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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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信じられる幸せ 

掲載日:2019/05/09

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 君には、何か信じるものが心の中にあるだろうか。

 神に限った話ではない。人生の経験によってくみ上げてきた哲学。培ってきた勘など、行き詰まりそうになった時に、自分が最もあてにするもののことだ。

 信じ、仰ぐことに関しては多くの人が、自分の歩みから答えを出し、私たちへ伝えてきてくれた。今でも多くの人が、何かしらに心のよりどころを見出している。

 

 だが、「妄信」という言葉がある通り、寄りかかり過ぎるのは危険なこと。自分に降りかかる不都合を、なんでもかんでも「自分の日ごろの不信心のせいだ」と考えてしまう人を見ると、俺は「ちょっと違うんじゃねえの?」と思う。

 因果応報とは仏教に出てくる言葉。良い行いには良い結果、悪い行いには悪い結果がやってくるという。その行いの部分を「不信心」とばかり決めつけ、本来、少し手を入れられれば防げた原因から、目を背けてしまう……その結果、本人が期待する「報い」を得られずに、辛い時間を過ごす羽目になりかねない。


 ――何? 妙に実感のこもった言い方の気がする?


 ふふん、その点に関しては「人に過去あり」とでもいっておこうか。

 信じるっていうのは、それが本当に御心にかなっているのか、判断するのが難しいものだ。その信仰に関する昔話があるんだが、どうだい? 聞いてみないか?


 とある百姓の一家のもとへ、仏像の行商人がやってきた。

「苦難の多いこの現世で、厄あるものを遠ざけるために、一家にひとつ置いておくのはいかがでしょう」。そのような売り文句だったらしい。

 見せてもらった仏像は、手のひらに乗ってしまうほどの、いかにも粗末な作りをした木彫りの像。

 かろうじて、手と座禅を組んでいるのは判別できたが、その端々から出る稚拙な作り、十中八九、詐欺の類であろう。しかし、値段も相応に安いところを見ると、何も悪意ばかりとは思えないのだが……。


 そうして夫妻と商人を挟んだ床へ置かれていた像を、小さな手がつかみ上げる。一家の末子である、男の子だった。まだ喃語しかつぶやけない彼は、「あうー、あうー」と声を漏らしながら、像を自分の手の内でころころと転がし始めてしまう。

 もし、高価な品が相手だったならば、両親はすぐに止めて叱っていただろう。しかし、安さゆえのゆとりが、戯れを生んだ。


 ――信じる、信じないはともかく、この子の遊び道具くらいにはなるか。


 両親はやや不謹慎さを覚えつつも、購入の意を告げたそうだ。


 行商人が帰ってほどなく、両親はすでに木彫りの像へ見向きしなくなった。あくまで子供の機嫌を取るための玩具に過ぎず、彼らの関心は明日のおまんまへとつながる、畑にあったからだ。

 両親が産んだ子供たちも、歳が上の者から農作業の精神を叩きこまれていき、木彫りの像への関心はどんどん薄れていく。

 当初から触り続けていた末子のみは、身体が大きくなってからも、ずっと像を大切にしていたそうだ。家に奉っていると親兄弟の目がうるさいので、もっぱら懐へ入れ込んでいる。

 

 やがて彼は、これから自分がたどる道筋に、暗いものを感じる歳を迎えた。

 長男が土地を受け継ぐ農家において、次男坊以降は体のいい労働力のまま、生涯を終えることも珍しくない。脱するには、どこかの家へ婿に入るか、あるいは戦で手柄を挙げ、殿様に取り立ててもらうか。

 しかし、前者に関しては、順調に話がまとまった兄たちに対して、一向に話が出てくる気配がない。後者に関しても、この辺り一帯は、ここしばらく平穏そのもの。騒ぎの気配などみじんも感じられなかった。

 

 ――このまま何も成せず、土へ還っていくばかりなのかなあ……お前と同じように、さ。

 

 懐の像をなでる。自分が果てれば、この像もまた、どこかへ打ち捨てられることになるだろう。

 

 両親の葬儀が終わった時、家に残るのは家を継ぐ長男とその嫁。そして末子の彼のみだった。

 遺された土地は広い。これまで数人がかりで行ってきたものが、いっぺんに末子の彼へのしかかってくるんだ。

 いよいよ、彼は骨の髄までしゃぶられるように、働きづめになるものと覚悟をしていたのだが、ほどなく大きな事件が起こった。

 

 流行り病。西方から足早く迫ってきた病の気が、瞬く間に彼が住まう村全体を包み込んだんだ。

 御多分に漏れず、彼ら一家も罹患した。下痢と発熱を伴うその症状は、かかった者の半数を衰弱死へと追いやるものと、話が伝わっていたとのことだ。

 病が沈静化するまでの、およそひと月。苦悶の声が満ちた村の中で生き残った者たち。その中には、末子の彼の姿もあった。

 だが、長男と嫁を初め、彼の兄弟たちはことごとく亡くなってしまう。必然、土地は唯一の遺族となった末子の彼に、譲られることになったんだ。


 正直、末子は信じられなかった。

 ついひと月ほど前に、両親を墓の中へ葬ったばかり。その時、自分の隣で涙を流していた長男夫妻が、今は両親の隣で眠っている。他の兄も姉も、ひとり残らず。

 生涯、彼らの下につき続けるはずだった自分のみが、彼らの上へ立ってしまっているんだ。

 自分が見る限り、兄たちに人間的な落ち度はなかったはず。彼らになく、自分にあったものといえば、この像に対する愛情のみだ。


 ――自分以外に顧みられなかったこの像が、自分を守ってくれたのでは?


 彼は自然と、そう思うようになったのだという。


 それからまた、時間が過ぎた。

 彼は引き継いだ広い田畑の世話を続け、翌年から、大いなる実りに恵まれることになったんだ。それを何年も重ねるうち、彼はますます像への信心にのめりこんでいく。

 軽んずる者がいなくなった家の中で、元あった神棚のものたちを追いやり、中央へ鎮座した像を、彼は日々崇めたてまつったという。それに応えるように豊作を享受し続けた彼は、ついには村一帯を治める長者の地位にまで登り詰めたんだ。

 そんな彼とつながりを持つべく、下々の家たちは「自分の娘を嫁にもらってほしい」と願い出てくるようになっていた。彼もまた連れ合いが欲しい歳だったし、厳正に選ばれた結果、気立ての良い若い娘が、彼の妻となる運びとなったという。

 

 婚礼の儀も終わり、皆が帰って二人きりとなった晩。妻は神棚に奉られている、木彫りの像について尋ねてきた。

 長年、彼と一緒にいた像は、日ごろから彼に磨かれ続けたおかげで、身体のほとんどがなめらかになっている。当初の粗雑さは、もはやその輪郭に、ほんのわずか残るばかりだった。

 酒が入っていたこともあり上機嫌の彼は、とうとうと語る。

 自身の幼き頃から接してきたこの像。自分以外の誰も、この像を気にかけなかった若い頃。両親が他界した後、自分以外の家族の命を奪い去った流行り病。そして、今に至るまでの豊かな実りと幸福……その一切を。

 妻はそれらの話に、目を大きく見開いた後、提案したんだ。


「その像と話、村の皆さんにも伝えませんか? そうすればきっと、村全体がもっとにぎやかになると思うんです」


 福の神を皆の下に。その妻の考えは実行に移され、村のみんなが彼の半生と、それを支えた像の話を知ることになった。

 彼らは時間を見つけては、末子の家をおとない、像を崇めた。中には彼の持っている像を見習い、同じ形の木彫りの像を奉り始めた家もあったという。

 半年も経つと、村の中で像の存在を知らないものはもはやおらず、皆はその年の収穫を心待ちにしていたそうなんだ。


 ある晩。末子の彼は夢を見た。

 家の居間で自分は正座をしている。それに向かい合うのは、奉っているあの木彫りの像だ。しかし、夢に出てきているその像は、手入れを怠っていない実物の姿とは程遠く、顔から組んだ足へかけて、微細なひびが見受けられる。

 その無残な姿に、思わず手を伸ばしかけたところで、厳かな女性な声が響く。

「もう、私に力はありません」と。


「この世のすべては、限りあるもの。私たち像はその限りある力を、信ずる者へ分け隔てなく届けるものなのです。

 出会ってからついこの間まで、あなたひとりが私を信じてくれた。だから私もあなたへのみ、力を集めることができたのです。

 でも、もはや村中が私を知っている。使命に基づき、私は力を彼らにも分けねばなりません。しかし、ひとりひとりに与えられるものはとても少ない……きっと、幸せを覚える者はほとんどいないでしょう。

 いずれ、この家を去る時がきます。また誰も私を信じなくなります。その時を待ちましょう。ありがとう、そしてごきげんよう。私の『かつての主』」

 

 女性の声が途切れるや、夢の中の像がひびに沿って四散したんだ。

 彼は目を覚ます。がばりと飛び起きて神棚を見たが、そこには変わりない木彫りの像の姿がある。

 でも、あの声はあまりに鮮明過ぎた。彼はその晩は明け方まで、普段より念入りに像を磨き続けたそうな。


 そして収穫の時が来たが、その実りは多くの家で例年通りに終わる。全体の平均を見れば誤差程度の増加に過ぎなかったという。

 彼が持つ田畑も、これまでの勢いからすれば、明らかに目減りをしていた。豊作続きだっただけに、余計目立ったという。来年も、再来年も、同じようなことが続き、収穫量は増えるどころか減少傾向にあったんだ。

 あの時、像を信じていた者たちの中には、彼に因縁をつける者さえ出てきた、彼はずいぶんと心を痛めてしまったと聞く。

 

 村全体が次の世代へ移る前後には、どぶの中へ、あの木彫りの像が捨てられる事態が頻発した。彼らの全盛期は、彫られてからわずかに数年間だけだったんだ。

 末子の彼は妻との間に多くの子をもうけたものの、彼が亡くなる際の収穫量は、相変わらず「平凡」の二文字に収まってしまう程度だった。

 そしてついに、始祖とも言える像のありがたみを実感できない子供たちは、それを箱にしまい、家の奥深くに封じて、新しい神様を供えることにしたという。

 だが彼らの家も、ほどなく大地震のために倒壊してしまい、かの像がどこへいったかは誰も分からないのだそうだ。


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気に入っていただけたら、他の短編もたくさんございますので、こちらからどうぞ!                                                                                                  近野物語 第三巻
― 新着の感想 ―
[良い点] わあ、面白かったです! なるほど……難しいところではありますが、妻の言葉に決して御利益を独り占めにするような欲張りな人物ではなかったところが良かったなと思いました。 実感することは出来なか…
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