第十話 宴の始末
■ドーバー市郊外
シルバーバード発射基地
敷地には海に向けて数十条のレールが並べられいた。その上に小さな航空機が載せられている。
それは奇妙な航空機だった。主翼は三角形でお飾り程度の大きさしかない。胴体にはコックピットもプロペラもついていない。
しかもレールの上だけではない。更に100を超える機体が背後に並べられていた。
「ドイツ艦隊は予定地点を通過。計画に変更なし。攻撃開始せよとのことです」
指揮所の天幕で無線通信を終えた兵が報告する。待ち望んでいた命令に指揮官の大佐は大きく頷いた。
「これよりドイツ艦隊を攻撃する。全機エンジン始動!」
命令が伝達され小型機に取りついた兵がエンジンを始動していく。バスンという爆発音とともに全機が断続的な音を奏で始めた。
レール上の小型機、それは世界初の地対艦ミサイル『シルバーバード』であった。今年から始まった新しい秘匿名称ルールに従い、色にちなんだ名称がつけられている。
開発の切っ掛けはドイツのV-1飛行爆弾だった。これは速度が遅くレーダーによる迎撃体制も整っていたためすぐに無力化されてしまったが、これに目を付けた兵器開発者ネヴィル・シュートが対艦兵器としての可能性を思いついた。
対空兵器の進歩により航空機による対艦攻撃は自殺行為と同義になっていたが、無人機ならば落とされても痛くも痒くもない。それに低空を高速で飛べば敵の対空防御を突破できる可能性が高まる。
ネヴィルの案は採用され、発射時はパルスジェット、突入時はロケットで加速するミサイルが開発された。射程は80キロに過ぎないが、ドーバーを防衛するだけなら事足りる。
弾頭重量は500キロもある。戦艦の装甲は貫通できないが、巡洋艦以下に対しては致命的な損害を与える事ができる。そのようにイギリス空軍は期待していた。
「全機、エンジン始動しました。問題ありません」
「1号機より順次発射!」
大佐の命令とともに、端のレールからシルバーバードが順に発射されていく。すべてのレールが空になると、すぐに次の機体が置かれエンジンが始動される。イギリス空軍はこの種の兵器につきものの信頼性の低さを膨大な数を発射する事で補おうとしていた。
発射されたシルバーバードは、行程の前半を両翼下のパルスジェットで飛行する。電波高度計で正確に高度を測定しながら地面を這うように飛ぶため、攻撃に先立ち射線上にある建造物や森はあらかじ撤去されていた。
海岸を越えた辺りでタイマーが作動しパルスジェットが切り離される。同時に胴体の固体ロケットモーターが点火され機体が一気に加速する。機首に備えられたレーダーが目標を探し始める。
最初期のアクティブホーミングであるため、シルバーバードは単純に最もレーダー反射の大きな物体に向かっていくように設定されていた。おそらく艦隊外縁の艦に目標が集中してしまうだろうがイギリス空軍は気にしていない。ドーバーを抜ける前に少しでも敵戦力を削れればいい。その程度に考えていた。
発射後、正常に作動したのは6割ほど、更に目標を見つけ突入を開始できたはその半数に過ぎなかった。それでも最終的に発射された200発のうち、およそ60発のシルバーバードがマッハ0.9もの速度でドイツ艦隊に突入していった。
■戦艦フリードリヒ・デア・グローセ
その攻撃にドイツ側が気づいたのはシルバーバードが艦隊に突入する直前だった。高度が低く陸側から飛来したためレーダーによる発見が遅れてしまったのである。もっとも早期に発見していた所で結果は何も変わらなかっただろう。
「陸上から多数の敵機が高速で接近中!」
「対空戦闘開始!」
見張り員の叫びにリュッチェンスは即座に反応した。すぐに激しい対空砲火の音が聞こえはじめる。空に高射砲弾の炸裂する黒い花が開く。
「なぜもっと早く見つけられなかった!レーダーは何をしていた!」
リュッチェンスは対空捜索レーダー担当士官を叱責した。
「申し訳ありません。敵機は陸側から低空を高速で接近してきました。そういった場合、かなり近距離でないとレーダーでは検知が……」
「提督、本艦の対空砲は万全です。問題なく撃ち落とせるでしょう」
参謀の一人が安心させるように言った。だがすぐに事態は急変する。
「敵機の速度が速すぎます!対空砲火が当たりません!」
対空射撃を指揮する士官から悲鳴のような報告があがった。
射撃管制システムは当然ながら想定される敵機の性能にあわせて設計されている。この当時、時速1000キロを超えるような高速の航空機など存在しない。レーダーで管制され砲弾が近接信管を備えていても、敵機の速度が設計範囲を超えていては意味がない。
高射砲弾はすべて敵機の後方で炸裂し、まったく効果がなかった。最後の頼みの綱であるレーダー連動の自動機関砲も同様に追従できず、そもそも敵機の速度が速すぎて対処時間がなかった。
そしてなんの有効な迎撃も出来ないうちに、艦隊に最初の被害が出た。
「て、敵機が体当たりをしました!」
「なんだと!馬鹿な!」
最初に被弾したのは艦隊の最も英国寄りを航行していた駆逐艦Z36だった。この大柄な駆逐艦に狙いを定めていた2発のシルバーバードは、最もレーダー反射の大きい艦橋付近に立て続けに命中した。
500キロのHE弾頭が爆発し、さらに燃え残った固体燃料が追い打ちをかける。艦中央部に大穴が空き大火災を起こしたZ36は、ずぶずぶと海峡に沈んでいった。
リュッチェンスが何も出来ないうちに、同様な光景が艦隊各所で立て続けに発生した。そして最も大きなレーダー反射面積を持つ戦艦にも多数のシルバーバードが殺到した。
「まさか体当たり攻撃とはな……」
「おそらくは無人機の類でしょう。我が軍のV-1に似たようなものかもしれません……」
ヴェネッカー艦長の言葉にリュッチェンスは力なく頷いた。嵐のような敵の攻撃は、こちらが気づく間もなく始まり、何も対処出来ぬまま、あっという間に終わっていた。
この一連の攻撃で、ドイツ艦隊は一瞬で6隻もの駆逐艦を失っていた。さらに3隻の巡洋艦と2隻の駆逐艦も大破している。恐ろしい事に敵の新兵器は巡洋艦以下だと一発でも致命傷となりえる威力を持っていた。
「ベルリヒンゲンは運が悪かったな」
リュッチェンスは損害報告をもう一度眺めてため息をついた。
新兵器は強力ではあったが、幸い戦艦の分厚い舷側装甲を貫くことは出来なかった。多数が命中し派手な爆発が起こった割にフリードリヒ・デア・グローセには大した被害は出ていない。僚艦のプリンツレゲント・ルイトポルトとフッテンも同様だった。
しかしH級戦艦ベルリヒンゲンだけは運が悪かった。
ベルリヒンゲンは舷側だけでなく煙突と艦橋にも命中弾を食らってしまったのである。どちらも飛行高度がたまたま高めに設定されていた事が原因だった。これによりベルリヒンゲンは艦橋要員を失い機関にも損傷を受けてしまった。
この先のことを考えると貴重な戦艦戦力であったが指揮もとれず速度も出ないのであれば仕方がない。リュッチェンスは他の損傷艦とともに帰投を命じていた。
「提督、ベルリヒンゲンは残念でしたが沈んではいません。それに本艦を含む戦艦3隻は無傷です」
「……そうだな。まだ艦隊も半数以上が無事だ。まだやれるはずだ」
ヴェネッカー艦長の言葉を受け、リュッチェンスは自分を奮い立たせるように答えた。それに、そもそもこんなものは戦いと認められない。こちらはまだ一発も砲弾を放っていないのだ。
だが、イギリスの攻撃はシルバーバードだけに留まらなかった。繰り返すが、時代は既に変わっていたのである。
「レーダー室より報告、上空に大型機多数!」
そして追い打ちをかけるかのように、ふたたび不吉な報告が入った。




