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あの時、動き出し損ねていた者もいる


「ってことで、あんたホントにこのままじゃマズいから。期末は赤点、取らないでよね」

「はい……」


 遥はこの日、担任の森野先生からテストの成績について、個人注意を受けた。

 自分の受け持つクラスに成績の思わしくない生徒がいるというのは、担任としても嬉しくないのだろう。


 肩身の狭い思いで職員室を出る。

 前回の中間テストは、色々ありすぎて結果も良くなかった。

 今回の期末テストこそ、挽回しないとマズい。

 それは当然遥も同じだ。

 しかし。


「……勉強、したくないなぁ」


 というのが本音だった。

 勉強はそもそもあまり好きではないし、最近はついていけていないことも手伝って、ますますやる気が出ない。

 絢音や橙子に教えて貰うのも今や気が引ける。

 教われそうなのは都波と渉だけだが、二人とも部活がある。

 どうしたものだろうか。


「とりあえず、今日のところは帰ろう……」


 遥は気持ちを切り替えることにした。

 悩んでも良いことはない。

 それに今回は、前回ほど身の回りが立て込んでいない。

 早めから着手して、ゆっくり確実に積み重ねれば、まあなんとかなるだろう。


 先生に呼び出されたのは放課後だった。

 どれくらい時間がかかるかわからなかったので、雪季には先に帰っているように伝えてある。

 久しぶりの一人での下校だ。


「……ん?」


 とぼとぼとした足取りで昇降口へ辿り着く。

 と、ポツンと一人、女子生徒が下駄箱の近くに立っていた。

 遥のいる方に背を向け、キョロキョロと何かを探している様子だ。

 あれは、確か……


「優衣さん、だっけ?」

「えっ? わっ! は、は……あ、つつ、月島くん!?」


 なんだか、ずいぶんと慌てている。

 遥は首を傾げつつ、黒いロングヘアに赤縁のメガネをした女子生徒に声をかけた。

 彼女は以前、教室で遥を料理部に誘ってきた二人組の、大人しい方の子である。


「なにしてんだ? こんなとこで」


 授業が終わって、すでに一時間弱ほどが経っている。

 部活組はもうそちらに行っているし、部活がない生徒は帰ってしまっている。

 時間的にも、かなり中途半端だ。


「え、あ、その……なんていうか……」

「……いや、なんかごめんな。余計なお世話だったか?」

「う、ううん!! そんなことなくて……ないんだけど……」


 この子は、何をそんなに慌てているのだろうか。

 とはいえ、遥はこの優衣という女子生徒のことを、ほとんど何も知らない。

 人にはそれぞれ、異なった事情があるのだろう。

 詮索するのも、良くないかもしれない。


「じゃあまあ、俺、帰るから」

「えっ!? あ、あの!!」

「な、なんでしょう……」


 意外と声が大きい。

 靴を履き替えようとしていた遥も、思わず手を止めた。


「い……い……」

「い?」

「……一緒に、帰りませんか……?」


 そういえば、この人の名字も知らないなぁ。

 遥は呑気にも、そんなことを思っていた。



   ◆ ◆ ◆



加賀美(かがみ)さんは、なんで残ってたんだ?」


 二人で校門を出て、同じ方向に曲がる。

 どうやら、帰り道は途中まで同じらしかった。


 優衣、もとい加賀美優衣は、身体の前で両手でカバンを持つ、女の子らしい歩き方で遥の横に立っていた。


「あ、その……友達と話してて」

「ああ。それってあの、料理部の?」

「う、うん。美乃梨ちゃん」

「全然雰囲気違うのに、仲良いんだな」

「うん。去年もクラスが同じで」

「そっか。その美乃梨さんとは、一緒に帰らないのか?」

「えっ!? ……あ、あの……先に帰っちゃって! 用事があるって……」

「ふぅん」


 よく考えれば、雪季や絢音以外の女の子と一緒に下校するのは初めてかもしれない。

 特に緊張したりもしないのは、以前から成長、というか、変化したところだ。

 きっと雪季のせいだろう。


「結局どうなったんだ? 料理部」

「えっ! あ、あぁ……あれは、うん、もうやめちゃった」

「ええっ、そうなのか……。なんか、ごめんな、ホント。悪いことしたなぁ。せっかく計画してたのに……。こんなことなら、名前だけ貸す、って感じにすればよかった」

「う、ううん! いいよ、そんなの! 半分、美乃梨ちゃんの思いつきみたいなものだったし……。それに、月島くんにも悪いし」

「でもなあ。なんか、後味が……」

「い、いいってば! ホントに気にしないで!」

「そっか? うーん……じゃあ、今度何か頼みごとがあったら言ってくれよ。俺にできることなら、なんでもするし」

「な、なんでも!? ……あっ! う、ううん! いいよ、そんなの!」

「いやぁ、そう言われても、なんか気持ち悪いし。もしも頼みごとができたら、って感じならいいだろ?」

「……う、うん……わかった」


 優衣の返答に、遥はふうっと胸を撫で下ろした。

 罪悪感をずっと抱え続けるのは、精神衛生上良くない。

 負い目は日々の負担になるし、早いうちに解消しておきたかったのである。


 ところで、なにやら優衣が興奮しているように見える気がする。

 頬を上気させ、顔がニヤけている。

 まさか。

 遥の脳裏を不安がよぎる。

 もしかして、何か大変な頼みごとを考えているのでは……。

 しかし、自分から言ってしまった手前、約束を反故にはできない。

 腹を括ろう。

 遥は覚悟を決めるように、ゴクリと唾を飲み込んだ。


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