【すげどう杯企画】すげーどうでもいい話 総集編(またの名をgrand finale)
本作は「すげどう杯企画」に参加いただいた全作品をオマージュして作ったものです。(応援や選考外は除く)
今日思いついてバァーっと書いただけなので、クオリティーには期待しないでください。そして完全内輪ネタなのでご新規の方が読まれても全く面白くないと思います。
それでも宜しければ、どうぞ!
小鳥のさえずりのように鳴く、かすかな電子音に起こされる。
暗い部屋、未だカーテンは閉め切りの朝。瞼を開けては身を起こす。寝起きは良い。寝起きだけは良いと思っている。
カーテンの裾を握り、しゃっと一気に広げてみせる。見えるのは眩い白光―――落ち着いてきて、やがて見えてくるのはくすんだ街並み。
街灯は軒並み消えて、太陽も空を白けさせているだけの、未だ微睡みから起き切っていない冬の街並み。それを見下ろし見上げながら、私はふぅっと息を吐く。
日常は晴れからやってくる。昨日までの雨を忘れた町は、緩やかに何かに向かって動き始めているように見えた。
『今宵、魔王が復活する!! この世に己の因子を遺した魔王が、今宵深夜12時をもって蘇るのだ!!』
ご機嫌に跳ね上がっている寝癖の数々を、歯を磨きながら手櫛で押さえていると、どこからか大きな声が聞こえてくる。
なんだろうと小窓から外を覗いてみると、選挙カーみたいに大きなメガホンを担いだ車が道をのらりくらりと走っていた。息を継ぎ、誰かが訳の分からぬことを喧伝している。
『十の因子が今宵浮かび上がる!! 十とは即ち、『淫蕩』、『格差』、『追跡』―――』
本当に意味が分からない。何を言っているのだろうと疑問に思っていると、これまた近くからサイレンが鳴り始めた。
聞き覚えのあるそれはパトカーのそれな気がする。何が起こったのかと思う間もなく、それまで徐行していた選挙カーがいきなりうなりを上げて道を走り去っていった。遅れて、後を続いて走っていったのはやっぱりパトカーだった。
……朝から訳の分からぬことが起こるものだ。私はしばらく窓から下を覗いた後、そこに訪れたのが常の平穏であることに気づいて、鏡の向こうの自分に向き直ることにした。
「いってきまーす」
誰も見送る者のいない扉の向こうに一声かけてから、私は部屋を出る。
『梁山泊』という名前のアパートは、部屋の数が108つもある。1フロア18部屋の6階建て。エレベーターはついていない。
私は5階の角部屋から1階の入り口までをひたすらに歩いて階段を下る。それだけで息が上がってしまう。でも、行きはまだいい。帰りなんて部屋に着き次第にへたり込んでしまうほどに疲れてしまう。もう、絶対に安いからと内見もせずにアパートは決めないと心に決めた、26歳の冬。
そんなこんなで自転車に乗って職場へと向かい始める。買ってから2年が経つ、どこにでもあるようなステンレス色のママチャリ。
『梁山泊』の駐輪場には屋根がない。野ざらし雨ざらしを2年も経験すれば銀は鈍色へと姿を変える。ブレーキも、きいきいうるさくがなり立ててくるがそれも耳に慣れて随分と久しい。
まあ、それでも、別にいい。自転車なんて所詮は消耗品さ。乗り潰して壊れたら次のを買えばいい。次に買う自転車も、きっとステンレス色のママチャリだろう。
そんなことを思いつつ、私は動き始めた街並みの中で、のらりくらりとペダルをこぎ始めた。
「にゃぁ」
「いってきます、ロック」
どこにでも転がっていそうな岩の上に鎮座する猫。誰が呼び始めたかは知らないけれどロックと名付けられた黒猫に挨拶を返しながら、私は道を行く。
「おはようございます、阿知賀先生!」
「あら、おはよう」
職場についた私が駐輪場で錠をしていると、後ろから声をかけられる。
職場の同僚だ。別に名前を呼び合う仲でもあるまいし、それでも向こうは朗らかな笑みを浮かべながら私の自転車の隣にチャリを停める。
灰色の、至る所の棒が細い自転車。この人は毎日違う色の自転車に乗ってくる。そして、自転車に合わせてなのか、全身の服やヘルメットも色を変えてくる。本人は爽やかな顔をしてサドルから降りてくるけれど、全身白色のパツパツ服は見ていて気持ち悪い。
「いい朝ですね、いやぁ、ついついポタリングしたくなるような―――」
「そうですね」
言っている意味は分からないけれど、いつものように笑みを浮かべて言葉を返しておく。
こういう、趣味に熱中している人たちが話す意味不明の言葉を、聞き返すような愚は犯さない。だって、聞くだけ無駄。聞いたってまた訳の分からない単語が出てくるばかりだし、私の人生を潤してくれるような話が出てくることなんて、一切期待していない。
「本当に、おっしゃる通りですね」
だから、適当に綺麗な言葉を並べて答えておく。それで満足でしょ? ほらね。
「それじゃあお天気に負けないように、今日も頑張りましょうね」
「ええ、そうですね! 阿知賀先生!」
ほらね。
「決めたんだ!! オレは―――キノコで無双する!!」
「……今度はキノコかよ…」
ホームルームの時間。扉の前につくと、教室の向こうからやんちゃ盛りな生徒の声が聞こえてきた。
「考えたんだ…お前に言われた通り、小説でジャガイモの魅力を伝えるのはオレの柄じゃなかったってさ―――」
「おう、だからなんでキノコ…」
「だからオレは、漫画でキノコの魅力を伝えることに決めた!」
「だからなんで!?」
教室の中で、一人の若者の未来が決まろうとしている。それが悪いことなのかどうかは分からない。
それでも今はホームルームの時間。私は扉を開けて教室へ入る。
「はーい、席につきなさーい」
賑やかだった教室も、適度な喧騒を保ちつつ落ち着いていく。向けられるのは好意的な瞳。うん、生徒から好かれる先生像、崩してはならない。この子たちの為にも、と思う。
「だって、言うだろ?! キノコが売れればジャガイモが飛ぶように売れるってよ!!」
「いや、そんなの聞いたことがねぇよ! どんなバタフライエフェクトだよそれっ!?」
ただ、変わらず騒ぐ二人。私は少しだけ歩み寄ってしぃーっと指を立ててみる。
「静かに、ね?」
それだけで静かになる。可愛いものだ。
「それじゃあ今日もよろしくね。まずは出席を―――」
そうしてお仕事が始まる。
そして終わる。
「先生、さようならー」
「はい、さようなら」
生徒たちと挨拶を交わし、教卓の上で資料をまとめる。今日もひとまずの仕事が終わり。ただ、これから明日の授業の用意をしなくちゃいけない。ここからは生徒の前に立つ先生ではなく、教科書と参考書とにらめっこする先生の私にならないといけない。
「非テンプレ作品は説明量が求められる! 故に初心者には敷居が高い! この説が正しいことを証明するために、俺は1万と5千円をかけて調査したのだ!」
「…って、そんなどうでもいいことに大金使うんじゃないわよ!」
「えっ? この程度、はした金じゃないのか?」
「そんなわけあるかー!!!」
「ぐえー!!」
何やら痴話喧嘩が行われているが、至って平和そのものだ。横目にして去り、私は廊下に出る。
「あ、ゆいっ! こっちこっちー!」
「初香、お待たせ! 奈緒も、麗も。」
「さっさと帰ろう。」
「待って、どっか寄ってかない?」
「賛成ー。」
「いつもの駅前のカラオケってのは?」
「決定。」
「異議なーし。」
姦しい四人の女子生徒とすれ違う。
変わらない。変わってくれないなぁ、日常っていうのは。
ありがたいことに。
『今宵こそである! 今宵こそ、かの魔王が復活する! みな、目をそらさず現実を直視せよ!』
職場帰りの商店街。通行の邪魔にならないよう自転車を降りて歩いていると、今朝見かけたあの選挙カーが徒歩ほどのスピードでのらりくらりと走っていた。
『十とは神聖である! しかし、そこに影が生まれ、悪を埋めし魔王が今宵―――』
そしてまたパトカーのサイレンがどこからともなく聞こえてきた。その瞬間、また選挙カーは徐行をやめ、猛スピードで商店街を走り去っていく。
……一体、何がしたいんだろう? 疑問に思いながらも、考えても無駄なことだとすぐに思い直し歩き始める。
「阿知賀さーん! こっちこっち!」
そうすると、道の先から呼ぶ声が聞こえてくる。
「…うるさい」
ちらっと小声で文句を言ってから、片手を上げて応えて歩く。
今宵の供をと誘ってきた彼女。いつもは断るそれに応えたのは夕焼け空に烏が飛んでいたから―――つまりは、ほんの気まぐれだった。
「お通しです」
そう言って出されたのは……なにこれ、たこわさ? それにしては形が変。
「なまこだって。珍しいよね」
「…そう」
なまこ―――思わず口から出ていきそうな嫌悪感の一言を飲み下す。隣でうきうきとした表情を浮かべている彼女と、まだそこらへんをうろついている店員の背中を見ると、どうしてもその一言を言い出すことが出来なかった。
「おいしいよ、ポン酢の味だね」
「…そう」
私は変わらず、そうとしか言えず。恐る恐る口にしてみる。
…なにこれ、美味しいの? いや、不味くはないけど―――なに? 磯臭い軟骨みたいな。
「う~ん……」
「あぁ、阿知賀さん、苦手そう?」
「ん~……そうね」
言って、私はもう一切れを口へと運ぶ。変わらない、磯臭い軟骨の味と触感。
「そっかぁ~、残念だなぁ」
言って彼女は変わらず食べ続ける。彼女とは考えていることとか好きなこととかが結構似ている。
でも、合わないところはとことん真逆。それでも喧嘩は一切しない。不思議な仲だ。
「これ、上げる」
「え~、いいの?」
「いい。その代わり、これ、許してね」
そうして私は鞄からソフトケースを取り出す。中に詰め込んだライターと1本を取り出すと、咥えて火をつける。
「いいよ。わたしも好きに飲んでるからさ」
彼女はそう言って運ばれてきたグラスを上機嫌に掲げてみせた。透明ではない、ステンレス製にも見えるそれは電球色の蛍光灯の明かりを反射させていた。
「じゃあ、乾杯」
「はい、乾杯」
なおざりにコップを持ち上げ、音頭にだけは付き合っておく。
「いつになったらお酒に付き合ってくれるの?」
一口飲んだ矢先に問われた。私は即座に応える。
「あなたがお酒をやめたらね」
「えー」
非難の声を上げる彼女をしり目に、私は再び緑茶で喉を潤わせた。
「ラップこそロック! チートbeatって言葉にお前は心がときめかないのかい!?」
「カントリーこそロックだ! お前でさえも、この曲の良さは分かるだろ!?」
「ちょ、おま、その曲は卑怯だろ!!」
何やら隣の席で言い合っている輩がいる。ラップだのロックだの聞こえてくるから音楽の話だろうけど、田舎がどうしたんだろうか?
やんやと騒いでいるそちらに耳を傾けてみると、何やら音楽が流れてくる。どうやらスマホから流れてきているらしいそれは、ロックだなんだと騒いでいた割には意外と軽い曲調だった。西部劇の酒場なんかのシーンで流れてそうな、そんな感じ。
「そんなことより核弾頭の話をしようぜ!!」
「「何故にいきなり核?!!」」
そうして騒いでいた彼らは同席していたもう一人の輩に諭され、あれよあれよと別の話に移っていった。それよりもなんで核弾頭なんだろう? 耳を澄ませて聞いてみても、何やら臨海学校やらブルドッグやらの単語が聞こえてくるばかりで意味不明だ。私はさっさと耳を閉じるに限ると思い、向かいの席に視線を戻した。
「それで聞いてよ~、阿知賀さ~ん……彼、わたしに痩せろって言うのよぉ……」
「…そう」
戻して失敗だった。まだどうでもいい話が続いているみたいだった。
「くびれがどうの、なんとか筋がどうの、くびれがどうの、シックスパックがどうの……わたしに、何を求めてるっていうのよぉ…」
「…くびれじゃないの?」
「そんなの出来ないよぉ…!」
ダンッと机をたたいて泣く彼女。いや、どう見ても泣き真似だけど、鬱陶しい事この上ない。
「ダイエットすればいいの? 身を引き締めればいいの? って聞いてみたけど、そうじゃないんだって…! もう、わたしどうしたらいいか分かんないよぉ…!」
「チェリーパイお待たせしました~」
空気を読まず―――いや、この際この空気を打開してくれる救世主とでも言おうか。店員がデザートを持ってきてくれる。
それにしても、チェリーパイ? 本当にこの店はよく分からないメニューが多い。
「もう、やけ食いするしかないよね、阿知賀さん…!」
「…そうね」
もはや飲ん兵衛に聞かせる言葉なし。好きなだけ飲んで食えばいい。後悔するのは己なのだから。
「ぐすっ……彼ね、くびれを舐めたいって、言ってるの…」
「それは…気持ち悪いわね」
一瞬、背筋にみみずが這った。そんな男を好いてしまった彼女に同情する。でも、まあ、どうでもいいか。
「まあ、そんな些細なこと、忘れなさい。あんたはどうせ、飲めば忘れられるんでしょ?」
「うぅ…そうする…今日は飲むね…」
そうして、ぐいっとグラスを傾ける彼女。その真正面で、煙草をふかす私。
…どっちが先に結婚できるんだろう? そう考えて、その問いの答えに何の有難みもないことに気づいて、私はやっぱりもう一度煙草を咥えるのだった。
「ありがとうございましたー! またのご来店をお待ちしておりまーす!」
店員の元気な声を背にして、私と彼女は外へ出る。
「サラリーマンはなぁ…ひっく、仕事さえしてればいんだよ、仕事ぉ!!」
「まあまあ落ち着いて…」
そんな私達と同タイミングで、隣の居酒屋から赤ら顔をしたサラリーマンが2人出てきた。
「ひっく…休みだとか遊びだとか祭りだとかなぁ、そんなことしてる暇があるんだったら、1つでもアポ取って来いってんだよ!!」
「まあまあ課長。落ち着いて下さいよ…」
どうやら厄介な酔っぱらいなようだ。爪の先まで紅くなって、まるで茹で蛸みたいになっている課長とやら―――彼がどこの何者であるかは知らないけれど、余裕のない大人というのは見ていて可哀そうに思えてくる。
「寒い…」
そんなことよりも、外に出た途端に冬の冷たい空気が幅寄せてくる。頬と首筋と足元を、すぅーっと風の子が通っていく。
身震いして、コートの裾をぎゅっと寄せる。それでも足は冷える。お店の近くに停めていた自転車の錠を外していると、手も冷えてきた。やるかたない。
「阿知賀さーん、家まで送ってよ~」
「はぁ?」
思わず、素で答えてしまった。まあ、別にいいか、彼女なら。
「いいでしょ~。にけつ! にけつしようよ!」
「あのね…一応私、教師なの。そんなこと出来るわけがないでしょ。誰の目があるか分かったもんじゃないし」
「え~」
非難の声が上がるが、私はそれを無視して自転車に跨る。そうすると彼女は頬を膨らませ、でもやがて諦めたようで肩を撫でおろした。
「む~、仕方ない。じゃあ、これで貸し1つだね!」
「…何の貸しなのよ」
「いいじゃん、別に! そうだなぁ、今度、阿知賀さんには旅行に付き合ってもらおうかな!」
「…随分と重たい貸しなのね」
「いいじゃんいいじゃん! 北海道とか四国とか、うわぁ、行きたいなぁ!」
「待って、それ本気?」
「もちろん! それじゃあ、楽しみにしてるね!」
そうして『じゃあね~』と手を振って、さっさと帰路についてしまう彼女。まるで嵐のようだった。話を全く聞いてくれない。
…まあ、酔っぱらいの話は忘れるに限る。あっちもどうせ忘れるんだから。
「帰ろ…」
そして私も帰路につく。自転車はキコキコ軋んだ音を立て、ブレーキは相変わらずうるさいままだった。
『今宵こそである!!! もう間もなく、日が変わるよりも前にかの魔王が蘇るのだ!!』
アパートの前につくと、もはや今日一日ですっかり聞き慣れてしまった例の大音量が聞こえてきた。
『十の因子を全て杯に溶かし、それらを飲み下してあらわれるかの魔王の名を―――何? もう12時過ぎた? え、嘘……』
だけど、それまでの勇ましい声音から一転。挙動不審なまでに慌てている様子がスピーカー越しに伝わってくる。スマホで時間を確認すると、たしかにもう12時をまわっていた。
『おかしい、魔王が蘇った暁には空が漆黒に塗り替えられ、魔物たちが地より溢れ喝采の声を上げると―――』
そうして時を置かず、またサイレンの音が聞こえてくる。それも複数、あちこちから。
それは一所に集まって、どうやらとうとう職務を果たしたらしい。スピーカー越しに『やめろ』だの『離せ』だの、『もう18時間だけ待ってくれー』だの騒ぎ立てる声が聞こえてきたが、やがてプツリと消えて街に静寂の夜が戻ってきた。
「にゃぁ」
「ただいま、ロック」
そうして私はアパートに帰っていく。迎え入れてくれるのは相変わらず、苦労を知らなさそうな呑気な黒猫と長い階段だけだった。
「ふぅ…」
長い旅路を無事に終え、私は自室の玄関先でぺたりと座り込む。冷え込んだ夜、凍えた足にあの長階段は荷が重かった。
それでも何とか足腰を奮い立たせ、化粧を落として着替えてシャワーを浴びて。何とか寝る態勢を整える。
歯を磨きながら、息を吐く。今日はなんてことない一日だった。なんてことない一日に出来た。
煙草はもう、吸わなくてもいいかも。少なくとも今日は。少なくとも、嫌なものをまた見なくちゃいけなくなる時までは。
―――ちらと思い出すのは、故人の顔。見慣れた顔の、澄ました顔。
お高く留まったその顔を思い出すと、烏の顔を思い出す。くすんくすんと、囃し立てる鳴き声が聞こえてくる、気がする。
でも、普段の彼は違う顔をしていたはず。そうだ、きっと普段の彼なら肩をすくめて、ため息を吐きながら気だるげにああ言っていただろう。間違いない。
私は思い出した彼の口癖にくすりと笑い、布団の中にもぐってから呟いた。
「すげーどうでもいい」
気が晴れた。烏は散った。
私は布団の温さに瞼を落としつつ、今日という日の終わりを迎えた。
『本作は「すげどう杯企画」参加作品です。
企画の概要については下記URLをご覧ください。
(https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1299352/blogkey/2255003/(あっちいけ活動報告))』