5話:宣伝
爪楊枝の用意をしては使っての連続で石角は1人その加工に腱鞘炎を起こすぐらいの研鑽を行う。
前桜のいない部室は、静かな分悲しく風が吹いていた。そんな中、部活対抗リレーで順番を決めなければならない時期が到来する。
体育祭の練習をしては放課後に集まって作るという日々が当たり前になってから、対抗リレーの順番を決める時が来た。
「前桜さんと鶴居さん居ないけど、リレーの順番を決めよう。まずは、他の部活で走らなきゃいけない人いるかい?」
石角が進めると手を上げたのは喬林、湯田、下原、富林の4人だった。
「私は剣道部で走るよー」
「僕は卓球部」
「俺も同じー」
「俺はバスケ部でラスト走るよ」
対抗リレーは運動部とそれ以外の部で走るらしく、宣伝できる条件は一位になる事だ。
物理部で走れるメンバーは5人。決まってるのは加賀木と石角が走ること。手を挙げなかった左右田に期待の視線を送る一同だったが、首を横に振った。
「俺はスターターピストルの担当だから無理だって…。てかこの話前もしなかったか?」
下原は思わずあっ!っと声が漏れる。爪楊枝大会に向けて準備の忙しさに話の内容を忘れてしまい、なぜか石角は自分を責め始めた。
「俺のせいだー!あぁーもう…最悪やわ。この場で切腹するから許してくれ!」
腹を出して果物ナイフを突き付けようとしたが、湯田の怪力で止められた。
「おいおい、どこぞの武将じゃないから早く進めるよ!だから嫌われるんだよ!」
また下原のさりげない一言に石角は闇化する。
表情は笑っていたが、冷たい笑顔でそれに気づいた喬林は一歩下がっていた。
「じゃあ、今残ってるのは欅君と僕と加賀木だから後2人か!そしたら下原君と湯田君終わった後、もう一回頼んでもいいかい?」
変な展開になったものも、2人は承諾した。
次に順番を決める事になったが、1番目で頭を悩ませた。加賀木を先に走らせるか、先にリードをつけてアンカーを加賀木にさせるかの2択で迷う。
「私は、中盤が良いです。アンカーだと変な宣伝になりますし、ほとんどの部活は一番手に男子の可能性が高いですから」
加賀木の考えに下原は納得した。
「確かに、黒雪姫をアンカーにしたら不思議な宣伝になるし同級生からアリスって呼ばれてるらしいから尚更お前、やばいな」
「だから、黒雪姫と呼ぶのやめてくださいよ下原先輩!次そのあだ名で呼んだら、分かってますよね?」
そう言って加賀木は持っていた折り畳み傘を伸ばして戦闘準備をする。しかし下原はたかが後輩相手に煽り散らかした。
「そんな武器で僕に勝とうなんて可愛いね!力弱そう~。やれるもんならやってみろよ黒・雪・姫っ!」
加賀木はブチギレて折り畳み傘を下原に目掛けて剣のように振り回す。
そして、それを止めるかの如く喬林は持っていた竹刀を使って阻止した。その状態はまさに鍔迫り合い。喬林が止めに入ったのかと思いきや加賀木にアドバイスした。
「その折り畳み傘だと壊れるからこれで殴って良いよ!そしたら、流石の下原も少しは反省すると思う!」
渡されたのはカーボンで出来た竹刀だった。加賀木はニヤリと笑って下原の胴を目掛けて叩き散らかす。下原は絶叫して他の部員は腹筋崩壊するまで笑った。
特に石角はザマァと言わんばかりに涙出すほど笑っていたがすぐに止める。
「だから下原先輩はそういうところがあるから嫌いになるんですよ!高級アイス奢って下さいね!ただし、喬林先輩からお金借りるのは無しですよ。ですよね喬林先輩?」
喬林はその通りだと首を縦に振る。その下原は未だに借りたお金を返していないらしく、その借金額は3桁に上ろうとしていた。正論を欅がぶちかます。
「そもそも人からお金借りるのがダメでしょ。自分で欲しいのがあるなら、ちゃんと貯めておかないとね。でも、自分で蒔いた種はちゃんと処理しておかないとさっきみたいになるからそれこそ気をつけとかないとね」
「欅さんの言う通りです!ちゃんと改心しますので許して下さい」
いつものように口だけで終わらせる下原だった。
噂では同じクラスメートから唐揚げ弁当を奢ってもらってたりしたとか…。
石角がバランス良く順番を決めた結果、妥当なものになった。そして異論の無いものかを確認するべく発表した。
「一番手欅君、二番手加賀木さん、三番手寺野君、四番手石角、五番手湯田君にしていきます。異論は無いね?」
五番手の湯田にどよめきが収まらなかった。あのUSBメモリークラッシャーに任せていいのだろうか?そして、マイクをぶっ壊すのではないかというある意味爆笑のことが起きるようなそんな予測をした一同。
爪楊枝の研鑽をしながらバトンパスの練習をする方針となり、選ばれし5人のランナーは運動場へ向かう。そこには演舞を練習していた鶴居が懸命に振り付けを覚えていた。すぐに石角たちがいる事に気づき大声で叫ぶ。
「これって、今年の部活対抗リレー代表?めちゃめちゃメンツが謎すぎるー!!」
鶴居のストレート発言に演舞練習をしていた応援団は爆笑する。なぜなら、ヒョロガリに黒雪姫、長距離マスターズにマッチョという異色のメンバーであるからだ。
早速練習をしてみると、すぐにバトンのミスが露わになった。欅から加賀木に渡るところで落としてしまうことが分かった。そして、一通り見ると湯田のところでバトンを強く握りしめる事で練習用のバトンが一瞬にして潰れるという脅威の握力に欅は驚くばかり。
「いやぁ、凄いな。体力テストの時の握力どれくらいだったの?」
「あー…僕は左が60キロで右が80キロだったよ!ちょうど林檎破壊できるくらいかな」
もはやモンスターだった。でも、宣伝力は誰よりもあるから湯田が適任だと石角は分析している。
爪楊枝から一時離れてリレーに走った事に石角は一時の息抜きだと感じている。石角と寺野は長距離を得意としている事で、走り方にも定評がある。一人一人の走り方を見てはアドバイスをしたりと改良を重ねた。鶴居もそれを見て負けじと練習をした。そして、5人のランナーはついに世界レベルの速さと正確なバトンパスが出来るまでにその日はレベルが上がった。石角は練習後柿渋の様子を見に行った。すると、発酵がかなり進んで匂いが鼻腔をくすぐり脳天に直撃する。完全な柿渋が出来たと確信した。
その後も練習を重ねて気づけば体育祭前日になった。宣伝をどうしようと考えた結果下原に願い入った。
「このプラ板を持って最後のアンカーと走ってくれるかい?お前何も仕事してないからさ、これくらいはしてくれん?」
嫌々ながらも下原はその役目を受ける事にした。体育祭本番となり、運動ドームの貸し切りで行われたが今年は稀に見る激戦だ。
部活対抗リレーの時間になると富林、喬林らはそれぞれの部活着に着替えて召集を待つ。鶴居は演舞に着る服へ着替えて戦闘態勢になっていた。左右田はスターターに立ったが、火薬の量を誤って乱射事件が起きた。第一陣は卓球部、サッカー部、野球部、剣道部、バスケ部、陸上部、ハンドボール部が宣伝という優勝を得るために競う。下原も走る為に大会用の服で英気を養う。
第一陣が走り終わると、石角たちは靴紐を締め直して物理部全員円陣を組んだ。
「絶対に一位取るよ?他の部活からこれ以上陰キャと呼ばれるわけにはいかない!韋駄天の如く走るぞ!」
石角のエールに演舞始まる前の鶴居は頑張ってこいと5人のランナーの背中を叩き気合を入れた。
第二陣は物理部、化学部、生物部、書道部、茶道部、百人一首部、仏教部という顔ぶれだ。スターターの合図で第一走者がスタートを切った。欅はいきなり2位に食い込み、走り抜けた。加賀木にバトン渡す際、こう託した。
「慌てず急いで正確に!行ってこい!」
その一言で一位との差を一気に縮めた。会場からアリス、黒雪姫と呼ばれる珍事もあったが全て笑顔で応える。寺野へバトンが渡り、持ち前のスタミナで圧倒した。
3位との差は誰が見ても分かるもので1位の化学部は着用していた白衣が引っかかり、破れながらも走るという荒技を見せた。石角へバトンが渡されると特攻隊の如く、突っ込んだ。湯田へバトンが渡った時はほぼ同着という速さを披露する。最終ランナー湯田は筋肉を速さに変えて走りまくる。下原はプラ板掲げて物理部の爪楊枝タワーを中心に宣伝をした。僅差で物理部が一位に輝き、応援した鶴居、富林、喬林は狂喜乱舞だった。
力を出し切った湯田は息を整えて宣伝を行おうとマイクが渡った瞬間、プツンとマイクが息絶えた。気づいた人は大笑いした。宣伝は成功に終わり、入部希望者がどの部活よりも人気が高かった。体育祭も終わり、次は爪楊枝大会と意気込んでいた石角だったが流石に疲れていたのか休み時間に寝ることが多くなった。
部室ではまたいつものように遊んでる人と作業をしている人に分かれているという日常と変貌する。