一〇一話 追いつめたのはどちら?:三人称視点
銀杯チームは黒剣より先にスラム地区へと辿り着き、迎え撃つ準備を行っていた。
リータとフレンは地形の把握に務め、攻撃を仕掛ける場所を探す。
残った四人はバディ単位に分かれてスラム地区でも奥にある建物の上に隠れ、黒剣の状況を監視している。
奥の建物に隠れていた生徒が、黒剣がスラム地区に入ったことをハンドサインでリータに伝える。
リータはそれに手を上げて返すと、フレンに目をやる。
「フレン、この場所で仕掛けよう。さっきみたいに建物の上に行ってくれる?」
「ねぇ、リータ。今度は私が攻撃役をやるわ」
「え? なんで急に?」
「私達の目的は何?」
「……もちろん、勝つこと」
「もっと具体的に、この試合の目標はなんて言ってたっけ?」
「中位魔法を使える二人を守って逃げること……」
「そうそう。それを達成させることができるのは、今のメンバーじゃリータだけ。だから少しでも危険な役回りは私の方がいいと思うの」
「……」
「組織には、部隊にはリーダーが必要でしょ? それはリータの方が私なんかよりよっぽどわかってるよね? 私達一人一人にできることなんて知れてる。一人じゃ大したことなんてできない。だから、指揮を取れる人が重要なの。そんなリータを私は守りたい、守らなくちゃいけない」
「でもっ!」
「ここから逃げる方が大変だって、本当はわかってるんでしょ? 黒剣の一人を倒せたとしても、人数差はあるし、白盾もきっと私達や黒剣を狙って南東エリアに向かってきてる。乱戦にでもなったら、指揮をとれる人がいなくちゃ全員逃げきれずに試合に負けちゃうよ。だから、ここはお姉さんにまかせなさいな」
「……こんな時だけ、年上ぶって……フレンはずるいよ……」
「ふふ。年上の特権って奴ね」
「……わかった。フレンは僕の言うことなんて聞いてくれないんだ。でもせめて、直前まで一緒に行動させてもらうよ。黒剣の斥候が万一来たらまずいから、あっちの建物の上に隠れよう」
「ふふ。仕方ないね、行こうっ!」
二人は寄り添うように走り出した。
黒剣は居住区画の時と変わらず、路地を確認する際はジョルジオとルビーが前へ出て安全を確保する。
ただ、スラム地区では先程と違ってそれと同時にジョルジオの後ろをアニーとバディのコマール、さらにもう一組のバディが飛び出し、中央の道を突っ切るように行動していた。
これは攻撃をされ、相手に逃げられた時に可能であれば挟み撃ちを仕掛けるためと、一か所で包囲されないようにするためだった。
だが、期待した挟み撃ちはできそうもない。
スラム地区では黒剣の予想以上に路地が多く、中央の道以外にも逃げる場所が多かったからだ。
とはいえ、包囲されるのを防ぐためにもこの行動を黒剣は続けながら進む。
「ん~なかなか仕掛けて来ないね~」
すでにスラム地区も中間地点を過ぎている。
「もしかして~、他のエリアに逃げちゃったんじゃないですか~?」
「可能性はゼロではないが、各エリアが壁で分断されている以上それは難しいだろう。
なによりここで護石を破壊しておかないと銀杯は全員失格になる可能性が高くなる。
銀杯からすれば白盾が南東エリアに向かって来ると予測し、挟み撃ちを期待しているはずだ。
だからこそ、間違いなく近くにに潜んでいる」
ジョルジオの本心では欠片も挟み撃ちされるとは思っていないが、銀杯からすればその期待は大きい。
前と後ろからの攻撃を警戒しなければならない黒剣相手ならば、待ち伏せもうまく行く可能性は上がる。
万が一銀杯がこのエリアから既に逃げていたとしたら、銀杯が全滅する可能性は一気に高くなる。
来るか来ないかわからない場所で待ち伏せしても意味などない。
白盾との挟み撃ちも期待できず、真正面から戦えば人数差がある上に、ジョルジオを倒せるような生徒など今の銀杯メンバーにはいないのだから。
「それでも、あいつが入れば面白くなったかもしれんがな……」
「ん? ジョルジオ~何か言った~?」
「いや、なんでもない。さぁ行くぞ!」
気を取り直して次の路地へとジョルジオは足を進める。
「フレン、黒剣が来たよ。この位置じゃ全員がいるか確認できない。向こうで確認だけしてきてくれない? 見つからないよう匍匐前進でゆっくりでいいから」
リータとフレンは黒剣が来るまでの間、建物の上で身を潜めていた。
見つからないよう中央の道からはなるべく隠れるようにして。
見つかり難いかわりに、こちらからも見通しは良くなかったのだ。
「ん。了解」
フレンが動き始めてすぐ、リータは建物から路地に向かって飛び降りる。
「ごめんフレン。僕も、君を守りたいんだっ」
「ちょっと!? リータ!?」
路地に飛び降りたリータは、慌てて引き返して建物から下を見るフレンに対し、口に指を当て、シーッと静かにするようジェスチャーをする。
「今更役割を交代する時間なんてないよ。さっきと同じように合図をお願い」
「バカ。わかったわよ、もう!」
フレンは悪態を短く突きながらも、嬉しいと思ってしまう気持ちがあるのも事実だった。
フレンは黒剣が路地に到達するタイミングを計って詠唱開始の合図を送り、ジョルジオが路地に顔を出す瞬間を狙って今度は発動の合図を送る。
リータはその合図にしっかりとタイミングを合わせて火魔法を発動させる。
居住区画で攻撃をした時より、黒剣に近い位置から魔法を発動することによって直撃を狙った。
だが、ジョルジオはいとも簡単にそれを防ぎ、ルビーがクイックキャストによって水魔法で反撃を行う。
ルビーの反撃を予想していたリータはそれを避ける。
ここまでは居住区画とほとんど同じ流れで、リータにとっては想定通りだったが、ジョルジオの後ろを通り過ぎる影が目に入った。
さらに。
「ジョルジオ! 上~!」
アニーがジョルジオの後ろを通り過ぎる際に、建物の上にいるフレンを発見していた。
スラム地区の建物は居住区画の物より低かったために気が付けたのだ。
「わかった! アニーは上を頼む! 俺達はこっちを追う!」
「了解~。あたしは上に行くから、コマール達は下から逃げられないように見張ってて!」
リータはフレンの存在がバレたことに焦る一方で、半分が自分を追ってきてくれるのは好都合と考え直す。
フレンは建物の上を移動できればそうそう捕まることはないはずと、自分はスラム地区の奥へと走り出した。
一方、フレンも自分の存在がバレたことで伏せている必要はないと立ち上がる。
路地裏は狭く、建物間の距離はさほど広くない。
令嬢とはいえ魔物討伐や訓練で多少なりとも鍛えているから、三メートルくらいであれば問題なく飛び越えられるはずと考え、建物を飛び移って逃げるべきと判断した。
問題は、どちらの方向に逃げるべきかだ。
リータから少しでも敵を引き離すべきか、それとも他の生徒と合流するために奥へ進むべきか……。
フレンはすぐに覚悟を決め、走り出した。
黒剣は四人ずつに分かれ、リータとフレンを追う。
フレンを追う四人は、アニーのみが建物の上へと上がり、他の三人は下りてきた場合に備えてバラバラになる。
一方、リータを追うジョルジオ達は四人全員でリータを追う。
リータが魔法の直撃を狙ってきたためか距離はさほど離れていない。
チャンスと見たジョルジオは一人先行してリータを追いかけることにした。
残る三人は、ルビーと第一試合でバディを失ったソイという僧兵志望と、一年生だ。
彼らはルビーを護衛するために、ルビーに合わせるよう並走する。
(鎧を着ないで走るのも悪くない。やはりフロスト達との訓練にも走り込みは取り入れるべきだな)
訓練時も鎧を着込むことがほとんどであるジョルジオは、普段よりも早く走れ、徐々にリータを追い詰めていく。
そんな余裕からか、制服で戦うという普段とは違う状態からか、場違いなことを考えてしまう。
ジョルジオに接近を許しながらも、リータは次から次へと路地を曲がり、必死で逃げる。
居住区画での攻撃で、魔法を発動して逃げることを印象付けてきた。
距離を近づけたことで、リータの考え通りに追いかけてきてくれた。
しかも、ジョルジオ一人が突出する形で。
作戦通り。
五本目の角を曲がった所は、直線距離が他に比べてやや長い。
(よし! 予定地点までは何とか逃げてこれた!)
黒剣の他の三人も姿を現した所でリータはジョルジオに気づかれないように、胸のあたりでハンドサインを送る。
それは、建物の上にいる中位魔法を使える二人への魔法発動の合図だった。
二人は建物の上にいたため、リータや黒剣が移動している位置を把握できており、少し前から詠唱を開始していたのだ。
後は発動タイミングを合わせるだけだったが、リータの合図があっても発動を躊躇ってしまう。
今の位置では、リータも巻き込んでしまうからだ。
あと少し……あと少しリータが追い付かれずに角を曲がれればいい……。
リータは自分が巻き込まれてでも魔法が確実に黒剣の四人を巻き込むのを期待していたのだが、すぐに発動しなかった二人の気持ちも良くわかる。
ならば自分が捕まるわけには行かないと、残りの体力を振り絞って走りきり、路地を曲がった。
「「フラッド」」
中位魔法を使える二人が同時に中位魔法を発動させる。
フラッドは大量の水を発生させて押し流す魔法で、珍しい部類に入る魔法だ。
通常、中位の魔法は対魔物用に長く使われ、定着、最適化されていったものがほとんどだが、フラッドは治水工事や農作業で度々使われることがあり、詠唱魔法として定着していったという経緯がある。
そのため、攻撃用の魔法とは違い一撃で護石を割る程の威力はない。
それでも、この場所では無類の効果を発揮する。
狭い路地で放たれた水は、建物によって阻まれて拡散することなく黒剣メンバー目掛けて襲い掛かるのだから。
大量の水が路地を埋め尽くし、黒剣を襲う。
ジョルジオは咄嗟に盾を地面へと叩きつけて埋め込み、そこに隠れるようにして身を屈めた。
同時に防御力を高めるアーススキンの魔法を詠唱しようとしたが、あまりの水の勢いにそれは適わない。
そんな状態でも、ジョルジオは水の流れが止むまで必死に耐えた。
だが、ルビーを始めとした他の三人は為すすべなく水の流れに押し流され、その体を建物へと強く叩きつけられてしまうのだった。




