一〇二話 頭上注意:三人称視点
「ルーリーさん達は退避! ウィルさん達は流された黒剣に止めを刺して下さい!」
フラッドによって流され、壁に強く打ちつけられたルビー達三人。
一人、物理法則に逆らうようにその場に残ったジョルジオ。
そこに、リータの追撃指示が入る。
ジョルジオを倒すことはもちろん、その鉄壁の守りを崩すことすら、リータ達には難しい。
だからこそフラッドでジョルジオを他の生徒と分断するか、一時的に行動不能にした間に一人を倒す。
それがこの作戦の肝となっていた。
そしてそれは、フレンが見つかったことによって対象人数が減り、より良い形となって今現実になろうとしている。
ジョルジオはリータの指示を聞いて、一瞬の逡巡を見せる。
フラッドによって距離は空いてしまったが、スラム地区の最奥に近い所まで来ているため、このままリータを追いかければいずれ袋小路に追い詰めることができるだろう。
リータがこの場の指揮を取っているのは間違いなく、指揮できる者を倒す意味は大きい。
だが、それは黒剣から犠牲者を出す選択になりうる。
フラッドによって強かに壁に打ち付けられたものの、護石が壊れる程の致命傷にはなっていない。
護石の効果であるダメージのフィードバックによってすぐには動けないだろうが、時間が立てば回復する。
それまでに銀杯の攻撃が間に合ってしまえば、誰かの護石が破壊される可能性は高いのだ。
三人の中でも中位魔法が使え、クイックキャストという技術まで持っているルビーが倒されてしまうと、メンバー層がさほど厚くない黒剣にとってはかなりの痛手だ。
結局、ジョルジオは三人を守るために戻ることを選択した。
最優先はルビーを守ること。
他の二人ももちろん守るつもりだが、最悪切り捨てるしかない。
そんな逡巡のせいか。
あるいは銀杯はそれぞれが自分のすべきことを理解していたからか。
「くそっ! 間に合えっ!!」
ジョルジオは、間に合わなかった。
ウィル達はフロストからルビーのクイックキャストの技術については聞き及んでいたため、建物から飛び降りて、手に持った槍を突き立てるようにしてルビーをに襲い掛かる。
が、その槍はルビーに届くこと無く、隣にいた一年生生徒がその身を挺して庇った。
運よく、護石はギリギリの所で破壊を免れる。
「よくやった!」
仲間の元に辿り着いたジョルジオはウィルに向かって剣を振るう。
飛び降りて渾身の攻撃を放ったウィルの隙は大きく、碌に回避も防御もできず一撃、二撃と攻撃を受ける。
さらにはジョルジオがルビー達の前に立つように位置の入れ替えまで許してしまう始末。
その間に、銀杯のもう一人の生徒も建物から飛び降りてルビー達を狙うが、ジョルジオが盾で受け止め、地面へと叩き落とす。
追撃は動けるようになったソイが棍で突き、払いと連続攻撃を命中させて態勢を整わせることをさせず、ルビーがその隙をついてクイックキャストで下位の水魔法であるウォーターカッターを的確に当てていく。
四度目のウォーターカッターを命中させた所で銀杯生徒の護石は破壊され、結界の外へと飛んで行き、結界を黒に染める。
形勢不利となったウィル。
だが、彼が引くことはなかった。
この状況で一つも護石を破壊できなかったからだろう。
今ここで護石を破壊できなければ、銀杯全員が失格となってしまう可能性が高くなるのだ。
ジョルジオの守り、ルビーの魔法を潜り抜けて護石を破壊する。
その行為は、絶望的に思えた。
それでもウィルの目は死んではおらず、一人の生徒を視界に捉え続ける。
ルビーを庇った生徒の護石は、破壊されなかったのが不思議な程だ。
攻撃目的の魔法ではないとはいえ、フラッドを受けて強かに建物に衝突しているし、ウィルの渾身の一撃も受けている。
あと一撃、何かしらの攻撃を与えれば破壊できる。
その確信が、彼をこの場に留めているのだろうか。
そう考えてジョルジオは絶対に行かせはしないと、剣と盾を構える。
油断するつもりなどなく、神経を張り詰めらせていた。
「ふっ!」
不意に、後ろからそんな息遣いが聞こえてきた後、バキッという乾いた音と、バシャとぬかるんだ地面に何かが落ちる音がした。
後ろを向けば、黒剣の生徒が光に包まれて結界が白に染まる光景と、フレンの姿があった。
フレンとの間に少しばかりの距離があるのを視認するや否や、ジョルジオは咄嗟に剣を投げつけた。
着地したばかりのフレンは避けることができずに、直撃して態勢を崩す。
そこに、フレンを追いかけていたはずのアニーが建物から飛び降りる形で姿を現す。
「もう逃げられないからね~!」
そこからは一方的と言っていい展開だった。
アニーとソイがフレンを囲い込み、ジョルジオがウィルを逃がさないように立ち回り、ルビーが中位魔法を発動して止めを刺す。
そう長くない時間の後、二つの光が二度、結界を黒に染めた。
周囲を見渡せば、すでにリータや中位魔法が使える二人の姿はそこになかった。
「やられたな……。奴の視線がまさか倒しやすい敵を教える合図だったとは……」
ウィルが固定していた視線、それは自分が必ず倒すなどという意思表示ではなく、視線の先の敵を倒せというフレンへの合図だったのだろう。
「や~ゴメンね~……。あの子に追いつけなくって……。それにしても銀杯はヘンテコなことばっかりやってくるね~」
「戦力不利な状況では、待ち伏せも常道の範囲だろう。当然、何か仕掛けてくるの分かっていたのに一人で先走ってしまったのは俺のミスだった……」
「二人ともそれは仕方ないですよぉ~。ルビー達も一人やられちゃいましたけど、三人倒せたからいいのではないですかぁ~」
「そうか……そうだな。だが、お前を危険な目に合わせてしまった。だからここで一つ約束をしよう。ルビー、今後お前のことは必ず守ると」
「! はい~。ジョルジオ様のこと、信じてますからぁ~」
ルビーは笑顔で、そう言った。
「くそ! フレンまでっ……」
リータ達はフレンやウィル達が戦っている間に十分な距離を取ることができ、スラム地区を抜け出していた。
悔しいし、もっとうまくやれたんじゃないか? そんな気持ちもあるが、今はこのまま逃げ切るしかない。
だけど、どうしても気になることがあった。
期待していた白盾の挟み撃ちがなかったことだ。
試合開始時の状況から、銀杯を黒剣が追うのは目に見えていた。
ならば、白盾が黒剣の後ろを取ることは十分にあり得るはずだったのに。
それなのに、ここまで白盾の姿が見えない……。
(まさか!? 僕達を、待ち伏せしている……!?)
一抹の不安を覚えたリータだが、四つのエリアは高い壁によって分断されており、他のエリアに逃げ込むためには広場を通るしかない。
黒剣は魔力が少ないルビーのために長めの休憩を取り、試合時間が一時間半を経過した所で行動を再開する。
白盾はジョルジオの予想通りに姿を現すことはなかった。
ならば、最初に移動をしていた北東エリアか広場で待ち構えていることだろうとジョルジオは全員に伝え、銀杯が建物に隠れていないか確認をしながら広場へと移動する。
その最中、結界が二度、白に染まる。
それは白盾が銀杯の生徒を二名を倒し、銀杯の残った生徒は一人のみなったことを意味していた。
「待っていたぞ」
黒剣が広場に着くと、そこには白盾が待ち構えていた。
「殿下。お待たせしてしまったようですね。それで、銀杯はどうなったのです?」
「なかなか機転の利く奴がいてね。一人逃げられてしまったよ」
「そうですか。全滅させられなかったのは残念ですが、お互い十分な戦果でしょう」
会話を続けながら、ジョルジオは護石にダメージを受けているルビー達二人に後ろに下がるよう合図する。
「ふむ。二人手負いか。ならばこちらも五人で相手をしよう」
アルヴァンは悠然とそう告げ、白盾へも目くばせを行う。
すかさずロウェルがそれに反応し、指示を出す。
「殿下、俺達を甘く見過ぎでは?」
「ははっ。お前やルビーのことは高く評価しているつもりだよ。その上で正々堂々と戦って勝つ。それでこそ俺に相応しい勝利だろう?」
「むぅ~」
「言葉を間違えました。黒剣の力を、甘く見過ぎでは?」
アルヴァンの言葉は、ジョルジオとルビー以外は評価していないとも言える。
そのことに気付いたアニーとジョルジオは不服を洩らす。
「気を悪くしたのならすまないな。単に、他の生徒のことは知らなくてね。
五分後に開戦としよう。黒剣の力とやらを、是非見せてもらおうか」
「ジョルジオ。あたしに殿下と戦わせて。あんたはロウェル様を抑えなくちゃいけないでしょ?」
「それはそうだが……」
「あたしじゃ勝てないってことくらいわかってる。でも、誰かが抑えなくちゃでしょ」
アニーののんびりとした口調はなりを潜め、顔は決意に満ちていた。
「……わかった。目に物見せてやれ!」
「りょ~かい~!!」
白盾の中でも特に強敵と目される二人には一対一で挑み、残りは二年生Aクラスの生徒を中心に迎え撃つことになった。
試合時間は、すでに一時間を切っていた。




