三十九話 ある意味サプライズ、許すまじお父様
教会で交渉をしたあの日、私は帰ってすぐお父様に交渉の経緯と結果を報告していた。
「おぉ! さすがフロスト、我が愛娘!」
「あらあなたズルいわっ! お母さんだってフロストをギューってしたいのに」
交渉の内容を聞いたお父様は喜んでくれて、私を抱きしめてくれた。それを見たお母様もなんか急にテンションが上がっていて一緒になってハグ大会が始まる。
我が家は愛情表現が過剰な所もあるけれど、まぁなんというか愛されてるなと思えて嬉しかったりもする。
ハグ大会にノルも加わって混沌とした時間が終わると、お父様はすぐに頭を切り替えた。
今後の対策を考えてか、今回使用するためかはわからないけどが、すぐにヨーネローネの実を購入することを決め、ヨーネローネの実が購入できる領地へと使者を出したのだ。
そして三日後の今日の朝、ヨーネローネの実と共にとある情報を仕入れて使者が戻った。
その情報とは、何故ワオーンドッグがヨーネローネの実で吠えなくなるか、である。
理由はすごく単純で、ワオーンドッグの大好物なのだそうだ。それも、猫にまたたびというレベルで。いや、私は猫にまたたび上げたことないからわからないけどさ。
で、ヨーネローネの成分がワオーンドッグを刺激して興奮状態となり、興奮状態となったワオーンドッグは夢中でヨーネローネの実を求めることで吠えることがなくなるらしい。
であれば、この効果を使ってワオーンドッグの群れを丸ごと引きずり出せないかと考えた。ヨーネローネの実を燃やして、その匂いをワオーンドッグが潜んでいると思われる森の方へ風魔法で送っておびき寄せるのだ。
全てのワオーンドッグに引きずり出せれば一気に殲滅する。けれど、もし少数しかおびき寄せられなかったら数日間、下手したら数週間といった持久戦になることも考えられる。
なんとも不安な作戦ではあるが、誰も試したことがないのだ。実践してみて結果によって今後の方針を変えていくしかないだろう。
領館前に集まった討伐隊全員に向けてお父様がざっくりとした作戦の概要のみを説明し、出発する。
領館からの出発となるため、門まで大通りを通ることになる。今日討伐に向かうことはお父様がベルモの街に触れ回っていたようだ。
領館から門に至るまでの道を人々が並んでいて、手を振ったり、激励の言葉をくれたりと惜しみない声援を送ってくれた。
私達領主一家はみんなに手を振って声援に応える。クレアは少し恥ずかしそうに手を振り返し、サラやブライアンは手を振り返すことはせず周囲を警戒しながら私達家族の後ろを進む。
「私、皆さんと一緒にいていいんでしょうか……」
「いいのよ。クレアはこの討伐の主役として、ベルガモット家の客人として堂々としていて」
「お嬢様が良いことを言っているけど、初陣の時は震えていたのよ」
「む、武者震いよっ!」
「確かに戦闘になってしまえば素晴らしいご活躍でした。あの頃から既にどこか肝が据わっておいででしたね。ですが、キレのない普通な返しでサラは悲しゅうございます」
「きぃーっ!」
「ふふふ。お姉様にもそんな時があったんですね」
私のことはいいのにっ! 他の人達はっと。
エド助祭は相変わらずフードを深く被っていて顔は見えない。まぁ普段と変わらないように歩いているように見えた。
逆にリーザリアさんはみんなの声援に大きく手を振って応えたり、武器である大きな剣をグルグルと頭上で回すなんてパフォーマンスもしていた。
そして、守備隊と傭兵達はなんだか恥ずかしそうに縮こまっていた。
彼らにはこの街を守るんだって胸を張ってほしかったけど。帰りの凱旋では、自分達が街を守ったんだという誇らしい気持ちを持って門をくぐってほしいな、なんて思った。
みんな思うことは違うだろうけど、私は気合いが入った! 街のみんなのためにも必ずワオーンドッグを討伐するぞっ!
ワオーンドッグがいると思われる場所は、ベルモの町から徒歩で三時間程離れたベルル山という所である。頑張れば徒歩で辿り着ける程近い距離に魔物がいるなんて街の住民は吠え声だけでじゃなく、不安が募っていただろう。
ベルル山はそれほど高い山ではく、低所には森が広がっている。ワオーンドッグがその森の中に逃げ込んだ所までは突き止めている。
森の手前でおびき出してもすぐに逃げられてしまうので、森まで徒歩三十分くらいの所におびき出すことになった。
ということで、目的の場所で準備を始める。といっても、ヨーネローネの実を焼く準備とお父様とお母様が乗ってきた馬を繋ぐことくらいか。馬は荷運びもしてくれているので、ワオーンドッグの餌食にさせるわけにはいかない。
私が魔法を使えるようになったくらいからでずっと我が家にいる馬なので愛着もある。というか、馬は色々と高いんだから。
「さて諸君、今回の大まかな概要は既に説明しているが、詳細、つまりどうやって実現するかの部分についてはちゃんと説明していなかった。それをこれから説明する」
準備の区切りがついた所で、お父様が良く通る声でみんなに呼びかけた。
詳細、つまり無詠唱魔法で何をするかの説明だ。詠唱魔法と違って、無詠唱魔法は個々人によって使い方が違う。
そもそも使う人がほとんどいないので、実際に見てみないと伝われないだろうなと思って、事前に説明していなかった。
具体的には光の耳栓とヨーネローネの実を焼いた後に匂いをどう拡散させるか、を実演すればいい。
「それでは、今回の作戦立案者である我が娘フロストが説明する」
えっ!? 聞いてないけど!? お父様!?
目を白黒させてお父様を見るけど、こっちに目を合わせてくれない。どういうことなのっ!?
え!? 嘘、まじ!? 私がやらなくちゃダメなの!?
それに演説は?
前世では真面目に聞くことなんてほとんどなかったけど、いざ戦いの時はこの演説って結構効果があるんだ! 何のために戦うのか、結果どうなるかなんかを聞かされると頑張らなきゃって思う。
そういのやるのがお父様の役目でしょ!? まさか娘に全部丸投げするつもり!?
お母様の方も見るけど、お父様と一緒だった。決して私と目を合わせようとしない。こんな時に息ピッタリすぎてムカつくんですけど!?
後ろを向くと、クレア、サラ、ノルが頑張れって顔でめっちゃ応援してくるんですけど!?
そんな顔でこっち見ないでよー!!
……。
もう! こうなったら覚悟を決める! まずは作戦で使う無詠唱魔法を説明して、その間に演説の内容を考えるんだ。やれる、私ならやれるぞ、フロスト!
「え、えっと、ベルガモット家の長女フローレンシアです。どうぞお見知りおき下さい。
そ、それでは、改めて今回の討伐における問題点とその対策についてお話しさせて頂きますわ。
まず、ワオーンドッグの吠え声についてですわね。皆さまもベルモの街にいらっしゃったので、ご存知かと思います。あの吠え声はとてもうるさく、何度寝ている所を起こされたことでしょう。
ですが、真の脅威は近くで聞いた時なのです。あまりの衝撃で頭がクラクラとし、まともに戦うことができなくなります。
この吠え声への対策ですが、ヨーネローネの実を粉末状にした物をぶつければ吠えなくなるということがわかりました。
ですが、しっかりと吸引させなければならず、十三匹も確認されているので全てのワオーンドッグが吠えなくなるとは限りません。
そこで、ここにいるクレアの無詠唱魔法によって対策します。クレア、準備ができたらわたくしに魔法かけて」
「はい、お姉様」
「準備ができるまで先に注意点についてお話しさせて頂きますわ。まず、クレアの魔法は耳を覆う形になりますが、一度魔法が掛かってしまうと音を一切聞くことができなくなります。なので、連携を重視するより皆さま個人のお力でワオーンドッグと戦って頂きたいのです」
ここでクレアが準備ができたと合図をくれた。
「無詠唱魔法の準備ができたようですので、わたくしが実践致しますわ。クレア、お願い」
クレアが頷くと、両手をこちらに広げる。えいっという掛け声と同時に一切の音が消失した。
なんか、エド助祭が顔を背けて下を向いて震えている。イラッとする。あ、お父様もじゃん!
心を落ち着かせて、手を耳まで持っていき、光の耳栓を触って、外す。そう、外せるのだ。
「この魔法は外からの衝撃を吸収する魔法になり、ワオーンドッグの吠え声すら吸収しきり、一切の音が聞こえなくなるものです。
御覧の通り、この魔法は一度かかっても外すこともできます。ただし、一度外してしまうと効果がなくなってしまいます。
無詠唱魔法は魔力の消費が大きく、ここにいる皆さんに掛けるのでそう何度も使うことはできません。
ですので、緊急の場合以外は討伐完了またはベルガモット家の人間が合図するまでは外さないようお願い致しますわ」
光の耳栓はサイズ的にはそれほど大きくないので、思ったより魔力は消費しないそうなのだが、十人を超す人達がいるので、気軽に外されてはたまらない。なので、釘を刺しておく。
「この対策では音が聞こえなくなり、コミュニケーションが取れなくなることが欠点ですが、これについても別の無詠唱魔法で対策を致します」
そう、クレアが作戦のキモなのはもう一つの対策もあるからなのだ。




