは私が想像していたよりずっと柔らかい雰囲気で安心しました。いつもはすごく厳しい感じがしていたので……。何か理由があるんですか?」
この子はいつも聞きにくいことをズバズバと!?
「ふふ。今日は学院のお友達同士とはいえ、随分とストレートに聞くのね。
ん~、ねぇクレア。もし王族が公爵令嬢である私を殺しなさいと騎士に命じたらどうなると思う?」
畳んだ扇を顎下に当て、一瞬の考える間を置いてとんでもないことをおっしゃるマリアンヌ様。
話しの内容は物騒だけど、それより普段はそんなポーズ取らないだろうマリアンヌ様がやっぱり魅力的で、見惚れそうになる。
「え? 王国に仕える騎士とはいえ、さすがに貴族を、マリーさんのような身分の高い方を殺めるようなことはしないのでは?」
「いいえ、結果はどうであれ必ず殺そう動くわ。それじゃ、私がフロストを殺しなさいと他の貴族に命令したら?」
「っ!? ……殺めようと、するのでは」
例えば話しなのに、顔が険悪ですよクレアさん!?
「そう。身分の高い者の言葉は、その人より身分が低い者にとっては絶対で、それが事実になる。
だから身分の高い者ほど間違った言動や行動を取ってはいけないと私は思ってるの。
そのために私は自分を戒めているつもりだし、私の目の前で間違った行動を取る者を見逃すことはできない。
後者は高位貴族だからというよりも個人的な性格だけどね」
「そうだったんですか。だから私が貴族に対するマナ―がなってないって注意してくれてたんですね。
改めて、色々と教えて下さってありがとうございました」
「いいのよ。ただ、殿下に誤解されてしまったのは少し悲しかったけれど……」
「あ、そっか……」
しまった! つい声に出ちゃった!
「何がわかったのかしら、フロスト。ここは学院のお友達が集まっているだけ。遠慮なく言いなさい」
「えっと、あの、殿下の態度が、ちょっと気になっていたのですが……」
「……一学期にも思ったけど、あなたは聡いわね。多分想像通りよ」
マリアンヌ様は自分だけでなく、目の前の間違った行動も見逃せないとおっしゃっていた。
つまり、婚約者であるアルヴァン殿下の行動についても厳しく見ていたのではないだろうか。
その結果、殿下は婚約者であるマリアンヌ様のことを疎ましく思い始め、冷たく接するようになった。
と、ここでマリアンヌ様が事前にオーダーしていた軽食やらお菓子、飲み物が運ばれてくる。
以前食べたパンケーキがあるが、随分と小さい?
それに少ない量の物が沢山あるように見えるのだけど?
「料理も来たし、真面目な話はここまでにしましょう。色々な種類を沢山食べられるよう小さめに作らせておいたわ。遠慮なく食べて」
ややや、そういう頼み方ってできるんだ!?
さすが公爵令嬢……。
じゃなくて、そういうオーダーするのって、普通はできないし、できてもすっごくお高いのでは……?
「それじゃ遠慮なく! お姉様、これおいしそうですよ!」
次々とお皿に乗っていくミニサイズの軽食やお菓子達。
うむ! 食べよう!
遠慮なく色々な種類を食べていると、マリアンヌ様からとあることをお願いされる。
「それでね、さっきの件とは別にお願いがあるのよ。一学期末にあなた達に助けられてから無詠唱魔法に興味が出てきたの。二人とも私に実演して見せてくれない?」
話しの流れを変えるための言葉か、それとも本当に興味があるかはわからない。
貴族の本音と建前は難しい。
けれど、魔法、こと無詠唱魔法の事に関して頼まれれば断ることなんてない。
「はい! それなら任せて下さい! お姉様の一番弟子ですから!」
え? 聞いたことないけど?
「さ、お姉様。いつものやりましょう!」
室内にも関わらず二人の髪とスカートを揺らし、キラキラのエフェクトをつけたポーズを決めたり、光の耳栓やら風魔などマリアンヌ様にお見せした。
「今日はとても楽しかったわ。無詠唱魔法って自由度が高いのね。ねぇ、フロスト。私にも無詠唱魔法を教えて貰える? 学院では難しいから……。そうね、月一くらいにこの場所を借りるというのはどうかしら? もちろん、お礼はするわ」
「はい。わたくしでよろしければ」
否などない。
断れるはずなどない。
身分的にも、この自然体のマリアンヌ様見て、お友達になりたいと思ったのだから。
「よかったわ。お礼は何がいいかしら? すぐに決めなくてもいいけど」
ん~、急にそう言われてもなぁ。
最近、何か困ってたことと言えば……。
ジョルジオ様!
ジョルジオ様と部隊を組めるように何とかはからってもらうことはできないかな!?
「二学期の部隊について少し困っているのです。二年生のエルドレウス司祭とリーザリア様がジョルジオ様と部隊を組んで見たいとおっしゃっているのです。ジョルジオ様はアルヴァン殿下の護衛の任があるのかもしれませんが、わたくしの部隊に入ることを何とか取り計らってもらうことはできないでしょうか」
ごめんなさい! お二人の名前を使わせてもらいました。
嘘ではないし、いいよね?
「ジョルジオをね……。殿下の護衛を考えると私一人ですぐ決めるわけにはいかないわ。でもそうね、ハナビスとスイフト。彼ら二人をアルヴァン殿下の部隊に入れられるなら後の調整は私の方でしましょう。お礼をすると言って交換条件みたいになってしまって悪いけれど」
「ありがとうございます。十分です。一度お二人に相談させて頂いて、明日に結果をお知らせ致しますわ」
「そうそう、バディもジョルジオと組みたいってことでいいのかしら?」
「いいえ! お姉様のバディは私が組みます!」
「そう。ならジョルジオがフロストの部隊に入れることになったら、バディはこちらで決めます。明日の夕方、この場所に従者を使いに出すから結果をしたためておいて」
「はい。そのように」
「それと、フローレンシア。またいつの間にか太っているわね。痩せなさい」
最後の最後に、いつもの雰囲気に戻ったマリアンヌ様はそうおっしゃった。
う、うるせー! こっちだって痩せたいんだいっ!
マリアンヌ様が退出され、念のために三十分程時間空けて私達は店を出る。
その間に食べられるだけお菓子を食べた時間は至福であった。




