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死ねない僕と、妹と、魔法街の何か  作者: 二月のやよい
第二章 死にたがりとサーカス
24/30

ようこそ、サーカスへ 2

 翌日、周囲ががやがやと騒がしいことに気づいて、僕は目を開けた。

 言うなれば敵地のど真ん中だというのに、僕という奴はちょっとした物音にも気づけなかったらしい。

 臨戦態勢を――。

 あ、縛られてるんだった。起き上がれない。

 どうやら朝のようだが、肝心の明かりを採る窓が小さく、正確にはうかがえない。


「あら、おはよう。よく眠れた?」


 近くで聞き覚えのある声がした。


「誰……?」


 あと、聞き覚えのない声もした。


「この方は新入りなの。亜斗さん、こっちがアンディーよ。こう見えて男の子なの。よろしくね」


 指し示した先にいた、おそらくアンディーは声変わりもしていないような声で言った。


「アンディーです。こっちがユノス」


 二人合わせて優雅に礼をする。ユノスは昨日と違い、スカート姿なので中身が見えてしまいそうでヒヤヒヤする。と言っておくことで、間接的に僕には見えていないと主張する。

 ここで僕は気がついた。ユノスにあれだけの手術痕があった理由に。


 ユノスとアンディーは背格好から、体格、顔に至るまで全く同じだったのだ。

 違うのは髪の色と肌の色だけ。色白なユノスに比べ、アンディーは少し浅黒い。

 性別も違うが、見た目からそれを理解するのは無理だろう。

 双子――というわけではないのだろう。一卵性の双子で男女に分かれるのはかなり稀少と言うし、手術痕の説明がつかない。


 おそらくは整形手術。全身くまなく施されたそれによって、人工的に体格までそっくりな二人を作り上げたのだろう。

 改めて嫌悪感が全身を襲った。見た目にじゃなく、それを作り上げるまでのプロセスに、ネジの外れた執念を感じる。

 それを何重にもした笑顔の仮面に隠し、僕は名乗る。


「雨乞亜斗です。低いところから失礼します」


 視線を泳がせながら言っている様子は、本当に失礼だった。ユノスの下着を見たわけでは無い。


「それでは、私達は出番があるので行ってくるのよ」


 ふん、と胸を張って言ってらっしゃる。色白な肌に金髪のユノスと、浅黒い肌に黒髪のアンディーとのコントラストが非常に映える。

 ちなみに足は開かない方がお上品ですよマドモアゼル。


「新人さんも、頑張ってね」


 その言葉を皮切りに、ぞろぞろと他の演者らしき人たちも外へ出て行く。

 あっという間に僕は一人になった。こうなると寂しい。案外、寂しさとかで僕は死んでしまうのかもしれない。


 さて、暇になってしまった。と一息つく前に、入れ替わるようにして黒服の男が這入ってきた。

 先に僕の両手に手錠をかけてから、鎖をほどいていく。

 いよいよ黒幕めいた人物に会えるということだろうか。薄暗く狭い廊下を黒服達に並んで歩かされる。僕以外完全に揃っている足音が不気味だ。

 耳を澄ますと、微かに賑やかな音楽が聞こえる。あと、爆発音とか、アナウンスらしきものも。

 二回ほど角を曲がり、階段を一つ上がったところで豪奢な扉の前に辿りつく。


 黒服の男がノックをすると、中から「這入れ」との声が聞こえる。

 聞こえてきた野太い声にふさわしい、かっぷくの良い男性が部屋の奥に立っていた。正面の壁面は全てガラス窓になっており、そこからサーカスの舞台がよく見える。


「初めまして、私はこのサーカスの団長を務めます、ウシロというものです。どうぞ、お見知りおきを」


 そう言って彼は大仰に礼をした。

 直接僕を押さえている一人を除き、黒服の男は背後で一列に並ぶ。


「まずは、乱暴な手を使いここに連れてきてしまった事をお詫びいたします。大変、申し訳ないことをした」


 いちいち台詞が芝居がかっている。まあ、サーカスの人間の性みたいなものなんだろう。そういえば、無口なアンディーはさておき、ユノスもそんな口調だったか。


「はあ、そんなことは良いんですが妹は何処なんですか」


 失礼ながら、第一声はそれにかえさせていただく。僕のことはどうでも良い。さあ、妹だ。妹はどうなってる。


「妹君か。彼女は無事だ。あなたの家にそのまま。一応書き置きを残しておいたからご心配なさることはありません」


 は。


 なんて言った今。


 一瞬動いてしまったせいで、黒服の男達に押さえ込まれる。


「君のお兄さんは、我がサーカス団でお預かりします。もし良ければご覧ください。でしたかな? いいえ、ご安心を。親類の方ですから、もちろんタダでご招待いたしますとも」

 カッと頭に血が上りそうになるのをなんとか我慢する。

 今ここで彼を死なせてもなんの解決にもならない。


「そう、妹は無事なんですね。それはまず、良かった」


 そうだ、良かったのだ。自分に言い聞かせるように言う。


「そうです。まあもし、あなたがここから逃げ出そうというのなら、こちらにもそれなりに対策はございますが」


 ほら、そういうことをちらつかせてくる。

 そうやって火に油を注ぐのをやめて欲しい。今やっと落ち着いてるんだから。

 こちらの射殺すような視線とは対照的に、ウシロの目は輝きを帯びていく。


「乱暴な手だとは思っております。けれど私には我慢できなかったのです。あなたのような宝石が、世間の中に埋もれているのを!」


 ウシロ団長の口調は徐々に熱を持っていく。


「あなたがどうしてそこまで丈夫でいらっしゃるのかはわかりません。けれど私の目にあなたという存在がピンときた! あなたはとても稀少な存在だ。自分でそれがわかっていらっしゃらないようだが、ご安心を。わたくしどもにお任せくだされば、いくらでもあなたを輝かせて見せます!」


 ワアア!!!

 タイミングを合わせるかのように、客席から歓声が上がる。

 僕には自分の価値がわかっていない? まあ、それはそうだろう。前代未聞の不死性を僕自身生かしきれているとは思えない。

 だからといって、そちらに決められる筋合いも全くない。けれど――


「さあ、我々と共にゆきましょう」


 こちらの手錠が外され、大きな手を差し出される。正直言って、その手に噛みついてやるなり、蹴飛ばしてやるなり、やりたいことはたくさんあったが、それが間接的に妹への扱いになると思うと何も出来なくなる。

 妹のためだ、妹のためだと自分に言い聞かせる。そうして選択肢は一つになる。

 僕は彼の、悪魔のような手を取った。

 



「出番は最後でございます。何、あなたは何もする必要はない。ただそこに立っていてくださるだけで良いのです。わたくしが何とかいたします」


 そんな言葉を背に受けながら、僕はサーカスの演目を裏から見ている。

 見ると、アンディーとユノスが、おそらくは例の死体人形とジャグリングをしているところだった。

 魔法でも使っているのだろうか。人形師は一人だが、操っている人形には腕が四本ついている。

 自分の頭上でジャグリングをしながらも、ユノス達とクラブを交差させている。あれではどう考えても手の動きが追いつかない。

 鏡映しのような動きをするユノス達と、腕が四本ある人形が行うジャグリングは、何だか禁忌めいたものを覗いてしまっているような気分になった。


 なるほど、確かにそうだ。まといの言ったことを思い出す。

 これを好んで見に来る人は、確かに物好きで、そして倒錯している。けれど自ら手を下すわけでもなく、その舞台に降りるわけでもない。

 あくまでも日常から、非日常を覗き込んでいるに過ぎない。

 本気で禁忌に手を出すつもりもない。


 えらく稚拙な火遊びだと思った。

 一つ大技が決まったところで音楽が変わり、ユノス達はダンスをし始める。彼らを挟むようにして、人間の腰から下だけをつなぎ合わせた、ちょうど×の形をした何かと、人間の腕の部分に足を前後逆に取り付けた、犬のような形をした何かが蠢いている。

 いや、多分演目としてはどちらもダンスなのだろうけれど、あまりにも生物から逸脱した動きに、嫌悪感を拭えなかった。


 こんなものを見て喜んでいるのか、彼らは。

 いっそここにいる全員を巻き込んで死んでもらおうかとまで思い始めている。

 個人の趣味にとやかく言うつもりはないけれど、これはあんまりにあんまりだ。きれい事を言うつもりはないけれど、命を冒涜している。

 しかも自分は安全なところから傍観するだけ。

 一暴れしたらすっきりもするだろうけれど、そういうわけにもいかないんだろう。

 なにせ妹が人質扱いだ。まあ、そうなってしまった時点でほとんど僕の敗北も同然なわけだし、さっさと降参してしまって、ここの演者としてしばらくこの状況を甘んじて受け入れるしかない。

 等と考えていると、唐突に一際大きなドラムロールが鳴り響き、僕はびくりと体をすくめてしまう。

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