「物語の登場人物」は、いかにして「ヒロイン候補」に躍り出るか
皆さまこんにちは。
普段はハイファンタジージャンルで活動しています、佐賀崎しげると申します。
今回は、自分で書いていても時々ぶつかる壁「ヒロイン」について、まあ個人的な所見をつらつらと述べていこうかなあという次第であります。
ヒロイン。いいですよね。いい響きです。
漫画、映画、小説、その他どんな娯楽媒体でも、主人公が居れば自ずと発生するであろうヒロイン。バトルから純愛、ラブコメ、ハーレムに至るまでジャンルを問わず、ほぼ日常的にかつ無意識的に目にすることが多いファクターだと思います。
さて、まず初めに。
私自身、物書きではあるのですが、実のところ「ヒロイン」を描くのは少々苦手であります。
それは自分が考えるヒロイン像を小説に上手くアサイン出来ない、という事実がまずもってあるにはあるのですが。
じゃあ何故自分がヒロインを描くのが苦手なのか、という理由と根拠を考えてみたときに、これはもしかして同じ悩みを持っている人もいるんじゃないかなと思った次第です。
タイトルにもあります通り、主人公から見たときに「異性の登場人物」が、いかにして「ヒロイン候補」に躍り出るのか。
そういったものをとかく記号的に、論理的に考えたときに、書き手としてはまあ結構意識的にこれをやらないといかんのではないか、という部分。
そして、だからこそ自分はヒロインを書くのが苦手なんだなあという部分を書き記してみたいと思います。
さて、登場人物がヒロインに格上げされる瞬間とは。
これ、端的かつ具体的に説明できる人、いるんでしょうか。ぱっと出てくる人は凄いと思います。私は結構最近まで悩んでました。
漫画や小説を読んでいると、自然と「ああ、この子がヒロインなんだな」とか「ああ、この子は名前はあるけどヒロインレースには参加してないな」とか感じること、あるじゃないですか。
あの原理はどこにあるのか。
私が思うに、それは「主人公がその登場人物を異性として意識した瞬間」だと思っています。
どれだけ色仕掛けをしても、どれだけ主人公を想っていても、どれだけ言葉と行動で示したとしても。
主人公が意識のベクトルを向けない限り、その登場人物は異性の友人または知人でしかなく、ヒロイン足り得ない、というのが私の至った考えでした。
現実恋愛でも異世界恋愛でもそれは変わらないと思っています。
ふとした拍子に見せる女性的な所作、雰囲気。
ヒロインの言動により心動かされる主人公。
有体に言えば、トキメキというやつです。
これを主人公が持たない限り、物語のヒロインにはなれない。
逆を言えば、主人公の視点で登場人物にそういう感情を持たせないと、その子をヒロインとして立たせるのが難しい。
特に小説という媒体は、漫画や映画と違って絵がありません。挿絵なんかはありますが、あくまでワンシーンのイメージです。
なので、文章でその心の機微を描いていかなきゃいけない。それも、ときめく方向にです。
恋愛漫画や小説では、その「心の機微」がいかにして描かれているか、が主点になっていると思うんですね。
勿論、バトル漫画にもあると思います。
ともに戦っている異性の戦友に対する気持ち、感情。これが「いいやつだな」とか「頼れる相棒だ」とかになっている間は、中々ヒロインにはなりにくい。
どこかで「可愛いな」とか「一緒に居たくなる」みたいな、甘酸っぱい感情が必要になってくるんです。
人気を得ている漫画や小説は、この描写が上手い。
主人公が「気付き」を得て、その気付きが「愛情」になるまでの過程といいますか、ストーリーといいますか。中にはこれが最初からカンストしているものもありますが、そういうのは大体ラブコメだったりハーレムだったりに多い印象ですね。
で、自分が何故こういうのが苦手なのかなあと考えると。
私の小説、主人公が大体枯れたおじさんなんですね。周囲の異性に対して、トキメキを得にくいんです。
あ、見るのは好きですよ。あくまで自分が書くとしたらという話です。
異性に対するドキドキ、ワクワク、ソワソワ。そういうシーンを見るのは好きなんですけど、書くのはどうにも苦手で。
話が逸れました。
これは恋愛の動機付け、とでも言うべきでしょうか。
そこが上手くハマらないと、「なんでこいつはこいつに惚れてるんだ」とか「えっ、この子ヒロインなの」とか、読者と作者の間で乖離が出てくるんだと思います。
仮に男性が主人公の物語があったとして。
ただ名有りのネームドで出てきただけの女性が、すべからくヒロイン候補になるでしょうか。
多分ならないと思います。
主人公が一目その人物と会った時に「綺麗だ」とか「可愛い」とか言い始めたらスタートラインです。これは分かりやすい例ですけれども。
で、そこからその女性を日常で意識し始めたりしたらもう立派なヒロインです。可愛いだけじゃ庇護欲もあり得ますからね。いやこれは私が書く物語の主人公がおじさんだからですが。
で、複数の女性が出てくるパターンの物語だと、誰が一番メインヒロインなのか、その次は、みたいな話が出てきたりします。
俗に言う「ヒロインレース」というやつです。
ヒロインレース、いいですよね。心が滾ります。
いったい誰が主人公のハートを射止めるのか。ワクワクしながら読んでいた小説や漫画も皆さんあることでしょう。私もあります。
たまにお気に入りの子が物語の途中で亡くなったりパーティを離脱したり、事実上ヒロインレースから脱落することもあります。私は泣きます。
ルシオラ……なんで死んでしもうたんや……。
すみません。またちょっと話が逸れました。
でもこれ、見方を変えれば「主人公が誰にどのくらいトキメくのか」の話なんですよね。
まあ、そのトキメキのシーンをどう描くかが作者の腕の見せどころではあるのですが。
まとめますと。
異性の登場人物がヒロインになる瞬間≒主人公がその異性にときめく瞬間。
そしてそこから、主人公の心の機微を描いていくことでヒロインとの心理的距離が縮まっていく。
まあ文字にしてみると何をあたり前なことをって感じですね。ただ、これちゃんと意識しないと、特にラブストーリーの場合は話がとっちらかるんじゃないかと思うんです。
魅力的なヒロインというのは当然ですが、主人公から見て魅力的でないといけません。ただ格好がえっちいからとか、スタイルがいいからなどの理由ははあくまで読者視点であって、主人公の視点ではないんですね。そうしたいならちゃんとそう思いました、というシーンを書かなきゃいけない。
だから私にはラブコメディや純愛ものは書けないんだなあと、改めて思った次第であります。
主人公の恋愛的な心情って、私にとっては物凄く書きづらい。こっぱずかしいという理由もあるにはあるのですけれども。
そんなわけで、そういう気付きを得たのが割と最近なものでして。今回こうやって備忘録的に書き連ねておこう、と思い至ったわけです。
魅力的なヒロインは、主人公から見てちゃんと魅力的である。
当たり前のようですが、中々難しいことです。私は作者であっても物語の主人公ではないですからね。
皆さんも是非、お気に入りの漫画や小説の主人公とヒロインを思い返してみてください。多分、そういう描写、ちゃんとあると思います。意識的に見ないと、ついつい流してしまいがちですが。
ということで。
この一文が皆さまにとって大体五分ほどの、良い暇潰しになればいいなという祈りを一言申し添えて、今回のお話はここまでといたします。
それではまた、どこかで。




