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しあわせバトン

しあわせの香り

作者: 三稜 諒

 今日は生憎の雨。

 家から一歩も出たくない! と、心に決めていたものの、トイレットペーパーが切れたんじゃ買いに行かない訳にもいかない。トイレに行けないのは死活問題です。あ、違う。乙女はトイレには行きません! ……おまえ一体いくつだよ。

 おっと、脳内で漫才やってる場合じゃないんだった。お一人様二つまでの安売りトイレットペーパーを買わなくては。急いで特売コーナーに向かう。が、そこはすでにおばさまたちの戦いの後だった様子。

 あーあ。まぁいいけどさ。

 安売り一九八円のトイレットペーパーを諦めて通常の二九八円のものに手を伸ばす。

 すると同時に隣から伸びてきた手にぶつかりびくっと引っ込めると割と人好きのする顔だった。

「す、すみません」

「いえ、こちらこそ」

 むむ。これがマンガや小説ならラブの予感なのに! 残念ながらこれは現実なのである。隣には彼女らしき人がいるではないか。しょぼん。

 気を取り直してトイレットペーパーを片手にレジに向かう。あぁ、出会いはないものか。




 トイレットペーパーと数本のビールと惣菜を持って帰る途中、ふとカフェが目に入った。しかしトイレットペーパー……邪魔だ。激しく邪魔だ。……そういえば、某国民的アイドルグループの持ち歌にトイレットペッパーZてのがあったな。

 そうそう。あれ聴いてたら色んなことがどうでも良くなるんだよなぁ。思い出したサビの部分をふんふんと鼻歌で歌いながら帰るのであった。当然サビの部分のみエンドレスである。後ろを歩く男性が噴出すのを堪えて聴いていたのにも気づかずに。あたしのバカ。



 公園に入ったところでトイレットペーパーが指に食い込んできたので屋根があるベンチに座る。うぅ、痛い。これはメーカーに是非とも改善していただきたい部分だ。コストには替えられないだろうがな! しょぼん。


「あのー、これ、よかったら」

 へ?

 手をぶらぶらさせて血を通わせていたところに声をかけられた。目前に差し出されたものはホット紅茶のペットボトル。続いて目線を上にあげれば若そうな男性。

「ど、どうも?」

 面食らってうっかり紅茶に手を伸ばす。おいこら、知らない人から物を貰うんじゃありません。冷静なあたしならそんなことはしないはずだった。が、トイレットペッパーZを歌っていたあたしの脳内はすでに真っ白である。

「いやー、いい熱唱っぷりでした。おひねり代わりなので遠慮なさらず」

 ぎゃっっ。聴いてたって事ですか?

 しかも熱唱? どうやらいつの間にか声が大きくなっていた様子。死にたい。

 その男性はベンチに座り自分の分のペットボトルを開けてさっさと飲み始めた。ちなみに、男性の分はホットカルピス。あぁ、うん。美味しいよね。

「すみません、ありがとうございます……」

 つられてプシッとキャップを空けて口をつける。うむ。甘くて美味い。そしていい香りだ。

「で、それは何の曲ですか? 大変気になる歌詞なんですが」

 歌詞。歌詞が気になるほど聴かれてたって事ですか? 同じ部分だけ繰り返してるのでさぞ珍妙な歌になっていたことでしょう。あぁマジで死にたい。

「忘れていただけると助かります……」

「いや、無理ですよ。そんな衝撃的な歌詞」

「某国民的グループの某くんの持ち歌です……」

「へー? そんな曲あったんだ。今度聴いてみます」

 いや、やめてください。お願いします。

「サビ部分を適当に歌ってただけなのできっと本物とはぜんぜん違うと思います」

「て、いうか。お名前伺っても?」

「本当に忘れていただけると大変助かります……」

「無理です」

 すっぱり。

 お願いです。今すぐ穴掘って埋まりたいくらいなので全力で忘れて下さい。

「あぁ、人に物尋ねるときはまず自分からですよね。笹井といいます。笹井進」

 はー。名乗っちゃったよ、この人。

「……木下です」

「木下何ちゃん?」

「美耶」

 もうほんっと勘弁してください。

「美耶ちゃん。ちなみにおれ、スーパーからずっと後ろ居たんだけど気づいてました?」

 いえ全然。知ってたら歌ってませんし。あとソレ普通に怖いです。

「あ、先いっときますけど、別にストーカーでもなんでもないですから。おれんちそこのマンションなんですよね。まぁ、ここ寄られたんで声かけたわけですけども」

 と、先に明かされる。なるほど。スーパーからの帰りだと当たり前の道のりである。

「美耶ちゃん。無防備なの大変可愛いですが、実はこの公園ちょっと危ないので一人では来ない方が無難ですよ」

 あれ、そうなの?

「この前も変質者が出たってマンションの掲示板にねぇ」

 なんと。普通にいい人だった。

 しかし掲示板にそんなものあったかしら。まぁ、隅々まで見てるわけじゃないしね。

「じゃ、それで声かけてくださったんですか?」

「さて。歌のタイトルも分かりましたし、帰りますか?」

 笑顔で強引に話を切られ、促されてベンチを立つ。

 それはいいけど……ふむ。




「あーのー? うちに寄ってくの? 寄ってもいいけど、襲うよ?」

 と、困惑した風に笹井さんが言ってくる。

 同じマンションのエントランスでまず無言で目を合わせ、そのままエレベーターに二人で乗り込み、さらに同じ階で降りたらまぁ普通そう思いますよね。


「いいえ? ……じゃあ、おやすみなさい。笹井さん」

 笹井さんと反対側の五〇三号室の鍵を開ける。






 その晩、件のCDを片手に五〇一号室のチャイムを鳴らすあたしであった。

ちなみに、微妙にタイトル変えてますが件の歌のモデルはトイレットペッパーマンです(笑)

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