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死ねない僕と、妹と、魔法街の何か  作者: 二月のやよい
第二章 死にたがりとサーカス
29/30

終演

「君は……」

 僕を目にするなりそう言い、団長は二の句を告げず黙り込んでしまった。

 人間、本気で怒ると赤を通り越して紫になってくるんだなあ、とどうでも良いことを考えてしまう。

 やっぱり、いざというときの危機感のなさは死なないが故に、って言うことなのだろうか。以前有理に怒られた。


 さて、彼は僕をどうするつもりなのだろう。

 さっき確認したように、ここの観客達の情報伝達は速い。下手をすると、もう僕の悪評は方々まで知れ渡っていることだろう。

 サーカスにそんな評判を持ってくるような芸人を団長が置いておけるだろうか。

 たとえその芸がどれだけ秀でていようとも、それを発揮する方法や心構えが間違っていれば芸人としては失格である。

 本来はそれを徐々に芸と共に磨いていくものだろうけれど、いかんせん僕なんかはその期間を経ることなく舞台に立ってしまった。

 普通ならばそこで終わることは無いのだろう。失敗してもやり直せば良い。

 けれど僕の場合は違う。失敗どころか、観客にトラウマまで植え付けてしまったくらいだ。並大抵の事じゃあまた舞台に立たせるわけにはいかない。

 違う芸をさせるわけにもいかない、なぜなら僕の演目はあくまで僕の「不死」という性質に大いに起因するものなんだから。


 しばらく団長は黙っている。何を言えば良いか、何を言うべきか、考えあぐねているのだろう。

 そして、何を言ってももう遅いことも充分にわかっている。

 そうしているうちに、彼は絞り出すように言った。


「出て行ってください。連れてきておいて勝手な事を、と思われるかもしれません。ですが……」


 またそこで詰まってしまう。僕は最後まで言わせるのも酷だと思った。彼は確かに僕に才能を感じていたのだ。実際ここでの居心地はとても良かった。馴染みすぎるほどに馴染めてしまった。

 けれどそれもやはり過ぎたるは、ということなんだろう。

 僕はこれ以上ここにはいられない。


「ありがとうございました。お世話になりました」


 そう言って礼をしたあと、僕は黒服の男に視線を送る。

 彼に先導されながら、僕はサーカスを後にする。

 楽しかった。

 見渡せばみんな僕や妹たちと同じ境遇なのだ。馴染めない方がおかしいだろう。

 ちゃんと観客達の望むような演目を行えば、いくらでもここにいられたのに。

 なんて、()()()()はもう良いだろう。

 僕は彼らよりも妹やまとい達を選択したのだ。僕はその選択を間違っていると思いたくない。


 出口が近づく。

 せめて、ほとぼりが冷めた頃に、いつか観客として見に来られたらなあ、なんてぼんやりと思った。

 黒服達に手で促され、僕は外の世界へ出る。

 出口を目の前に、ふとある考えがよぎった。

 そういえば、このサーカスは今までどのように開催されてきたのだろう。この規模の物を聞いたことがない、と思いはしたけれど、これまでどれだけ巧妙に隠されてきたのか。

 それらは外に出た瞬間明らかになる。


 意外や意外、そこは見知らぬ世界などではなかった。

 魔法側の街ではあるけれど、正面に見えている店は僕の家から歩いて三十分もかからない所にあるものだ。

 僕が思っていた以上に簡単に来られる場所だったのか。

 久しぶりに吸う外の空気に、思わず深呼吸してしまう。

 時刻は夕方辺り、オレンジ色の空に少し紫が混じってきている。

 真っ黒なローブを着た老人や、膝丈ほどの人形、子供達が(せわ)しなく通りを過ぎていく。

 それにしても、ここは僕も通ったことがあるはずだ。こんなサーカスがあるなんて知らなかった。

 と、後ろを振り向いたときだった。


 ――背後にあったのは、薬屋と本屋。

 そしてその間には1()()()()()()()()()()()

 試しに手を差し入れてみようとするも、何処か別の空間に出られそうな気配はない。


「そっか」


 何度か覗き込んで見るも、そこにあるのはただの壁。

 見た目は薄そうな木の壁だったが、その隔たりはとてつもなく大きなものに見えた。

 携帯を確認する。

 ちゃんとまとい達と会ってから二日後の日付を指していた。

 体を確認しても、当然のことながらあの時の傷は残っていない。


「そっか」


 もう一度呟く。

 それ以上の物が噴き出してしまわないように、全部を閉じ込めてから、僕は帰路につく。

 早く帰らないと、きっとなゆたが心配している。

 していると良いなあ。

 忘れないだろう。とは言えない。

 いつかあの時のことを、気のせいだと思ってしまうときが来るのかもしれない。僕が夢見た、夢のような世界だと考えてしまうかもしれない。

 そんな一粒の泡沫がいつまで僕と寄り添ってくれているかはわからない。

 それでも僕は死なずに歩いて行こうと思う。

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