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第六話 新型戦艦の真実

『なあ、ところで君たちの国では、敵の砲弾は常に真横か真上からしか来ないものなのかね?』


『は?』


 突然、平賀の話題が変わった事にオーレリッヒは戸惑った。それに構わず平賀は話を続ける。


『射程一杯の大遠距離ならば落下角も垂直に近いだろうが、そんな距離じゃ弾はそうそう当たらんし、そもそも防ぐ手立てもない。普通は2万から3万メートル前後で打ち合うだろう?それならもっと浅い角度だと思うんだが?』


『そ、それは……しかし航空機の爆弾がどのくらいの威力か不明なので……」


『戦艦の第一の相手は戦艦だと思うんだがね私は。なんでもかんでも対応しようと思うと、得てして何も得られんよ。Wer zwei hasen auf einmal jagt bekommt keinen. (二兎追う者は一兎も得ず)君たちの国にもそんな言葉があるだろう?』


『し、しかしそれでも、我が方の装甲配置の方が優秀なのは実戦で証明されています!』


『ユトランド沖で証明されたのが何なのか、何を信じるかは君の自由だがね……』


 そう言って平賀はおもむろに立ち上がると黒板に向かった。チョークを手に何かを書き始める。


『これは当時貴国で最新だった戦艦の装甲配置だ。たしかバイエルン級といったかな?申し訳ないが敗戦国だった貴国の情報は我が国も色々と得ている。さて、この図で間違っていないかね?』


『かなり省略されていますが、概ねその通りです』


 嫌そうな顔でオーレリッヒが渋々と頷く。平賀が描いたのは第一次世界大戦最後のドイツ戦艦バイエルン級の断面図、装甲配置だった。


挿絵(By みてみん)


 舷側装甲は垂直で上部になるほど薄くなっている。上甲板の装甲は申し訳程度の厚さしかなく、水平防御の主体は中甲板が担っていることがよく分かる。水雷防御も石炭庫の防御力を期待して薄い装甲板が垂直に一つあるだけだった。


『さて、航空爆弾などという与太話は置いておいて、3万メートル前後の砲戦距離だと敵弾はこのくらいの角度で落下してくる』


 そう言って平賀はいくつかの矢印を付け加えた。


『これを見れば、実は中甲板に落下する砲弾の多くは、舷側装甲で受け止められる事がわかるだろう?』


挿絵(By みてみん)


 いつの間にか平賀の話は講義のような形になっていた。平賀の言葉に皆が頷く。


『ならば上甲板から下を守りたいなら、敵弾に耐え戦闘力を維持したいのならば、強化すべきは中甲板装甲ではない。舷側装甲の上部と上甲板装甲であるのは自明の理だ。ちなみに赤城の元々の装甲配置はこうなっている』


挿絵(By みてみん)


 平賀はテーブルに広げた図面に空母化で失われた装甲を赤鉛筆で書き加えた。舷側の装甲は外側に傾斜し上部まで同じ厚みを保っている。水平装甲は上甲板が最も厚くなっている。水雷防御も燃料タンクを考慮した複層防御となっている。


 それは誰が見ても、先に平賀が黒板に描いたバイエルン級の装甲配置から遙かに進歩したものだった。


 ここまで明らかにされてしまうと案内役の大佐はもう止める気力も失せていた。「もうどうにでもなーれ♪」と虚脱状態である。


『見てのとおり上甲板が主装甲となっている。そして舷側装甲も上部まで厚くした上に傾斜もつけてある』


『し、しかしこれでは装甲重量や重心が……』


 オーレリッヒが何とか一矢報いようと食い下がる。平賀はため息をついた。


『……あのなあ、さっきも言っただろう?二兎追う者は一兎も得ずと。君たちは何でもかんでも守ろうとするのが悪い癖だ。それで艦全体に装甲を張り過ぎる。だから君たちの艦は重いんだよ』


 平賀の言葉を理解できない様子のオーレリッヒに、平賀ははっきりと回答を教えたやった。


『つまりだ。艦首から艦尾まで全部装甲を施す必要はない。艦中央の大事な部分だけを守ればいいんだ。集中防御という奴だよ』


『集中防御……』


『お前も造船技術者の端くれなら知らんわけなかろう。別に新しい考えでもなんでもない。装甲艦の頃からあったものだ。もっとも最新の戦艦で採用されはじめたのは20年くらい前だが』


 ヴァイタルパートを極力短くし、そこを集中的に装甲するのが集中防御方式である。


『あー念のため言っておくが、これは我が国だけの考えではないぞ。貴国の仮想敵であるイギリスをはじめ、フランスやアメリカも同じ考えだ。どうやら貴国はずいぶんと時代に取り残されているようだな』


 現在運用されている戦艦で最初に集中防御方式を採用したのはアメリカ戦艦ネヴァダと言われているが、そのネヴァダが建造されたのは23年も前のことある。


 その後は日本やイギリスも含め、ドイツを除く列強各国の戦艦は多かれ少なかれ集中防御を採用しているのが実情だった。


 オーレリッヒは、もはや何も言えず下を向いてプルプルと震えるだけだった。だがそれでも平賀は攻撃の手を緩めない。


『そう言えば貴国が建造中の新型戦艦、たしかビスマルクとか言ったか?15インチ8門程度で公称35000トンは妙に重いと思っていたが……あん?もしかしてこの古臭い装甲配置のまま建造したのか?それが本当なら時代遅れも甚だしい。阿呆のやることだぞ』


 平賀が黒板に書いたバイエルン級の装甲配置をこれ見よがしにコツンコツンと叩く。チョークが音を出すたびにオーレリッヒの肩がビクンと震えた。


 ビスマルク級に対する平賀の推測は正鵠を射ていた。新型艦にもかかわらず装甲配置は第一次世界大戦のバイエルン級とほとんど変わっていない。おかげで防御力に比べ排水量だけは大きく、実は4万トンを超えてしまっていた。


挿絵(By みてみん)


『は……ひ……』


『これじゃあ図体が大きいだけのでくの坊だな。イギリスはしきりに貴国の新型戦艦の脅威を説いているようだが、内心ではきっと嘲笑っているに違いなかろうよ』


 完全に自信を打ち砕かれたオーレリッヒはもう声を出すことも出来なかった。


 だが平賀は追撃の手を緩めない。その後も平賀の罵倒は続いた。


 なんで艦橋があんなに巨大なの?なに?他とシルエットを似せて敵を欺瞞する?ほかにもっと大事な事があるだろ!とか。


 まさか石炭時代と同じ水中防御じゃないよね?え?答えられないって。まさか同じ?つまり一層だけ?何考えてんの?とか。


 まさか主砲塔の装甲も上甲板と同じ考えじゃないよね?え?これも答えられない?まさかこっちも薄いの?一番大事な所守らないで、どういうつもり?馬鹿なの?死ぬの?とか。




『閣下、そろそろ許してやっては頂けませんか?』


 ここで初めて、これまで黙っていたヴェネッカー海軍中佐が口を開いた。


『中佐、許すも何も、私は最初から怒ってなどいないが?』


 平賀は純粋にストレスを発散して楽しんでいただけである。怒っているなど誠に心外だと眉をしかめた。


『我が国のものが無礼を働いた事をお詫びします。申し訳ありませんでした』


 とにかくヴェネッカーが頭を下げた。ケーラーとオーレリッヒもそれに続いて頭を下げる。


 こうなっては平賀も矛を収める(遊びをやめる)しかない。仕方なく頷いてドイツ人らの謝罪を受け入れた。


 それを見てずっと胃を押さえていた案内役の大佐が安堵のため息を吐く。だがここでヴェネッカーは意趣返しとばかりに爆弾を放り投げてきた。


『しかし、今回の件で我が国の戦艦設計が世界から大きく遅れている事を理解しました。ご教授ありがとうございます。そこでものは相談なのですが……この艦、赤城の改装前の図面を提供しては頂けないでしょうか?』


「「なに!!」」


 その要求に日本側の出席者が一様にどよめいた。ドイツには赤城の航空艤装部分の図面は無償提供することになっていたが、本来なら船体の方は要目すら明かさない事になっていたのだ。


「別に構わん。今更だろう」


「か、閣下!そんな勝手に……」


 案内役の大佐が悲鳴をあげた。だが平賀はまったく気にする素振りもない。すでに図面は目の前でドイツ人に広げてしまっている。そもそもこんな古い設計なぞ平賀の中では何の価値も無い。


『ぜひ前向きにご検討願いたい』


 ヴェネッカーが案内役の大佐に向かってにこやかに笑う。逆に大佐はふたたび胃を押さえていた。


 この後の日独交渉で、日本はドイツに天城型巡洋戦艦の図面を有償で提供する事となった。その過程で軍令部と艦政本部、そして外務省の人間が多数入院したと伝えられているが、平賀はいつも通り楽し気に怒鳴り散らしていたという。

 ビスマルクの評価については、かの有名な艦砲と装甲、そして艦船研究家大塚氏のお話を参考にさせて頂きました。


 艦砲と装甲:http://kingenchs.web.fc2.com/sonota/NAaBtest.html

 ある巨大戦艦の真実:http://www.warbirds.jp/truth/bismarck.html

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― 新着の感想 ―
ビスマルク級の設計は本当に古いままですからなぁ
[一言] 「そ、それは……しかし航空機の爆弾がどのくらいの威力か不明なので……」 いきなり話に「航空機の爆弾」がでてくるのは?
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