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【短編版】追放された伯爵公子は、超文明の宇宙要塞を手に入れました。

「お目覚めですか?」


 その声で、セツトは目を覚ました。


「ん……?」


 心地よい眠気がまだセツトの全身を包んでいる。


「旦那様、セツト様が目を覚ましました!」


 ベッドの傍らにいたメイドが、誰かを呼んでいる。セツトの頭はまだ大半が眠りの中にあった。


「起きたか!!」


 中年男性の渋い声がして、誰かがベッドのそばまで駆け寄ってくる気配がした。


「セツト、分かるか。父だぞ。」

「あ……うん……。」


 少しずつ頭がさえてきて、周囲の状況が認識され始めた。

 駆け寄ってきた男はセツトの父、ハグラル=ドラグ=ヴァイエル。ヴァイエル伯爵家の当主だ。


「僕は……。」


 いつの間に寝ていたのだろうか。まだ記憶が整理されてこない。


「よかった。もう起きないかと思ったぞ。」


 父の顔は優しかった。セツトを気遣ってくれているのだ。


「何があったの?」

「お前は、接続結晶の移植を受けてから3日寝続けていたのだ。大丈夫か?」

(あぁ、そうだった。)


 接続結晶。人間と機械を接続するために移植されるクリスタルだ。14歳になったセツトは、伯爵家の跡継ぎとして、接続結晶を埋め込む手術を受けたのだ。

 セツトは左手の甲を見た。

 そこに、深い蒼色をした丸い結晶がついていた。接続結晶だ。接続結晶は、非常に高価なものだが、セツトに移植されたのはその中でもかなり純度が高い高価な結晶だった。領土と帝国を防衛する貴族の子弟にふさわしいものである。


「大丈夫、少し眠いけど、体の調子は悪くないよ。」

「そうか、よかった。起きれるか?」

「うん。」


 セツトは体を起こした。3日寝続けていたにしてはどこも痛くないし、不潔な感じもしない。メイドたちが世話をしてくれていたのだろう。


「本当に良かった。身だしなみを整えて食事を取ったら、格納庫まで来なさい。ドラグーンに乗せてあげよう。」

「はい、父上。」


 セツトは14歳の誕生日を心待ちにしていたのだ。14歳になれば接続結晶をもらえて、ドラグーンに乗ることができるようになる。

 ドラグーンは、接続結晶によって操縦者とつながることで高い性能を発揮する宇宙戦闘機だ。貴族はすべて、ドラグーンに乗って帝国のために戦う義務がある。ヴァイエル伯爵家の長男で嫡子であるセツトは、いずれ伯爵家を継ぐことになるはずだった


 セツトはメイドに手伝われて服を着替え、髪を整えた。

 食堂に行って一人でパンと卵焼きの簡単な食事をした後、セツトは格納庫へと足を運んだ。

 ヴァイエル伯爵家のドラグーン<ディア=ヴァイド>は、全長100メートルある、流線型をした美しい機体だ。セツトは先祖代々受け継がれているこのドラグーンがとても好きだった。

 搭乗口から中に入り、機体内の通路を通って操縦室へと向かった。

 操縦室では父と執事が待っていた。執事は操作盤を操作していて、いつでも接続ができるように整えてくれていた。正面のスクリーンに『接続準備完了』と表示されている。


「さぁ、セツト。座りなさい。」


 父が操縦席を指し示した。接続結晶を移植する前には決して座らせてもらえなかった場所だ。

 セツトは胸躍らせながらそこに座った。長年の夢が叶ったような気がした。操縦席の正面に設置された機械には、機体側の接続結晶がある。

 セツトはそこに自身の左手の接続結晶を触れさせた。


「接続。」


 音声で命じる。機体側の接続結晶が一瞬光を放ち、消えた。スクリーンも『接続準備完了』のままだ。


「……。」


 おかしい。本来であれば機体側の結晶はずっと光ったままで、それで『接続完了』となるはずだ。


「接続。」


 もう一度試みる。

 結果は変わらなかった。


「な、なんで……?」

「故障か?」


 父がいぶかしんで、自分の接続結晶を触れさせた。


「接続。」


 機体側の結晶が光り、『接続完了』となった。


「……。」


 セツトは言葉を発することができなかった。何が起こっているのか、理解できなかったのだ。


「セツト、気にするな。きっと起きたばかりで調子が良くないのだろう。さ、部屋に戻ろう。」


 セツトは父に促され、部屋に戻った。

 しばらくして、父は結晶技師を連れてきた。結晶に異常がないか調べるためだ。

 しかし技師が何度検査しても、結晶は正常で、ドラグーンとの接続もできなかった。

 思いつく限りの検査をし、様々な方法を試した。


 一週間後、結論が出た。

 原因不明の接続不能、である。

 技師は、結晶ではなく公子様の側の問題では、というのが最後に言い残した。


 セツトは部屋から出ることができなくなっていた。

 出てこないように、と誰かに言われたわけでも、出れないようにされたわけでもない。部屋から出たくなかったのだ。

 誰とも、メイドとも会いたくなかったから、食事は部屋に運んで貰い、たらいの水で体を拭って身を清めていた。


 どうすればいいのだろうか。

 ドラグーンに乗れない者がこのまま伯爵家を継げるだろうか。頭のいい父のことだ、もしかしたらうまく抜け道を見つけて、ドラグーンを扱えるようにしてくれるかもしれない。

 考えればきりがなかった。

 そうして2週間ほど部屋にこもっていると、メイドが部屋をノックしてきた。食事時ではない。


「セツト様、書斎で旦那様がおよびです。」


 父がセツトを呼ぶのはこの2週間ではじめてのことだった。


「わかった。」


 父に呼ばれては、いやだとも言っていられない。セツトは部屋から出て、父の部屋に向かった。

 途中で、いとこのベルクフッドに出会った。ベルクフッドはサーラウッド男爵家の次男だ。セツトとはあまり仲がいいわけではない。


「やぁ。」


 セツトが挨拶をすると、ベルクフッドも手を上げて挨拶を返してきた。笑顔を浮かべているが、少しいやな感じの笑顔だった。

 それ以上何を話すでもない。セツトはベルクフッドとすれ違って父の書斎についた。

 父は書斎の中に設けられた応接用のソファーでセツトを待っていた。


「父上、お呼びでしょうか。」

「うん。座りなさい。」


 セツトが座ると、執事がセツトの目の前に茶を差し出した。


「部屋から出てこないから、心配したぞ、大丈夫か?」

「うん……。」


 セツトは、父の手前、そう答えた。緊張する。セツトは目の前のお茶に手を伸ばして飲んだ。香りが心を落ち着かせてくれるようだった。


「今回のことは父も驚いてしまった。お前も心配だろうと思うが、気にするな。」


 父の声は優しい。

 セツトは父の気持ちがうれしくて、茶をもう一口すすった。


「それで、今後のことについて考えてみたんだが、やはり、これしかないと思ってね。」


 父の顔が真剣になった。


「なんでしょう。」


「セツト、お前は、接続結晶の移植手術後、体調を崩して病で死んだことになった。」

「え……?」

「そこで当伯爵家は、サーラウッド男爵家の次男ベルクフッドを養子とすることにした。」

「父上、それはどういう……。」

「許してくれとは言わん。ドラグーンに接続できない者は、貴族になることはできないのだ。」


 セツトは崖から突き落とされたような思いだった。


「お前は今日のうちにでも、この軌道城館から出てもらわなければならない。いいね。」

「そんな、父う―――え―――」


 セツトの視界がぐらりとゆがんだ。体に力が入らない。セツトは一瞬の間に意識を失った。


「……すまない。」


 ハグラルは、小さく呟いた。ハグラルは速やかにことを運ぶために茶に薬を混ぜたのだった。




 セツトが目が覚ますと、そこは小さな航宙艇の居住区だった。

 定員4名ほどの小さな船で、セツトのほかには誰もいなかった。操縦できないか試してみたが、やはり接続不能で、セツトには航宙艇の行き先をどうすることもできない。


 食料は、10日分積まれていた。

 コンピューターを操作して、航宙艇の行き先を調べてみると、目的地は設定されていなかった。


「え。ただ宇宙をまっすぐ飛んでるだけ?」


 進行方向には何もない。ただの暗黒。惑星も、人口構造物も、ない。

 セツトの顔から血の気が引いた。

 これでは、死ねと言われているのに等しい。いや、言われているのだ。『ドラグーンに接続できない出来損ないは死ね』と。

 呆然とするほかなかった。

 少しの間スクリーンに映し出された外部映像の星々を眺めていると、お腹が鳴って、ようやくセツトは動き始めた。

 保存庫に入っていたパンを食べると、考える力が戻ってきた。


「ひとまず、だ。できることをやろう。」


 航宙艇には必ずSOSの発信器がある。近くにいる船に届けば、助けてもらえる可能性がある。セツトはまずSOSを発信した。

 次に食料だ。助けが来ても、セツトが死んでしまった後では意味がない。できる限りながく持たせるために、10日分を細かく分け、30日分にした。

 水は、航宙艇内の再利用システムを使えば大丈夫だ。

 航宙艇のエネルギーも、加速しているわけではないから、十分に持ちそうだった。


 あとは、待つことだけだった。

 ぼーっと星を眺めて、10日が過ぎた。

 助けはない。

 その後の10日は、外部映像を見ることをやめた。

 食べるものが少なく、空腹感がずっとある。毎度の食事で残っている食料をお腹いっぱい食べたい誘惑に駆られるが、セツトは必死で耐えた。


 助けはない。


 通信すら、ない。


 セツトは半分諦めていた。このまま食糧が尽きて、飢えて死ぬのだ。


 30日目、最後の食料を食べた。

 助けが来る気配もない。セツトは残りの半分も諦めかけていた。

 そこに。

 通信が入った。


『あー、聞こえる? そこの救難信号(メーデー)出してる航宙艇さん?』


 女の声だった。セツトはコンピューターに飛びついた。


「聞こえます!」

『あっちゃあ。生きてたよ……。どうする? ……うん……うん。だよねぇー』


 女が通信の向こう側で誰かと相談しているようだった。


『オーケー、そちらさん。先に聞いておくけど、私たちが助けていいのね?』

「お願いします。」


 セツトにはもう食料もない。


『わかったわ。何人残ってる?』

「僕1人です。」

『そうかい、坊やよく頑張ったね。エアロックの外部施錠開けられるかい?』

「できます。」

『あと10分くらいでそっち行くから、開けといてちょうだい。あと、宇宙服は?』

「あります。着れます。」

『分かった、じゃあまた後で。生きててくれてうれしいよ。』


 通信が切れて、セツトは倒れるように座席に座り込んだ。


(助かった……。)


 生きててくれてうれしいよ、と言う言葉にセツトは涙を浮かべてしまった。まだ生きていていいのだ、と思った。

 泣いている場合じゃない。早く宇宙服を着ないと。

 セツトは非常用に備え付けられている宇宙服を着に、操縦席を出た。


 10分後、本当に助けが来た。

 航宙艇に2人の人間が入ってきたのだ。1人は女で、1人は男だった。

 女の方は、20歳前後くらいの快活そうな若い赤毛の女だ。男の方は、60くらいのひげのおじさん。

 親子以上に年の離れている不思議な組み合わせだった。


「時間ないから、ぱぱっと行きたいんだけど、何か持って行く荷物は?」


 女が聞いてきた。


「ないよ。」


 セツトが答えると、2人は顔を見合わせた。


「着替えくらい持ってきなさいよ。」

「あ、うん。そうだった。」


 セツトはそのことを忘れていた。セツトは急いで居住区に戻って、着替えをまとめ、鞄に詰め込んだ。

 セツトは2人に連れられて、航宙艇から出た。セツトはおっさんの方に背中から抱えられて運ばれた。

 ここまで乗ってきた航宙艇を外から見て、ようやくそれが伯爵家の使用人がたまに使っていたタイプの航宙艇であることに気づいた。伯爵家の物と分かる印はどこにもない。


(さようなら、僕の棺桶。)


 セツトは航宙艇に最後の挨拶をした。向かう先に視線を向けると、大きな船があった。宇宙空間で大きさの比較は難しいが、航宙艇の数倍はあるだろう。

 3人は、宇宙服のスラスターを吹かせて、その船のエアロックから中に入った。

 外側の隔壁が閉められ、空気圧がかかり、1気圧になったところでセツトはヘルメットを外した。

 セツトをここに連れてきた二人はさっさと宇宙服を脱ぎ始めている。二人は半袖のシャツにズボンという、動きやすそうな格好だった。

 セツトも急いで宇宙服を脱いだ。


「その手、接続結晶?」


 女がセツトの左手に気づいた。


「え、あ、うん……。」


 セツトはとっさに左手を隠した。


「ぱっと見、貴族様用の最高級品よね、今の。」


 どういうこと、と目線が尋ねている。

 セツトは答えに窮した。


「ま、いいわ。」


 女は、セツトが答えにくそうにしているをみてぱっと笑顔に変え、船内への扉を指さした。


「詳しい話はブリッジで聞きましょ。」


 そう言って船内に入っていく。セツトは後を追った。そのあとをおっさんがついてくる。


「ダルドフ、この子に温かい物用意してやって。」

「へいお頭。」


 男が別の通路に入っていった。


(お頭?)


 セツトには創作の中でしか聞いたことのないワードだ。そうしたものでは、お頭と呼ばれるのは大抵、悪い奴のトップであることが多い。


(宇宙海賊……?)


 ニュースで聞いたことがあった。


「あ、その顔もしかして今気づいた?」


 女はあっけらかんとしている。


「この船、宇宙海賊なの。だから最初に聞いたでしょ、助けていいのって。」

「あれってそういう意味だったの。」


 セツトはすこしまずいかもしれない、と思っていた。


「そういう意味よ、貴族の子弟さま。あ、私はここで頭やってるキティシアって(もん)よ。キティって呼んでね。」

「……残念だけど僕に人質の価値はないよ。」

「そうなの?」

「そうだよ。」


 セツトはすでに公式には死んだことになっているはずだ。死人に人質の価値はない。


「ふぅん。」


 キティは不思議そうにしながら、正面に現れた『この先ブリッジ 飲んだら入るな』と書かれた扉を開けた。

 宇宙船のブリッジは、50平米くらいのこじんまりとしたもので、8人ほどの男が様々な操作盤の前に座っている。手の空いていた半分の男がちら、とセツトの方を見た。

 ブリッジの中央に二人がけくらいの豪奢なソファーが置かれていた。ひどく場違いだが、場所的には船長席である。

 キティは迷わずそのソファーに腰掛け、足を組んだ。


「君も、ここ来なよ。」

「は、はい……。」


 セツトは恐る恐るソファーに近づいた。


「座って。」


 キティがぽんと自分の隣をたたいた。


「失礼します……。」


 セツトは、女性のすぐ隣に座るという、これまでなかった体験に緊張した。しかもその女性は、宇宙海賊のお頭なのだ。どうなってしまうのか不安もある。


「取って食ったりしないから、安心してよ。それで、どうしたの?」


 どうしたの、とは、SOSに至った経緯のことだ。


(隠しても仕方ない。話してしまおう。)

「僕は、失敗作なんです。」


 セツトは、これまでの経緯をかいつまんで話した。

 ヴァイエル伯爵家の長男であること、接続結晶の移植を受けたが、ドラグーンに接続できなかったこと、軌道城館を追い出されたこと。

 キティは最初のうちこそ『伯爵家! 当たりだねこれは!』という顔をしていたが、話が進むにつれ、やるせない顔になった。


「そういうわけで、僕はSOSを出して、宇宙を漂っていたという訳なんです。」


 セツトが話を終えると、ブリッジの中ですすり泣く声が響いた。


「デニアス、泣くな。」

「だってよう、ひでえじゃねぇか。実の子を殺そうとするなんてよ。」

「お前が泣いたってしょうがあるめぇ。」

「でもよう。」


 ブリッジの男達がぼそぼそと言葉を交わしている。


「キューク、ちょっとニュース調べて。」


 キティがブリッジにいる誰かに指示を出すと、一人がコンソールを見つめたまま答えた。


「もうやりました。ヴァイエル伯爵家長男セツト、20日前に病死の発表出ていやす。」

「……!」


 セツトは、あらためて死を宣告された気がした。

 自分はもうこの世にいないことになってしまったのだ。


「そうですか……。もう死んでるんだ……。」


 セツトは小さく声を漏らした。目から涙があふれてくる。キティは、セツトをそっと引き寄せて抱きしめた。


「あ、うらやましい。」

「うるさい、私のおっぱいは泣いてる美少年を慰めるためにあるんだ、仕事してろ。」

「へーい。」


 軽口がたたかれたのはそれだけだった。少しの間、誰も何も言わず、ブリッジが沈黙に包まれた。

 しばらくして、ブリッジの扉がスライドし、ダルドフがトレーを持って入ってきた。


「お頭、飯持ってきましたぜ。」

「ありがとう、そこに置いて。」

「へい。」


 ダルドフは船長席の前の操作卓の空いたスペースにトレーを置いて、ブリッジを出て行った。

 ビーフシチューの匂いがした。

 すこしして、セツトはキティから離れた。


「落ち着いたかい?」

「はい……。」

「よし、それで、君、この先何か行く当てあるの?」

「ないです。」

「じゃあ、しばらく乗ってくかい。お尋ね者になるかもしれないけど、飯はつくよ。」

「……いいんですか?」

「かまやしない。接続結晶なんて高価なもの、普通の人はつけてないんだ。ついてて使えないのだって、同じことでしょ。それが使えなきゃだめだなんてお貴族様思考、捨てちゃいな。」

「……はい。」

「それじゃあ決まり。よろしく、セツト。」

「よろしくお願いします、お頭。」


 こうしてセツトは、宇宙海賊の一員となった。

 とたん。


「砲撃来ます、ご注意。」


 ブリッジのモニターに数本のビームが走った。


(え?)


 セツトはいきなりの攻撃に混乱した。


「あれ、言ってなかったっけ。この船今まさに追われてたのよ。」


 キティシアは、さらっと言った。


(聞いてない!)


 船が揺れた。


「あー、セツトぼっちゃんが乗ってた奴が爆散しました。」


 誰かが教えてくれた。


「私たちに助けられて、本当に良かったわね。」

「そ、そうですね。」


 セツトは引きつった笑いを浮かべた。


「よーし野郎ども、逃げるわよ!」


 キティシアの威勢の良いかけ声がブリッジに響いた。




 宇宙海賊キティシア=ヘブンバーグ。

 凄腕と評判の宇宙海賊であったラージェ=ヘブンバーグの娘として、彼の海賊船と乗組員を受け継ぎ、星から星へと渡り歩いている宇宙海賊である。フリーランス宇宙海賊で、どこかの国と契約して、敵国を荒らしたり、会戦に参加したりするというスタイルを取っていた。


 およそ半年ほど前から帝国領に姿を現すようになり、数多くの商船が被害を受けた。そこで帝国は、彼女に高額の懸賞金をかけた。

 懸賞金をかければ、腕に覚えのある者達が自らのアピールもかねて、彼女を追うようになる。


 2ヶ月前、キティシアの船<黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号は隣のクドラシア星系から姿を消した。1ヶ月前、商船の被害発生によって、ここヌーブ星系にいることが分かった。

 10日前、<黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号を補足するべく散った船の一隻がついにこれを発見し、仲間を募って追撃を始めた。


 キティがセツトを拾ったのは、その逃走のさなかのことであった。

 <黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号は追撃艦隊をうまくかわしていたが、のろのろ飛んでいた航宙艇と速度進路を同期させたため、ついに追撃艦隊の射程に入ったのである。


 追撃艦隊10隻はビーム砲で<黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号を砲撃するが、<黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号の操船は巧みであった。何発か着弾したものの、重大な損傷を与えるには至らず、<黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号は、近くにあった小惑星帯の中に飛び込んでしまった。


「追ってきてる?」


 船が小惑星帯の中に入ったことを確認し、キティが聞いた。


「いえ、奴ら外で待つようで。」

「そう。損傷箇所はどう?」

「スラスター系にいくつか損傷があるんで、一回どこかに下ろして直したいっすね。」

「追ってこないなら、そうしましょう。なるべく発見されにくい小惑星を選んで着陸してちょうだい。」

「りょーかい。」


 キティが下す命令はおおまかだが、部下達は手慣れた様子でこなしていく。セツトはその様子をキティの隣で感心して眺めていた。


「ところでお頭、セツトぼっちゃんの配置はどうするんで?」


 キュークと呼ばれていた男が聞いてきた。


「ん? ここでいいんじゃない?」

「……ブリッジに空いてる席はありやせんよ。」

「だから、ここよ、ここ。」


 キティはセツトが今座っている場所を指さした。つまり、キティの隣である。


「えーと、お頭?」

「美少年を侍らせる女海賊って、何か凄腕ぽくない?」

「おかしらぁ……。」


 キュークは呆れていた。


「冗談よ。ただ、船の扱いは任せられないし、部屋にこもって貰うのも違うじゃない。けど、貴族の子弟よ。いろんな勉強はしてたんじゃない?」


 キティに聞かれて、セツトは昔のことを思い出しながら答えた。


「は、はい。戦史とか、兵法とかなら、多少は。」

「だからしばらくは現場を見て書物との違いを感じて貰っといて、いずれは知恵係が適任よ。」

「そういうことでしたら、まぁ。しかし、美少年と比較され続けるあっし達の戦意はどうしていただけるんで?」

「いいわ。あとでこの辺に席作っといて。あんまり遠くにはしないでよ。私の戦意に関わるわ。」

「了解!」


 キュークの今日一番の威勢のいい返事が響いた。




 小惑星の地表に向け、<黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号がゆっくりと降下していく。

 直径5キロほどの小惑星である。ちょうど良くくぼんでいる場所があり、修理中に追撃艦隊が小惑星帯に入ってきたとしても、ある程度船体を隠すことができる。

 着陸して必要な修理をした後、小惑星帯を突破して逃げる予定であった。


 船体から着陸脚が伸びた。

黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号は高度をさげていく。


「高度10、そろそろ着陸しやす。3、2、1、ちゃくり―――え?」


 操舵手の混乱した声がした。


「着陸しやせん。高度下がります。マイナス5、10……と、止めます。」


 降下が止まった。


「液体?」


 着陸用高度計のマイナスは、液体の海の中に入ったときに見られる数字だ。堅い陸地では、めり込んでいない限りマイナスにはならない。


「そんなはずは。」


 ブリッジのスクリーンに映っている映像を見ても、小惑星は岩石でできているように見えた。


「お頭、どうしやす?」

「下の映像だせる?」

「へい。」


 スクリーンの画像が切り替わった。真っ暗だ。


「ライト。」


 <黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号の下部についた照明が点灯された。ようやく、スクリーンにものが映った。


「なにこれ?」


 キティが発した疑問は、ブリッジにいる全員が共有していた。

 それは深い穴だった。谷などではない。壁面は明らかに人工物でしかあり得ない平らなもので、底はどうなっているか映像では見ることができない。


「グラウンドスキャン。地形出して。」

「へい。」


 電波が穴の中を走査した。


「出た。縦200メートル、横80メートルの長方形の穴です。深さは150メートル。」


「ちょうほうけい、ね。」


 自然界の構造ではありえない。


「熱反応ありません。電波もこの船からでてるやつだけです。無人ですかね。」

「降りるわよ。」

「りょーかい。降下しやす。」


 <黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号が降下を再開した。縦穴の中を降下し、船は穴の底に着陸した。


「やはり熱反応ないっすね。『地表』は、ちょっとチリが多く積もってるみたいす。」

「みんな、これ何だと思う?」

「さぁ。」「さっぱりす。」「冥界への入り口でなければ検討もつきやせん。」


 ブリッジの男達は肩をすくめていた。

 セツトにはひとつ心当たりがあった。


「もしかして、遺跡ではないですか?」

「いせき?」

「何かで読んだことがあるんですけど、宇宙にはずっと昔に滅んだ文明があって、ときどき残された遺跡が発見されるそうなんです。時には技術が解析できるものもあって、この接続結晶も、遺跡から得られた技術だって。」


 男達は一斉に「へぇ~」という顔をした。


「さすが辞書係。楽しみだわ。」


 キティだけが楽しそうだった。


「修理班は修理開始を。この遺跡を一通り探索しようという勇者は、私と一緒に行くわよ!」

「へーい。」


 キティは乗員に探検隊への立候補を募ったが、残念ながら立候補者はいなかった。

 ではキティは探検を諦めたかというと、そんなはずはない。


「じゃあセツト、一緒に来てね。」


 キティはセツトを指名し、同行させられることになった。そのとたん、数名が2人じゃアブねぇから俺も俺もと手を上げてきた。

 最終的に探検隊は4名、セツト、キティ、ダルドフ、ビットに決まった。

 ビットは<黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号の副操縦士である。接続結晶の技術が遺跡から得られたものなら、遺跡に何か接続結晶で操作できるものがあるかもしれない、という理由だ。

 ダルドフは護衛である。


「出発!」


 キティの号令一下、探検隊が宇宙服のスラスターを噴射し、浮かび上がった。まずは一番近い壁に向かい、飛んでいく。

 見える範囲では、構造物は何もない。

 4人は、壁にたどり着いた後は、壁に沿って外周を調べていった。


「あ。」


 真っ先にそれを見つけたのは、ダルドフだった。


「お頭、あれ。」


 壁面の一部、10メートルほどの高さのところに台のように突き出た場所があった。


「行くわよ。」


 キティが先頭を切ってその台まで飛んでいく。4人が後に続いた。

 そこに、2メートルほどはある巨大な菱形の接続結晶があった。


「ビット、試してみて。」

「へ、へい。」


 ビットがビクビクしながら前に出た。そもそもあまり乗り気でないのに連れてこられたのだ。おまけによく分からないものと接続しろといわれては、不安を感じるのもやむを得ないことだった。


「接続。」


 ビットが試した。しかし、接続結晶は何の変化も起こさなかった。


「だめか。」


 キティは肩を落とした。


「接続できて操作できたら、なにか出てきそうなのに……。」


 キティの諦めかけたその目が、セツトを捉えた。


「セツトも、ついてたよねぇ?」


 接続結晶。


「い、いや、僕は……。」


 反応するはずがない、とセツト。


「いいからちょっと触るだけ。ね。ビットもできなかったんだから、できなくても大丈夫だって。」

「う……。」

「ほらほらほら。」


 言いながら、キティはセツトの手を取って、左手の甲の接続結晶を触れさせた。


(だめでもともと!)

「接続。」


 セツトが呟いた。

 瞬間。

 壁の接続結晶が強い光を放った。


「おぉ!」


 キティが目を細めて光を防ぎながら、感嘆の声を上げた。


「やったじゃん!」


 光が徐々に収まって、接続結晶は淡い光をたたえた状態になった。


「やった……の?」


 セツトには何の実感もなかった。あると聞かされていた『つながる』感覚も、『船がうまれつき持っていた体のように思える』という感覚もない。


「何か操作できそう?」

「いや……。そんな感じはしないんだけど……。」

(やっぱり失敗なんじゃないだろうか。)


 光ったのは何かの間違いで。


『<ヴァーラスキルヴ>要塞管理基幹システムが起動しました。』


 そう思ったところ、セツトの頭の中に声がした。他の3人には聞こえていない。セツトだけに聞こえるようだった。


「え、何!?」

『ご命令をどうぞ。』

「何がさ?」

『質問を確認。質問意図不明。確認のため、コミュニケーションユニットを起動します。』


 頭の中の声は、事態についていけていないセツトを置き去りにしていた。


 接続結晶のすぐ脇の壁がスライドした。隙間ができ、そこから、一人の少女がでてきた。見たことのないひらひらした衣装を身にまとっている、ポニーテールの少女だ。

 ダルドフがとっさに銃を向けた。ここに空気はない。宇宙服を着ていない生身の人間が行動できる場所ではなかった。


 少女は銃を意に介さず、セツトを見て、こう言った。


「おはようございます、司令官閣下。お呼びですか?」


 少女が通信機を持っている様子はないにもかかわらず通信機から声がした。


「呼んでない!」


 セツトはとっさに否定した。

 少女はそれも意に介することなく、ずいっと無表情のままセツトの目の前に詰め寄った。


「閣下。お、よ、び、で、す、よ、ね?」


 有無を言わせない強い調子だった。呼んだと言わない限り先に進ませないつもりのようだ。


「……わかったよ。呼んだ。」

「ありがとうございます。閣下、私は要塞制御支援用コミュニケーションAIユニットのミツキと申します。」


 ミツキと名乗った少女は、右手の指をピンと伸ばして眉毛の当たりに当てる、変な仕草をした。


「ミツキ、ね。僕はセツト。セツト=ヴァイエルだ。」


 名乗られたら名乗りを返すという貴族の礼儀が自然と出た。


「かしこまりました。セツト司令官閣下。それでは閣下、この周囲の者は敵ですか、味方ですか。」

「味方だよ。君は誰なのか、説明してもらえるかな?」

「私は、地球連邦宇宙軍アーク5号作戦艦隊所属、恒星間航行能力付与型移動要撃要塞<ヴァーラスキルヴ>制御支援用コミュニケーションAIユニットです。司令官閣下がこの要塞を扱うお手伝いをさせていただきます。」


 セツトが理解できたのは最後の部分だけだが、セツトを手伝うと言っているから、危害を加えることはなさそうだ。


「つまり君は、ここが要塞というやつで、自分はその操作を手伝う役目だと、そういうことでいいのかな?」

「全くその通りです、閣下。」


 ミツキはセツトを閣下と呼んで譲らない。おそらく、あの接続結晶に触れて起動したものを司令官、として認識するようだ。


「私は要塞に関するすべてについて、司令官閣下をお手伝いいたします。」

「司令官はセツトから変更できるの?」


 キティが質問を挟んだ。


「いいえ。仮に司令官閣下がお亡くなりになられたとしても、司令官の変更はできません。」

「よかったじゃん、セツト。」


 キティが突然セツトの方に話を向けた。


「これで伯爵家に帰れるよ。」

「……!」


 セツトの頭にその発想は浮かんでいなかった。


「ドラグーンではないけれど、古代の要塞との接続に成功した。十分でしょ?」

「言われてみれば……。」

「そうよ。しかも要塞は、司令官変更はできないと言っている。伯爵も帝国も、君を無視できない。」

「でも……。」

「でももだってもなし。君は君の居場所に帰んな。貴族の子弟に海賊は似合わなさすぎでしょ。ミツキ、この要塞に生活できる場所はある?」

「もちろんあります。生存に必要な物の備蓄は十分です。」

「よし、じゃあセツトはここに残りな。うちはあと少しで修理が終わるから、終わり次第小惑星帯を抜けてくよ。追撃の艦隊が離れてからどっかに通信するんだね。」


 キティはとんとんと話を決めてしまった。


「ありがとう、お頭。」


 セツトが礼を言うと、キティはにかっと笑った。


「うちは、子分の幸せ第一なのさ。」




 <黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号がスラスターを噴射し、小惑星に偽装した要塞から離れていく。

 セツトは、要塞司令室だというところに設置された大きなスクリーンでその後ろ姿を見守っていた。


「<黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号、相対速度現在秒速5キロメートル。まもなく小惑星帯を脱出します。」


 ミツキが状況を教えてくれる。


「ご武運を、お頭……。」


 短い間の付き合いだったが、セツトはとても助けて貰った気がしていた。命だけではない意味で。


「残念ながら、それは困難かと思われます。」


 ミツキに言われて、セツトは心臓が止まる思いをした。


「なぜ?」

「はい。こちらをご覧ください。この要塞および小惑星帯の周辺の状況です。」


 スクリーンに地図のような物が表示された。中央に小惑星帯、その周囲に、多くの小さな点が動き回っている。模式図だ。


「現在、小惑星帯周辺に34隻の船を確認しております。さらに遠方から、30分以内に到着するものだけでも7隻を確認しています。すべて<黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号の敵艦と予想されますが、それぞれの位置および予測される性能によると、<黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号が撃沈されずに逃走できる可能性は、0.5%です。」

「そんな……。予測が外れる可能性は?」

「織り込み済みです。なお、本要塞の戦術シミュレーションは、特に少数での戦いにおいて極めて正確に予測できることが数々の会戦で確認されております。」


 スクリーンの模式図で、小さな光点がにわかに動き出した。<黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号に向かって集まっていくようだ。


「<黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号、補足されました。」

(逃げてくれ。なんとかうまく……!)


 セツトは祈った。

 スクリーンの中で、光点が<黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号にむらがっていく。


「司令官閣下、本要塞の現状について報告いたします。」


 突然、ミツキが口をだしてきた。


「本要塞は現在、多くの機能が使用不能となっておりますが、要塞主砲は使用可能です。報告以上です。」

「主砲?」

「はい。使用すれば、一撃で敵性艦全てを撃沈できる可能性が87%あります。」

「87%……。」


 セツトはつばを飲んだ。撃てば、<黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号を助けることができる。

 しかし、賞金稼ぎとはいえ、帝国に懸賞金をかけられた<黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号を追いかけているのだ。これを妨害することは、帝国に対する反逆にあたってしまう。


(どうする。)


 <黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号を見捨てれば、家に戻ることができる。あんなことがあっても、伯爵家はセツトの生まれた家。戻りたい気持ちがある。

 しかし、彼らを見捨てるのは正しいことなのだろうか。

 セツトの話に泣いてくれた人がいた。抱きしめてくれた人がいた。家に戻れるじゃんと真っ先に言ってくれた人がいた。


 ずっと昔に、父ハグラルが言っていた。


『貴族は、信念のため、正義のために戦わなければならない。一度でもそれを裏切れば、ドラグーンはただの暴力装置になり下がる。』


 きっと、セツトを追放したことも、父なりの信念だったのだろう。

 そのために、ヴァイエル伯爵公子であったセツトは、死んだ。


「……ミツキ、主砲発射用意。」

「はい。<ヴァーラスキルヴ>要塞主砲塔群<グングニル>、エネルギー充填開始します。標的は敵性艦34隻、攻撃禁止目標は<黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号、共に射撃管制システムに登録しました。閣下。全て撃沈してよろしいですか?」


 セツトの心に一瞬、犠牲を最小限にしたいとの欲が浮かんだ。

 しかしそれは下策だ。敵の戦意がどの程度か、いま<黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号の損害はどの程度か、分からない以上、最小限などと虫のいい願いを通すわけにはいかない。


「敵に容赦はいらない。ことごとく撃ち沈めろ。」

「かしこまりました。エネルギー充填完了まであと1分です。」


 セツトは頷いた。

 これを撃てば戻れない。これまでずっと、将来はドラグーンに乗って帝国のために戦うのだと信じて疑わなかった自分とお別れしなければならない。

 セツトは拳を握りしめた。




 そのとき、<黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号は、宇宙をのたうち回っていた。

 被害は大きい。

 回避機動用のスタスタ-の3分の1を失い、腹には大穴を開けられ、かつてのような機敏な操艦はもはやできない。

 とどめを刺そうと群がってくる敵艦に砲撃を飛ばし、牽制することが精一杯という状況だった。


「お頭、こりゃだめですわ。」


 ブリッジでキュークが頭を抱えていた。


「来てるのは全部名前も知らないどんぶりの米みたいなやつですが、数が多すぎやす。」

「やっぱり無理かあ。寄り道しすぎたねぇ。」


 キティはむしろのほほんとしている。


「ですねぇ。慈善事業のしすぎでさあ。」


 ブリッジの男達が違いない、と笑った。

 SOSを発している航宙艇を見つけたときから、無茶のし通しだ。

 航宙艇がヴァイエル伯爵家の城館から出たものであることは軌道を逆算してすぐに判明していた。長男死亡の発表があった伯爵家である。何かあると思って、敢えて救助することを選んだ。

 加えて、小惑星帯でも、わざわざ緊急でない修理をしに着陸をした。さすがに遺跡の要塞があることは予想外だったが、なくても、適当に理由をつけて船から降ろしてしまうつもりだった。


 そのすべてのつけが、敵のこの数である。


「ま、最後にいいことして死ねるってのはいいことだよ。」

「じゃあお頭、最後に俺とSEX(いいこと)してくだせぇ。」

「いやだ。」

「ひでえ! お頭のために童貞とっといたのに!」

「お前は素人童貞だからだめだ。私の処女は美少年の童貞にじゃなきゃやれないよ。」

「ち、やっぱあの伯爵公子殺しとくんだった。」


 ブリッジが笑い声に包まれた。

 船が被弾し、大きく揺れた。

 <黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号の反撃が薄くなったのを見て、これまで以上に大胆に敵艦が迫ってくるようになった。


 (沈められる。)


 誰もがそう思った瞬間。


「撃て。」

了解(ヤー)。」


 数百本の雷が宇宙空間を切り裂いた。


 直撃した25隻は一瞬で消滅した。

 直撃を免れた船のうち5隻も、エンジンなど船体の重要部分を失い撃沈、残りもほとんどが重大な損傷を被り、大破した。メインスラスターが誘爆した船もあれば、電子系統を破棄された艦もある。

 無傷なのはわずか2隻。


「敵艦消滅……。発射地点、セツトの要塞です……。」


 <黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号のブリッジは驚きに包まれていた。


「なんてこった……。」


 見たことがある全ての兵器の水準を大きく超えていた。わずか一斉射で30隻以上の戦闘艦を撃沈または大破せしめるなど、帝国の誇るドラグーンでもできない芸当だ。


「お頭、まだだ! ぼっとすんな!」


 無事に残っていた敵2隻が、<黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号めがけて全速で加速を始めた。

 突っ込む気なのだ。


 <黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号がそのを2隻を止めようと砲撃を加えた。2隻はランダムに回避機動を取りながら、必殺の間合いめがけて距離を詰めてくる。


 再び要塞から雷光が走った。

 敵は、過剰な集中砲火を浴びて2隻とも蒸発した。


「要塞から電文で通信。『無事ですか、お頭。』だそうです。」

「……あの伯爵公子、意外とバカなのかな?」


 キティが呟いた。


「いや、お頭に惚れたんじゃないですかね。」

「なるほど。私ってば罪な女ね。電文返しといて。文面は『すぐにあなたに会いたい。』よ。」

「へい。『われ至急修理を要す』と返しときます。」


 <黒銀の栄光(ブラックシルバー)>号のブリッジは軽い。


「おかしい。いつのまに私の船に裏切り者が。いいから映像でつながんないの?」

「つなげまーす。」


 すぐにスクリーンにセツトの姿が映し出された。すぐ脇には、あのミツキというやつがいた。


「セツト、バカかあんたは。」


 開口一番、キティは罵った。


「お頭。僕は、お頭と一緒に生きていきたいんです。」


 キティは不意打ちをうけた。鮮やかすぎる不意打ちだった。


「い、いきなり何言ってやがる、あほう……。」


 キティは顔を赤くしてそう返すのが精一杯だった。



お読みいただきましてありがとうございました。


今メインで書いている長編連載の方の気分転換として、ぱっと書き上げてみました。もしお暇でしたら、そちらも読んでみてください。

○異世界転移して初日に殺されてしまった俺は

https://ncode.syosetu.com/n8845ge/


文中で出ている以上の設定については、実はあまり深く決めていません。

宇宙海賊<黒銀の栄光>号の面々は書いてて楽しい奴らです。ほとんど連中の勢い頼みで書き切った感があります(笑)


本当は、婚約者要素も入れようかと思っていたのですが、入れると長くなるし、ストーリー全体のバランスが変になるので、入れませんでした。

長編化するときにはいれるかもしれません。


そうなんです。どこかのタイミングで設定を掘り下げ、ストーリーを組んで、長編連載にしたいなと思っています。


5月16日追記

投稿してそろそろ一週間ですが、PV数が落ちるどころか伸び、ブックマーク・評価も伸び続けていることに、若干の驚きと共に感謝を感じています。

上で『どこかのタイミングで』なんて悠長なことを言っていましたが、こうなるとなるべく早く始めたいなと思っています。

がんばりますので、しばしの間お待ちください。


5月17日追記

連載している奴と名前かぶりがあったので、主人公の名前を変更しました。


5月25日追記

連載版手元で書き始めました。こちらの短編が続いていく形ですのでご安心ください。公開までは、もうすこしお待ちください。今月中には公開します。


5月26日追記

お待たせいたしました。

本日18時より連載版の投稿を開始します。


5月27日追記

連載開始しました!

https://ncode.syosetu.com/n5606gg/

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― 新着の感想 ―
[良い点] 某はファンタジーの方の続きを書いてくれないのでこちらを楽しみにします
[一言] これはこの先の続きが是非読みたくなる作品。 と思ったら、すでに長編化されているなんて、ナイスです。 さて、長編の方を読んできますね。
[良い点] 仁義を大切にする宇宙海賊との出会いから始まる、壮大な宇宙冒険譚のプロローグのような最高の短編を読めて感激です。宇宙海賊というスペースオペラ作品に必須レベルの要素ながら、今まで探し続け、見つ…
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