三十五話 光の耳栓
「わたくし達だけでは討伐は難しいです。情報を得るためにも教会に助力を頼みましょう」
「ふむ。教会ならばあの魔物の情報も得られるかもしれないね。よし、フロストの言う通り教会に使いを出そう。問題は寄付金の算出どう出すかだな。いい値をふっかけられたくない」
魔物が蔓延る世界ではやっぱり冒険者ギルドだよね! 前世の記憶を思い出せるようになってそんなことを考えていた時期が私にはありました。
前世の記憶を思い出せるようになる前から、ベルモの街に冒険者ギルドがないことは分かっていた。けど、もっと大きい街、例えば王都にあるんではないか? と思ったんだけど、結果的には冒険者ギルドというものはこの大陸には存在しなかった。
この大陸にはいくつもの国がある。その国々は長い歴史の中で何度も戦争が行われ、いくつもの国が興亡を繰り返した。
そんな中、多数の国を横断的に独立した組織を作ることはとても難しいことなんだと思う。
もし冒険者ギルドなんてものがあったら、国は魔物を討伐できるくらいの独立戦力抱えることになる。そんな戦力が他国に肩入れするような事態になったら一大事だ。そうなるくらいなら最初から無い方がいい、とか考えたんだろう。
各国の偉い人達は私が思いつかないような色んなメリットやデメリットを考えに考え抜いた結果だろうし、もしかしたらそもそも横断的な組織のことなど考えたこともないかもしれない。
それでも現実には魔物という人間の脅威が存在する。
各領地は魔物が発見されれば討伐を行う。場合によっては国お抱えの騎士団が出て討伐することも。でも、全ての街や村、人々を守ることは不可能だ。
平民は魔物だけでなく不作などによっても命を脅かされることもある。
そんな死が隣り合わせの世界では信仰というものは前世の私が考える以上に人々にとって重要な物になっていった。人々は神に救いを求め、死後の安寧を求めていったのだ。
そんな中、信者を増やして行ったのがキーリク教である。キーリク教は徐々に信仰を広めて行き、やがて一つの国を興すに至る。絶対中立、人々の声にのみ答える、それがキーリク教国である。
教国は人々の信仰に答えるという名目を掲げ、各国、各領地に教会を建立した。教会は神の教えを人々に伝えるだけでなく、そこに少数精鋭の僧兵を置いた。各国、各領地が対応しきれない時に命がけで平民達を守るためだ。
各国としても目の行き届かない人々を守ってくれる教会はありがたい存在であるため、これを認めた。同時に悩みの種にもなった。寄付金と称してお金を求められるようになったのだ。
それも仕方のないことだ。各国の目の行き届かない人々や討伐隊が派遣されるまでの間、僧兵が矢面に立って魔物から人々を守るのだ。いくら僧兵が精鋭と言っても死亡率が高かった。
そんな僧兵達の滞在費、怪我をした時の治療費、訓練費用、殉教者として弔う分のお金がかかる。各国、各領地は年間分と有事の際に働いた寄付金を払うことになった。
さらに僧兵の死亡を防ぐため、教会は傭兵や村の狩人などが集う場所にもなり、各国はそのことも認めざるを得なくなる。これは制度化され、前世のアニメやゲーム的な記憶でいう冒険者ギルドに近いものになっていった。
ちなみに以前、寄付金を払わない領地があったらしい。結果、国を通してのクレームが入ったり、その領地から教国が撤退したりと大きな問題になったらしい。
ベルモはベルガモット領の中心なので教会が先んじて動くような事態はほぼない。けれど今回のような事態では助力を求めざるを得ない。が、教会に助けを求めればを頼むとその分お金がかかる。
まぁお金で人々の安全が買えるなら安い。だけど、何も準備をしなければ高い金額をふっかけられてしまう。お父様はそのことを懸念していた。
話しは冒頭に戻る。
「あの……、よろしいでしょうか?」
食事の席で思い付いたことを言ってしまったので、その席にはクレアもいた。
「クレア? いいけど、どうかした?」
「お姉様の魔法では対策が難しいんですよね?」
「そうね、今のままじゃできないわ」
そう、私の魔法では対処ができない。音による攻撃を防ぐなんてピンポイントな魔法、詠唱魔法には調べた限りでは存在しなかった。
無詠唱魔法もいつもの盗み聞ぎ(いや、言葉悪いな)魔法の逆ならできるかも? と思ったけど、音を相殺することはできなくて、しかも味方複数人に一度にかける魔法を使うにはかなりの練習と時間が必要だと思われた。
他には……。あ、真空状態とか作ったらいけるんじゃ? って真空状態を作りだす方法なんて知るかーいっ! まぁでも空気を抜けばいいのかな? 布団をしまう時の袋がペチャンコになるような。今度じっくり試してみよう。
「それなら私、一つ、試したいことがあるんです」
私とクレア、サラを含む館の人間三人が真夜中にベルモの街でワオーンドッグと対峙していた。前回、前々回現れた時は全部で十五匹程いたワオーンドッグは、今回は三匹しか現れなかった。
前回の戦いでこちらが撤退したから舐められているんだろうか……。くそう。
とはいえ、私達を、町の人を弱らせることが目的であれば少数で問題ないのも事実だろう。
でも、少数で来たそのツケを払ってもらいましょうか。
「クレア、お願い」
「任せて下さいっ!」
クレアの試したいこと、それは耳栓の代わりに光の盾で耳を覆うことだった。名付けて光の耳栓ね。
光の盾のベースであるホーリーシールドは衝撃を極端に軽減する魔法だ。だから、音も軽減できるのではないかと考えたらしい。
光の耳栓が掛けられると、一切の音が遮断された。本当に無音。いや、これ怖いわ。音が聞こえないって結構恐怖かもしれない。人間って知らずに色んな音を拾っているんだなって実感。
全員を見渡して耳に魔法が掛かっていることを確認し、手を振り上げて突撃の指示を出す。
私自身も同時に走り出したんだけど、音が聞こえないから周りが付いて来ているかすっごい不安になって、走りながら見渡してしまう。
よかった。みんな着いて来ている。けど、やっぱりみんなも不安そうだった。
私達の行動を見たワオーンドッグは吠え声を上げる。が、私達は全員問題なく動けていた。それに気づいてか気づかないのかわからないけど、ワオーンドッグが三匹ともこちらに向かって走り出していた。
さて、先陣を切った私から仕掛けましょう。新しい無詠唱魔法を実践で試したかったのよね!
「バレット!!」
指で拳銃の形を取って、指先から風の弾丸を打ち出す魔法。まだまだ改良の余地はあるけれど、私の前にいるワオーンドッグの鼻に命中して怯んでいた。威力以外はとりあえず合格かな。連射もできそう。よし。
っと、思っていると怯んだワオーンドッグに向かってサラが斬りかかろうとしていた。私はそれに気づくのが遅れてしまってバレットを撃ってしまうけど、なんとかサラに当たらないように逸らすことに成功する。
サラは私の焦りなど気付きもせずに一刀の元ワオーンドッグを切り伏せていた。
左右のワオーンドッグは領館の人間が対峙している。私は左の方へ向かって走り出す。すると、サラも左の方へ走り出していた。
むぅ、一緒の方に行くとは思わなかったぞ、困ったな……。まぁ、各個撃破すればいいかとそのまま走りながらバレットを発動する。
やばっ! サラに当たる!?
ちょっと、ちょっとだけ一学期の魔物討伐の頃から太ってしまった私のスピードは自分が思ってたよりも随分と遅かった。そして、サラは走るのが早い。その時間差がバレットの発動タイミングを誤ることになった。
結果、サラが仕掛けようとしたダガーに当たってしまい、サラの態勢が崩れてしまう。一瞬焦りを見せたサラだったけど、もう一人が正面から対峙して気を引けていたため、サラが攻撃されることもなくすぐに態勢を立て直していた。
私は両手を上げもう何もしないアピールをすると、サラが一気に踏み込んで止めを刺した。
もう一匹を見ると、他二匹がやられたからか逃げ出そうとする所だった。さすがに犬型の魔物は足が速く、簡単に逃げられてしまう。
「お嬢様、クレア、効果あり、ですね」
「はい! やりましたっ、お姉様! サラさん!」
「さすがクレアね。でも、明らかな問題点も見つかったわね」
連携が取れない。今回はワオーンドッグが三匹だったからよかったものの、十匹いたらとてもじゃないが殲滅することはできないに違いない。
「う~ん。どうにかしなくちゃいけないけれど、ひとまずはお父様に報告しに行きましょう」
私は光の耳栓が十分効果があると実感して、領館へと戻る。ちなみに、ワオーンドッグは吠える前に耳をペタンと閉じていて、自分達の耳は守っているようだ。いや、正直可愛かった。
その翌日、私はお父様に結果と問題点を報告した。
「おぉそうか! ありがとう、クレア。君のおかげでワオーンドッグ討伐の目途が立ちそうだ」
「そうですわね。連携が取れない問題点がありますから、守備隊を活躍させるのは難しいかもしれません。けれど、僧兵であれば少数精鋭。個々の技量で各個討伐ができるかもしれませんわね」
他の領地はわからないけど、ベルガモット領では守備隊は連携を重視している。彼ら自身の命、街や村を守るために守勢に強い隊として訓練しているのだ。
討伐が必要な時は私達家族や領館の人間が行くからね。
「対策もこちらで用意できるからな。情報も買わなくて済みそうだし、今回は安くすみそうだ。よし、早速教会に使いを出そう」
「その役目、わたくしとクレアにお任せ頂けますか? お父様」
「うん? わざわざフロストが行くこともないと思うが……。まぁお前が言うなら任せる。先触れをだしておこう」
「はい。ありがとうございます。それでは早速準備して参りますわ」
私が教会に行きたかった理由。それは聖女のお話しにある。聖女は数少ないティターニア様から祝福を授かった方で、魔物のスタンピードが起きた時に人々を守った方だ。そして、教会出身者でもある。
光属性、しかもティターニア様から祝福を受けた聖女が使っていた魔法をクレアが学ぶことはできないか、と思ったから私はクレアを連れて教会に来たかった。
とはいえ、まずは目の前の問題から片付けていかなくちゃいけない。気を引き締めて教会の扉を叩くのだった。




