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恋愛恐怖症の俺は、同居してた超絶美少女と付き合うことになりました  作者: 丸深まろやか


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諦めの悪い女 汐見橙子の苦悩


「橙子ちゃーん」


 気やすい声で名前を呼ばれて、汐見橙子はピクッと肩を震わせた。

 伏せていた顔を上げると、先輩の相田が立っている。

 まあ、バイト先でこの呼び方をするのは、悪ふざけしているときの彼だけなのだけれど。


「……なんでしょう」

「いやぁ、ちょっと聞きたいことが」


 相田はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。

 休憩時間は一人で過ごしたい橙子にとっては、今彼と話すのはあまり気乗りしない。

 しかし、相田が自分に改まって質問とは。

 いったい、何を聞かれるのだろうか。


「……どうぞ」

「ハルちゃんと何かあった?」

「んなっ!!」


 思わず、持っていた缶コーヒーを落としそうになる。

 何かあったどころではない。

 が、それはまだ、誰にも言っていないはずだ。

 言うつもりもない。

 なぜ、こんな質問をされるのだろう。


「やっぱりなぁ。その様子だと、付き合った……ってわけじゃないみたいだな」

「……」


 橙子は何も答えることができなかった。

 橙子自身はそうは思わないのだが、どうやらバイト仲間たちによれば、橙子の遥への気持ちは、わかりやすかったらしい。

 知らないうちに遥への好意が周りにバレていて、困惑したのをよく覚えている。


 特に相田は、もともとの性分と面倒見の良さもあって、たびたび橙子に遥の話を振ってくる。

 しかし、まさかこんなことを、正面切って聞かれるとは。


「ひょっとして、フラれちゃった?」

「……っ!! ……笑いに来たんですか、私を」

「おいおい、んなわけねーじゃん」


 相田は橙子の横に腰掛け、持っていたコーラの缶をプシュッと開けた。


「……どうして、わかるんですか」

「そりゃ見てればなぁ」

「何か変化がありますか? 私にはそうは思えませんが」

「よそよそしい」

「……遥が、ですか?」

「いや、お前が」


 言われて、橙子は最近の遥との場面を思い出した。

 たしかに、売り場で自分から話しかけることがなくなったり、休憩時間が一緒になっても話さなかったり、意識的に遥と距離を置くことが増えたかも知れなかった。


「で、ですが、それは……」

「なんだよ? フラれて拗ねてんの?」

「違います。だって遥には」

「お? なんだよ、まだなんかおもしろい話があんのか?」


 相田は目を輝かせていた。

 相変わらず、他人への興味が強い。

 しかも色恋沙汰になると、それはますます酷くなるのだった。


「……なにもありません」

「うそつけ。なに? ハルちゃんにめちゃくちゃ可愛い彼女ができたとか?」

「……相田さん、本当は全部知ってて聞いてませんか?」

「うん、ハルちゃんに聞いた」


 思わず、ため息が出る。

 意地の悪い男だ。


「だから橙子にも聞こうと思って。なにがあったのかさぁ」

「……なにもありませんよ。私とその女が告白して、私が負けました」

「あのプリクラの娘ね」

「プリクラ……そんなものが」

「めちゃくちゃ渋ってたけど、見せてくれたぞ。プリクラでもわかる圧倒的な可愛さだった」

「……そうでしょうね」


 水尾雪季。

 遥に選ばれた女。


 恨んではいない。

 ただ、気を抜くと妬ましい気持ちになってしまうことは否定できなかった。

 自分の好きな男に、好かれている女。

 自分にはなれなかったポジションに、収まっている女。


「要するに、よそよそしいのはフラれたからじゃなく、ハルちゃんに彼女ができたから、ってことね」

「……だって、相手の子に悪いじゃないですか」

「いらん気ぃ使ってんなぁ」

「自分のためでもありますよ。未練がましいと思われたくないですし、それに、話すと落ち込みそうですから」

「ハルちゃんのことになるとヘタレだよなぁ、お前は」


 もちろん、遥のことを諦めたわけではない。

 まだ愛しているし、だからこそこうなってしまっているのだ。

 ただ、恋人がいる男にあまりしつこくつきまとうのは良くない。

 橙子は待つ、とは決めたが、奪おう、とは思っていないのだった。


「でも、残念だ。俺はお前ら、付き合うと思ってたのに。相性良いと思うし、なにより、ハルちゃんも懐いてたし」

「……泣けてくるからやめてください」

「まあでも、正直納得もしたわ。お前がフラれるなんて何事かと思ったけど、あれはヤバい」

「……」

「っていうか、ハルちゃんって意外とモテるよな。なんか誰彼構わずっていうか、ちゃんと上玉に好かれるところがすごいわ」


 相田は腕を組んでうぅんと唸った。


「どこがいいんだ? ハルちゃん」

「……それを、今の私に聞きますか」

「あ、悪い悪い。でも気になって」

「……放っておけないんです、遥は」

「ほお」

「真面目で、必死で、でも不器用だから、支えたくなる。可愛くて目が離せない。それでも、時々ちゃんと、かっこいいんです」


 言ってしまってから、橙子はかぁっと顔が熱くなるのを感じた。

 どうして自分は、こんなに正直に答えているのだろう。


「ふぅん」

「……忘れてください。恥ずかしい」

「……お前さぁ」

「……なんですか」

「マジで好きじゃん、ハルちゃんのこと」

「……もう戻ります」


 とうとういたたまれなくなって、橙子は立ち上がった。

 コーヒーの空き缶を捨てて、休憩室を出る。

 まだ休憩時間は残っていたが、早く働いて気持ちを切り替えたかった。


「あっ、橙子さん」


 向かいから、遥が歩いてきた。

 どうやら遥も休憩らしい。

 なんとも、心の休まらない休憩時間だ。


「あ、ああ、遥。お疲れ様」

「お疲れ様です」

「……それじゃあ、私は戻るよ」

「あっ!」


 早くすれ違ってしまおう。

 そう思って横を通り過ぎようとした時、橙子は遥に手を掴まれた。

 驚いて振り返ると、遥は心細そうな表情でこちらを見ていた。


「なっ……なにかな」

「……橙子さん、大丈夫ですか? もしかして、体調良くないとか?」

「えっ……」

「いや、なんか元気ない気がして……。思い過ごしだったら、良いんですけど……」


 そう言った遥の目は、本気で自分のことを心配してくれているようだった。

 それがわかった途端、橙子は不甲斐なさと申し訳なさに襲われた。

 涙が出そうになって、慌てて遥から顔をそらしてしまう。


「い、いや、そんなことはないよ。そう見えていたのなら、すまないね」

「……そうですか、よかった」


 橙子は遥の声を背中で聞いた。

 だが、掴まれた手がまだ、離れない。


「……遥、手を」

「えっ? ……あっ! ごめんなさい橙子さん! つい……」


 遥は慌てたように手を離した。

 彼の様子が気になって、橙子はチラッと遥の方を見てしまう。


「じゃあ、また後で、橙子さん」

「う、うん」


 遥は安心したようにこちらに手を振っていた。

 そのまま後ろを向き、休憩室に入っていく。


 はぁ、と深い息をつく。

 右手の中に、遥の熱が残る。


 自分は諦めが悪い女なのだろうか。

 けれど、こんな気持ちが少しずつでも消えていくなんて、それこそ橙子には想像できない話だった。


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