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死ねない僕と、妹と、魔法街の何か  作者: 二月のやよい
第一章 またも妹が増えました
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そう、有理が必要なのです!


 ミステリーの言葉で、安楽椅子探偵というものがあります。


 簡単に言うと、ある一定の場から動くことなく、現場の話を聞いただけで推理し真相を言い当ててしまう。という探偵の事を指します。


 そう、頭脳を使う人間は、極端な話その場から動かなくていい。有理はそう思うのです。肉体労働が得意なものは、その足を使って情報を集める。頭脳労働をする人間は、足を使わずその頭を使って情報を集める。これが適材適所なのです。


 つまり、頭脳を使うことを得意とするこの有理は、少しくらい運動不足でも、ほんのちょっと足が遅くても、かけっこをしてぶっちぎりの最下位でも、なんらおかしな事は無いのです。


 たとえそんなことが起こったとしても、有理は全く悔しくありません。


 そう、まあっっっったく悔しくないのです。


「やったあ! 一番!」


 汗一つかかず到着したなゆちゃんを見ても。


「いや、久しぶりにここまで走ったよ」


 少し汗ばんでいるものの、全く息が上がっていない亜斗さんも見ても。


「やっぱりヒール履いてこなくて良かったわ。絶対こうなるってわかってたし」


 ゼエゼエ言いながらそこに追いつくまといさんを見ても。

 そしてその遙か遠くにいる有理の現状を見ても。


 全然悔しくないのです!


 私達の距離のがいさんは……。

 無理です、いつもなら簡単に計れるというのに、今はそれどころではありません。


「げほ、げほ」


 ぐぁー、と濁点混じりのため息を漏らしてしまう有理。しょうがないです。有理にはこういうパフォーマンスを求められてはいません。


 にしても、なゆちゃん早すぎるでしょ……。

 太ももとふくらはぎに走る強烈な痛みに耐えながら、有理は遙か遠く、なゆちゃんの方を見ます。

 今日のなゆちゃんの格好は、つばの広い麦わら帽子に白いノースリーブのワンピース。いつもよりもお姉さんな格好なのです。


 だから、さっきまでお淑やかなお姉さんの雰囲気を守っていたのですけど、今となってはそれも何処へやら。


 健康的な白い肌に相まって、笑顔がきらきらと眩しいのです。


 楽しそう、楽しそうなのです――ですけど。


 膝に手をつきながら、有理は叫びます。


「有理の灰色の脳細胞はこんなことでへこたれやしないんですけど!」


 有理に必要なのは頭脳、データベース、思考力、そう言い聞かせながら有理は自尊心の回復に努めます。

 油断していると折れてしまいそうです。


 そう、ここから必要なのは有理なのです。


 そう、有理が必要なのです!


 入場口でチケットを購入し、満を持して中へります。

 この動物園は何を隠そう有理が選んだのです。

 ここからは楽しい時間の始まり始まり。


 ――だったはずなのですが。



 場所は中央にある広場。

 お昼ご飯を食べた有理たちは、なんとなく持て余した時間をそこで過ごしていたのです。


「ええ? もうおやつは持ってないよ!」


 くるくると回るなゆちゃんの周りには、全体的にもこもこした動物たちが集まってきており、なんともファンシーな空間が広がっています。

 真っ白な毛玉に見えるのはユキマネキ。茶色いネズミのようなものはカピバラ。

 有理たちは映画のワンシーンのような風景をぼんやりと見ていたました。


「なんか、似合うわね」


 まといさんは無言でズリを撫でています。ズリは少し大きいウサギみたいに見えるんですけど、川とか湖に住んでいるらしく、基本的には肉食なんだそうです。見た目で判断してはいけないのです。


「まといさんよりはそうですね」


 おっとうっかり。


「何?」


「何でも無いです」


 なゆちゃんはあんな風に懐かれるイメージですが、まといさんは狼とかを従えているイメージです。それか、人間をひざまずかせているイメージ。

 特に後者を言うと怒られそうですけど。


「はあ、見てなさい」


 おもむろに立ち上がると、つかつかと動物たちの輪の中に這入っていこうとするまといさん。


 すると、動物たちは一定の距離を開けるようにそれを囲みます。


 同じく映画のワンシーンみたいですが、森のしゅを崇めるような光景です。これには有理も噴き出してしまいます。ぷぷっ。


「今、笑った?」


 まといさんの髪がゆらゆらと持ち上がってきています。これは何も漫画的表現で怒りを表しているのではなく、静電気により本当に浮かび上がってきていると言うわけです。


 何故静電気が起こっているか。


 まといさんのパイロキネシスは、体内で起こっている電気信号のように、身の回りの電磁場を操作して起こした強力な電磁波によるものです。


 つまりあれは、「今からお前を燃やしてやるぞ」と言う意思表示に他なりません。つまり、怒りのオーラよりももっと直接的な危機をもたらすのです。端的に言うと、今の有理はやばやばです。すぐ後ろに、あるはずもない崖が見えます。


 ダメですダメです。有理は焼け死にたくありません。亜斗さんではないので焼けると普通に死んでしまいます。ただでさえ日焼けするとヒリヒリして痛いのです。


 周りの人も何事かとざわざわし始めています。動物たちも何かを察して離れていくのです。


 ですがその中で、明らかに違う視線を向ける人が一人。

 他の誰も気づいていません、有理だけが彼女を見ています。

 けれど彼女が見ているのはまといさんでも、ましてや有理でもなくて。


「兄さん?」


 その一言に、一瞬時間が止まったような錯覚に陥ります。


 兄さん? 誰が? ですが、この中にそう呼ばれそうな人間は一人しかいません。


 けれど、だって、彼は。


「…………誰かな」


 今はなゆちゃんのお兄さんで。


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