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第八話 第二次ユトランド沖海戦(2)

 時は冒頭のユトランド沖海戦にもどります。いよいよ強化されたドイツの新型戦艦がイギリス戦艦と激突します。

■1941年5月

北海 ユトランド半島沖


 リュッチェンスの巧みな艦隊運動により、いまやイギリス艦隊はバラバラの状態になっていた。


 当面相手にすれば良いのは目の前の巡洋戦艦部隊(フッド、レナウン、レパルス)だけ。はるか遠くのR級とネルソン級はもう気にする必要などない。KGV級とライオン級が後から戦闘に介入してくるだろうが速度はこちらの方が速い。如何様にもあしらえるだろう。


 状況を整理したリュッチェンスは敵が合流する前に脆弱な巡洋戦艦部隊を片付けようと考えた。


 だが彼が攻撃命令を出そうとした矢先に、逆に敵の巡洋戦艦部隊がドイツ艦隊に向けて突進してきた。慌ててリュッチェンスは回頭を指示して敵の頭を抑えにかかる。


 しかし頭を抑えられたにもかかわらず巡洋戦艦部隊は突撃をやめようとしなかった。こちらの方が隻数も多く個艦能力も上のはず。それなのに集結を待たず向かってくるとは勇敢というより無謀としか思えない。リュッチェンスには敵の指揮官の考えが理解できなかった。


 実は巡洋戦艦部隊は決して功を焦っていた訳ではない。戦隊指揮官のランスロット・ホランド中将はドイツ艦隊に変針を強いる事で逆に後続戦艦部隊が合流する時間を稼ごうと考えていた。


 だから突撃は適当な所で打ち切って反転するつもりだったのだが、彼はそのタイミングを見誤ってしまった。彼はそのミスに対して大きな代償を支払うこととなる。




「射撃指揮所より報告。敵の妨害電波のため射撃管制レーダー全チャンネル使用不能。ただし砲撃に支障なし」


「こちらも妨害電波を発信しろ」


 レーダーが日常的に運用されるようになってもう20年以上経つ。技術も戦術も長足の進歩を遂げ、すでにレーダーは索敵だけでなく射撃管制にも用いられていた。そのうえ敵の電波傍受、いわゆる電子偵察も行われているため、既知の電波に対しては妨害手段も用意されている。


 その結果、皮肉なことに戦闘は昔ながらの光学照準に頼る事になるのだが、元々精密光学に長けたドイツ側にはなんの問題もなかった。


「間もなく距離2万5千……敵艦発砲しました!射撃許可を!」


 リュッチェンスにも敵の大柄な先頭艦、おそらくフッドの前部砲塔が発砲したのが見えた。放たれた砲弾は明後日の場所に水柱を立てる。


「堪え性のない奴だな。だが一方的に撃たれるのは気に食わん。発砲を許可する。先頭艦に砲撃を集中せよ!」


 リュッチェンスの命令でドイツ戦艦4隻も火蓋を切った。


 15インチ16門、16インチ20門もの砲に狙われたフッドは、その巨体が見えなくなるほどの水柱に囲まれる。


「敵先頭艦、変針中」


 危険を感じて逃げようとしたのだろうか、あるいは全砲門を使って反撃しようとしたのか。今となってはホランド中将が何を考えていたのか分からないが、その時フッドは左に舵を切っていた。側面を晒したフッドが再び水柱に囲まれる。今度はその中に発砲とは異なる光が見えた。


「敵先頭艦に命中弾!」


 見張り員が弾んだ声で報告する。フッドは艦の中央と前部に同時に被弾していた。舷側装甲こそそれなりに厚いが、フッドにこの距離からの15インチ、16インチ砲弾を防ぐ力は無い。砲弾は易々と装甲を貫通し艦の奥深くで遅動信管を作動させた。機関に損害を受けたフッドはがっくりと速度を落とし隊伍から脱落していく。


「目標を敵二番艦に変更!」


 フッドが明らかに戦闘力を失ったのを見て、リュッチェンスは攻撃目標を敵二番艦レパルスに変更した。フッドの脱落で不利を悟ったレパルスとレナウンは反転し退避に移っている。


「取り逃がすな!砲撃を集中しろ!」


 リュッチェンスは逃がすまいとレパルスに攻撃を集中させた。その時、戦場に砲撃とは比べ物にならない轟音が鳴り響いた。


「敵先頭艦、爆沈!」


 艦橋内に歓声があがる。それまで炎に包まれてはいたが健在だったフッドの巨体が戦場から消えていた。代わりにフッドがいたはずの場所には巨大な黒煙があがっている。


 フッドに命中した2発の砲弾のうち一つは副砲弾薬庫内で炸裂し大火災を発生させていた。消火活動が激しい炎に遮られて進まない間に炎は主砲弾薬庫へと伸び、主砲弾を誘爆させたのである。


 大爆発を起こしたフッドの巨体は2つに引き裂かれ瞬く間に沈んだのだった。当然ながら生存者は一人もいない。


 逃走しようとしたレパルスも結局は砲撃につかまってしまった。フッドよりさらに薄い装甲しか持たないレパルスは、轟沈こそしなかったもののズタボロになって沈んでいった。レナウンだけは大破こそしたものの這う這うの体で逃げる事に成功する。こうして英海軍は貴重な高速巡洋戦艦を失ってしまった。



 次いでドイツ戦艦部隊は、遅れてやってきたKGV級2隻(キング・ジョージ5世、プリンス・オブ・ウェールズ)とライオン級2隻(ライオン、テメレーア)と戦闘となった。


 ライオン級は、ドイツの海軍拡張への対応を巡って第二次ロンドン条約が決裂し、無条約状態となった事で建造された戦艦である。イギリスは攻撃力が不足気味であったKGV級の建造を2隻で打ち切り、新たにライオン級2隻を建造した。


挿絵(By みてみん)


 ライオン級は16インチ砲9門を持つ強力な戦艦であったが、イギリスはこのライオン級すらも2隻のみとし、更に18インチ砲を搭載した守護聖人級と呼ばれる戦艦4隻を新たに建造中であった。


 守護聖人級は残念ながらこの海戦に間に合わなかったが、最初の2隻は既に進水も終え艤装工事中である。イギリスの守護聖人級、そして各国の18インチ砲戦艦の計画に対抗して。ドイツもより強力なK級戦艦の建造に着手している。



「先頭のライオン級に砲撃を集中せよ」


 リュッチェンスの命令とともに4隻の戦艦は敵の先頭艦ライオンに攻撃を集中した。先ほどの巡洋戦艦との戦闘では攻撃の集中により短時間で敵艦を沈める事ができている。このためリュッチェンスは今回も敵の1隻に攻撃を集中する作戦をとった。


 しかしこれは敵が格下で短時間で戦闘が終了したため通用した戦術であった。攻撃を集中すれば弾着観測も困難になる。先ほどのフッドに対する命中はラッキーヒットの要素が大きかったのだ。それにそもそも老齢の巡洋戦艦とは違い、最新のライオン級は簡単に沈むような艦ではなかった。


 腰を据えた同航戦のため、双方に被弾が続発する。だが共に防御に優れた最新戦艦同士であるため爆沈することはない。戦闘は意外に長く続く事となる。


「しぶといな……」


 予想と異なる展開にリュッチェンスの表情が曇る。集中砲火を浴びるライオンであったが、対18インチ防御まで視野に入れた艦であるため数発の命中弾程度では戦闘能力に些かの陰りも見せない。リュッチェンスは気づいていないが実はドイツ側の砲弾に不発が多かった事も影響している。


 逆にイギリス側は各艦がそれぞれ一隻を相手に戦っていた。このため砲撃が集中する事がなく命中精度はドイツ側より高くなっている。ただ、なにか故障でも起きているのか発砲間隔が妙に長いためドイツ側の被害が抑えられていることが救いだった。


 イギリス戦艦の粘り強さとは対照的に、ドイツ側のビスマルク級は脆さを露呈していた。


「ビスマルク、A砲塔アントンに被弾!」


「ビスマルク、ティルピッツ、ともに現在砲撃可能なのはC砲塔ツェーザルのみ!」


 ビスマルク級も敵の攻撃に耐えてはいる。被弾しても爆沈する事はない。しかし被弾の度に確実に戦闘能力が削られていた。今ではどちらの戦艦も生きている砲塔は一つだけである。これにより4隻の高速戦艦で敵を翻弄し削っていくというリュッチェンスの目論見が崩れていく。



「くそっ!やはり日本人の言う通りだったか……」


 リュッチェンスもビスマルク級の弱さを日本人から指摘された話は聞いていた。しかしそれを実戦の場で証明される立場になるのは堪ったものではない。H級2隻は未だに戦闘能力を保っているがビスマルク級2隻はほとんど戦闘能力を失っている。だが敵はライオン級も含めすべて健在であった。


「遺憾ながら撤退する」


 このままでは不利は否めない。今ならビスマルク級も航行には支障がない。損害も高速巡洋戦艦部隊を失った敵の方が大きいから面目を保てる。


 次は勝てる。キールで艤装の進むK級戦艦の巨大な姿を思い出しながら、リュッチェンスは撤退を決断した。

 H級、ライオン級は強力な戦艦ですが、まだまだ前座です。次話では更に巨大な戦艦達が登場します。

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