第十一話 勇者の如く倒れよ
「レーダー室より報告、上空に大型機多数!」
それは黙示録の天使ごとく、ドイツ艦隊の破滅を報せる使者だった。
■ドーバー市郊外
ブラックナイト発射基地
先ほどのシルバーバード発射基地とは別の場所に、イギリス空軍はもう一つの特殊兵器基地を造っていた。
「シルバーバード隊、攻撃成功。敵戦艦1隻の離脱を確認したとのことです」
「コンドル隊、配置につきました。ガイドビーム照射開始。正常に発信中」
「中継局、準備完了。コンドル隊からの信号を良好に受信中。いつでも追跡誘導可能」
「ドイツ艦隊は予定地点を通過。優先目標、スケジュールに変更なし。攻撃開始せよとのことです」
指揮所に次々と報告が入る。
「了解した」
頷いた指揮官の大佐が指揮所内を見渡した。全員が大佐に注目する。
「これよりドイツ艦隊への攻撃を開始する。ブラックナイト、1号機より順次発射!」
天幕の外には台枠に支えられた細いタケノコの様な兵器が林立していた。シルバーバードと同様、新しい秘匿名称ルールに従い『ブラックナイト』と命名されたこの兵器は、世界初の地対艦弾道ミサイルであった。
ただし弾道ミサイルとは言っても、単純な固体燃料ロケットであり射程も100キロ程度に過ぎない。シルバーバードと同様にドーバー防衛のためと割り切った性能の兵器であった。主目標を戦艦に限定しているため徹甲仕様の弾頭を備えている。
誘導方式は途中までは直接誘導、突入時は他から放たれる電波の反射を拾うセミアクティブホーミング方式となっている。ドイツ艦隊の上空に現れた大型機(コンドル隊)は、この直接誘導と誘導電波の発信が任務だった。
ちなみにこの兵器は、電波兵器の開発者であり英国惑星間協会会長でもあるアーサー・C・クラークのアイデアを元に開発されている。クラークはこの固体燃料ロケットと複雑なシステム一式を将来の人工衛星打ち上げに使うつもりであった。
大佐の命令後、わずかの時間で合計100発のブラックナイトミサイルが空に駆け上がっていった。
■戦艦フリードリヒ・デア・グローセ
「上空の敵機より電波発信を確認!」
「すぐに妨害しろ!」
「これまで観測されていない周波数とパターンです!妨害できません!」
「ならば撃墜しろ!」
「対空砲、艦対空ミサイルともに射程外です。撃墜できません!」
「……おそらく弾着観測か射撃管制用だろう。ならば敵戦艦と接触するまでは無害だ。今は放っておけ」
打つ手もないためリュッチェンスはその大型機を無視する事にした。とりあえず今のところは実害もない。
「気味の悪い奴らめ……」
リュッチェンスは敵機を見上げ忌々しげに呟く。
上空に現れた合計9機の大型機は、奇妙な電波を発信する以外は何もせず、対空砲の届かない距離でゆっくりと艦隊上空を回っている。
リュッチェンスにはその白い姿が、まるで傷ついた象の死を待つハゲタカの群れの様に見えた。
■ドーバー海峡上空30キロ
地対艦ミサイル ブラックナイト
この高度までブラックナイトを押し上げてきた固体燃料ロケットが燃え尽きた。炎が何度か咳き込みそして完全に消える。ブラックナイトはそのまましばらく惰性で上昇を続け、およそ30キロの最高高度に達した。
制御装置により弾頭部からロケットが切り離される。フェアリングで隠されていた四枚の姿勢制御翼が露わになる。そして分離した弾頭部は先端を地球に向けると重力に引かれて自由落下を始めた。
地上局で中継された誘導機の電波に従って弾頭部は姿勢制御翼を小刻みに動かし、与えられた目標の概略位置に向かって落下していく。
多数の弾頭を同時に制御するためTSS(時分割)方式が採用されていた。誘導機と弾頭部の水晶発振時計は作戦開始前に正確に同期されており誘導機1機あたり最大12基の弾頭が制御可能となっている。
空気抵抗の極めて少ないその形状から速度はみるみるうちに増しマッハ2を超える。そして最終段階では目標からの反射波を自ら掴んで針路を修正し、ほぼ垂直の角度で目標に突入した。
発射された100発のブラックナイトのうち、正常に作動したのは5割ほど、そして目標をとらえたのは更にその3割の15発程に過ぎなかった。だがそれで十分だった。
ブラックナイトは誘導機の電波を明瞭に反射する3隻の戦艦に向けて落下していった。
命中の瞬間、弾頭はその物理エネルギーだけで水平装甲を砕き弾き飛ばした。そして紙でも貫くように艦の奥底まで侵入し、そこで遅動信管を作動させた。
■戦艦フリードリヒ・デア・グローセ
攻撃は突然だった。その攻撃をドイツ艦隊の誰も視認する事は出来なかった。
最初に攻撃を受けたのは隊列の最後尾を航行していたH級戦艦フッテンだった。
フッテンの前部甲板に突然爆発が起こった。更に続けて3度の爆発がフッテンの艦上に起きる。最後に弾薬庫が誘爆したのか一際大きな爆発が起き、フッテンは二つに千切れ沈んでいった。あっという間の出来事だった。
フッテンの轟沈後、次いでK級戦艦プリンツレゲント・ルイトポルトも後を追うように爆発轟沈する。
「なんだ!何が起こっている!」
「敵の攻撃です!」
「そんな事は分かっている!」
リュッチェンスが報告を求める。だが誰も答えられない。
「誘導弾か……まさか完成していたのか……」
「艦長、なにか知っているのか?」
ヴェネッカー艦長の呟きを耳にしたリュッチェンスが尋ねる。
「……おそらく高高度からの誘導弾による爆撃でしょう。上空の敵機は誘導のための電波を発信しているのだと思われます」
「ならば、どうすれば避けられる?」
敵機は対空砲の射程外。電波妨害もできない。誘導弾だから回避運動しても無駄。打つ手はなかった。せめて先ほどの無人機のように戦艦の装甲で耐える事が出来たならば……
「……残念ながら、状況を見るに避ける手段は無いでしょう」
リュッチェンスの質問にヴェネッカー艦長は自分でも驚くほど冷めた声で答えた。
『なあ、ところで君たちの国では、敵の砲弾は常に真横か真上からしか来ないものなのかね?』
ヴェネッカー艦長の脳裏に、9年前に日本で聞いた言葉がよみがえっていた。
確かヒラガとか言う名前だったか。さすがにあの傲慢な日本人も、こんな攻撃は想像もつかんだろう。
逃れようのない死を目前にしながら、ヴェネッカー艦長は今の状況にほんの少しだけ面白味を感じていた。
「こんな馬鹿げた戦いがあってたまるかっ!我々はまだ一発の砲弾も放っておらんのだぞ!」
指揮官席ではリュッチェンスが普段の冷静沈着な姿をかなぐり捨て、狂ったように叫んでいた。
「私は認めん!こんな戦い、私は断じて認めんぞおおお!!!」
直後、フリードリヒ・デア・グローセの艦橋にブラックナイトが命中した。それは一瞬で指揮所を押しつぶし、そして吹き飛ばした。
ブラックナイトは、叫び続けるリュッチェンスも諦念したヴェネッカー艦長もまとめてヴァルハラへと連れ去っていった。
勇者の如く戦おうとしたドイツ戦艦は、愚者のように何もできず、倒れ、消え去ったのだった。
■エピローグ
生き残ったH級戦艦ベルリヒンゲンは、その後ほとんど修理される事なくキール港の防空砲台として使用された後、シュテティンに避難し、そこで終戦を迎える。
戦時賠償艦としてアメリカに引き渡されたベルリヒンゲンは、1946年にビキニ環礁で行われた核実験の標的艦に供された。2度の核爆発に耐えたベルリヒンゲンは日本の長門とともに水上に留まり続け、日独海軍の最後の意地を見せつけた。
ソ連に引き渡された空母リヒトホーフェンは、ノヴォロシースクと命名され黒海艦隊に配備された。ドイツ海軍時代には特に問題の無かった三段飛行甲板であったが、やはりドイツ以外で運用するには無理があったらしく、すぐに1段全通甲板に改装されている。
大戦では戦力とみなされなかった潜水艦は、戦後あらためて価値が見いだされ現在では逆に海軍の主力の地位を占めるまでになっている。航空機も対空兵器の射程外から攻撃する手段を手に入れ、再び有力な戦力となっていた。
戦艦が戦艦として戦えた時代は、偶然が重なった結果生み出された、ほんの一瞬の泡沫の様なものであった。
巨大戦艦同士の大砲撃戦を期待されていた方には申し訳ありません。
ドイツ海軍は名実ともに欧州最強の戦艦を手に入れましたが、技術の急速な進歩とイギリスの誇る変態作家二人のせいで最後はまともに戦う事すらさせてもらえませんでした。
シルバーバードは旧ソ連のP-15テルミート、ブラックナイトはアメリカのMGM-29サージェントミサイルがモデルです。陰山琢磨氏の「蒼空の光芒」へのオマージュとなっております。
以上で完結となります。最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。




