第一話 第二次ユトランド沖海戦(1)
■1941年5月
北海 ユトランド半島沖
今から25年前、ドイツが苦杯を舐めたあのユトランド沖海戦の時と同じように、この海域に英独の大艦隊が集結していた。
ドイツは対ソ連を前にイギリスの大陸侵攻能力を失わせるためイギリス本国艦隊の撃破を決意していた。一方のイギリスもドイツの本土進攻を恐れるあまりドイツ洋上戦力の撃滅を目論んでいる。
つまりは双方ともに明確に戦う意思を有していた訳である。再び大海戦が生起したのは必然であった。
前回の戦いでは性能が未熟だったレーダーも現在では恐ろしいほどに進化を遂げ、それを両軍の全艦が備えている。更に少数ながら空母を伴っているため索敵にも余念がない。
このため両軍は相思相愛の恋人たちのように過たず洋上で会敵を果たしていた。
ドイツはこの海戦に最新の戦艦4隻(ビスマルク、ティルピッツ、H級ウルリッヒ・フォン・フッテン、ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン)を投入している。
対するイギリスもR級5隻、ネルソン級2隻、巡洋戦艦3隻に加え、新型戦艦4隻(KGV、デューク・オブ・ヨーク、ライオン級ライオン、テメレーア)を投入していた。
見ての通り戦力は圧倒的にイギリス艦隊の方が上である。だがドイツ艦隊司令官ギュンター・リュッチェンス大将には勝算があった。
「目論見どおりですね、提督」
「そのようだな。敵が阿呆で助かったよ。それよりも私はネルソン提督に感謝すべきかな?」
副官の言葉にリュッチェンスは珍しく笑顔で応じる。
イギリスの戦艦部隊はせっかく用意した大戦力を集中出来ていなかった。最初こそは整然とまとまっていたのだが今では3つのグループに分かれ離れてしまっている。
R級とネルソン級は足が遅いため遥かかなたに置き去りにされていた。おそらくこの海戦には参加できないだろう。KGV級と恐るべきライオン級は一緒に戦隊を組んでいるが、こちらも速度の差から巡洋戦艦部隊と離れてしまっている。
偶然ではない。ドイツ側の方が全体的に足が速いからだった。その速度差を利用して、こうなるようにリュッチェンスが巧みに艦隊を機動させイギリス艦隊を引きずり回した結果だった。
イギリス海軍としてはネルソン提督から続く伝統の『見敵必戦』そのままの行動なのだろうが、それが当のネルソンをはじめ戦力の終結を妨げるという、イギリス艦隊にとっては誠に皮肉な状況となっていた。
その戦艦部隊の戦いは今まさに始まろうとしていた所だが、先行する中小型艦や航空機の方では既に戦闘の火蓋が切られている。
「ホフマン少将の方も順調のようです。今のところ大きな損害もなく敵艦隊を拘束しています」
「小型戦艦と装甲艦の全てを与えたのだ。当然の結果だろう」
作戦がすべて思い通りに進んでいる事にリュッチェンスは満足げにうなずく。
当然ながら巡洋艦や駆逐艦もイギリスの方はるかに数が多い。このためリュッチェンスはクルト・ツェーザー・ホフマン少将の率いる軽快部隊にシャルンホルスト・グナイゼナウの小型戦艦とアドミラル・グラーフ・シュペー以下の装甲艦すべてを与えていた。
これらの艦は戦艦同士の戦いでは役に立たないだろうという判断だったが、巡洋艦や駆逐艦が相手ならば恐るべき戦力となる。そして目論見通りにホフマン少将は隻数差を覆して互角以上に戦いを進めているとのことだった。
艦隊上空では互いの戦闘機が激しい空戦を繰り広げている。その間隙を縫って爆弾や魚雷を抱えた攻撃機が飛び去って行く。
空母部隊は互いの空母を優先攻撃目標としているため敵機が戦艦に向かってくることはない。仮に来たところで自動対空砲の餌食になるのが関の山である。そもそも空母部隊には両軍とも索敵と落穂拾いの役割しか期待していない。
つまり、これから始まる戦艦同士の戦いを邪魔する不届き者は居ないということだ。
「楽しい宴になりそうだな」
リュッチェンスの頬が自然と緩む。
なぜドイツやイギリスががこれほどまでに巨大戦艦を建造しているのか、どうしてレーダーが進化し普及しているのか。
それは全て、今から34年前に起きた、ある豪華客船の悲劇に端を発していた。
次話よりレーダーやソナー発達の切っ掛けとなった海難事故とその影響をおおくりします。