三十六話 交渉 テンパる
「トーマス・ベルガモットが娘、フローレンシア・ベルガモットと客人のクレア、従者のサラです。神父と話があります。取次を」
「これはフローレンシア様、お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
お父様が先触れを出してくれていたおかげで、すぐに案内される。礼拝堂を通って、とある一室に通された。
そこには既に神父が待っており、他にも一人の聖職者と、僧兵と思わしき女性がいた。
「こちらは各教会を巡り修行されています、エド助祭と護衛の僧兵位階四位リーザリアです。エド助祭、リズ、こちらはベルガモット領の長女でいらっしゃいますフローレンシア・ベルガモット様、お連れのクレアさんになります」
私達が席に着くと、早速神父が紹介してくれた。
エド助祭は教国の標準的なローブを纏っていた。ローブは大きめなのを選んでいることと、それほど体が大きくないためか若干ダボついている。しかもフードを深く被っていて顔はよく見えない。
エド、エドねぇ。上級生の攻略対象の名前がエルドレウスで、愛称がエドだったな。役職は司祭だったはずだけど。二学期に会うことになるんだろうか。クレアと一緒にいたらそうなる可能性の方が高そうだ。
リーザリアさんは急所のみをカバーするように胸当てなど防具を身に着けている。身長は女性にしては高く一七○センチくらいあるんじゃないだろうか。程よく引き締まった体を惜しげもなく晒していて目の毒だ。年の頃は私達とあまりかわらないんじゃないかな?
他に目に付いた物は、大きな剣だ。恐らくリーザリアさんの武器であろう剣が壁に立てかけられている。その剣は通常よりも幅が広く、剣身も長いようだ。あんな重そうな剣を振り回せるようには見えないんだけど。帯剣していないのは私達へのせめてもの配慮だろうか。
ちなみに、キーリク教の地位というか役職? について。前世では無神論者だったからよく知らないけど、この世界の役職やその仕事内容は前世とは大分違うと思う。ゲームでもこの部分はあまり触れられていなかった。
で、実際の役職はトップから教皇、枢機卿、大司教、司教、司祭、助祭となる。
一般的に私達が神父さんと呼ぶのは特定の教会を担当している助祭になる。逆に特定の教会を担当していない人は神父とは呼ばれずに助祭と呼ばれる。
役職についてない八割以上の人達は修道士やシスターと呼ばれ、教会、教国で職務についているのだ。
さらに、僧兵と傭兵はこれとは異なる役職というか位階を持っている。位階一位から五位まであって、人々を守ったその功績によって位階が上がっていくシステムだ。
そして見事位階が一位まで上がると僧兵は助祭、場合によっては司祭になれるんだとか。実際は助祭や司祭になっても所謂神父さんみたいな仕事はせずに、やっぱり人々を守ることに重きを置く人がほとんどらしいけど。
傭兵の場合は、位階が上がる毎にお金が支払われる。場合によっては僧兵と同様に助祭になることもできる。教国で勉強と修行が必要になるみたいだけど。まぁこっちはお金を貰う人がほとんどみたいだね。
神父さんもエド助祭も私がここに来た理由は分かっているはずだ。ワオーンドッグの吠え声をここにいる全員が聞いているはずなのだから。その上でリーザリアさんがいる理由は推して知るべしか。さて、どう話を持っていこうか。
交渉事は、乙女のたしなみではないけれど。
「ご紹介頂きましたフローレンシア・ベルガモットでございます。早速ではありますが、今ベルモの街を脅威にさらしている魔物、ワオーンドッグの討伐について教会のお力をお借りしたく参りました」
「なるほど。こちらでもワオーンドッグについては調べていた所です。情報の提供と僧兵お呼び傭兵を派遣する形でよろしいでしょうか? もちろん情報の内容、兵の経験で寄付金ご相談させて頂く必要がありますが」
「……。また、金の話かよ……」
神父さんの発言にエド助祭が聞こえるか聞こえないかの声でボソりと。ふふ。私の耳は良いのですよ?(魔法使用)
「個人の実力が高い人を数名、派遣して頂きたく思います」
あえて情報には触れない。まとめて話をすると、ふわっと大きな金額になりやすいんだよね。前世の工数見積もりと一緒で細かく見積もった方がいい、と思う……。
「なら、あたいは決定だ。文句ねぇよな? エド」
「……オレも、行く」
「エド助祭!? 何を言っているんですかっ! あなたは……」
「金もいらない……オレは金のためじゃない、民のためにキーリク教にいるんだ」
「はっはっはー! さすがエドだぜ!」
バシバシとエド助祭の背中を叩くリーザリアさん。豪快すぎ。
そして、私はポカーン。
話に付いていけないんですけど……。っていうか? 生粋の助祭で戦う人なんて聞いたことないけど!? 声聞いた感じ若そうだし、もう役職付いてるし、ほぼほぼエリートよ!? 若くなくても役職につける人は多くないし!
こんな予想外の事態、もう私には交渉なんて無理ですけど!?
「それで? 情報のことには触れないってことはなんか策があるんだろう? 一年生の英雄さん?」
「英雄、ですか?」
リーザリアさんの問いに自然な疑問をクレアさんが。
「あたい達は学院の二年なんだ。王子救出にキングロックホーンの討伐したの、あんた達だろう? 裏であんた達をそう呼ぶ奴がいるってこと」
「は、はぁ」
「んなことよりワオーンドッグの対策、あるんだろう?」
くぅ、話の展開が早い……。
「そうですね。こちらのクレ……」
ふと、サラの視線を感じた。深呼吸を一つ。
「ごほん……。もちろんありますわ。ですが、こちらの情報を開示するのですから、教会の情報ももちろん開示頂けますわよね?」
私達の対策は無詠唱魔法(光の耳栓)というクレアだからこそ実行できる対策だ。けれど、私達が学院に戻った後にまたワオーンドッグが現れたら同じことはできない。
ベルモのみんなだけでも今後ワオーンドッグを討伐できるように、できるだけ情報を得るべきだったんだ。
お互いの情報がわからない今、教会にとってあまり役に立たないだろう私達の対策でさえ交渉のカードとして、できるだけ高く売るべきだった。
展開の早さに呑み込まれそうになった私を、サラが止めてくれた。
「……それでいい」
「エド助祭! 先程から……」
「あんたは少し黙ってな。上から文句言われたら、全部エドのせいにすりゃぁいいんだよ」
役職は同じ助祭のはずだけど、パワーバランスが一目瞭然すぎる。まぁここの神父さんは四十代くらいだけど、エド助祭はたぶん十六歳か十七歳。さっきリーザリアさんが『あたい達は学院の二年なんだ』って言ってたからね。
「で? 対策はどーなってんだ?」
「それでは実演させて頂きますが、魔法をどなたかにお掛けしても?」
ブルブルと顔を勢いよく横に振る神父。動きがなく表情が見えないエド助祭。そして、ニヤリと笑うリーザリアさん。
「いいぜ、あたいにかけなっ!」
クレアに無詠唱魔法の準備を始めてもらうよう合図をする。
「魔法をお掛けしましたら、一切の音が遮断されると思って下さい。また、実際に効果を確かめてもらうために壁側を向いて頂けますか? その後わたくし達で大きな音を立てますから、聞こえたら手を上げて下さい。聞こえなければそのままで。よろしいでしょうか」
「わかった! 早速やってみな!」
「えいっ!」
リーザリアさんが後ろを向くとすぐにクレアの可愛らしい声で魔法が発動する。すると。
「ぶふっ!」
エド助祭が吹き出し、下を向いて笑いをこらえるようにしていた。
後ろを向いているリーザリアさんの耳がお茶碗みたいな形の光に覆われているのだ。それを見たエド助祭が吹き出してしまったわけだ。光の耳栓と名付けたけど、実際は耳を半円で覆うような見た目なんだよね。この魔法の欠点の一つだ。
エド助祭が落ち着いた後、私達はみんなで大声を上げたり、大きな音を立ててみたりしたけど、リーザリアさんの反応は一向になかった。そして、もう終わりにしようという所で最後にエド助祭が呟く。
「……。バカリズ。筋肉と野生の勘でしか物を考えないからいつもいつもオレが苦労するんだ……」
ピクっ! っとリーザリアさんが一瞬反応した。
呟いたエド助祭はビクッとしたけど、リーザリアさんはその後は特に動くことはなかった。
クレアに魔法を解除してもらい、リーザリアさんに効果を聞く。
「まったく何も聞こえなかったぜ。こいつはすげーな。でも、何にも音が聞こえないって結構不安になるもんだね」
「最後、何かに反応しているようでしたがその時も何も聞こえなかったのですか?」
「あぁ、何も聞こえなかったよ。でもさ、よくわかんねーけどちょっとイラっとしたんだよな」
それを聞いたエド助祭が半歩後ずさるのであった。




